【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜 作:ラグ0109
扉を開けた俺は困惑していた。
「どうして一夏君がこの部屋に入ってきたのかしら?」
裸エプロン…流石に水着は着ているのだろうが、楯無がさながらガン◯スターの様に腕を組み仁王立ちしているのである。
「さっきの会話でルームメイトであろう事は理解していたがな…生徒会長がして良い格好ではないだろう?」
「おねーさんの質問が先だと思うな?」
軽く溜息をついて、片手で頭を抑える…これからコイツと共同生活か…心が休まる気がせんな。
「そういうイタズラを予想できたからな…一夏の痴話喧嘩を片付けるついでに出鼻を挫かせてもらった」
「そういうのおねーさんつまらないなぁ…慌てふためく男子らしい姿見てみたかったのに」
「これでも理性は総動員している…襲われたくもなかろう?」
手で楯無の顎に触れこちらを真っ直ぐに見つめさせる。
楯無の瞳に映る俺は随分と意地の悪い顔をしている。
「そ、そ、そう、なら、早く着替えなきゃね!」
急激に顔を赤くし、手を払った楯無は部屋の奥に入っていく。
俺は扉を閉め廊下で待つ。
「あれー、銀君も織斑君みたいに締め出されたの?」
同じクラスの相川が声を掛けてくる。
「いや、少しトラブルがな…なに、あの唐変木のようなヘマを俺はせんよ」
「唐変木って…まぁ、大分酷いって噂は流れているけどね」
肩をすくめ答えれば噂と言う言葉に片眉を上げる。
「ほう、既に情報が流れ始めていたか…」
「銀君の方はあんまりだけどね?絵画コンクールで入賞したって話は聞いてるよ?」
「小さなコンクールだし騒ぎ立てるものでも無かろうよ」
「またまた、謙遜しちゃって…今度絵を描いたら見せてね?」
「あぁ、構わんよ」
軽く雑談をした後に相川は何処か嬉しそうに部屋へと帰って行った。
「そろそろ良いだろう」
相川と別れて数分後、再びノックしてから扉を開けると楯無が立っていた。
裸エプロンで。
「お帰りなさい、ご飯にする?お風呂にする?それとも…」
「風呂でお前だ」
よろしい、男子と言うものを教育してやろう。
偶々通りがかった女子に一連の話を聞かれ黄色い声が上がるが、無視をして扉を閉め鍵とチェーンを掛けて楯無を姫抱きにする。
流れるような『手馴れた』動きに楯無は目を丸くしている。
「異論はあるまいよ…忠告を無視したのだからな?」
「え、っと…狼牙君?おねーさん、止めてほしいかなぁって…」
「なんのことだかな?」
姫抱きのまま部屋に入ればビジネスホテルの様な簡素ではない、しっかりとした作りの部屋が視界に広がり壁側と窓側にベッドが一つずつ置いてある。
荷解きは楯無が勝手にやったようで既に済んでいる。
どうやら俺は窓際のベッドらしい。
「ちょっと、本気…なの?」
「あぁ、本気だな」
にっこりと笑みを浮かべれば楯無をベッドに放り投げる。
「三度目は無いぞ、更識…風呂に入る…頼むから覗いてくれるなよ?」
「もっと大切にあつかいなさいよ!」
「喧しい、こっちもいっぱいいっぱいだ」
髪留めを解き三つ編みを解きながら着替えの下着と紺色の作務衣を用意し洗面所に退避し、カーテンで区切る。
肉体に精神が引っ張られやすい都合上本当に危うい…俺の目から見ても美人だしな。
「全く、厄介な……」
狼牙が風呂場に入ってから、更識 楯無は笑みを浮かべ考え込んでいた。
「本当に同い年なのかしら…過去の身辺調査でも目立ったところは無かったけれど…」
楯無はパジャマに着替えながら今日一日の狼牙の行動を思い返していた。
