【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜 作:ラグ0109
壁ドン…アパートや集合住宅などの隣室との間の壁を殴ることで嫌がらせや抗議の意志を示す…と言うのが元々の意味だった。
だった、と過去形なのは、近年において少女漫画などの描写で壁際に相手を追い詰め、ドンっと腕をついて逃げ場を無くす描写が流行りだして、こちらも壁ドンと言われるようになったためだ。
最近では後者の内容が一般的な壁ドンの内容として正しく認知されている。
と、俺はこう認識しているわけだ。
今を生きる、うら若き乙女の憧れのシチュエーション…壁ドン。
放課後のHRで山田先生に行った事が原因となって、今皺寄せが来てしまっている。
「狼牙君にやってほしいな〜」
「山田先生にやって私達にやらないのはおかしい」
「狼牙さん、聞いてますの!?」
夕食後の寮のラウンジ。
俺がいつもの様にソファに腰掛けてラウンジを行き交う生徒たちの似顔絵を即興で描いていると、セシリアが更識姉妹を連れ立ってこちらへとやってきて抗議し始めたのだ。
壁ドンならぬベッドドンをやっていると思うんだがな。
まぁ…口が裂けてもそんな事は言えない訳で、俺はスケッチブックを閉じてセシリア達見つめる。
「そんなに憧れるものなのか?」
「逞しい殿方にあのようにされる…憧れない訳ありませんわ」
「中々起きないシチュエーションだし。私だって漫画読んで良いなぁって思ったわよ?」
「狼牙は早急に私達の要求を飲んで」
「つまり拒否権は無いと…殺し文句に関しては期待するなよ?」
衆人環視の中、俺は立ち上がり思案する。
何と言ったものか…喜ぶような事を言うべきなのだろうが、そう言った言葉を俺は中々思いつかない。
ラウンジに続々と生徒たちが集まってくる。
セシリア達は順番を決める為、ジャンケンによる熾烈な争いを繰り広げている。
「ちょっと、狼牙…一体なんの騒ぎよ?」
「あそこでジャンケンしている娘っこ共が壁ドンしろとな…つまり見世物と言うわけだ」
「あー、あたしのクラスにも噂届いてたわよ…山田先生に手を出したって」
「壁ドンの実演をしただけなんだがなぁ…」
鈴が騒ぎを聞きつけてやってくれば、未だに決着のつかないセシリア達を尻目に事の経緯を説明する。
…教師を口説くって相当なものだと思うのだが。
「鈴よ、そんなに女たらしに見えるだろうか?」
「出家した外人には見えるわねぇ…」
言うまでもなく、今の俺の格好は作務衣だ。
そして銀髪に金の瞳と日本人要素が殆どない俺は、どうにもそういう風に見られがちになる。
いっそ頭でも丸めてみるか…?
いや、恐らく似合わんな。
どうやら、勝負がついた様で一番手は簪のようだ。
「狼牙、私からお願い」
「さて、どうしたものか…」
「見せてもらうわよ…女たらしの殺し文句とやらを」
「やめろ、鈴…少し気が滅入る」
深いため息をつきつつセシリア達を伴って一つの柱へと向かい、簪を柱の前に立たせる。
簪は期待の眼差しでこちらを見上げてくる。
いや、そんな期待の眼差しで見られても困るんだがな…。
気を取り直して俺は柱にドンっと腕をつき、空いた片手で簪の顎に触れこちらへと顔をしっかりと向けさせる。
「俺の女になれ…」
真っ直ぐに簪を見つめてオーソドックスな台詞を吐くと、簪は顔を茹で蛸のように真っ赤にしてコクコクと頷いてくる。
まぁ、俺の女には違いないのだが…やはりシチュエーション効果なのだろうか?
