【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜 作:ラグ0109
学園へと到着し各種連絡事項の他、千冬さんが非常にいい笑顔で渡してきた特別課題のプリントと反省文用の原稿用紙を抱え各々の寮へと向かっていく。
「狼牙…生徒会室には行かないの?」
「十中八九サボっている…俺の勘が告げている…裸エプロンで出迎えてくると」
「長い付き合いですものね…楯無さんの行動はお見通しですか」
「たかだか三ヶ月…長い付き合いとは言えんよ」
一夏、箒、鈴、シャルロットは先に寮へと戻っている。
ラウラは何でもドイツ軍への定期報告だか何だかで、先に帰っていてくれと言われた。
恐らく副官とも何やら話すことがあるのだろう。
部隊内の仲が円満な様でお父さんは嬉しいです。
さて…では俺たちは何をしているのかと言うと、少しだけ名残惜しくなって遠回りで寮へと向かっているのだ。
「銀の福音の操縦者…ナターシャさんでしたわね…何時の間に仲が良くなったのでしょうか?」
「狼牙…まさか…」
「勘弁しろ。ただでさえ不義理な状態だと言うのに、これ以上増やせるか。愛するのはセシリア、簪、楯無だけだと言うに…」
俺はゲンナリとした顔で肩を落とす。
ファイルスさんの行動は完全に学生のソレだ。
いきなりキスしようとしてくる辺りキス魔なのかもしれんが。
気を失っていた筈だが、俺と白の戦いを認識していたのだろうか…?
「あの方、狼牙さんの事を狼さんと仰ってましたが…共振現象の時はラウラさんの言っていた狼の姿ですの?」
「その通りだ…身体能力まで前世と同じだったからな、正直驚いている」
「天狼の単一仕様能力で私達も見れるチャンス?」
「ハッ!?確かにそうですわね!」
俺を挟んでセシリアと簪が、嬉しそうに笑いながら期待の眼差しで俺を見つめてくる。
…果たしてISが待機状態でも共振現象を起こすことは可能なのだろうか…?
今度千冬さんに相談して実験でもさせてもらうか。
「ひとまず簪が仲間外れになるからな…弐式本体の完成を急ごうか」
「そうだね…早速明日から起動テストを始める」
「いっそのこと、楯無さんにも手伝ってもらうのはどうでしょう?」
ふむ…ライバルの手を借りる、か。
楯無としては嬉々として引き受けてくれるだろう。
なんせ、目に入れても痛くない可愛い妹からのお願いだ。
突っぱねる訳がない…訳がないんだが…。
「俺としては仕事が増えるから勘弁願いたいな。簪を理由に俺に仕事を割り振ってくるのが、目に見えるようだ」
「楯無さんのサボり癖は、そんなに酷いんですの?」
「それはもう…俺と簪が弐式の組み立てを行っていると、大体後ろから盗み見しているくらいだしな」
「…お姉ちゃん、ストーカーなのかな?」
簪は、嬉しいような困ったような笑みを浮かべてズレた眼鏡を直す。
セシリアはセシリアで呆れたような顔をする。
ただ、楯無はサボっているわけじゃない気がする。
更識家当主…学園外の仕事もこなさなければならない身にとっては、生徒会室内でもおいそれと処理できるような問題ばかりでもないのだろう。
楯無は楯無で学園と実家との二足の草鞋を履きこなしているのだと俺は思っている。
「楯無は心配性なのだろう…簪、お前はしっかりと愛されている」
「うん…それは、分かっているつもり」
「国家代表としても活躍なされてますものね…そう考えれば、サボってしまいたくなるのも許容すべきなのでしょうか?」
「いや、ダメだろう」
ピシャリと否定すると三人でクスクスと笑う。
簪が楯無のことで笑みを浮かべている。
きっと楯無が簪の事を愛しているように、簪もまた楯無の事を愛しているのだろう。
嬉しくあり、羨ましくもある。
けれども俺も愛されている身だ…羨んで良いものではない。
彼女たちのそう言った姿を見て喜ばなくてはな。
そうだ…封筒の中身を見るのを忘れていたな。
「少し、ベンチに座っても構わんか?景子さんから預かっていた封筒を忘れていてな」
「えぇ、構いませんわ…わたくし達も見ても構わないでしょうか?」
「構わんよ…どうやら中身は写真のようだ」
ベンチに座り、懐にしまっていた封筒を取り出して丁寧に封を開ける。
中身はたった一枚の写真だった。
何故だろうか…見る事に緊張してしまう。
「大丈夫…?」
「いや、柄にもなく何故か緊張してな…さて、何が写っているのか…」
ゆっくりと写真を裏返し、表にする。
旅館の一室だろうか…?
