【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜   作:ラグ0109

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Run Go Run
不穏な影と秋の空


休日の生徒会室。

織斑姉弟、セシリア、楯無…そしてナターシャさんを交えて先日の襲撃事件の話をする。

この場にセシリアを呼んだのは、俺が相手をしたIS…サイレント・ゼフィルスの話も含まれるためだ。

英国のBT兵器強奪事件…表沙汰にされてはいないが、セシリアは英国国家代表候補生で幾度となく襲撃を受けているIS学園の生徒だ。

何も知らずに接敵して動揺してしまっては的にされてしまう。

それだけは勘弁してもらいたいからな。

 

「アメリカのISがこうして使われているのを見ると複雑ね」

「ファイルス…この他に強奪された疑いのあるISはあるのか?」

「いいえ…あのアラクネと剥離剤が持ってかれたって情報だけだったし…」

 

楯無のISと一夏のISの戦闘記録、及び映像をスクリーンに映しながら教師二人は腕を組み険しい顔で眺めている。

強奪されてテロに使われてしまったら事だ…下手すれば第三次世界大戦と言う冗談にもならないことになりかねん。

セシリアは何処か落ち着かなさそうにソワソワとしている。

 

「狼牙さん…わたくし、やはりお邪魔なのでは…」

「いや、俺が相手をした奴が問題でな…白、映像と解析データを」

「アイ・サー」

 

白は立体映像で歩き回る――正確には機材が飛んで移動しているのだが――のがいたく気に入ったようで、今は学園の制服に身を包んでいる。

立体映像だものな…金もかからず服を用意できると言うのは何とも羨ましい話ではある。

白は機材に天狼白曜の戦闘記録と映像を送り込み、スクリーンに映し出す。

流石に俺が瞬時加速をかけた瞬間だけは再生速度を落として表示している…見えんからな。

 

「そんな!どうして!?」

「セシリア、どうしたんだ?」

 

椅子を倒しながら立ち上がり、セシリアはワナワナと震えながら俺とサイレント・ゼフィルスの戦闘映像を睨みつける。

ブルー・ティアーズ同様の青系統のカラーリング…姿こそ蝶の様なシルエットだが、手に持ったエネルギーライフル、そしてなによりもBT兵器の存在が物語っている。

 

「強奪されていたのはアラクネだけじゃ無かった訳ね…」

「随分と規模のでかい組織のようだな」

 

教師陣は苦虫を潰したような顔をする。

一夏だけが取り残されたかのように困惑とした表情を浮かべるだけだ。

まぁ、それも仕方あるまいな…。

 

「アレは…英国で稼動試験中だったBT二号機…『サイレント・ゼフィルス』ですわ…わたくしのブルー・ティアーズの稼動データを元にまだ開発途中だったはずなのですが…」

「レーザーが曲がってる…?」

 

セシリアの説明を聞きながら映像を見ていた一夏が、偏向制御射撃を見て目を見開く。

俺とて驚いた…まさかレーザーまで自在に曲げてくるとは思いもしなかったからな…。

 

「わたくしでもまだできないと言うのに…ッ」

「オルコット、お前が知る限りで偏向制御射撃ができる人間を知っているか?」

「いいえ…国でもわたくしが一番適正が高いと言うことでテストパイロットをしていたくらいですので…」

 

試験評価中のISを強奪して使用…か。

何ともきな臭い…危ない橋を渡らせることになるかもしれんが、少しゆさぶってもらうか…。

 

「セシリア、可能でならば構わんから少しサイレント・ゼフィルスの件で英国に揺さぶりをかけてもらえんか?」

「揺さぶり、ですか…確かにわたくしとしても納得がいきませんし、やってみますわ」

 

セシリアは小さく頷き静かに椅子に座りなおして顔を俯かせる。

偏向制御射撃は、セシリアが目指しているモノの一つだ。

偏向制御射撃をマスターすると言う事は、ブルー・ティアーズの性能を十二分に引き出していると言うことの証左になるのだ。

こっそりと、忙しい学園祭の準備の中でも一人遅くまで残って訓練をしているのを俺は知っている。

この努力が報われる日が来ることを切に願うばかりだ。

 

「お集まりの皆さん、今回襲撃してきた組織の名前は判明しています…概要までは詳しく調べることはできませんでしたが」

「楯無さん、それってあのアラクネの女が言っていた…」

 

