【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜   作:ラグ0109

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天狼と福音

「銀!応答しろ!銀!!」

「ろーくん…」

 

織斑 千冬は机を叩き、今しがた撃墜され海に落ちた天狼へとコンタクトを取ろうとするが反応は見られなかった。

全てのリミッターの削除…そこにはISのシールドエネルギーを本来の量に戻すという意味合いがある。

つまり、応答が無いと言う事はISシールドエネルギー残量がゼロになってしまっていると言う事を端的に示しているのだ。

 

「先生!狼牙さんはまだ戻らないのですか!?」

「オルコット…更識…」

 

セシリア・オルコットと更識 簪は織斑 一夏を臨時に設けられた医務室の救命カプセルへと運び終えた後に、司令室となっている大宴会場へと駆け込んでくる。

千冬は血が滲むほど拳を握りしめ、二人を見つめる。

 

「銀は…」

「銀君は、たった今…福音に撃墜されました…生きているかは…」

 

千冬が口を開く前に山田 真耶が撃墜を知らせる。

何も出来なかったことに対する贖罪と言うわけではない。

せめて、尊敬する千冬の負担を減らそうと言う真耶なりの気遣いだった。

 

「そんな…狼牙は、帰ってくるって…」

「先生、わたくしにもう一度出撃させてください。狼牙さんを連れて帰ります!」

「だめです!セシリアさんまで撃墜されてしまうかもしれないんですよ!?」

「ですが!」

「やめろ!…専用機持ち達は現場で別命あるまで待機…決して勝手な行動を起こすな!」

 

セシリアは歯を食いしばりワナワナと震えると扉を乱暴に開け出て行く。

 

「先生…」

「分かっている!分かって…いるんだ…頼むから、勝手な行動を起こさないでくれ…」

「わかりました、失礼します」

 

簪は涙を流すのを堪えながら頭を下げ部屋から出て行く。

千冬はもう一度机を乱暴に叩く。

 

「私の…ミスだ!」

「違うよ、ちーちゃん…」

[そうね…これは外部からの悪意があるわ…]

 

束が口を開くと同時に白蝶から通信が入る。

 

「銀のコアか!?銀は…狼牙は無事なのか!?」

[かろうじて…生きてはいるわ。僅かに残った矮星のおかげで生命維持機能が働いている…流石に肝が冷えたわ]

「ろーくんは単一仕様能力を使っているんだね?」

[御名答…単一仕様能力『天狼』。効果の一つは共振…本人は気づいていないけれども]

「ここからは私の出番だね〜。ちーちゃん、確かに銀の福音は暴走していたよ…いっくんが撃墜するその瞬間までは」

「どう言う事だ?」

 

千冬は束を訝しがるように睨みつける。

実際のところ、千冬は暴走させた犯人に検討をつけていた。

紅椿の晴れ舞台…それを演出するために必要な敵役にピッタリな、束が最も嫌う軍用機…。

つまり、暴走させた張本人は目の前にいるのだ。

真耶はその事実に気づくが、千冬に目配せされ黙りこくる。

 

「いっくんの零落白夜による一撃はシールドエネルギーを削りきって、安全装置が発動した。本来ならば此処で全てのシステムは正常に作動する筈なんだけど…それがいけなかったみたいなんだよね〜」

「勿体ぶらずに結論を言え」

「私がぶっ潰した研究の一つ…遠隔操作システムがシステム切り替えの瞬間を狙って福音に割り込んでる…どこの馬鹿なんだろうね?束さんの子供にこんな事するのは」

 

暴走させておいて…と思うが真耶は口にはしない。

束の気配が異質な程冷たいのだ。

無意識のうちに真耶は一歩下がる。

 

[束、今ロボが共振現象でコアに干渉しているわ。天狼側から福音にアクセスできるようにバックドア作るから、貴方の方からもシステムの切り離しをお願いするわ]

「わかってるよ、はーちゃん。私に任せておいて!」

「山田君、私達は作戦を練り直す」

「わ、わかりましたっ!」

 

こうして、悪意からの反撃の狼煙は着実に上がっていくのだった。

 

 

 

 

 

「……!?」

 

俺は眠ってしまっていたのか慌てて起き上がると、黄昏時に染まる空のど真ん中に立っていた。

不思議と上下の感覚があり、素早く体を起こすと自身の体に起きた異変に目を丸くする。

 

「馬鹿な…何故昔の…」

 

俺は頭を動かし、自身の身体を見ようとする。

白雪の様な銀の体毛…そして犬の様な前足…間違いなく『以前』の姿そのものなのだ。

俺はあまりもの事態に半ば呆然とするがすぐに意識を切り替える。

俺は福音の兵器を破壊するために手を伸ばしたが、逆に捕縛され閃光の雨に沈んだのだ…。

此処は…一体どこなのだろうか?

