【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜   作:ラグ0109

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夢に抱かれ

八月を目前に控え、夏の暑さはより厳しさを増している。

俺は部屋着兼寝巻きである作務衣を身にまとい、寮の廊下を歩いている。

いつも何かと騒がしい筈の寮の廊下は、しんと静まり返っている。

あの騒がしさに慣れていたのか、どこか寂しくも感じてしまう。

ある者は故郷の親の元へと帰り、ある者は見知らぬ土地へと旅行へ向かう。

そうした結果がこの閑散とした状況だ。

まるで白昼夢の様にも感じるな。

銀の髪を揺らしながら、寮に備えられた図書室へと向かう。

窓から外を見ると蝉達が子孫繁栄に勤しむために大合唱を行い、照りつける太陽に反射するアスファルトがユラユラと陽炎を作り上げている。

 

「図書室涼しいな…」

 

図書室へと入ると夏の熱気が嘘のように鎮まり、冷房が効いた室内が火照った体を一気に冷やしていく。

本棚の一角に向かい一冊の本を手に取れば、静かに席へと座る。

既に読みなれたそれは、思い入れのある一冊。

狼王の物語が記された本だ。

幾度も幾度も読み返して来たというのに、俺は未だにこの物語に夢中だ。

決して飽きることはない。

彼の生き方は、ある意味嘗ての俺の生き方だ。

ゆっくりと、一文字一文字読んでいると向かい側の席に誰かが座っていることに気付く。

その少女は瞳を閉じ、澄まし顔で座っている。

俺と同じ銀髪を三つ編みにし、ラウラと同じ様に白い肌…。

年齢は十二、三歳程か?

その見慣れぬ少女を見つめれば、俺は深く溜息をつく。

 

「悪戯が過ぎる」

「あーらら、案外早くろーくんにバレちゃったね!」

 

聞きなれた変t…もとい天災の声が聞こえると後ろから抱き締められる。

目の前の少女は僅かばかり顔を強張らせている。

 

「たーさんや…何時の間に幼児誘拐を?」

「幼児誘拐とは失敬な!くーちゃんは私の娘だよ!」

「そうか、兎ではなくミミズだったか…」

 

俺はゆっくりと本を閉じ、体の前に回っている腕を優しく撫でる。

束さんはどうやったのか『幻影』を俺に…と言うよりこの寮全体にかけて、俺とくーちゃんと呼ばれた少女の三人きりにしている様だ。

 

「ところで、どうして分かったのかな?」

「人がいなさすぎる…ずっとと言う訳ではないが、誰かしら俺の側に居るものでな」

「あぁ、ろーくんに纏わり付く悪いム…イダダダッ!!ごめんなさい!」

「俺が愛している…馬鹿にはさせんよ。ところで、この娘は?」

 

俺は束さんの腕を思い切り抓って折檻しつつも、対面に座っている少女へと目を向ける。

少女はゆっくりと目を開けると、白目が黒に染まり黒目が金に染まった異様な双眸が現れる。

 

「クロエ・クロニクルと申します。束様に仕えさせてもらっています」

「奇特な…変態の相手は疲れるだろう?」

「いえ、束様に恩を返すことしか私にはできませんので」

「もー!くーちゃんは堅いなぁ。束さんのことはママって呼んでよー」

「たーさんは手の掛かる娘か妹と言ったところだろう…クロエの方が落ち着きがあるのは問題だと思うがな」

 

束さんは俺の背中に体を擦り付けながらうなじを犬のように嗅いで時折トリップしている。

…面妖な変態技術者めが…。

 

「あぁ、そうだ…たーさん、俺のお願いを聞いてくれて感謝する。おかげで何かと面倒を省略する事ができたよ」

「ろーくんの珍しいお願いだからね!それに大したことじゃないし構わないさ!」

「そう言ってくれるのは嬉しいが、舐めるなうなじを」

「夏の塩分補給は大事なんだぜぇ!」

「クロエ、今度から塩飴常備しておけ」

「塩飴…」

「ろーくんのエリート塩が良いなぁ…」

「だから不潔だと言ってるだろうに…それで、本題は?」

 

目の前にいるクロエと呼ばれる少女から、何故か既視感を感じてしまう。

前世にしろ今世にしろ、クロエのような人物には会ったことがないと思ったんだがな…。

束さんは余程甘えたいのか、俺の耳を甘噛みして悦に入っている。

 

「銀の福音を本格的に暴走させた、遠隔操作システム開発元が割り出せないんだよねぇ。引っかかるのは何処も彼処もダミーばかりで嫌んなっちゃう。このオーバースペック束さんを欺くなんて相当だよ?」

「そろそろ一人でできる事の限界を知るべきだろう…たーさんが風来坊なのは良いが、友人くらいは頼ったらどうだ?」

「ちーちゃんはちーちゃんで今が楽しそうだしね!お友達である私としてはちーちゃんに楽しく過ごしてもらいたいのさ!」

 

また、自身を斬り捨てる…そういう形でしか自己表現できないのだろうか?