今よりも幾分若く見える景子さんと…両親と幼い俺が写っている。
母親に抱きかかえられて何処か不本意そうに、何処か嬉しそうに俺は振り返っている。
この頃はまだ髪の毛も短く、大分男の子らしい。
母親の隣にいる父親は、俺のそんな様子に可笑しそうに笑いながら見つめている。
もう、会えない人達。
でも、愛されていたと言う事は写真からでも伝わってくる。
きっと…ではない、俺は愛されていたのだ。
「狼牙さんのご両親ですか…?」
「優しそうな人達、だね」
「あぁ…もうずっと前の会えなくなってしまったが…俺は、何も羨むことは無かったな」
写真を見つめ、一筋涙を流す。
悲しいからではなく嬉しいから。
いなくなっても、両親は愛してくれていると思えるから。
セシリアと簪が俺の体に抱きついてくる。
「わたくし達も愛していますわ…」
「そう、ずっと一緒にいるから」
「まったく、俺は果報者だよ…」
それぞれの頭を撫で優しく抱き寄せる。
夕暮れ時…いまだ汗ばむような暑さだと言うのに、二人の体温が心地良い。
いかんな…随分と欲張りになってしまって。
誰にもくれてやるものかと、強く思ってしまった。
「これからもよろしく頼む」
「えぇ、嫌だと言っても傍にいますわ」
「後悔なんてさせないんだから」
再び三人で笑い、夕日が沈むまで景色を眺めていた。
父さん、母さん…俺は必死に生き抜いて、貴方達の誇りでいられるように頑張るよ。
寮のエントランスでセシリア達と別れ、一人部屋へと向かう。
さて、どんな様子で出迎えられるのか…。
いたって普通にしてくれると凄く嬉しいのだがな。
穏やかな気持ちではあるものの、少しだけ心配なのである。
すでに女たらしの称号をいただいてはいるものの、これ以上不本意な称号が増えないことを祈るばかりだ。
すれ違うクラスメイトたちに軽く挨拶しつつ、重い足取りで自室の扉の前に立つ。
部屋の中の気配を探ると、どうやら楯無は扉の前でスタンバイ完了の様である。
俺は意を決して扉を開ける。
「おかえりなさい、私にする?私にする?それとも、わ・た・し?」
思いっきり扉を閉めた。
思いっきり扉を閉めてやった。
大事な事なので二回言わせてもらった。
扉を開けた瞬間、そこに立っていたのはシースルーのキャミソールに大人な下着、ガーターベルトと…その…こう言ってはなんだが、俺のツボをおさえた格好の楯無が満面の笑みで出迎えてきたのだ。
俺は挙動不審気味にあたりをキョロキョロと見渡す。
あまりにも大きい音に、皆何事かと注目の眼差しを此方に向けてくる。
正直迂闊だったと言わざるを得ない…と言うかだな…。
「何で下着姿なんだ…」
『別にいーじゃない。三日ぶりなのよ?インパクトあったでしょ?』
楯無は面白そうに扉越しに俺に声をかけてくる。
インパクト云々よりも、もう少し俺の学園生活に配慮してくれても良いのではないかと思う。
俺は必要最小限で扉を開き部屋の中へと入る。
何故、自分の部屋なのにこうもコソコソしなくてはならんのだ…。
俺が部屋に入るなり楯無は体に抱きついて胸元に頬擦りをする…猫のマーキングか?
