【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜   作:ラグ0109

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一抹の不安

学園の長たるもの最強であれ。

これが生徒会長の座に就くものの、最低限課せられる使命だ。

誰よりも強くなければ、長…ないし王を名乗る資格はない。

孤高の存在となる事が、生徒会長に求められるのである。

孤高の存在は…そうだな、言ってしまえばアイドルの様な存在になる。

憧れも妬みも一身に引き受けるのだ。

更識 楯無は、そう言った感情を向けられても決して動じない。

鋼のような芯を心の中に持っているのだ。

彼女の様な若さで、そんな強さを持った人間がどれ程居るのだろうか?

素直に賞賛に値する人物ではあるだろう。

 

「簪ちゃん、セシリアちゃん…それに狼牙君も、今日みたいに手出しは一切無用よ?」

「とは言えな…怪我をされては俺が困る」

「えぇ、何かあってからでは遅いと言うものですわ」

 

夕食時、寮の食堂でいつものメンバーで食事を行う。

ラウラは不思議そうな顔でこちらを見てくる。

 

「少し前に発砲音があったが何かあったのか?」

「生徒会長の座を狙っている連中に襲撃されてな…セシリアに、麻酔銃で援護させたのだ」

「随分と殺伐としているな…」

「生徒会長はどんな相手の挑戦でも受けなくてはならないの…場所と時を選ばずにね。ある意味なんでもアリの戦場よね」

「お姉ちゃん、それで怪我をしたら嫌だよ?」

「お姉ちゃんは強いから大丈夫よ」

 

簪は自信に満ち溢れた笑みを浮かべる楯無を不安そうに見つめるが、楯無自身は一切ブレずに弱音を吐かない。

吐けないだけなのかもしれんが。

学園の長としての責務、自慢の姉でありたいと言う願望…何とも不器用なものだな。

 

「楯無、手が欲しければいつでも言えよ?」

「えぇ、わたくし達は同志な訳ですし」

「お姉ちゃんを倒すのは私なんだから…」

「父様が手を貸せと言うのであれば私も吝かではない」

 

嫁三人、娘一人…仲がよろしくてお父さんは嬉しいものだ。

食後の緑茶をシミジミと啜っていると頭の上に柔らかい物体が乗っかってくる。

…この手のスキンシップに動じなくなってきたな。

 

[だったらいい加減キチンと言えば良いのに]

 

いや、それは色々と拙いだろう…素敵な響きの四文字だが。

キャラ的にも言うべき言葉ではない…と思いたい。

ともあれ、スキンシップの犯人はセシリアと簪の顔を見ればすぐに分かる。

 

「先生、秋到来とは言え暑いのだが」

「狼さん、こうして話すのは久しぶりね。唇奪いにきたわよ?」

 

そう、ナターシャ・ファイルスその人である。

ファイルスさんが楽しそうな笑みを浮かべると、食堂が騒然とした雰囲気に包まれる。

セシリアと簪はワナワナと震えて、抗議の眼差しをこちらに向けてくる。

対して楯無は余裕の笑みを浮かべているだけだ。

…いずれ、セシリアと簪からも信頼を勝ち取りたいものである。

 

「いいじゃない、狼さん。役得でしょう?」

「否定はせんが、教師がそんな調子で大丈夫なのか?」

「だ、だめに決まっていますわ!」

「先生、狼牙から離れてください!」

 

ズズッとお茶をすすりどうしたものかと悩む。

こういった手合いは実力行使でも喜んでしまうものだし、寧ろ燃え上がって余計にスキンシップが激しくなる。

で、あれば放置一択に限るのだが、目の前のお嬢さん方はそれで納得できるはずもない。

 

「ナターシャ・ファイルス、父様が困っている」

「困っていると言う割には役得とか言ってるけど?」

「それはお前を傷つけない為だ。それに甘えるべきではない」

 

ラウラは、俺に抱き付いて離れないファイルスさんに舌鋒鋭く抗議する。

気持ちはありがたいが…。

俺は横目でラウラを諌めるように見つめる。

 

「ラウラ、先生を付けろ…これでもアメリカ国家代表だ。実力で言えばラウラやセシリアよりもあるのだからな」

「だが…」

「父の言うことは聞けんか?」

「分かった…すまなかった、先生」

 

素直に頭を下げたラウラにファイルスさんはクスリと笑う。

大して気にしていない様子だ…大人の余裕だろうか?