世界で二人だけの男性操縦者。
生粋の日本人にも関わらず、日本人ではあり得ない銀の髪に金の双眸…まるで『造られた』人間の様だ。
「ドイツの行っていた、アドヴァンスドの個体って訳じゃないみたいだし…何なのかしら?」
空中投影ディスプレイに表示されているのは銀 狼牙の個人情報…両親を失う契機になった事故の詳細も書いてある。
「白騎士事件の被害者、と言う事になるのよね…間接的だけど」
(白騎士事件の首謀者は恐らく篠ノ之 束…隠す気も無いようなマッチポンプぶりだけ ど、いくら天災と言えど完璧とは言い切れなかったみたいね)
遺族にすら知らされなかった真実はこうだ。
一斉発射されたミサイルは、確かに白騎士によって無力化はされた。
だが、破片の一部が『偶然』街の一角に落ち、『偶然』にも走行していたトラックに衝突。
そして『偶然』入学式から帰宅していた一家三人に制御不能に陥ったトラックがぶつかってきた。
(できすぎよねぇ…)
手を払い次の情報を表示させる。
「簪ちゃん……」
そこには倉持技研……日本のIS開発会社が第三世代機『打鉄弐式』の開発をストップする事が記されていた。
シャワーを浴び終えた俺は髪の毛をしっかりと乾かし、作務衣に袖を通す。
楽な物で俺は部屋着を作務衣で統一している。
孤児院の弟や妹達には匠だ匠だと笑われていたが。
「反省したか?」
「退かぬ媚びぬ省み…あ、ごめんなさいグーはやめておねーさん女の子なんだから」
この猫は…。
とりあえず着替えてはくれた様で心の中で胸を撫で下ろしつつキッチンへ行く。
「コーヒー淹れるが飲むか?」
「おねーさん砂糖とミルク無しで大丈夫よ」
「承知した」
愛用しているサイフォンを組み立て、ヤカンでお湯を沸かしている間に豆をゴリゴリと挽いていく。
インスタントではつまらん。
かと言ってコーヒーメーカーは壊れたら面倒。
どうせ同じ面倒ならばノスタルジックなサイフォンが良いだろうと言うことで、篠原さんに誕生日に買ってもらった物だ。
豆は安物だからな…口に合うかは知らん。
「珍しいもの使うわね…愛好家はいるだろうけど」
「なに、淹れるとき視覚的に楽しめるからな」
キッチンでサイフォンを眺めていると楯無が隣にやってくる。
ついで俺を眺めてくる。
「やけに似合うじゃない…愛用してるの?」
「少し出歩く位ならこれでも十分だからな…なんだかんだと気付いたら作務衣ばかり増えてきた」
苦笑しながら抽出の終わったコーヒーをカップに注ぎ楯無に渡す。
「苦情は受け付けんよ」
「そこまで野暮じゃないわ…ありがとう」
綺麗に微笑み礼を言う楯無を尻目に、リビングへ移動しベッド脇の席につき今日の復習を行う。
「感心感心。真面目な子はポイント高いわよ?」
「同じダメでも全力は尽くしたいからな」
とは言え、放課後の授業のおかげで復習自体は済んでいる。
軽くおさらいを一時間かけて行う。
冷めきった残りの珈琲を飲み干し、明日の授業の準備を済ましてスケッチブックを取り出す。
「更識にはイタズラの罪滅ぼしをしてもらおうか」
「ヌードモデルはやらないわよ?」
「そうか」
鉛筆を削りながら苦笑する。
軽く流したら流したで楯無は頬を膨らませる。
「反応鈍い…もっと構うべきだわ!」
「喧しい、適当にベッドに座っていろ」
ベッドに腰掛けスケッチブックを開きながら楯無が座るのを待つ。
絵を描くのも日頃の練習だ。
今日は良い被写体が居るからな、利用させてもらう。
楯無がベッドに座りこちらを見つめてきている。
ふむ、立てば芍薬座れば牡丹、と言うが…なるほど、ただ座るだけでもサマになる。
IS学園は女性ばかりの女の園。
