【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜   作:ラグ0109

58 / 152
空に咲くは紅椿

翌朝、俺はいつも通りに朝早くに目を覚まし海岸に出て鍛錬を行う。

今日はISを用いたパッケージ及びオートクチュールの換装と機動訓練だ。

パッケージと言うのは拡張領域に追加される後付け装備の様なもので、パッケージ毎に機能特化されている。

オートクチュールは専用機用の換装装備…セシリアに聞いたところブルー・ティアーズのビット兵装を全てスラスターに換装した物をセシリアは使うらしい。

確かストライク・ガンナーとか言ったか…強行偵察機みたいだな。

ともあれ、こちらも拡張領域を食うらしく、基本的にはパッケージと変わらない。

天狼?

ははは、そんなものある訳がないだろう?

 

[虚しいこと言うわねぇ…まぁ、今更剣とか銃とか渡されても上手く扱えないわよね?]

 

まったくだ…付け焼き刃程危ういものはないからな。

実は内心ホッとはしている。

ただなぁ、たーさんがなぁ…。

 

「ろーくん呼んだー?」

「いきなり現れんでくれんか…?」

 

俺は終始拳舞を続けたまま、突如として現れた束さんを見る。

近くに居るであろうことは知っていたが、こうも神出鬼没だとな…。

ちなみに今は他人の目がないと思って上半身裸だ…正直失敗したと思っている。

 

「グヘヘ、夢にまで見たろーくんのマッスルボディ…堪能するぜぇ…」

「たーさん、おっさん臭いぞ?」

 

体に指を這わせてくる束さんに観念した俺は、鍛錬を止め束さんを見つめる。

若干トリップしたような顔で、俺の腹筋をなぞり汗を舐める。

変態だな。

 

「ひゃー!ろーくんのエリート塩作っていい!?」

「とても…不潔だ…」

 

頭を抱え目の前の変態をどうしようかと思案する。

無難に埋めるか…沈めるか…。

 

「ところで、こんな朝早くにどうしたんだ?」

「べっつにー?ろーくんが私の知らないところで狼さんやってるって言うから、食べてもらおうかな〜って」

「冗談でも良くないぞ、それは…」

 

軽くため息をついて俺の周りをくるくると回る束さんを見る。

 

「本当の要件は、今日の訓練で箒の専用機とヤり合ってくれと言ったところか?」

「さっすがろーくん!話が早いぜェ!」

「いや引き伸ばしていたのは、たーさんだからな?」

「いーじゃん、久々にお話しするんだからさ」

 

そう言うや否や束さんは俺の体に抱きついてくる。

優しく頭を撫でながら束さんを見つめる。

 

「まったく…随分とデカい娘ができたような気分だ」

「ろーくんがパパってかぁ…あのちーちゃんにゾッコンだった眼帯の面倒も見てるんだって?」

「ラウラ、だ…あまり辛辣に当たってくれるなよ?」

「眼帯で充分だよ。凡人なんてね」

 

俺は無言で束さんのこめかみを拳でグリグリと痛めつける。

 

「ラウラ、だ。俺が自分の大事に思っているものを無碍にされるのを嫌っているのは知っているな?」

「アッハイ!」

 

束さんはこめかみを抑えながら蹲る…まったく…。

少しはコミュニケーション能力を矯正すべきだと思う。

無理なんだろうがな。

 

「で、話を戻すが…箒に手加減しろ…と言いたいんだろう?」

「もちのロンさ!流石に初めて乗ったばかりでろーくんの本気なんて流石に無理だろうからね」

 

ほう…少しは搭乗者の事を考慮できるようになったか。

この天災、多少は成長できるらしい。

この調子でコミュ能力を…。

 

「だが、断る…俺と言う男は手加減が苦手でな」

「まったまたー、ろーくんが負けてるのって、ちーちゃん以外じゃ手を抜いてるからじゃん」

「……どうしてそう思う?」

「ISの稼働効率が疎らだったから調べてみたんだよね〜。そしたらなんと!最大効率で動いているのは、事件が起きてる時だけだったんだよね〜」

 

なるほど…確かに、俺は普段の試合などでは殺気を出さない分手を抜いている状態だ。

殺し合いをしているわけではないからな。

殺気を表に出したのは無人機襲撃事件と、アリーナでのラウラとの一件のみ…たったそれだけで見抜くか。

 

「それでも、天狼のスペックをキチンと引き出してくれてるのは、設計者冥利につきるかな?」

「あまり実感は湧かんがな。しかし、良く見破ったな」

「ISに関して私の右に出るやつなんていないからね!」

 

束さんは前屈みでこちらを見上げてくる。

その顔は満面の笑みだ…してやったり、と言ったところか。

 