「少女漫画まんまじゃないのよ」
「喧しい、こう言った事を考えて言うのは苦手なんだ」
「銀パパのたらしは天然属性だったの!?」
「織斑君とどっこいどっこいじゃない…!」
「でも、パパは告白をキチンと断っているって…」
鈴のツッコミも尤もなのだが、周囲のたらし呼ばわりに少し眩暈を覚える。
事実だからこれまた反論しにくいのだが。
簪は両頬を手で抑え嬉しそうに笑いながら、セシリアと交代する。
「さぁ、狼牙さん…やってくださいまし!」
「気合入ってるわねぇ…」
「鈴さんも一夏さんに頼んでやってもらったらいいですわよ?」
「いや、アイツにそう言うことさせたって意識しないし…はぁ…あんた達が羨ましいわ」
鈴とキャッキャと会話しているところに壁ドンを敢行すると、セシリアはビクッと体を震わせ此方を見上げてくる。
「俺以外をいつ見て良いと言った?」
「あ、あぅ…」
「嫉妬!」
「独占欲!」
「いいわぁ…学園祭用のウス異本が捗るわぁ…」
セシリアもやはり顔を赤くし、口をパクパクとさせて放心状態になる。
周囲の生徒たちの言葉も耳に届いていないようだ。
鈴はその様子を見てケラケラと笑っている。
「セシリア、ちょっと大丈夫なの?」
「え、えぇ…鈴さん…やってもらった方が良いですわよ…」
「そ、そんなに良いの?」
セシリアは鈴の肩を掴み真剣な眼差しで見つめている。
あんまりにも真剣な眼差しだったからなのか、鈴も若干ではあるが興味を持ち始めたようだ。
「いい夢が見られそう…とだけ言っておきますわ…」
「そ、そう…一夏に、お願いしようか…な…」
セシリアと鈴が話しているのを余所に、楯無が柱の前に立つ。
その目には悪戯猫のような輝きが多分に含まれている。
「ふふん、どんなものなのかしら?」
「壁ドンなんぞせんでも良かろうにな」
「それはそれ、これはこれよ?」
これで最後…そう思えば俺の気もだいぶ楽になる。
部屋で誰も居ない状況ならば、いくらでもやってやるのだがな…。
ラウンジに集まった皆の視線が集まる中、俺は最後の壁ドンを行う。
本当に最後であってほしいと言う願いを込めて。
壁ドンを行い、耳元で甘く囁く。
「あまり悪戯が過ぎると…躾けるからな…」
たったその一言に楯無もまた、顔を赤くしてこちらに抱きついてくる。
微妙に鯖折り気味になるくらい強く抱きしめているのは何故なのやら…?
「さ、さ、誘ったの…?」
「さてな…だが度のすぎた悪戯は控えることだ…本当にどうなるか分からんからな」
「〜っ!」
「あ、アダルティ…!」
「会長がなんかすごく可愛いわよ!?」
「パパが会長を女にしたからよ、きっと!!」
俺と楯無の様子を見て、セシリアと簪からジト目をもらうが…まぁ、仕方ないか。
なんだかんだで消灯時間間際と言う事もあって、皆寮長が怖いのか早々に部屋へと引き上げていく中セシリアと簪が俺の両脇に抱きついてくる。
「狼牙さんの首輪はもう少しキツめにすべきかもしれませんわね…?」
「でも、私たちだけにあんな事言ってくれるなら…」
「想定以上だわ…壁ドン…」
「金輪際、皆の前ではやらんからな?」
正直、かなり恥ずかしい…良い見せ物扱いだったからな。
彼女たちの期待には応えてやりたいが、見せ物にされるのはあまりいい気分はしない。
今回はセシリア達が、俺がキチンと意中の相手がいるとアピールするために仕組んだのだろうが、な。
翌日、SHRと一時限目を使った全校集会が行われるため、全員第一アリーナに整然と整列している。
無論、俺は壇上の脇に控えている。
今日の内容は、学園祭の準備にあたっての門限や、校舎の使用時間。
そして…。
今壇上に生徒会長である楯無が軽く挨拶を済ませ、説明を行っている。
常に余裕に満ち溢れ、笑みを浮かべれば魅力的に映る…なるほど、簪が自信を無くすのも無理はない。
しかし、簪も変わった…きっと乗り越えて次期会長の座に就いてくれることだろう。
「さて、此処までは学園祭の準備の説明。ここからは今年の学園祭における特別ルールの説明をするわ」
俺は心の中で一夏に謝りつつ、空を見上げる。
父さん、母さん…今日も秋晴れで綺麗な青空だ…。
全校生徒が固唾を飲んで楯無を注目すると、楯無はニヤリとした笑みを浮かべる。
「そのルールとは、名付けて…『各部対抗織斑 一夏争奪戦』!!!」
楯無が扇子をパンッと開くと同時に、全校生徒が見れるように巨大な空間ディスプレイに一夏の顔写真と詳細なルールが示される。
「「「ええええええええ!!!???」」」
「はああああああ!?」
嗚呼、すまんな…本当に心苦しいのだが、これしか黙らせる方法がないのだ…。
俺は変わらず遠い目をしながら空を見上げ、時間が過ぎ去るのを待つ。
楯無がこちらを見てニヤリと笑う。
「さて、このルールの提案者…副会長にルールの説明をしてもらうわ」
「…マジかよ、夢なら覚め……!?」
こいつ…俺に罪をなすりつけたな…!?