それだけなら未だしも、見てくれが悪い女性が居ないのだ…誰かしら魅力的な要素を持っている。
弾の言う通り此処は楽園だろう。
自分が放り込まれなければ。
「更識、余計なトラブルは避けたいからルールを作るぞ」
「ルール?あぁ、そうね…私もまだ襲われたくないし」
ニヤニヤと笑いながら頷く楯無。
環境から考えても恐らく耳年増、生娘だろう。
楽しいことに全力なのは良いことなのだがなぁ…。
「風呂はそちらが先に使ってくれて構わん。どうせ、俺は帰り遅いだろうからな」
「不良少年ね…分かったわ。着替えは互いに洗面所を使って着替えるようにしましょ」
「承知。部屋に入って偶然着替えを覗いて警察のお世話なんぞ勘弁被りたい」
決して、興味が無いわけではない。
俺とて男だ…悲しいかな、性には逆らえん。
とは言え、これからの円滑な学園生活には必要な事だ。
「ねぇ、どうして狼牙君は絵を描くのかしら?」
「唐突だな」
俺は絶えず鉛筆を白い紙に走らせ、楯無の今の姿をスケッチブックに落とし込んでいく。
「記憶に留めたい、とかそう言う理由なら写真の方が遥かに手頃じゃない?」
「ふむ…ご尤もだが…どうせ使える手があるのだ、どうせ腕を使うのであれば俺はこうして絵を描いていた方が面白いと思う」
刻々と変わる風景を絵に落とし込むことは難しい。
光の加減によって世界は見方を変えてしまう。
だからこそ挑む価値もある。
…戦闘馬鹿みたいだな。
「一瞬一瞬を撮るのはそれはそれで良いのだろうがな」
「へぇ、自分を追い込むの好きでしょ?」
「フッ、否定はせんよ」
互いに笑みを浮かべながら言葉を交わす。
…イタズラさえなければな…。
時間にして三十分程か…。
漸く俺は鉛筆を走らせるのを止め、スケッチブックを閉じる。
「罰ゲームは終わり?」
「あぁ、被写体が良いと筆のノリが良い」
笑みを浮かべながらスケッチブックを机の本棚に仕舞い一息入れる。
「あれ、私に見せてくれないの?」
「罰ゲームだからな。次回被写体にする事があれば見せてやろう」
時間的にもそろそろ消灯時間…寮長が誰かは分からんが罰は受けたくない俺はベッドへと体を横たわらせ、楯無に背を向ける。
「明日も早いんでな…」
「ひっどーい、おねーさんとは遊びだったのね?」
「悪いが、女遊びが出来る程腹芸は上手くない」
相手にも失礼だしな。愛するなら全力で臨む。
ゆっくりと微睡みに意識を委ねはじめ、完全に意識が落ちる前に声をかける。
「おやすみ、楯無…」
「えっ…あ、うんおやすみ狼牙君」
ぼぅっとしていた為か名前で呼びかけたが…まぁ、構わんだろう。
こうして、俺はジェットコースターの様な一日目を終えた。
夢を見ていた。
俺はかつての姿である巨大な銀狼の姿で身体を横たわらせ、泉を眺めていた。
不思議とその泉の中央には巨大な桜の木が花を咲かせ、花弁を散らしていた。
懐かしい気配がする。
俺が愛し。
あいつは俺を愛し。
そして…
俺は守れなかった。
『ねぇ、ロボ』
[なんだ、白?]
俺は体を寝そべらせ尾をゆっくりと動かし、目の前に現れた女性を見る。
純白の長い髪、陶器の様に透き通った肌、優しい眼差しは黒。
蝶をあしらった着物を着崩しているが、それすらも美しい。
もう、姿を見ることが出来ないと思っていたのに…。
『もうすぐ、また貴方に会えるわ』
そう言い、白は俺の体に身を委ねる。
俺は離さぬように、包み込むようにして白の体を受け止める。
[そうか…また、会えるか…]
夢の筈なのに…暖かい温もりが俺に染み込んでいった。
嘘みたいだろ…ISのSSなのに…まだまともにIS出てないんだぜ…。