一夏は顔を真剣な面持ちにして楯無を見つめると、楯無は静かに頷く。

どうやら組織名くらいは割れているようだ。

 

「組織の名は亡国機業(ファントム・タスク)。発足は第二次世界大戦中とされ五十年以上も活動を続けている…ウラの世界では有名な組織です。ここ最近のIS強奪事件の犯人は間違いなく此処と思って構わないでしょう」

「俺の天狼ではなく、一夏の白式を狙ってきた辺り標的の調査に余念もないようだしな」

「フン、よしんば銀のISを強奪してもデチューンしなければ中身がミンチになるだけだからな」

 

千冬さんは面白くもなさそうに苛立たしげに鼻で笑い、画面に映るアラクネとサイレント・ゼフィルスを眺める。

 

「サイレント・ゼフィルスの捕縛をしようとした時に邪魔が入った。今回学園に投入されたISは三機…なんとも豪勢な組織だ」

「白蝶さんの方で強奪されたISの行き先は調べられないのですか?」

 

セシリアの一言に全員の視線が白へと注がれるが、白は力なく首を横に振る。

 

「私も追えないか試してみたのだけれど、どのコアもネットワークから切り離されて独立状態にされちゃってるみたいなのよ…技術力もピカ一な証拠ね」

「……」

 

白の言葉にナターシャさんは険しい顔で思案する。

恐らく、銀の福音事件の犯人のことだろう…その予想は恐らく当たりだとは思う。

あまりにも良いタイミングでの襲撃だったからな。

天災がきっかけを作っていたとは言え、コアの制御を乗っ取ることができる組織と言うのは限られるだろう。

コアネットワークからの切り離しができる組織が犯人と見ても可笑しくはないはずだ。

 

「最終兵器投入も考えたいけど…」

「私のことを考えてくれ…あいつだけは勘弁してもらいたい」

 

白がニヤニヤと千冬さんを見つめると、千冬さんは頭痛に悩まされてるかの様に頭を抱え深くため息をつく。

最終兵器(篠ノ之 束)は嬉々としてやるだろうが、後始末がえぐい事になりかねん。

俺も千冬さんと同意見ではある。

胃は大事にしたいもの…。

 

「さて、今日の会合はこんなところかしら…白蝶には色々とお仕事押し付けて悪いけれど…」

「大丈夫よ楯無ちゃん。刺激のあるお仕事大歓迎だもの」

「俺としては静かに暮らしていたいんだがな…」

 

俺が遠い目でぼやくと一夏が静かに肩を叩いて首を横に振る。

あぁ、分かっているとも…最早それが無理なことくらいは…。

がっくりと肩を落とし、ゆっくりと立ち上がる。

 

「さて、と…楯無、轡木さんによろしく伝えておいてくれ」

「はいはい、細部はこちらで詰めておくわ」

「ん、銀…用事か?」

 

千冬さんが怪訝な顔をしてこちらを見つめてくるので、俺はお猪口をもって飲む仕草をしてやる。

それを見た瞬間千冬さんは怪訝な顔を一変させ満面の笑みとなる。

 

「ファイルス、今夜は寝かさんぞ?」

「その台詞狼さんから聞きたかったわ…」

 

ナターシャさんはやれやれと言った表情で首を横に振り、苦笑している。

千冬さんはウワバミとかザルとか…そんな言葉では推し量れないレベルの飲兵衛だ。

恐らく一般人では、ついていけないだろう…強く生きろよ、ナターシャさん。

 

「狼牙さん、升田さんによろしくお伝えください」

「承知…訓練、頑張れよ」

 

ついてくるもの…と思ったが、セシリアはサイレント・ゼフィルスに触発されたのか訓練に勤しむようだ。

あまり自分を追い詰めてもらいたくはないものだな。

セシリアの頭を一撫でして生徒会室を出れば、着替えるために寮へと急ぐ。

へそを曲げることはないだろうが、遅刻しないに越したことはないからな。

 

 

 

 

楯無は轡木さんと今後の打ち合わせ。

セシリア、簪は一夏達と戦闘訓練、及びデータ取り。

一人寂しく…と思っていたら思わぬところから一緒に行くと声がかかった。

 

「父様、待ちくたびれたぞ」

「いや、一時間も前から待てばそうもなろう…」

 

