【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜   作:ラグ0109

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狼とトラブルと

昼休み、セシリアと更識姉妹とで中庭にある大きな木の下で昼食を取る。

それぞれがお弁当を持ち寄って食べ合う形なのだが、俺は本当に申し訳ないが眺めているだけだ。

午後の授業でISを扱うので、迂闊に食事を摂ると胃がひっくり返ってしまうのだ。

更識姉妹は言うに及ばず、セシリアの料理の上達は目覚しいものがあった。

なんでもあの生物兵器事件以来、彼女付きのメイドであるチェルシーに師事してもらって何とか食べられる物は作れるようになったのだと言う。

向上心があるのは良いことだ…人生にも張り合いがでるしな。

 

「遂にナターシャさんが来てしまいましたわね…」

「うん…ファイルス先生はきっと…」

 

セシリアと簪は浮かない顔をして俺の事を見つめてくる。

以前のキス事件が未だに尾を引いている様だ…簪はその場に居なかったが、恐らく本音が告げ口したのだろう。

どうでも良いことだが、この場にいる女子…全員が専属メイド持ちだな…。

 

「ナタルが気に入った男ができたって言ってたけど…まさか、狼牙君とはねぇ…」

「どうにも信用がない男だな、俺は」

 

ちゅーっと飲むヨーグルトをストローで飲みながら辟易とする。

朝の全校集会の時、ファイルスさんは此方をチラチラと見てきている。

完全に意識されている…吊り橋効果でそう思い込んでいるものだと切実に思いたいものだが…。

 

「楯無、ファイルスさんとは知り合いだったのか?」

「アメリカとロシアは張り合うことが多くて…親善試合って形で何度も戦っているのよ」

「犬猿の仲ですものね…その二カ国は」

「政治的な都合で私達が使われるのは仕方ないけど、釈然としないのよね〜」

「日本の国家代表はもっと大変…織斑先生って言う先達がいるから、恥ずかしい試合はできないし」

 

それぞれの国にはそれぞれの思惑が交差している。

国家代表は、国の威信を背負う存在だ…現役国家代表である楯無は、日本出身であるにも関わらずロシア代表だ。

割り切ることはできるだろうが、それでもストレスには感じているかもしれんな。

俺は何と無く楯無の頭を優しく撫でる。

楯無は気持ちよさそうに目を細める。

 

「あー…眠くなってくるわ…」

「幾ら何でも気を抜きすぎだろうに」

「いいのよ、セシリアちゃんと簪ちゃん…それに狼牙君がいるもの」

「まるで猫ですわね…」

「共振現象の時に私とお姉ちゃんは猫だったし…間違いじゃないのかな?」

 

楯無は俺にしな垂れかかり、ウトウトとしてくる。

やはり、日頃の疲れが溜まっているのだろうな…俺は膝枕をしてやり楯無を寝かしつける。

 

「ところで簪…弐式の武装は上手くいっているのか?」

 

夏休み中に打鉄弐式は本体は完成したものの、武器の方が完全に手付かずのままだった

兵装の内容は近接用薙刀が一本、荷電粒子砲が一門、そしてマルチ・ロックオンミサイルポッド八門だ。

…やりようによっては一国の軍隊と単騎でやり合えそうなくらいの重火力型だな。

本体自体は、打鉄の反省点を踏まえた高機動型なのだが。

 

「薙刀は出来上がってる…ただ、荷電粒子砲とマルチ・ロックオンシステムが…」

 

簪は力無く項垂れている。

しかしそれも仕方あるまい。

兵器開発と言うものは、様々な分野の知識が必要となる。

中には玩具に使われた技術が兵器に化けることだってあるのだ。

簪は才能がある。

だが、若いのだ…これから知識を蓄えていくことができるが、まだまだ必要な知識が足りていないのだ。

 

「荷電粒子砲に関してはアテがあるな…」

「一夏さんの『雪羅』搭載武装ですわね?」

「あぁ、同じ倉持のISだ…変t…失敬、天災が関わっているとは言えな」

「変態って言おうとしたでしょ、狼牙…」

「会うたび舐められれば、そうも思う…」

 

…変態に頼めばマルチ・ロックオンシステムも開発に漕ぎ付けるだろう…だが、それはしない。

簪の為にならんし、天才かつ天災かつ変態だからと言って何でもかんでも頼ると言うのは間違いだろう。

それに、努力をしてこそ出来上がった時の喜びも一入と言うもの。

事実、本体が完成した時は皆で手を取り合って大喜びしたものだ。

 

「篠ノ之博士…行動が読めませんわね」

「読むんじゃない、感じろ…読むだけ無駄だからな」

「篠ノ之博士と本当に付き合いがあるんだね…」

「解剖させろが始まりだったがな…」

 

最近はそういった依頼が無いので一安心しているが。

今頃何処で何をしているのやら。

自前のスパイ衛星で此方を監視しているような気もするが。

 

「兎に角、だ…荷電粒子砲は一夏のISからデータをもらおう。その代わりにだ…」

「ギブアンドテイク…エネルギー管理の見直しを私がしてあげれば良いんだね?」

「そう言うことだ…頼めるか?」

「リターンが大きい…良いよ、織斑君に伝えておいて」

 

簪は微笑みを浮かべて小さく頷く。

残る問題はゆっくりと解決していくしか無かろうな…。

セシリアが俺の顔を覗き込んでクスリと笑う。

なんだろうか?

