【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜 作:ラグ0109
茹だるような熱気の午後…俺は作務衣姿で木陰に腰掛け、一人で黙々と絵を描いている。
水彩絵の具の淡い優しい色合いが、白い世界に色を形を作り上げていく。
さながら世界の創造だ…と言うのは少し言い過ぎか。
ゆっくりと筆を動かしていく。
耳障りなはずの蝉の鳴き声も、今では風情として楽しめる。
[相変わらず見事なものね…お楽しみの最中悪いけど、セシリアちゃんから連絡よ]
俺は筆を動かしながら頷き、コアネットワーク回線を開きセシリアと連絡を取る。
イギリスと日本の時差はマイナス九時間…向こうは朝か?
『こんにちわ、狼牙さん』
「おはよう、セシリア…久々の故郷は楽しめているか?」
セシリアの声を聞き、自然と口元が綻ぶ…そう大して時間は経っていないと言うのにセシリアを少し恋しく思う。
パレットで色を混ぜ合わせ、俺の望む風景を描いていく。
今は遠き世界の風景…白が居る世界の風景だ。
『えぇ…毎日が忙しいものですわ。お見合いもありましたが…やはり取るに足らない男達ばかりで…』
「そう言ってやるな…一度顔を突き合わせた程度で人間の本質を理解はできんよ」
『そうですが…中には壮年の男性もいるのですよ?分を弁えてほしいものです!』
「ロリコン…と言うより家の繁栄のためか…貴族というのは堅苦しいな」
俺はシミジミと呟き苦笑する。
背負うべき立場を持つ者たちは、それを守ることに必死だ。
脈々と受け継がれてきた誇りがそこにあるからだ。
貴族という世界は、そういうものが受け継がれる世界なのだ。
「いつ頃此方に戻ってこれそうだ?」
『ブルー・ティアーズの調整が終わってからですから…二、三日中には』
「確定したら教えてくれ…出迎えに行く」
『でしたら、そのままデートをしませんか?』
「あぁ、構わんさ…楽しみにしている」
自然と笑みを浮かべて一人頷く。
セシリアとのデートは五月以来か…随分と時間が経ってしまったな。
『フフ、狼牙さんとお会いできる時を楽しみにしていますわ』
「こちらもだ」
『では、また後程連絡いたしますわ…それでは』
セシリアとの通信が途切れる。
最初声を聞いた時は少し疲れが見えていたが、分かりやすい御褒美が設定された途端元気になっていた。
男冥利に尽きると言うものだ…で、あればセシリアの期待を裏切らん男でありたいものだな。
気を取り直し、絵を描いていく。
風景の中に銀狼の姿を描いていく…銀狼は泉の前で寝そべりこちら側を金の瞳で見つめている。
傍に金の毛並みをした美しい狐を描く。
此方は狼に寄り添うようにして眠っている。
無心で絵を描いていると視界に、壮年の男性が現れる。
「こんな、暑い中で絵描きですか…若いですねぇ」
「轡木さんこそ、この暑い中土弄りだろうに…頭が上がらんものだ」
二人してハッハッハと笑い笑みを浮かべる。
理事長としてではなく、用務員としての轡木さんは何処にでもいるオジさんと言った印象だ。
理事長としての顔を知っていると心無し警戒してしまうが、俺自身轡木さんの事を嫌っているわけではない。
むしろ好いている方だ。
花壇や庭園の造りを見ると人柄というのも読み取れる。
表向きの…なのかもしれんが。
「銀パパにそう言ってもらえると嬉しいですねぇ」
「轡木さんまで…やめてくれんだろうか…十六にして十五の子持ちとかどうなんだ…?」
ラウラが方々で父様、父様と呼ぶものだから、学園公認の親子と言う事になってしまっている。
他クラスの生徒やはたまた上級生まで俺をお父さん呼びする者が現れる始末…ファザコンが多いのだろうか?