深く溜息をつけば、俺は束さんへ目を向ける。

 

「束さん、俺は貴女が心配だから言っているのだ。貴女はあまりにも他人と自身を切り捨てすぎる。クロエ側に置いていると言う事は、大切にできる対象として置いているのだろうが…もう少し、自身を他人に委ねてみてはどうだ?」

「ろーくんは優しいなぁ〜。でもでも、ろーくんだって自分を大切にしないじゃん」

「それを言われてしまうと身も蓋もないがな」

 

がっくりと肩を落として苦笑する。

確かに、俺は自身を蔑ろにしてしまう傾向がある。

自身が苦しんでも、手を差し伸べた相手が笑顔になるのであればそこに価値を見出せる。

 

「ともあれ、心配していると言う事だ…無理はしてくれるなよ?」

「はいはい、ろーくんは心配性だなぁ」

 

束さんは俺から離れるとクロエの側へと向かえばクロエの手を取る。

 

「あ、そうだ…ろーくん、暇なときに天狼の共振現象起こしてくれる?」

「いや、なんだそのちょっと遊びに行ってみたいなノリは…」

「共振現象の実験してみたいんだよね〜。特にろーくんのは特別な共振だし」

「まぁ、スポンサーの意向には従うが…千冬さんがOK出したらな」

「おっけーおっけー!それじゃまたねー!」

 

クロエが目を閉じると、束さんとクロエの輪郭が朧げになって消えていく。

本当に白昼夢の様だ。

真夏の熱気にあてられ、見てしまった儚い幻影。

まぁ、それにしてはやたらとうなじがベタベタする訳だが。

 

「あ、あれ!?銀くん!?」

「あぁ、すまんな…驚かせたか」

 

幻影が無くなり世界はあるべき姿に戻ったようだ。

静かすぎる寮内に微かだが人の営みの音が響いてくる。

他の人間からすれば、俺が突然その場に現れたかのように見えたようだ。

 

「どうにも悪戯が流行っているみたいでな…」

「え?ええ!?」

「図書室内はお静かに、とな…では、またな」

 

俺は席を立ち上がり、未だに目を白黒させている女生徒を置いて本を返却すると図書室を出て行く。

さて、どうしたものやらな。

 

 

 

 

千冬さんに事の成り行きを説明した後に深夜に整備室の使用許可を得た。

これは共振現象を起こすにはISを展開する必要がある為であり、深夜を選択したのは…まぁ、寝かしつける自信がある為だ。

恐らく人の姿も取れるだろうが、基本的には俺はあの狼の姿でコア内を動き回る。

幾人もを虜にしてきたあの毛並みに抗えんと自負している。

…一時期、白の謀略で毛皮を狙われたりもしたな…。

ともあれ、千冬さんにセシリア達のことでからかわれたりもしたのだが。

 

「少しドキドキしますわね…」

「狼牙のもう一つの姿…漸く見れる」

「そんな大したものでも無いがな…ともあれ、ハンガーにISを纏ったままかけてくれ」

 

いつものメンバーであるセシリア、楯無、簪、ラウラの四人に協力して…と、言うより見たがっていたので今回被験体をお願いした。

無論、皆快諾してくれた。

特にラウラは、再び見れるとあっていの一番に整備室のハンガーに待機していた。

 

「それでは、すまんが付き合ってもらう」

「構わないわよ、狼牙君の頼みだし」

 

天狼白曜を展開し、身に纏ったままハンガーに預けると単一仕様能力を機能させる。

効果範囲を整備室内に設定すると次第に眠くなってくる。

どうやら四人は既に眠りに落ちているようだ。

白、モニタリングよろしく頼む…。

 

[四名様ごあんなーい]

 

楽しそうな白の声が響いた瞬間、俺の意識は眠りに落ちるように闇に包まれていった。

 

 

 

俺は以前の銀狼の姿で泉の前に佇んでいる。

かつていた世界…この風景は特に俺の頭に焼き付いている。

忘れたくても忘れられない風景だ。

鬱蒼と生い茂る水晶の森。

湧き立つ泉の中心にそびえる満開の桜を咲かせる巨木…俺の思い出と同じだ。

センチメンタルな気分にさせられていると、俺の頭上から狐一匹、猫二匹、兎一羽が落ちてくる。

解せぬ…。

 

「誰が誰だか分かっているつもりだがな…どうしてこうなった…?」

「なんでわたくし狐ですの…」

 

