【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜 作:ラグ0109
「グヘェ…」
「情けない声を上げるな、千里の道を歩かねばならんのだからな」
二限目の授業終了後、授業中では不足していた部分のチェックを手早く二人で行う。
放課後には貴重な時間を使っての特別授業だ。
山田先生の期待…そう、期待を裏切るわけにもいかん。
「分かってるけどな…」
「ちょっとよろしくて?」
二人で必死にペンを走らせていると、背後から威圧的な『いかにも』な声が掛けられる。
「へ?」
「何か用か?すまんが、手短に頼みたい」
気の抜けた声で一夏は振り返り、俺は少々冷たい声で何処か肩肘張ったように敵意を隠しもしないブロンドの少女に受け答えしまった。
「まぁ!なんですの、そのお返事。わたくしに話し掛けられるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度と言うものがありますのよ?」
お嬢様、といった感じの美しいブロンドをロール状にセットした髪を揺らし腰に手を当てポーズを付けながら声を荒げている。
言うまでもないが、今の世情と言うのは『女尊男卑』だ。
ISが発表されてからと言うものの女性しか使えないと言う点から、優秀な女性操縦者を見つける為に国は腐心してきた。
そうして出来たのは、酷い言い方をすれば女王蜂と働き蜂の様な社会構造だ。
女性は高い地位につき、男性は使い潰される労働力。
男尊女卑の反動とも言えるが、結果として世の中は男性にとって面白くないものへとなってしまっている。
曰く、街を歩いていたら見知らぬ女性に貢がされた。
曰く、座っていただけで警察に通報された。
無論俺も貢がされそうになった事があるが、あの時は機転を利かせてくれた鈴のお陰で事無きを得る事ができた。
「悪いな、俺君が誰だか知らないし」
「自己紹介は中止されていたからな…俺たちはクラスに名乗ったが、お前の名を聞いてはいない」
知っていて当然、と言う態度が通じるのは恐らく母国だけでは無いだろうか?
言い訳がましいが俺たちは男性だ。
元々は、この道に進むつもりが無ければ興味も無かった。
興味が無ければ機体名は愚か操縦者も分からんだろう。
「わたくしを知らない?このセシリア・オルコットを?イギリス代表候補生にして、入試主席のわたくしを?」
「おう、知らん」
「そもそも俺たちは体裁上の試験と言うだけでほぼパスみたいなものだったからな…」
一夏の反応を見るに、試験官と言うか検査員は俺とは違うようだが…俺は千冬さんが相手だった。
結果?三分保たせた俺を褒めてくれてもバチは当たらんだろうさ。
「な、な、な……」
試験が無かったと言う事がそんなに気に入らないのかワナワナと震えている。
「あ、一つ質問良いか?」
呑気な声でセシリアに声をかけた一夏は声とは裏腹に真面目な顔をしている。
「えぇ、えぇ、下々の者の要求に応えるのも貴族の務め。質問に答えて差し上げましょう」
「代表候補生ってなんだ?」
咳払いをして、胸元に手を置き一々ポーズを付けて応えるセシリアはその質問にクラスで聞き耳を立てていた女子諸共に固まってしまっていた。
「一夏よ、お前は考える事を放棄したのか?」
「そんなわけないだろ?俺はいたって真面目だぜ!」
何なのだろうな、このドヤ顏…弾、やはりお前でなければ一夏の制御は出来ん。
「読んで字の如くだ…それ位分かれ」
深い溜息と共に呆れ果てる。
千冬さん…貴女は一体どんな教育を施してきたと言うのだ…
「信じられない…信じられませんわ…。極東の島国とは未開の地ですの?一体どういう教育を…」
ぶつぶつと疲れ切った顔でセシリアは呟き何処か憐れむような目で一夏を見る。
「恐らくこの馬鹿位なものだぞオルコット…後で織斑先生に報告して教育してもらっておくから、今は矛を収めてくれ…」
「な!!狼牙、それはあんまりだぞ!!!」
ガタンと椅子を倒しながら立ち上がり俺に抗議してくるが、自業自得だろう。