「ハッハッハ、学園公認ですからね。どうです、学園のPR用のポスターのモデルとかは?」
「あれだな…轡木さんも悪ノリするのだな…」
「男は遊び心を忘れてはなりませんよ。遊び心がなければ、仕事だって楽しめません」
「否定はせんがな。男はいつまで経っても子供…で、あればやんちゃもすると言うものだ」
「背中から刺されそうな台詞ですね…気を付けてくださいよ?」
「けしかける奴が居なければ…居なければ…ウゴゴ…」
遠い目になりながら頭を抱えて唸り声をあげる。
仕方がない…で片付けていい問題でもないが、それに甘んじている自分に少しだけ自己嫌悪してしまうことがあるのだ。
「話を戻すが、PRポスターを作るのならば適任がいるではないか」
「織斑君と篠ノ之さんですね?」
「あぁ…かたやブリュンヒルデの弟、かたや
鈴には悪いが、少しだけ一夏と箒の距離を縮めてやるのも良いだろう。
箒も箒で少しずつだが、デレを見せ始めている。
言葉の端々に小さいながらも優しい言葉を掛けようという努力が見られるのだ。
無論、相手は朴念神…中々気付くそぶりを見せないものだから効果が出ているとは言い難いが、それでも立派な一歩だ。
筆を動かし、銀狼の尾で戯れる黒と白の二匹の猫を描き加える。
黒猫は尾にしがみつき、白猫は前足で尾を抑えようとしている。
「ネームバリューも何も無い俺よりも良いと思うんだが…」
「銀君はあまり自分を卑下してはいけません。君のおかげで救われている生徒達もいますからね。終業式の発表でしたが、副会長の件もすんなり受け入れてくれたでしょう?」
「そうだがな…」
「愛されてますよ、銀君は。だから自信を持ってください、貴方は貴方が思っている以上に価値ある人間ですよ」
狼の背中にへばり付いている黒兎を書き加える。
安心しきったように眠る黒兎は、愛嬌があって可愛らしい。
俺は轡木さんの言葉に頷き笑みを浮かべる。
「轡木さんにそう言われるのは、すこしむず痒いものだな」
「ハッハッハ、君もまだまだ子供ですね」
「一夏の事を強くも言えんか」
軽く肩を竦めて笑みを浮かべる。
大人に認めてもらえると言うのは嬉しいものだ…。
所詮十代の子供と言うことなのかもしれんな。
「おっと、お客さんをお待たせしてしまいましたね…銀君にお客さんですよ?」
「俺に…?親戚が訪ねてくることはまずないだろうが…」
「二学期からお世話になる方ですよ。校舎内の応接室にお待ちいただいていますので、行っていただけますか?」
「承知…着替えてから向かうとする。流石に作務衣ではな…」
自分の体を見て軽く肩を竦める。
絵も描き終えたのでテキパキと道具を片付けていく。
「銀君らしいですがね…では、なるべく早く向かってくださいね。お客さんには私から伝えましょう」
「理事長をパシり扱いか…なんとも罰当たりな」
「今はただの用務員ですからね」
互いにクスリと笑い、小走りでそれぞれの向かう場所へと走っていく。
二学期から世話になる…か。
ファイルスさんかデュノアさんかのどちらかなのだろうが…。
特別語るような事も無かったと思うんだがな…。
スーツにしようか悩んだが、肩書き上学園の生徒会副会長なので制服に袖を通す。
寮の部屋に楯無の姿は無かった…恐らく簪と一緒に行動をしているのだろう。
…白が変な事を吹き込んでなければ良いが。
ともあれ、応接室の扉の前に立ちノックし部屋に入る。
「お待たせして申し訳ない…デュノアさんだったか」
「こうして会うのは初めてだったね…あの時は世話になった」
応接室に入ると、ソファーに座っていたアラン・デュノアが立ち上がりこちらへと歩み寄ってくる。
以前の対話の時よりも顔色も良く、憑き物が落ちているようだ。
「世話と言うほどは…俺が提案して理事長に承認された…ただ、それだけの事だからな」
「だが、君のパートナーが動かなければ私も娘も悲惨な末路を迎えていただろう…君たちのおかげだ」
「少し、むず痒くなる…ところで、いつ日本に?」
「つい先日だ。無事引退を終えてその足で此方へとな…シャルロットとも話せたよ。好きな人ができたとも聞いたさ」
デュノアさんはどうも複雑な心境の様で、嬉しくも寂しくもあるような笑みを浮かべて俺を見てくる。
「俺ではないぞ…もう一人の方だ。シャルロットを助けると言い切ったのはそっちだからな」
「そうか…もし君だったらどうしたら良いのか分からなかったよ」
「随分とまぁ…親バカだったのだな…デュノアさんは」