頭を撫でてやりながら笑みを浮かべる。
「ただいま…とりあえず、何が起きていたのかは知っているな?」
「えぇ、本当に驚いたわ…篠ノ之博士が箒ちゃんにIS持ってくるのは把握してたけど、銀の福音に襲撃されるなんて思ってもなかったもの」
「束さんが言うには、遠隔操作システムによる乗っ取りが最たる原因だそうだ」
「死傷者ゼロで研究所が倒壊したって、裏じゃ有名な話があるけど…」
「束さんが懇切丁寧に潰したんだそうだ」
楯無の体を抱きかかえてベッドまで運び、ベッドに腰かければ楯無は俺の足の上に座る。
随分とさみしがり屋なものだな…。
「でもシステム開発自体は他所でやっていた…ってわけね?」
「まぁ、な…おかげで大怪我して髪の毛を切る羽目になるわ、千冬さんにボコボコにされるわで酷い目にあったが」
「撃墜の報せを聞いた時心臓が止まるかと思ったわよ…」
「ピンピンしているだろう?」
軽く肩を竦めると、楯無は強く抱き締めてくる。
俺は優しく髪を梳く様に頭を撫でてやる。
毎度思うことだが…不謹慎ながら、こうして心配してくれるのは嬉しいものだ。
「そういう問題じゃないわよ、もう。おじ様が珍しく怒っていたわね…お飾りの独断先行の所為で大切な生徒を傷付けたって」
「お飾りの方はどうなったのだ?」
「さて…どうなったんでしょうね?」
楯無は妖しく笑う…成る程、お仕置きは済んでいるらしい。
今回の事件、お飾りはIS委員会の言いなりで動いていたような気がするが…その辺りは調べたくとも調べられないだろうな。
機密扱いで作戦行動に関わっているとは言え、内容を閲覧することは固く禁じられているのだ。
思えばIS委員会と言う組織は何処か胡散臭い…軍用試験機をお目溢ししているのだからな。
技術革新のために必要だったと言われればそれまでだが。
「一先ず、事件自体は一件落着だ。俺と一夏のISが第二形態移行を起こすというお釣りつきでな」
「スペックデータは白蝶から送られてきたけど…えげつなくなったわね」
「俺が欲しいと思ったものが満載だからな…攻撃力不足は大分解消されただろう」
特にワイヤーブレードの存在は、俺にとって非常にありがたい。
強制的に俺の距離へと引き込むことが可能になるからな。
「単一仕様能力も使えるようになって…凄まじい成長ぶりね。此処まで強くなれば、この間の様な事件を起こそうなんて早々考える人間は現れないでしょう」
「そうであって欲しいものだ…目が覚めたら医務室、と言う事態はもう避けたいからな」
「毎回事件が起きる度に医務室に連れ込まれていた気がするわ」
「まったくだ…これ以上事件はいらん…」
がっくりと肩を落としため息をつくと頭を撫でられる。
何とも情けない姿だな。
「起きたってみんなで解決すれば良いだけの事なんだから…ね?」
「あぁ、そうだな…頼らせてもらうよ、刀奈」
楯無は嬉しそうに笑みを浮かべて俺の体をベッドへと押し倒してくる。
まぁ、流れ的にそうなる…のか…?
「ところ、で…このまま何もしないわけじゃないわよね?」
「据え膳食わぬは男の恥、か?節度を持った学生生活を送るべきだと思うのだが」
「愛が欲しいわ」
「愛しているがな…」
「だったら…」
そう言うなり、楯無は部屋の明かりを消す。
この後滅茶苦茶…まぁ、ここでは言わんよ。
夢を見ている。
白を失う以前の話…。
ある世界に身を寄せ、親を失くした子供達を引き取って育てていた時の話。
皆俺の体にしがみつき、決して離れようとはしない。
俺もそれを許容し、優しく見守っていた。
ある者は目が見えなかった。
ある者は喋ることができなかった。
ある者は忌み嫌われる獣人だった。
それでも俺は等しく愛した…我が子として。
いずれ離れていってしまうことがわかっていても…それでも愛さずにはいられなかった。
皆…俺を慕ってくれていたから…。
俺は夢を見ている。
遠い世界の、幸せな夢を。
次回から夏休み編でございます。
ちょろっとバトったりしますが基本まったりほのぼのイチャコラなので退屈かもしれませんが、お付き合いくださいな