 

「狼牙さん…腹芸が上達なさってますわね…」

「ならざるを得なかったのだ…」

 

膝で眠る楯無の頭を撫でながら遠い目をする。

思えば、何かしらに巻き込まれ頭を悩ます日々…腹芸が上達するのも無理は無かろうと言うものだ。

お陰で何かと円滑に事が進ませる事が出来る訳だが。

こう言うのは昔の同僚の仕事だったのだがなぁ…なんちゃってヤンキーとか不死王とか。

今頃どうしているだろうか…。

 

「狼牙さん、どうしたのです?」

「いや、昔の同僚は元気にしているかと思ってな」

「どんな人達なの?」

 

セシリアと簪は興味があるのか、若干興奮気味に詰め寄ってくる。

俺はそれを片手で押し留めて苦笑する。

 

「ヤンキーっぽい人形遣いとロリコン吸血鬼だ」

「ヤンキー…」

「ロリコン…狼牙の元同僚って変態なの?」

「概ね間違っていない辺り悲しくなるがな…。特に吸血鬼は、何をしても死なない奴だったな。腹黒女顔女装癖…声も変幻自在ときたものだ」

 

深く溜息を吐くものの、別に嫌っていたわけではない。

共に語らい、共に飲み明かした仲だ…確かに友情はあっただろう。

元気に扱き使われていれば良いが。

 

「ふふ、狼牙さんのそう言った話を聞いていると見てみたくなりますわね」

「うん、共振現象の時の風景も綺麗だったし…きっと綺麗な世界だったんだろうね」

「風景はな。さて…楯無、そろそろ昼休みが終わるぞ」

「う〜ん…あと二時間」

「それはつまり、千冬さんの特別メニュー送りになれと?」

 

楯無の体を揺するが、完全にお昼寝モードの楯無は起床拒否と言わんばかりに俺の足にしがみついている。

俺がほとほと困った様な様子を見て、簪が立ち上がり楯無の耳を摘んで引っ張り上げる。

 

「お姉ちゃん、我儘はダメ!」

「い、いたたたた!簪ちゃん痛い!」

 

簪は頬を膨らませながら楯無を叱り付け、耳を引っ張りながら立ち上がる。

楯無は楯無で若干涙目になりつつも、されるがままに立ち上がる。

…何でハァハァ言っているんだ…。

 

「セシリア、あの簪がこんなにも逞しく…」

「えぇ、出会った時は気弱そうでしたのに…」

 

姉を叱り付ける簪を見て、セシリアと二人でしみじみと思う。

人は変われるのだな、と。

 

 

 

放課後、手紙での呼び出しがあったので海沿いにある第二アリーナへと向かう。

何かと俺に好意を持って告白をしようとする女生徒が、こうして呼び出したりしてくるのだ。

無論、いずれも丁重にお断りを入れている。

一目惚れだなんだと言っても知らん人間といきなり恋仲になれる程軽い男であるつもりはないし、あの三人以外を愛するつもりもない。

泣かせてしまうのは心苦しいが、いずれ俺よりもイイ男と出会える事が出来るように切に願っている。

 

「さて…待ち合わせはここだったな…」

 

第二アリーナ前にある噴水…約束の時間の十分前に着いた俺は、噴水の縁に腰掛けて待ち人が来るのを待つ。

さて、今日はなんと言って罵倒されるのやら…。

深く溜息を吐くと、ぞろぞろと道着やら袴姿やらの女生徒達が俺を取り囲んでくる。

 

「銀 狼牙君ですね…貴方には此処で果てていただきます。理由はお分かりですね?」

「脛に傷があり過ぎてな…どれが理由なのか皆目検討つかない」

 

俺はポーカーフェイスを気取っているが、内心冷や汗が止まらない。

恐らく、こいつらは俺の足止めだろう…本命は楯無。

何故楯無なのか…それは今回の織斑 一夏争奪戦が原因だ。

部活動の中には、学園祭の出店に当たって不利なところがある。

そうした連中が、楯無を打倒し会長に成り代わることによってルールを捻じ曲げてしまおうと…まぁ、そう言う魂胆と言った所か。

俺はセシリアにコアネットワークで連絡を取る。

 

『セシリア、今手が空いているか?』

『えぇ、空いていますが…』

『生徒会室にL96A1を麻酔銃に改造した狙撃ライフルがある。今楯無が囲まれている状態だから、援護に回ってくれ。白、学園内の監視カメラを使って楯無の位置情報を把握…セシリアの観測手として動いてくれ』