「アランで構わないよ、銀君」
「では、アランさんと。ところでアランさん、時間は大丈夫だろうか?」
俺はアランさんに時間を聞くと同時に懐中時計を取り出す。
腕時計ではない理由は、単に懐中時計の方が好きなためだ…他意はない。
時刻にして三時前…まだ間に合うだろう。
「時間かね…あぁ、夜までにはホテルへと戻るつもりだが…」
「ふむ、では少し観光に行くとしようか」
「観光?」
「職場見学と言うのもある」
俺は少々意地の悪い笑みを浮かべつつラウラへと連絡を取る。
『父様、今バイト中なのだが…』
「それだけ分かれば充分だ。今からそちらへ向かうからな」
『だ、だめだ!父様には見せられん!』
「娘の晴れ姿を見るのも親の役目だ…では、後ほど」
一方的に連絡を切り、したり顔になる。
アランさんは不思議そうな顔をしている。
お宅の娘さんは今日も元気だと言うことを教えてやらねばな。
「では、向かおうか…中々甘味の美味い店でな。俺のオススメだ」
「甘味か…君がそう言うものを好むとは思わなかったな」
「周囲に女子ばかりだと付き合うことも多くてな…」
「羨ましい話じゃないのか?」
「俺と同じ状況になれば分かる…迂闊な発散が命取りになり兼ねん…」
「あぁ……」
アランさんは同情するかのような目を向け、楽しそうに笑っている。
…まぁ、ある意味現在は発散できている状況なのでそこまで苦ではないのだが。
@クルーズ。
所謂メイド喫茶と呼ばれる類の店であるが、少し趣異なっている。
美男子限定…となっているものの、男性もホールスタッフとして働けるのだ。
@クルーズの制服は、男性が執事服で女性がメイド服だ。
いずれもヴィクトリア調を基にしたもので、所謂萌えに媚びていないスタイルが一般客に受けたのかグループの規模は全国区だそうな。
さて…何故ラウラがバイトをしているのか?
ラウラは軍属であり、給金をもらっている立場だ。
偶々シャルロットと@クルーズを訪れたところ、二人揃ってスカウトされたらしい。
最初は拒みこそしたものの、シャルロットの説得もあり一週間だけという条件で承諾して現在に至っている。
さて、アランさんをここに連れてきた理由は、言うまでもなくメイド服姿のシャルロットを見せるためである。
見せるためだったのだが…。
「お客様、@クルーズへようこ…そ…」
「ははは、可愛らしい執事さんだ」
「と、父様…」
「眼帯までメイド服に合わせるとはな…良く似合っている」
俺がアランさんを連れて店に入ると、たまたま案内係がシャルロットとラウラの二人だった様で俺たちに近付くと二人してフリーズしている。
ラウラはもちろんメイド服なのだが、何故かシャルロットは執事服に身を包んでいるのである。
流石に胸を平坦にしていたコルセットは身に付けていないようだが…男装の呪いにでもかかっているのだろうか?
シャルロットはようやく再起動して顔を真っ赤にして俺を睨んでくる。
「シャルロットから駄賃をもらってなかったからな…いい顔だった」
「銀君は変な所で意地悪だね!」
「よせ、照れるだろう?」
「褒めてないよ!」
俺が忍び笑いをするとシャルロットは頬を膨らませ腕を組んでそっぽを向く。
ラウラはラウラで羞恥に顔を赤くして視線を彼方此方へと彷徨わせている。
「そろそろ席に案内してくれないかな?」
「お、お父さん…コホン…お席までご案内します」
「父様、こっちだ」
「ラウラ、公私は分けような?」
シャルロットとラウラに席まで案内され、席に着けばメニューを眺める。
無難にケーキセットだけで構わんだろう。
「いや、良いものを見せてもらった」
「だろう?学園にいれば色々な姿を見る事も出来るだろうさ」
「それは楽しみだなぁ…私は教師として頑張らなくては」
「なに、アランさんなら大丈夫だろう」
メニューを眺め、何を食べようかと思案しているとアランさんが不思議そうな顔で見られる。
「ところで眼帯のお嬢さんの事なのだが…」
「ラウラ・ボーデヴィッヒ…シャルロットの件と並行して解決を図っていた時の中心人物でな。何だかよく分からんが、事件が解決した時に父呼びをされるようになった」
頭を抱えて深く溜息をつく。
慕ってくれるのは嬉しいんだがな…あくまでも未成年であり、あんな大きな娘は世間的には手に余る。
面倒は見るが。
そんな俺の様子を見て、アランさんは忍び笑いをする。