「喧しい、千冬さんの顔に泥を塗りかけている事を少しは自覚しろ」
「ぐ……!」
言葉の意味が紐解けないのはあまりにも拙い…それにこの言葉は発破にもなるだろう。
だが、フォロー位はせんとな。
「お前は、少し直感的に動きすぎる…若さ故なんだろうが、それはもう今は危ういだけだ。変われとは言わん、考えろ」
腕を組み見上げれば、一夏はハッとした顔をしてバツが悪そうに席に座りなおす。
「悪い、狼牙…」
「気にするな、お前との仲だからな」
「ちょっと、わたくしを無視し過ぎではありませんこと!?」
セシリアは自身の絶対的優位性を信じて疑わないのか声を荒げるが、時間切れだ。
三時限目開始のチャイムが鳴る。
「くっ…次の休み時間覚悟なさい!逃げない事ね!」
セシリアが席に戻れば一息つき、次の授業の準備を始める。
すると、山田先生ではなく千冬さんが教壇に立った。
どうやら三時限目は、千冬さんが担当するらしい。
ブリュンヒルデの授業と言う事もあってか山田先生もノートとペンを持って席に着いている。
「全員準備はいいな?三時限目は実践で使用する各種装備の説明をする…のだが、その前に決めることがある」
少々バツが悪そうな顔で千冬さんが全員を見る。
「本当はSHRで決めるべきだったのだが、再来週に行われるクラス対抗戦に出場するクラス代表を今の時間を使って決めようと思う」
どうやらそう言うイベントに出るための選手を選出するらしい。
俺も一夏もISに関してはズブの素人…選出されてバカを見るのは勘弁願いたい…だが…。
「クラス代表者は、対抗戦等の代表選手になる他、生徒会の開く会議や委員会への出席。また、私達教師の補佐もする事がある。要は学級委員だな。再来週のクラス対抗戦は現時点でのクラスの実力を測るものだ。現時点では大して実力差は出ないだろうが、そう言ったイベントは競争力を生み全体の向上心に繋がる。特別な事情でもない限り、一年間は務めてもらうからそのつもりでいろ」
ふむ、と頷き思案する。
まず間違いなく女子達は男である俺たちを槍玉にあげるだろう。
それは、構わん…構わんのだが…
「自薦他薦は問わん。誰かいるか?」
千冬さんが号令のように辺りを見渡すと、次々に手が挙がる。
「織斑君を推薦します!」
「私も織斑君を!」
やはりこうなるか…ちらっと一夏を見ると能天気に黒板を眺めている。
「大人っぽいし銀君を私は推薦します」
「はいはい!私も銀君です!」
薦めてくれるのはありがたい事ではある。
クラスメイトと距離があるのは居心地が悪いからな。
だがな、今は悪手なんだ…さっきの会話を聞いていた女子なら理解できんでもなかろうに。
「ふむ、では代表候補者は織斑 一夏と銀 狼牙の二人だな。他に立候補者はいるか?」
「俺ぇっ!?」
「席に着け織斑」
漸く自分が推薦されたことに気付いたのか、一夏は驚きで立ち上がり出席簿に沈んだ。
きゃいきゃいと騒ぐ女子達を微笑ましくも胃が痛くなる思いで見ていると、やはりと言うかなんと言うか椅子を蹴り倒し、今にも襲い掛からん勢いで立ち上がる生徒が現れた。
セシリア・オルコットである。
「待ってください!納得いきませんわ!!」
起きてもいない胃痛に顔を顰めつつ軽く溜息をつく。
一夏に至っては救世主現るッといった顔だ。
「そのような選出、認められません!大体、男がクラス代表だなんていい恥晒しですわ!この貴族であるわたくしに一年間屈辱を味わえと言いますの!?」
千冬さんの話を聞いていなかったのか、それとも自身の持つプライドが話を意識から消し飛ばしてしまったのか…恐らく後者なんだろうが、捲し立てている。
事、千冬さんに至っては表情一つ変えてはいないがスッと目が僅かに細められ、それに気づいた一夏は冷や汗が流れる。
山田先生は…あぁ、オロオロしないでもらいたい。
「実力から考えればわたくしこそがクラス代表に相応しいのです!それを珍しいからと言って無能な極東の猿にされては--」
これ以上はいらん諍いが起きるな。
「其処までだオルコット…国家代表候補生ともあろう人間が、『何を口にしたのか』分からん訳ではあるまいな?」
