【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜   作:ラグ0109

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Vows to Fang

八月に入り、学園の帰省ラッシュもピークに達する。

何かとついて回ってきたラウラも祖国ドイツへと帰国した。

国に戻っても訓練と書類漬けで、退屈な物だと愚痴をこぼしていたな。

俺も俺で孤児院へと戻り、少しだけ羽を…伸ばせなかったな。

昼夜を問わず兄弟達が俺の元に突撃を仕掛けてくるのだ。

特に妹達はISに興味を持っているため、天狼を見せろとしつこくせがんできた。

勿論、無断展開は御法度なので待機状態に触らせたり、写真を見せたりで我慢はしてもらったが。

 

「さて…いよいよ俺も来るところまで来た感じがするな…」

 

今日は、更識姉妹に二泊三日で実家に招待された訳なのだが…。

家の造りは、所謂武家屋敷。

時折鹿威しの音が塀越しに聞こえてくる。

なんだろう…枯山水も拝めるかもしれん。

そして、俺が気不味い理由として挙げられるのが門番の存在である。

厳ついのだ…傷だらけのスキンヘッドとか漫画でしか見たことが無いぞ…。

更識家は所謂極道なのだろうか?

ともあれ、これから何が起きるのか分からんからな…気を引き締め門番へと近付く。

 

「此処は更識家で間違いないな?」

「…なんだ、ニイちゃん…此処に用か?」

「此処の当主に招待されて来ている。楯無に狼牙が来たと伝えれば通じるはずだが?」

 

ギロリと睨まれるが臆せず言葉を続ける。

やましい事は…しているが、していないしな。

門番の一人がインカムで連絡を取ると、確認が取れたのか道を開ける。

 

「…どうぞ…」

「感謝する…」

「まぁ、頑張れよニイちゃん」

 

あぁ、やはり何か仕掛けられるようだな…。

俺は門番の呟きに眉間を揉みながら深く溜息をつき、敷地内へと足を踏み入れる。

 

「あー、ローローだぁ〜」

「そういえばメイドだったな…久しぶりだ、のほほん」

 

広い敷地内を歩き、本宅へと向かって歩いているとシンプルなメイド姿をしたのほほんが目の前に現れる。

武家造りの屋敷とはミスマッチな気がするのだが…まぁ、個人の趣味に口は出さん方が良いだろう。

 

「なんでここにいるの〜?」

「更識姉妹に招待されてな…」

「じゃぁ〜前当主様にもご挨拶するんだ〜」

「骨は拾ってくれよ…」

「にしし、だーいじょうぶだよ〜…多分〜」

 

何とも不安になるな…のほほんさんよ…。

再び眉間を揉みながら、のほほんに案内されて本宅へと入る。

随分と広い屋敷だ…政府とも密接な関わりがある家の事はあるな。

玄関で待つように言われて待機していると背後から抱きつかれる。

 

「いらっしゃい、狼牙…」

「簪か…お招きにあずかり光栄だ。楯無はどうした?」

「お姉ちゃんは、お仕事中。家の中案内しようか?」

 

ふむ…此処まで広いと見応えもあるだろう。

簪の頭を撫でながらお願いしようとすると、和服を着こなした妙齢の女性が現れる。

どこか雰囲気が更識姉妹に似ているな。

 

「簪、はしたないですよ。お客様、失礼を…」

「いや、此方としては何も問題はないのだが…」

「フフフ、刀奈からよく聞かされています。母の沙耶(さや)です」

「銀 狼牙だ。よろしく頼む」

 

俺は頭を下げ、沙耶さんに挨拶をする。

この女性…出来る。

所作の一つ一つに無駄が無さ過ぎる。

流石は暗部の家系と言ったところか…手合わせをすると手こずるかもしれん。

 

「お母さん、狼牙を案内したい」

「その前に…狼牙君には武道場に来て欲しいのだけど」

「あぁ、何と無く分かってはいた…乱取りでもなんでも来るがいい…」

 

がっくりと肩を落としつつ靴を脱いで、沙耶さんの後を簪と一緒についていく。

木材建築特有の香りが何とも心地よい…庭に面した縁側へと出ると、やはりと言うかなんと言うか見事な日本庭園が広がっている。

後で描かせてもらおう…。

 