「彼女はドイツの冷氷と渾名が付けられる程の冷徹、冷血さを誇っていたのだが…なるほど、君が氷を溶かしたか」
「存外に苦労させられた…タッグマッチの時に組んでいたんだが、背後からレールカノンを平気で撃ってくる位だったからな」
眉間を揉みながら懐かしむように当時を振り返る。
ドイツの冷氷…なるほど、確かにそんな感じだったな。
アランさんは注文を決めたようなので呼び出しボタンを押そうとした時、事件が起こった。
「全員、動くんじゃねぇ!!」
ドアを蹴破らん勢いで男三人が雪崩れ込んできたのである。
服装こそスーツであるものの顔には某有名ハッカー集団的な仮面が付けられており、ボストンバッグからは紙幣が飛び出している。
三人とも銃で武装か…いずれも拳銃の類なのでまだ安心…と思ったところで深く反省する。
どうにもレーザーライフルやリボルバーレールカノン、はたまたオールレンジのエネルギー光弾と…拳銃に比べてオーバーキルな物騒な物を向けられ続けているせいか危機意識が足りなくなっているな…。
「日本は安全な国だと聞いていたんだが…」
「犯罪が発生しにくいと言うだけだ…すまない、まさかこんな事になるとは…」
「そこのおっさん共!くっちゃべっているんじゃねぇぞ!!」
ヒソヒソと喋っていたのを聞かれたのか、如何にもな強盗のリーダーが天井に向けて銃を二発撃って威嚇する。
俺たちは取り敢えず、両手を上げて黙り込む。
アランさんは社長職に着いていたこともあって、肝が据わっているのか大して恐れている様子はない。
こう言う時、取り乱さないでくれるのは助かるものだな。
『父様、隙を見て制圧する』
[OK、ラウラちゃん、シャルロットちゃん…ど素人の皆さんに教育してあげましょ]
コアネットワーク経由でラウラ、シャルロットに連絡を取り機を伺う。
こういった手合いは直ぐに油断をするのだ。
「あー!犯人一味に告ぐ。君たちはすでに包囲されている。大人しく投降しなさい。繰り返す、投降しなさい」
随分とまぁ古臭い…いや、こう言うものなのだろうが。
IS学園近くの一等地にある店ということもあって、警察の展開が早い。
店の周囲をライオットシールドを構えた機動隊が囲っているようだ。
「ど、どうしましょう兄貴!このままじゃ…」
「うろたえるんじゃぁねぇよ…こっちにゃ店の店員と客って言う人質がいるんだからな」
「それもそうっすね…俺たちにはこれがあるんだし…」
強盗たちが手に持つ拳銃へと注目したのを見て、態と派手な音を立ててうつ伏せに倒れる様に床へと転げ落ちる。
IS緊急展開は奥の手だな…まぁ、素人相手に負ける程腐っているつもりはないが。
案の定、倒れている俺に気付いて強盗の一人がヘラヘラとした態度でやってくる。
『状況開始。諸君、派手に行こう』
「大丈夫っすか…!?」
「お前の頭がな」
俺は腕の筋力だけで体を持ち上げ、素早く足払いを行い倒れ込んだところで股間を思い切り踏みつける。
銃器持つ相手に手加減なんぞできんよ。
「ぎゃあああ!!」
「どうしたんだ!?」
俺に股間を踏みつけられた男が銃を手放して股間を押さえつけた所で、もう一人が此方へと注目する。
俺は素早く拳銃をシャルロットに向かって蹴って受け渡しを済ませると、未だに悶えている男の腕を捻り上げて盾にする。
ラウラは持っていた銀食器を俺に向かって走ってくる男に投げ付け、銃を落とせばスカートだと言うのに素早い身のこなしで駆け寄りハイキックで男の意識を刈り取る。
「なっ!?てメェらタダで済むと!!」
「思ってるんだよねぇ…チェックメイトだよ、おじさん」
シャルロットは背後からリーダー格の男に近寄り、後頭部に銃口を押し付ける。
リーダー格の男は観念したのか銃を捨てて両手を上げる。
「ちくしょう…なんだってこんな…」
「馬鹿が犯罪を起こすからだ…父様達が来ているというのにな。次同じことを起こしたら眉間を撃ち抜く」
ラウラは殺気をリーダー格の男に向けて威嚇をする。
小さな娘に威嚇され萎縮する大柄の男と言うのも何だか滑稽だな…。
「ラウラ、警察に入って来てもらえ」
「わかった、父様」
ラウラは俺に声を掛けられると殺気を収め入り口へと向かっていく。
とりあえず、これでひと段落か…。
などと思っていた俺が間違いだった。
この後警察の事情聴取に付き合わされ、身元引き受け人の千冬さんにこってりと絞られて帰ったのは結局日付が変わってからだった…。
むろん、更識姉妹にもこってりと絞られたのは言うまでもない。