俺を父と呼んで憚らないラウラ・ボーデヴィッヒその人である。

サシで出かけたことがないので、いい機会だから私を連れて行けと強引に約束を取り付けられたのだ。

今日のラウラの格好は制服ではなく、オーバーオールにキャップを被っている。

些か男の子の様な出で立ちだが、制服だけで良い等と言っていたあの時よりは遥かに進歩していると思うのだ。

 

「行き先は聞いてなかったが何処に行くのだ?」

「馴染みの喫茶店だ。千冬さんの報酬を預かってもらっていてな、それを回収しに行く」

「うむ、では行くとしよう!」

 

ラウラは俺の手を掴めば意気揚々と歩き出していく。

大して時間もかからんし、モノレールは使わずに散歩がてら向かうことにする。

 

「ラウラよ、学園生活は楽しいか?」

「ん?藪から棒に…何故そんな事を聞く?」

「いや、ツンツンしていた頃と考えは変わったかと思ってな」

 

ラウラは、セシリア同様に事件を経て大きく変化した人間の一人だろう。

以前、千冬さん以外の人間を見下していたあの姿は何処にもない。

授業中の訓練も多少厳しさはあるものの、できない人間にはできるまで付き合う面倒見の良さが見受けられるようになった。

 

「そうだな…学園の人間の大半がISに対して認識が甘いと言う感想は今も変わらない。だが、新兵と言うのは得てしてそういうものだと思っている。なにより学園は間違ってもいい場所だ…存分に間違えて正しい答えを見つけることができるのなら、それはとても良いことではないか?」

「随分と柔らかくなったものだな…」

 

ラウラの頭を帽子の上からがしがしと撫でてやると、何とも嬉しそうな顔をされる。

…こうして接していると偶に本当の親子のように感じてしまうことがある。

父様父様と呼ばれ続ければ誰でもそう思ってしまうのかもしれんが。

 

「敬愛する教官が居て、正してくれた父様が居て…私は毎日が楽しくて仕方がない」

「正せたのはお前自身が省みることを覚えたからだろうに…お前は自慢の娘だよ」

 

楽しく雑談を交わしながら海沿いの公園へと入ると、ラウラの視線がある方向で止まる。

少し気になったので俺もそちらへと目を向けると親子連れが視界に入る。

小さな男の子が父親に肩車をしてもらっている。

…果たして俺にもあんな時期は…あったのだろうな、あの写真を見る限りは。

情けない話だ…大切だと思っていた両親との記憶は薄れていくばかり…忘れると言う事は悲しいことなのに、現在が幸せだと感じてしまって置き去りにしてしまっているのだ。

ラウラが握っていた俺の手を僅かばかり強く握る。

ラウラはデザインチルドレン…所謂試験管ベビーだ。

俺よりも両親と言う存在を知らないのだ。

 

「して欲しいならして欲しいと強請ればよかろうに、な」

「と、父様!?」

 

俺はニッと笑みを浮かべて手を離し、ラウラの身体を抱きかかえれば肩車をしてやる。

突然身体を持ち上げられたことに驚いたのか、俺の頭にしがみ付いてバランスを取り姿勢を正す。

 

「以前鈴が一夏にしてもらっていたが…なるほど、ISとは違った眺めでこれはこれで良いな!」

「お気に召したようで何よりだ」

 

あまり体を揺らさないようにゆっくりと歩き出す。

実際子供ではあるのだが、ラウラは俺の頭上で嬉しそうに笑っている。

もういっそ戸籍を移させてしまおうかと考えるが、脳内会議にて棄却する。

白が居ない状況で良かった…考えが駄々漏れだからな…周到な根回しが俺に襲い掛かるところだった。

 

「父様、ありがとう…」

「なんのことやらな」

 

何故か、早々に公園を抜けるのが勿体無くなって歩くスピードを緩めてしまう。

ごっこ遊びの様な親子関係ではあるが、これはこれで俺は大切にしたいと思っている。

一度殺し合いをした間柄だというのに呑気な物だが…過去は過去だしな。

 

「教官の報酬の受領を早々に終えてしまおう!」

「アイ・アイ・マム。帰りにアイスを買ってやろう」

「本当か!?この間シャルロットに教えてもらった店があるからそこへ行こう!」

 

ばたばたと興奮隠し切れず俺の上でラウラが暴れる。

それでも俺はバランスを崩さぬようにして歩き、笑うのだった。




スランプから脱せない…ぐぬぬ…

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