髪の毛と同じ金色の毛並みのセシリアは、泉に映る自身を見て何故かショボくれている。

 

「父様、やはりそちらの姿も良いな」

「お前はもう少し動揺すべきだと思うのだがな…」

 

部隊名と同じ黒い兎姿のラウラは、俺の体によじ登り毛の中に埋もれていく。

ブレんな…ラウラは…。

 

「この姿って部屋に飾ってるあの絵よね…?」

「これが、狼牙…」

「天狼のコアに引きずり込んでいる状態だからな…恐らく俺の当て嵌めたものがそのまま投影されているのだろう」

 

白猫楯無は辺りを見渡し冷静に判断すれば、俺の体に寄り添ってくる。

黒猫簪は大きな銀狼である俺の姿をマジマジと見つめてくる。

 

「それにしても…随分と綺麗な世界ですわね」

「そう言ってもらえると嬉しいものだな」

 

俺が体を寝そべらせると、セシリアも此方へと寄ってきて体を擦り付けてくる。

…この場所が俺にとって嫌な思い出の場所であるにしても、此処は美しい。

俺はこの場所で白と契りを交わし、後にこの場所で白を亡くしたのだ。

 

「それで、俺の以前の姿の感想は?」

「大きく勇ましくて…いい匂いがしますわ」

「人の姿って言うのも見てみたいわねぇ」

「猫の姿じゃなければ良かったな…」

 

セシリアは俺の体に寄り添うようにして寝そべり、気持ちよさそうに目を閉じる。

更識姉妹は、俺の尾が気に入ったのかしがみついて離れない。

ラウラは、とうの昔に寝てしまった。

やはりラウラにとって、俺は快眠グッズか何かなのかもしれん。

 

「時間が時間だ…このまま寝てしまっても構わんだろう」

「感覚も何もかもがこちら側にあると言うのも怖いですわね…」

「俺が傍にいるだろう?」

 

セシリアが不安そうな声をあげれば軽く頭を擦り付ける。

楯無と簪も俺の体によじ登れば毛に埋もれていく。

 

「あー…もうその辺のベッドでは、満足できない体にされそうだわ…」

「言い過ぎって言いたいけど…言い過ぎでもない気がする…」

 

更識姉妹は二人…いや二匹とも四肢を伸ばしてダラけた感じで眠りにつき始める。

俺はその様子に笑みを浮かべるように口角をあげる。

 

「フフ…狼らしく牙は鋭いですわね…」

「なんでも噛み砕いてきたからな…」

 

俺はゆっくりと目を閉じると普段のセシリア達の姿を思い浮かべる。

天狼コア内にして、ある意味俺の心の中だ。

姿を思い浮かべれば…と思ったが、成功したようで全員裸ではあるものの普段目にする人の姿で俺も体にしがみ付き眠りについている。

セシリアは俺の首の抱き着き離れようとしない。

 

「何処にも行かないでください…わたくし達の傍に」

「もちろんだとも…さぁ、もう遅いから眠れ…」

 

ゆっくりと体を丸めてセシリアを尾で優しく撫で続けると、安心したのかセシリアも眠りに落ちていく。

俺はその様子を見つめた後に、泉へと目を向ける。

泉の中で白が、どこか気まずそうに立っている。

 

「ねぇ…ロボ…貴方は、恨んでいる?」

「恨むわけがなかろう…お前を恨むのは筋違いだ。白を死なせてしまったのは俺の落ち度…。白を喰らったのはお前の言葉があったからではない」

 

俺は白が死ぬ間際に、遺体を喰らうように頼まれていた。

それは白の体を悪用されないようにする為の措置。

白の身体は特別なものだったからな。

 

「でも…」

「今更だ…俺はお前を誰にも渡したくなくて…それで喰らう事を決めたのだからな」

 

浅はかな独占欲…それは今、セシリア達に対しても起こっている。

俺の愛は重いかも、などと思ってしまう。

それでも、この特別な感情は確かにあるものだ。

俺は、この感情を大切にしていたい。

 

「後悔はせん…した所で無意味な事だ。今、こうして会話ができて共に行動できる事に価値を見出すべきだろう」

「…私は貴方に甘えてばかりだわ」

 

白は自嘲気味に笑いながら、ゆっくりと泉の中から出てくる。

不思議と着崩して着ている着物は泉の水で濡れていない。

あくまでもコア内世界…と言うことなのかもしれん。

 

「構わんよ…前世から続く縁だからな」

「フフ、浮気者」

 

そう言うなり白は俺の体に寄り添い、共に泉を見つめている。

泉が湧き立つ水音と夢に抱かれる少女たちの寝息が、静かな森に溶け込んでいった。




今回も獣人さんご提供のネタでした。
提供ありがとうございました。










さて、えっちぃの考えなきゃ…

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