「狼牙、気に入った?」

「こうも見事なものは京都巡りしていた時以来だな…」

 

簪の言葉に素直に頷くと、沙耶さんがクスクスと笑う。

 

「簪が明るくなったのは狼牙君のおかげだと聞いていましたが、どうやらその通りのようですね」

「どうだろうかな…俺は背中を押しただけだしな」

「お母さん…!」

 

からかわれそうになったのを察知したのか、簪が頬を膨らませて声を荒げる。

頭を撫でて宥めていると武道場の前に着く。

さて、サシなのかリンチなのかが問題だな。

 

「すまんが、持っていてくれ」

「う、うん」

 

簪に着ていた上着を預け、拳を丁寧にほぐす。

武道場から、やたらと強い敵意が発せられているのがよく分かる。

 

「頑張って、狼牙君」

 

沙耶さんがクスリと笑うと簪を伴って立ち去っていく。

意を決して武道場へと入ると、道着を着込んだ初老の男性が仁王立ちで立っている。

 

「十六代目楯無だ。お前の腕前を見せてもらいたい」

「承知…正面から行かせてもらう…それしか能が無いのでな」

 

左腕を盾代わりに、右腕を引き絞った槍の様に構える。

十六代目は、やはり楯無と同じ古武術の様だ…構えが同じだ。

清廉とした空気の道場内に圧倒的なまでの戦意が渦巻く。

流石は先代と言ったところか…顔色一つ変えず、こちらの出方を伺っている。

庭から響く鹿威しの音が合図となり、弾かれるように互いに踏み出す。

 

「フンッ!!」

「シィッ!!」

 

叩き込まれる拳を左腕で防ぎ、いなしながら右拳を十六代目へと叩き込んでいく。

老いて尚益々盛んとでも言うのか…十六代目は俺の拳を受け止め、いなしてくる…まるで柳だ。

 

「オォォォ!!」

 

裂帛の気合と共に鋭い回し蹴りを腹に叩き込もうとすると、脇腹に当たった瞬間に抱えられ投げ飛ばされる。

千冬さんとやり合う時と同じ高揚感を覚え、次第に笑みを浮かべてしまう。

背中から床に叩きつけられるも素早く受け身を取り、構えを変える。

お遊びは終わり…全力で臨む。

 

「来い、小僧」

「行かせてもらうとも!」

 

床板を踏み抜かん勢いで踏み込み一瞬で間合いに踏み込めば、拳を、蹴りを矢継ぎ早に叩き込んでいく。

容赦はしない…手を抜いた瞬間に命を取られるのは俺の方だからだ。

十六代目も俺の一撃をいなし続けるが、一撃一撃の重さに目を見張り、口角を上げてくる。

 

「叩き潰す!」

「やってみせろ、小僧が!」

 

十六代目の拳を頬に掠らせるようにして避けて一歩踏み込めば、鳩尾に渾身のボディブローを叩き込む。

体が浮いたのを見れば素早く腕を引き、回し蹴りを叩き込み弾き飛ばす。

浮いてしまったが為に抵抗できずに飛ばされた十六代目に向かって踏み込み、喉元に拳を突きつける。

 

「ハァ…ハァ…お気に召したか?」

「荒削りだが、成る程…急所を外したのは何故だ?」

「殺し合いをしにきたのではない」

 

ゆっくりと拳を引き、十六代目を見つめる。

殺し合いのつもりならば、俺は関節技も平気でかけて骨をへし折りに行く。

あくまでも拳を合わせるだけならばそこまでする必要はないのだ。

 

「フン、その髪も目の色も気に食わんな」

「何とも思わんよ…好きだと言ってくれる人間は確かにいるのだからな?」

 

軽く肩をすくめ、入り口へと目を向けると更識姉妹が入り口に立っている。

楯無はドヤ顔で父親見ており、簪は不安そうに俺を見ている。

 

「言ったでしょうお父様…狼牙君強いって。理性的に暴力を振るえるんだから」

「いいや、認めん…三股する様な男、認められるか!」

「何とも耳の痛い…」

 

深く溜息を吐くと、簪が俺と十六代目の間に割って入る。

 

「お父さん…私たちが進んでやってる事…それでも文句言うならお父さんなんて大っ嫌い」

「……!!??」

「あーあ、お父様の簪ちゃんは大変ご立腹ね〜。私、しーらない」

「狼牙、行こう」

「いや、良いのか?」

「「いいの!」」

 

簪の大嫌い発言に衝撃を受けたのか、十六代目は驚愕の表情を浮かべ膝から崩れ落ちて真っ白になっている。

…本当に先ほどまで拳を合わせてた相手だろうか?