しばらく考え込んでいると泣き声が響いてくる。

考えても仕方ないとそう結論付けた俺は、気を取り直して泣き声のする方角へと向かう。

 

「ぐす…ぐす…誰か…誰か…お姉ちゃんを…助けて…」

 

暫く歩いて…何で空の上で歩けるのかは分からないが…歩いていると修道服に身を包んだ小さな女の子がしゃがみこんで泣いている。

 

「一体如何したと言うのだ?」

「誰…?」

 

少女は漸く顔をあげ、ぐしぐしと目を擦っている。

この声…真逆、な…

 

「俺は…そうだな、ロボとでも名乗っておこう。お前は?」

「みんな、銀の福音って呼んでる…」

 

成る程…これがラウラの体験した共振現象か…何故狼牙の姿ではなくロボの姿なのかは甚だ疑問ではあるが。

 

「俺はさっきまでお前と戦っていた者だ。何故暴れているんだ?」

「違うの!私はお姉ちゃんを守ってるの!怖いのが来て私を勝手に…」

「怖いの…?」

 

俺は首を傾げると辺りを見回す。

黄昏時に染まる空の一角から、黒い靄を纏った何かが猛スピードで駆け抜けてくる。

アレか…俺は身体の具合を確かめ、歯を打ち鳴らす。

 

「アレが事の原因の様だな…噛み砕けば何かが変わるか?」

「助けて…」

 

銀の福音は立ち上がる気力すら無いのか、座り込んだまま泣くだけだ…昔もこんな状況があった様な気がするな。

俺は黒い靄を纏う何かへと飛び掛かり、牙を突き立てる。

 

「邪魔をするなぁ!!」

「喧しい、貴様の所為で面倒なことになっているんだからな!!」

 

黒い靄が晴れ、現れたのは漆黒の毛並みを持つ獰猛な狼だ。

黒い狼は俺に爪を突き立て、噛み付き返してくる。

俺は頭を思い切り振り回し引き剥がすと、そのまま投げ飛ばし距離を開ける。

 

「福音を明け渡せ…これは私が使う」

「はい、そうですかとやらせると思うか?」

「ならば貴様も排除してやる、織斑 一夏と同じようになぁ!」

 

どうやら、あの第二形態移行…こいつ無理矢理引き起こした物のようだ。

獰猛に笑みを浮かべる黒狼は俺へと飛びかかるようにして襲いかかってくる。

俺はもまた同じ様に飛び掛かり下から頭突きをするように体当たりをし、跳ね飛ばす。

 

「ガァッ!!」

「とっとと、帰らせろ、面倒だからな!」

 

体勢を崩した黒狼の目に爪を突き立て顔を引き裂くと、向こうも爪を突き立て、俺の体を血に染め上げていく。

先程から不思議に思っていたが、痛みを感じないのだ…共振現象で本来の肉体ではないからなのだろうが。

 

「グルル……」

「しつこい…しかも再生し続けるか…」

 

痛みは感じないが、傷を負うたびに倦怠感が増してくる。

しかし黒狼は俺と事情が違うのか、傷をつけても黒い靄が集まり傷を修復してしまうのだ。

 

「逃げて、おじちゃん!私が、私が何とかするから!」

「助けを請いておいて、それはないだろう?あとお兄さん、だ!」

 

俺は咆哮を上げ、自身に喝を入れる。

ここまで来て、引き下がれんよ…ここで銀の福音を助けられれば、ISの方の暴走も治まるはずだ。

で、あれば戦おう…以前のように。

牙と爪に誇りを乗せ、相手を喰いちぎるのだ。

 

「この世でたった一匹の天狼族…この牙と爪、容易く折れると思うなよ!?」

「福音を寄越せぇっ!!」

 

黒狼は我武者羅にこちらへと駆け出し、醜い牙を剥き出しに喰らいつかんと襲いかかってくる。

俺はそれを冷静に見据え、再び咆哮を上げる。

咆哮は、鈴の衝撃砲の様に衝撃波となって黒狼に襲い掛かり、一瞬でバラバラにする。

…まさか、使えるとは思ってなかった…。

どうやら共振現象下では肉体は以前のものと同じ状態になるらしい。

半ばチートじみているな…コア内部限定だが。

 

「お兄ちゃん、お姉ちゃんがあっちに!」

「ちっ…!大元を叩かんとキリがないな!」

 

福音が俺の身体にしがみ付くと、前方に指を指し示す。

黄昏時の空にある太陽…どうやら、その方角に福音が守っている操縦者がいるらしい。

福音を背に乗せ移動しようとしたその時、再び黒狼が目の前に現れる。

俺は、忌々しげに唸り声を上げ黒狼を睨みつける。

 

「いいか、面倒が嫌いだから…逃げるぞ!」

「う、うん!」

「逃がすかぁっ!!」

 

コアに干渉してくるという事は相手は恐らく機械的なシステム…こんな時に束さんがいれば…!!