俺は、今夜苛め抜く事を心に決めて壇上のマイクを手に取り生徒達を見渡す。
「紹介にあった副会長だ。さて、今回のこのルールの説明だが…まず、各部で紛糾していた織斑 一夏の部活所属問題の解消という理由がある。無難にクジ引きでと言うことも考えたが、一年に一回の学園祭だからな…お祭り騒ぎにかこつけて今年の最優秀部活動の褒賞として、最優秀部活動に所属させることとなった」
「ちょ!?狼牙!!そんな話聞いてないぞ!!??」
「今、聞いているだろう?織斑、黙れ」
「アッハイ」
少しイラついているのが声に出てしまったのか、一夏は萎縮したように引き下がる。
いや、本当にすまないとは思ってはいる。
俺は続けて説明を続ける。
「しかし、皆が待ち望んで止まない織斑 一夏の部活動所属に加え、最優秀部活動に送られる部費褒賞…二つとも総取りできるのは、少々ズルいと判断させてもらった。具体的には一位は部費褒賞無し、二位〜五位までは一位に与えられる筈だった部費褒賞を順位に応じた割合で振り分けることとする。魅惑の男子か…それとも部活動を充実させる為の金か…それは諸君らの頑張りにかかっている。このルールは来年、男子の入学が無ければ今年限りの特別ルールだ。健闘を祈る」
「「「「うおおおおおおお!!!」」」
「織斑君獲得!!やあああってやるぜ!!!」
「今日から準備始めるわよ!全国大会!?あんなもん棄権よ棄権!」
……それでいいのか部活動組よ…。
俺は若干呆れ顔になると同時に、一夏の人気っぷりに舌を巻く。
これでもう少し、異性の好意に慣れてくれると嬉しいんだがなぁ。
「ご苦労様、狼牙君」
「刀奈…後でお仕置きだ」
「っ…わ、私は悪くないもん」
「何がもんだ、何が…」
楯無は顔を赤らめ、いやんいやんと体を振る。
顔に若干の期待感があるのが、なんとも手遅れ感を感じずにはいられない。
これでも現国家代表である。
いや、代表と言えど少女…と言うことなのかもしれんが。
二人して壇上を降りると見知った顔が、代わりに壇上へと上がっていく。
アラン・デュノアとナターシャ・ファイルスだ。
二人が壇上に上がると、一斉に静けさが戻る。
「皆さん、初めまして。二学期より整備課で教鞭を取ることになったアラン・デュノアです。デュノア社の一件で知っている方も多いとは思いますが…まぁ、堅苦しい自己紹介は要りませんね。これからよろしくお願いします」
「私も知ってる子は多いとは思うけど、自己紹介させてもらうわね。現アメリカ国家代表のナターシャ・ファイルスよ。主に実戦訓練を担当することになってるの…千冬みたいに厳しくビシバシやっていくから、そのつもりでいてね?」
アランさんは終始穏やかな表情で挨拶を済ませ、ファイルスさんは何処か冗談めかすようにしてウィンクをする。
正式な仕事開始日は明日からだが、全校集会があると言うこともあって今日挨拶してもらう手筈になっていたのだ。
第一アリーナは拍手が鳴り響き、二人とも歓迎されたようだ。
策を巡らせた側からすればホッと一安心、と言ったところか。
「一先ず、一学期に起きた問題はこれで決着かしら?」
「これ以上は…とも思うが無理だろうな…後で教師陣込みで会議を開いて、警備の打ち合わせを進めるべきだろう」
「それは私の方で進めていくから、狼牙君は学園祭の準備をお願いね」
「承知…忙しくなるが、頑張ろうな」
「もちろん」
二人でひそひそと話し、決意を新たにする。
この学園に来てから初めての学園祭…必ずや成功させなくては…!
深夜テンションシリーズ第三弾。
前書きでちょろっとやると言ったな…あれは嘘だ。(感想返信文参照のこと)
仕事してたら思いついちゃったの…
更に関係ないですが、フリーイングさんから出る白猫楯無フィギュアがとってもエロ可愛い…