俺はフォローと言うわけではないがラウラの頭を優しく撫でてやる。

 

「落ち着きなさい、二人とも…この程度で狼牙君が靡く訳ないでしょう?」

「ですが…」

「私達三人とも正妻な訳だし、気にするまでも無いわよ」

 

楯無は相変わらず余裕綽々と言った風だ。

そんな様子を見てファイルスさんはニヤリと笑みを浮かべて楯無を見つめる。

 

「楯無、随分と余裕じゃない…狼さんもらっちゃうわよ?」

「ファイルス先生、好意はありがたいが俺はそれに応えるつもりはない」

 

先程からザワザワと騒がしかった周囲の反応が一気に静まる。

女性に限らずこう言った浮ついた話というのは興味の対象になる様で、よく知る友人とも視線が合う。

気恥ずかしいのでそんなに見ないでもらえんか、一夏よ。

 

「応えなくても良いわよ、いつか振り向かせてみせるもの」

「もっと良い男を見つけることをオススメする。そこの男性操縦者とかな…」

「あの子は…あー、ほらブリュンヒルデが怖いもの」

「千冬さん関係者はトラウマか何か持って…いるのか…」

 

再びお茶を啜りため息をつく。

束さんも千冬さんの痛いスキンシップを恐れて一夏に積極的な触れ合いを避けている節がある。

…人間の頭くらいなら握り潰せそうだものな…。

 

「ところで、ナタル…大変だったみたいじゃない?」

「篠ノ之博士が根回ししてくれなかったら、今頃代表を降ろされていたでしょうね…。感謝してもしきれないわ」

「たまたま気まぐれが働いたと言う事だろう…痛手を負わんで良かったものだ」

 

俺がほっこりと笑みを浮かべていると不満顔の簪とセシリアがジト目でこちらを見てくる。

良いのだ、裏方は裏方らしく目立たず、静かに行動するものだ。

賞賛や恩を売るためにしている訳ではない。

これは俺なりの罪滅ぼしなのだ。

 

「そんな顔をしてくれるな…」

「生憎と生まれつきなものでして」

「そう、狼牙には関係ないもん」

 

取り付く島無しである。

何とも困った娘っ子達である。

だが、セシリアと簪は表情を一変させた後互いに顔を見合わせて立ち上がる。

 

「わたくし達は急用ができましたので…」

「また後でね、狼牙」

 

二人はバタバタと慌ただしく食器を片付け、立ち去っていく。

何やら悪寒がするな…嫌な予感がして何とも気が重くなる。

具体的には白が何やら提案した、とか。

 

「私も、学園祭の準備で取りまとめることがあるからな…父様、おやすみなさい」

「あぁ、おやすみラウラ」

 

ラウラは御奉仕喫茶発案者と言うことで、クラスの取りまとめを担当している。

軍隊仕込みの統率能力は中々上手く機能しているようだ。

昔のような厳しさも無いと言うのもポイントが大きい。

 

「さて、狼さんとのスキンシップはこの辺りにして…知り合いが面白い事を教えてくれたわ。楯無、詳細はこのメモリーファイルに入れてあるから確認しておいてちょうだい」

「えぇ、ありがとうナタル…これはここだけの秘密ね」

「ファイルス先生も何かと危ない橋を渡るな…」

「私は許してないもの…きっちりと首謀者には清算してもらわないと」

 

銀の福音を我が子の様に思っていたのだろうな…ファイルスさんの声に若干の冷気が混じっている。

腕を組み思案する…天災の敷いたプロテクトを突破し、軍の最新鋭機を暴走させる程の手腕を持つ人物ないし組織…一筋縄で行くものでは無いだろう。

もしかしたら、奥の手すら使わなくてはならないかもしれない。

…周囲の人間の為にそれだけは避けたいものだが。

 

「それじゃ狼さんと楯無また明日」

「えぇ、おやすみナタル」

「次からはスキンシップを控えめにしてもらえると助かる」

 

ファイルスさんは、軽く肩をすくめた後に気さくに手を振って立ち去っていく。

ただただ眉間を抑えてため息を吐くばかりだ。

 

「はぁ…なんともな…」

「ふふん、狼牙君も男の子だものね。ドギマギしたでしょう?」

「しなかったと言えば嘘になる…だが、あの程度で靡きはせんよ」

「嬉しいこと言うじゃない」

 

気を取り直し、冷めきったお茶を啜る。

口いっぱいに広がる苦味が何とも美味しい。

 

「あぁ、忙しいところ本当に申し訳無いのだが…頼らせてもらっても構わんか?」

「もっちろん、狼牙君のお願いだったら聞いてあげるわよ?」

 

楯無は腰に手を当て胸を張って笑みを浮かべる。

何とも頼もしい限りだ…雑務くらいはこちらで引き受けてやらねばな。

 

「一夏の訓練の監督を担当してもらいたい…後で白式雪羅のスペックデータを渡すから、助言してやってもらいたいのだ」

「構わないけど…彼、そこそこ強かったはずよ?」

「燃費が更に悪化してしまってな…悪いなら悪いなりの動き方があるはずだから、それを教えてやってほしいのだ」

 

国家代表、そして学園の長である楯無ならばより良い提案もできるだろう。

そしてそれらを聞いた箒達のレベルアップにも繋がる、と…どうにも腹芸ばかり上達していくな。

 

「もちろん、暇なタイミングで構わない。できれば自分達で解決すべき問題でもあるからな」

「分かったわ。その代わり…ご褒美は何をくれるのかしら?」

「それは学園祭後のお楽しみ、だ」

「漲ってくるわねぇ…それじゃ、私は一足先に部屋に戻るわね」

 

楯無は意気揚々と言った感じで笑みを浮かべて食堂から立ち去っていく。

腕を組み、静かに物思いに耽る。

俺がやれる事は何かあるだろうか?