クラスの半数が日本出身であるこのクラスの空気が悪くなる。
それにこのままではセシリアは遠からず孤立してしまうだろう…お節介とは分かっているのだが『あの時』からこの性分は変えられんな。
「くっ…野蛮な猿の分際でわたくしの話を遮らないでくれます!?」
相当オカンムリの様だ、この分では自身の肩書きをも忘れているようだ。
千冬さんは俺に委ねたのか黙って事の推移を見守り、隣の親友は俺をバカにされた事にヘソを曲げている。
「俺を猿だのゴリラだの言うのは構わんがな…国の代表になろうと言う人間が、簡単に他国を貶めるな」
構わず俺は腕を組み振り向かずに、ただただ諭す様に声を出す。
俺の言葉に一気にクールダウンしたのか、セシリアは息を呑む。
「貴族であれば優雅たれ…オルコットには難しいことではあるまいよ」
「貴方に何が分かると言うのです?」
「知らんよ…努力をしてきたと言うことは分かる…だからな」
ここで俺は一度話を区切り立ち上がる。
千冬さんを見れば、静かに千冬さんは頷く。意図を理解してくれたようだ。
ゆっくりと振り返り、セシリアを指を指す。
「自薦は嫌なのだろうからな、俺はセシリア・オルコットをクラス代表に推薦する。その上で、俺と一夏とオルコットでクラス代表をかけた決闘を申し込む」
「はぁぁぁっ!?何言ってるんだよ狼牙!!」
声を荒げ見上げる一夏を見つめ笑みを浮かべる。
「フッ…此方も住んでいる国を図らずとも馬鹿にされたからな…漢の矜持とやらを見せてやってもいいだろう?」
一夏は目を閉じ自身を納得させたのか、大きく頷く。
「あぁ、分かった!俺も男だ、此処で逃げちゃ格好がつかねぇよ!」
ぐっと拳を握り突き出せば一夏も合わせて拳を打ち付けてくる。
視線を感じ山田先生を見るとハンカチで涙を拭っている。
……本当に大丈夫なんだろうか……。
「優雅たれと言うのであれば、わたくしの貴族としての矜持もあります。受けて立ちましょう」
一方的にくだす自身があるのかポーズを付けて此方を睨みつけるオルコット。
「侮るなよ、真剣勝負で手を抜くほど腐っちゃいない」
やる気に満ち溢れているのか、一夏はニヤリと笑みを浮かべる。
「ハンデ無しのガチ勝負でなければ話にならん…互いに言い訳を作りたくもなかろう?」
俺がそう言うと、クラスの女子からクスクスとした笑い声が上がる。
こう言った空気も変えられれば御の字だな。
「一夏君と銀君は代表候補生を甘く見過ぎだよー」
「男が女より強かったのなんてISが出る前の話だしさー」
「悪い事言わないからハンデもらいなって」
皆、口々に俺たちを甘く見積もる。
素人対アマチュアだ、致し方ない。
だが後腐れなくするには本気の争いでなければならん…思ったより青春できそうで、俺は常に笑みを浮かべてしまっているが。
ISありきの考え方と言うのも仕方ないか…現状ISと言うものは全世界で467機しか用意できないという意味を考えるべきだろう。
まぁ、それに関しては千冬さんや山田先生の仕事であるが。
「俺たちが挑むんだ、そんな恥ずかしい真似できるかよ」
「悪いが、これでも男の子なんでな…退けんものがある」
クラス全体を見渡して、首を横に振る。
男の子なんて『歳』でもないんだが…新たな人生だ、男の子気分でやらせてもらおう。
パンパンと手を叩く音が響き、全員の視線が千冬さんに集まる。
「まったく…銀、勝手に話を進めるな。だが、学園としても男性操縦者の戦闘データは欲しいし、クラスとしてもオルコットの代表候補生としての実力を見ればクラス全体にも良い影響を与えるだろう。三人の決闘は来週の月曜日。放課後に第三アリーナで行う。三人とも抜かるなよ?」
イイ笑顔で千冬さんが俺たちを見れば教本を開く。
「時間も押してるからな、早速授業をはじめる!」
一週間…時間も無いし、恐らくISに関してはぶっつけ本番になるだろう。
だが、やはりこの高揚感は得難いものだ…。
自然と笑みが零れるが、それを見た一夏は若干顔を引きつらせていた。
展開遅いでしょうが…書きたいこと書くって楽しいですな。