 

 

 

「それは…本当、ですの…?」

「う、うん…白蝶さんから…」

「言っただろう、父様は絶対に死なないんだ」

「その自信は何処から来るのよ…」

 

待機命令が出され、別の宴会場で待機していたセシリア達は俄かに湧き立つ。

撃墜された狼牙の生存が確認された為だ。

だが、楽観視はできない。

狼牙が眠る海の上に銀の福音が卵の様に丸まり待機しているからだ。

それにフルスペックを想定以上の時間を経過しても使用していたため、本当ならば廃人…ないし死んでいてもおかしく無い重傷状態を、ISの保護機能で命を繋いでいる状態なのだ。

 

「織斑先生の判断を待ってはいられませんわ!」

「狼牙を叩き起こして、ぶん殴らないとね!」

「だ、だめ!」

「父様に親孝行をする時が来たのだな!?」

 

セシリア達は立ち上がり顔を見合わせる。

鈴は拳を打ち合わせ、気合を入れる。

 

「それじゃ、箒に声を掛けてくるわ…どうせ、目の前で一夏がやられて不甲斐なくメソメソしてるんでしょうから」

「あまり、キツく言わないでね…私も同じ状況になったら、箒と同じ気持ちになると思う」

「優しいわねぇ…あたしだって同じかもしんない。けど、ぶん殴るべき相手がのうのうと生きてるんなら、ぶん殴らなきゃダメじゃない?」

「鈴のそう言うハッキリしたところ、私は好きだな」

 

簪は心配そうに鈴を見つめ、ラウラは笑みを浮かべながら鈴に頷く。

鈴は悔しいのだ…後詰めで出る事が出来たとはいえ、手の届かない目の前で好意を寄せる一夏が大怪我を負わされたことが。

 

「ラウラ、あんた軍人でしょ?福音の位置分かんの?」

「ドイツの軍事衛星にアクセスさせよう。少し時間をくれ」

「じゃ、それまでに皆準備してね…簪も来るんでしょ?」

「も、もちろん!」

 

少女達は立ち上がり、それぞれが為すべきことする為に行動を開始する。

それが最善の道だという事を信じて。

鈴は一夏が眠る臨時の医務室へと向かう。

扉の前にシャルロットが浮かない顔で立っている。

 

「あ…鈴…」

「シケた面してるわねぇ…あんた、来るでしょ?」

「何処にって…まさか、福音とやり合うの!?」

 

鈴の言葉にシャルロットは驚いたような顔をし、すぐに顔を引き締める。

既に覚悟は決まっているかのように。

 

「当たり前でしょ?あたし達がやらなきゃ、一夏も狼牙も骨折り損じゃない?」

「そうだね…僕も行くよ。一夏がやられて黙って見てられる程、僕もお淑やかじゃないから」

 

シャルロットは、鈴の不敵な笑みに引かれる様に同じ笑みを浮かべる。

 

「ラウラが今福音の居場所を探してくれてるわ。パッケージ換装しときなさいよ?」

「わかったよ、鈴。箒は…どうするかな?」

「引きずってでも連れてくわよ?専用機持ってんだから専用機持ちの矜持ってのを教えてやらなきゃね」

「あはは、鈴は強いなぁ…でも、負けてはいられないからね」

「負けてらんないわよ…狼牙はたった一人で化け物に立ち向かってるんだから」

「武器もないのにね…武器を持ってる僕らが、どれだけ強いのか見せつけなきゃ」

 

シャルロットはラファールの換装作業に入る為、鈴と別れ走り出す。

鈴はその背中を見届けた後、乱暴に医務室の扉を開ける。

 

「あんたも分かりやすいわねぇ…行くわよ、箒!」

「わ、私が悪いんだ…あの時、私が操縦者を回収しに行けば…一夏が…」

 

箒は悔しさに一夏の眠る医療カプセルの側に座り込み、枯れぬ涙を流し続ける。

鈴は苛立たしげにそれを見る。

 

「あんたは!一夏がやられてなんとも思わないの!?」

「どうしろと言うのだ!?今すぐにでも私だって福音を斬り捨ててやりたい!けれども…憎い仇の居場所は分からず…どうしようもないじゃないか…」

 

箒は立ち上がり、怒鳴り声を上げる。

箒とて悔しい…目と鼻の先で一夏を傷つけられ、あまつさえ狼狽え逃げ帰ることしかできなかったのだから。

だが、その言葉に鈴はニヤリと笑みを浮かべる。

 

「な、何が可笑しい!?」

「違うわよ…思ってたよりヤル気あるみたいで安心したってだけ。居場所が分かれば出るんでしょ?」

「あ、あぁ…」

「それならラウラが探してくれてるわ。見つかり次第出るわよ、箒!」

 

鈴の言葉に箒は涙を拭い、立ち上がる。

そこには先程まで泣くだけだった少女の姿は無い。

刀のように研ぎ澄まされた意志を持つ戦士が立っている。

 

「一夏、私は…行ってくる。行って福音を倒してみせる」

「私達で、ね!」

「あぁ!」

 

箒と鈴は固く握手し、医務室を出て廊下を駆け出す。

その背を見つめる人物の存在を知らぬままに。


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