ファイルスさんが持ってきた報せ…確実に厄ネタの類だろう。

これから起きるイベントの事を考えると頭痛が増すばかりだ。

誰も泣くことなく、笑っていられるようにするには…。

 

「銀、大丈夫か?」

 

声にハッとなり、思考の海から抜け出し声のした方向へと目を向ける。

そこには心配そうな顔をした箒が立っている。

 

「なに、気にするな…少々、悪戯がすぎる人物達が多いものでな」

「そう言う顔には見えんが…思いつめてないか?」

「俺の事は良い…それよりも…」

「そういう訳にもいかない」

 

箒はムッとした顔でこちらを見下ろしてくる。

遅れて一夏が此方へとやってくる。

どうにも心配ばかりさせているな…反省せねば。

 

「銀、お前はいつもそうだ…自分の事を考えないで他人の事ばかり考えている。そのお陰で救われている人間が居るのだろうが…お前を誰が救ってくれるんだ?」

「……」

「なぁ、狼牙…此処のところ何か様子がおかしいぜ?」

「いつも通り、ではないか?」

 

いや、きっと違うのだろう…不安の種は確かにある…俺の体の事とかな。

一瞬一瞬の動きの中に、かつての感覚が戻っていることがある。

人ではない何かに変わってしまっているような…。

仮に人では無くなってしまっていても、俺が俺である事に変わりはないのだが…あいつらは、変わらず接してくれるだろうか?

 

「まぁ、最近忙しい事も多くなってきているからな…疲れているのかもしれん」

「それなら、それで良いが…」

「皆、狼牙の事好きなんだからさ…キツイ時は言ってくれよ、力になるぜ」

「いい友を持ったものだ…ありがとう、二人とも」

 

俺は…可能な限り優しい笑みを浮かべる。

いかんいかん、らしくもない…俺は俺なのだから何も変わらんだろうに。

 

「あぁ、そうだ…一夏、手間を掛けさせる様で申し訳無いが、後で荷電粒子砲のデータを此方に渡してもらえないか?」

「へ?いや、構わないけど…狼牙のISには積んでなかったよな?」

 

一夏は不思議そうな顔をして首をかしげる。

箒は察したのか腕を組んで頷く。

 

「一夏、簪のISの武装データに流用するのだと思う。この間愚痴をこぼしていたからな」

「簪さんのか…分かった、明日の朝渡すからな」

「あぁ、それで構わない…よろしく頼む」

「そんなにかしこまるなよ。俺たちのISのせいで簪さんのISの開発がストップしちまったんだろ?だったら、開発に俺たちが協力してやらなくちゃ顔向けできないって」

 

一夏は気持ちの良い笑みを浮かべて自分の胸をドンっと叩く。

なんとも頼もしいものだ…。

箒はそんな一夏の横顔を見て頬を赤らめている…良い雰囲気だな…邪魔者は退散するとしようか。

 

「では、後は二人でごゆっくり」

「し、銀!?」

「お見合いじゃないんだからさ…ま、いいや…また明日な」

 

俺は軽く手を振り食堂を後にする。

本音を言えば、早々に立ち去りたかった…何故だかわからんが一夏達に対して後ろめたい気持ちになってしまっている。

…誰かを本当に頼る時と言うのは俺には勇気がいる。

祖母が亡くなって以来、頼ろうとして来なかったのが原因なのかもしれんが。

 

[不器用よね…昔から]

 

そうした生き方しかしてこなかったからな。

染み付いて離れないのかもしれん…そうした生き方が。

意固地とか頑固とか…そう言った言葉で片付けられそうではあるが。

部屋の扉をノックし、扉を開く。

 

「「にゃーん」」

「コ、コン」

 

露出過多の猫のコスプレをした更識とこれまた露出過多の狐のコスプレをしたセシリアが、可愛らしいポーズを取って待ち構えている。

俺はそっと扉を閉めて、目をゴシゴシと擦る。

 

「更識姉妹なら兎も角、セシリアまで…ハハハ、馬鹿な」

 

俺は再び扉を開けると、やはり同じように三人に出迎えられる。

…何だか悩むのが馬鹿らしく思えてくるな。

俺はクスリと笑みを浮かべて部屋に入れば、誰にも邪魔をされない様にきちんと施錠をするのだった。


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