いや、父親とはこう言うものなのかもしれんが。

俺は、更識姉妹に引っ張られて武道場を後にするのだった。

 

 

 

 

 

夜、更識一家に夕食を馳走になりありがたくいただく。

沙耶さんの料理はどれも手の込んだ和食であり、高級料亭さながらの味だった。

十六代目は未だに燃え尽きているのか、部屋で拗ねて寝込んでいるらしい…子供か?

風呂に入ったら入ったで更識姉妹に乱入される。

ご両親がいる状況下…何とも精神がすり減る思いだ。

何とか理性を総動員するものの、今夜は寝かせてもらえない状況になりそうだ。

風呂から出て寝巻きとして用意された浴衣に袖を通せば、縁側に腰掛ける。

 

「小僧、呑める口か?」

「世界最強と朝まで飲み明かしたが」

「不良め…まぁいい、付き合え」

 

隣に十六代目が座り、冷酒を俺たちの間に置く。

どうやら、ようやく立ち直れたらしい。

しばらくの間互いに無言で月に照らされる庭園を眺めているが、不意に重々しく十六代目が口を開く。

 

「…暗部に関わる。その意味をお前は理解しているのか?」

「清濁ぐらいは分かっているつもりだ。それに、俺は親も兄弟も居ないのでな…最低でも四人守れれば良いし、その四人もどれもが強い」

 

暗部…つまり、それなりに世間様に顔向けを出来ないことをしていると言うことだ。

今更だな…以前のことを考えれば、おそらくこの家の人間の誰よりも俺は血の匂いが染みついている。

だからこそ、人の命の大切さを痛感しているつもりではあるのだが。

二つの御猪口に冷酒を注ぎ一口飲む。

キン、と冷えた清酒が火照った体に心地よい。

 

「お前は日の下にいる人間だろうに」

「他人に言われて自身の立ち位置を変えるのか?馬鹿馬鹿しい…自身の立つべき場所くらい自身で用意できる。大人達が子供を心配するのは良いことだが、芯の通った信念を捻じ曲げて良い訳でもない」

 

十六代目は酒を口に含むと何とも渋い顔をする。

彼の言いたいことも分かる。

だが、俺はもう止まるつもりはない。

手放すつもりもない。

そうしてしまったら…きっと、それは俺ではない。

銀 狼牙(天狼)は愛する者に誓いを立てる。

一生涯を掛けて守る誓いだ…人によっては呪いと言うだろう。

だが、俺にとっては誇りそのものだ。

 

「俺はあの三人と添い遂げる…誰がなんと言おうともだ。貴方も例外ではない、十六代目楯無。俺は我儘に生きると決めたのだ」

 

そう、俺は刀奈を…簪を…セシリアを愛する。

彼女たちを俺は求めて止まない。

それだけ、俺の心の中を占めているのだ。

 

「早死にするぞ、小僧」

「あいつらより先に死ぬつもりは毛頭ない」

「小僧めが…生意気によく言う…娘を泣かせてみろ、殺してやるからな」

「上等だ…愛する女を泣かせるほど腐っていないことを証明してやる」

 

俺が置いた御猪口に十六代目が酒を注ぎ、俺が十六代目の御猪口に酒を注ぐ。

 

「フン、気に食わん小僧だ…狼と言うのはどうにも好かん」

「猟犬ではないのでな」

 

互いにニヤリと笑みを浮かべれば、夜空に浮かぶ三日月に御猪口を掲げて一気に飲み干す。

前世の悪友のようにも見える十六代目に、俺は内心クスリと笑うのだった。


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