[アイ・サー。セシリアちゃん、データ送るから行動開始してね]

『承りました…狼牙さん、無茶はなさらぬように』

 

セシリアとの連絡を切り、次いで簪に連絡を取る。

中々忙しいな…だが、俺を取り囲む女生徒は俺が座り込んだまま動かないのを見て油断しきっている。

俺ならば問答無用に制圧するところだがな。

 

『どうしたの、狼牙?』

『すまんが、少し手を借りたい。織斑先生に連絡して医務室がいつでも使える様にしておいてもらいたい』

『狼牙、もしかして…』

『楯無と俺が大暴れと言った所だ…生徒会と言うのは案外武闘派組織だったようだ…頼んだぞ」

『わかった、連絡したらすぐに助けに行くから…』

『頼もしい限りだ』

 

必要な連絡が済めば俺は立ち上がる。

早ければ、そろそろセシリアによる狙撃援護が始まるはずだ。

セシリアの邪魔をさせんように、派手に動いてやらなくてはな。

 

「さて、待ち人も来ないようだし帰らせてもらっても構わんか?」

「そうはいかない…私達だって明日がかかってるからね!」

「必死だな…それで、どうするのだ?」

「騙して悪いけど、これも部活のため私達のため…パパさんには痛い目見てもらう!」

 

道着を着込んだ少女が、勢いよく踏み込んで来れば綺麗な回し蹴りを俺に叩き込んでくる。

綺麗すぎる、と言う事は読みやすいと言う事だ。

俺は上体を逸らして回し蹴りを避け一歩踏み込んで脇腹に掌底をなるべく優しく叩き込み、弾き飛ばす。

怪我せんようにしなければならない分非常に不利だな…俺はニィっと笑みを浮かべ周囲を見渡す。

 

「どうした…痛い目を見せてくれるんだろう?かかって来い」

「っ……!!」

 

逆境の時こそ笑うべきなのだ…気持ちで負けた時、真の敗北が訪れる。

負けられんだろう、無様な姿を晒せんのだからな。

遠くで乾いた音が響く。

どうやらセシリアの狙撃による援護が始まった様だ。

じきに楯無は無事に制圧するだろう。

 

「やああああっ!!!」

 

薙刀を持った少女が裂帛の気合いとともに薙刀を縦に振り下ろしてくる。

俺はそれを半身を逸らして避けて薙刀を踏み付けて地面に固定した後、踏み付けた足を軸に回し蹴りを叩き込み、噴水に叩き落す。

手から零れ落ちた薙刀を足で蹴り上げて手に取れば、槍にように弄び構えを取る。

 

「織斑 一夏と部費…それと自身の体…どちらを取る?怪我はしたくなかろう?」

「つ、強い…!」

「誰よ、フェミニストだから抵抗しないなんて言ったやつ!」

「火の粉が掛かれば誰だって払うものだろうに」

 

やれやれと肩を竦めると、簪が千冬さんを伴ってやってくる。

援軍来たれり、か…怪我させんで済みそうで良かった。

 

「貴様ら!何をしている!?」

「お、織斑先生…」

「い、いえ…乱取り稽古をですね…」

 

千冬さんが腕を組んで仁王立ちして威圧すると、俺を取り囲む女生徒達はしどろもどろとなって答える。

ババを引いたな…足止め班よ…。

 

『狼牙さん、こちら標的の沈黙を確認しましたわ』

『ご苦労。そんなセシリアにはプレミアムプリンを進呈してやろう』

『絶対ですわよ!?』

『売り切れてなければな』

 

俺がクスリと笑うと楯無が通信に割り込んでくる。

 

『狼牙君の采配だったわけね…一人でも問題なかったけど、おかげで随分楽できたわ〜。セシリアちゃんもありがと』

『無事で何よりだ。簪が打倒するまで負けられんだろうに…ともあれ、後ほど夕食でな』

『らじゃ〜』

『えぇ、後ほど…』

 

千冬さんが生徒達を正座させ説教しているのを尻目に、簪が俺に駆け寄り袖を引っ張ってくる。

俺は優しく頭を撫でて見下ろす。

 

「いや、彼女達には気の毒だが…助かった」

「織斑先生、凄く面倒臭そうにしていたけどね…」

「まぁ、あの人も面倒が嫌いなタイプだからな…」

「銀、何か言ったか?」

 

首をブンブンと横に振り、冷や汗を流す。

修羅の如きオーラを身に纏って千冬さんが威圧してくるのだ…恐ろしい限りだ。

もし今戦ったら、何もさせてもらえず地に沈む自信がある。

 

「銀と更識は帰っていい。残りの者は私の特別メニューで汗を流させてやろう」

「「「「ヒ、ヒィィィィィ!!!」」」」

 

夕日に暮れなずむ第二アリーナ前に、哀れな殉教者達の悲鳴がこだまするのだった。





更新ペース乱れっぱなしで本当に申し訳ない……

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