「なんにせよ、模擬戦をやると言うのならば全力で臨もう」

「ろーくんは、真面目だなー」

「これでも不真面目な方だがな…そろそろ朝飯の時間なのでな」

「おっけーそれじゃ、また後でねー!」

 

束さんは、土煙をあげながら砂浜を走り去っていく…あぁ、これは面倒な事になりそうだ…。

俺は、深くため息をつき林道を歩く。

 

「と、まぁ…面倒な事になりそうなんでな…千冬さん」

「まったく、あいつがある程度人の話を聞くようになったのは嬉しいが…面倒事ばかり増えるな」

「愛する妹のために…なのだろうが…方法がなぁ…」

 

木の陰に潜んでいた千冬さんに通り過ぎながら話しかけると、隣についてくる。

軽く肩を竦めて俺は笑う。

 

「ああ言うアグレッシブさがあるのだから、妹と話せば良いのにな」

「コミュニケーション能力が絶望的だからな…諦めた方が建設的さ」

「そうだな…兎に角、箒は浮かれるだろうからな…天狗の鼻位はへし折っておくとしよう」

「師匠愛か?」

「そんな所だ…力を手にして浮かれる様では一夏に置いていかれるだけだからな」

 

箒は先の見えない闇に足を踏み入れるのだ…篠ノ之 束のお手製ISと言う特別な存在を手に入れてしまったが為に。

そんな物をただのISとしか見ないようならば、俺は全力で叩き潰そう…力の脆さを教えるために。

千冬さんと無言で林道を歩く。

この時思いもしなかった…まさか、あんな事が起こるなんて…。

 

 

 

今日は丸一日使って、朝から夜までISの追加装備の試験運用と訓練漬けだ。

俺と一夏は、パッケージもオートクチュールも無い為クラスメイト達のパッケージ換装を手伝ったり機動訓練をする事になっている。

ラウラが『私のオートクチュールを見たら驚くぞ!』とドヤ顔で言ってきたので、それを見る時が少し楽しみだったりする。

 

「紅○豚を思い出すな…」

「言われてみれば確かに…」

「マル◯のアジト?」

「「それそれ」」

 

現在、俺たち学園の生徒は四方を切り立った崖で覆われた秘密のビーチにやってきている。

沖に出るには、海に潜って海底洞窟を通る必要がある。

俺の呟きに一夏が同調し、簪が笑みを浮かべながら聞き返してくる。

個人的に紅の◯があのスタジオのアニメの中で一番気に入っている。

 

「では、班ごとに割り振られたISの装備試験を行うように。専用機持ちと篠ノ之はこちらへ来い」

「「「はい!」」」

 

各班テキパキと行動を起こし、次々にISを起動していく。

特に打鉄はパッケージ数が第二世代最多と言うこともあって、様々な装備がある。

簪はその内の一機に超長距離射撃装備『撃鉄』を装着させている。

この装備は今でも長距離狙撃のワールドホルダーと言う輝かしい戦績を誇っている。

日本の職人芸がキラリと光る逸品だな。

専用機持ちである俺たちと箒は、千冬さんに連れられ試験場の隅へと移動する。

 

「さて、篠ノ之には専用…「ちーーーーーちゃぁぁぁぁん!!!!!」

 

千冬さんが振り返り説明しようとした所で、叫びながら切り立った崖を駆け下りてくる一人アリスが現れる。

 

「会いたかったよちーちゃん!組んず解れつの愛を育ぐもっ!!!」

「喧しい、束…人の話を遮るな」

「あっあっ、割れちゃう、束さんのスペシャルな頭がががが!」

 

安定の千冬クローにより、受け止められた束さんは痛みにジタバタともがく。

…学習しような、たーさんや。

 

[相変わらずねぇ]

「これがたーさんクォリティ、とな」

「昨日も見ましたが…信じ難いですわね…」

「父様、この方が篠ノ之 束なのか?」

「良い子は見てはいけません」

 

俺はラウラの視界を手で遮りながら、溜息をつく。

現状にではない…これからについてだ。

千冬さんは漸く束さんを離し、箒へと視線を向ける。

 

「やあやあ、箒ちゃん!こうして会うのは何年ぶりかな!?」

「姉さん…その…後で時間をもらえないだろうか?」

 

ほう、箒は束さんと向き合うつもりなのか?

箒の口から出た言葉に少し目を丸くする。

…話さなくては分からないことが多い…特に人間はな。

 

「もちろん、箒ちゃんの為だったら追われてる最中でも時間を作ってみせるよ!」

 

と、言うことは一丁前なのだが、何食わぬ顔で箒の胸を鷲掴みにする束さん。

俺と一夏は顔を背けため息をつく。

 

「っ!やっぱりいいです!」

「ぶったね!箒ちゃん!?」

 

箒は平手で強かに束さんの頬をビンタし、そのまま流れるように手の甲で更にビンタする。

 

「二度もぶった!ありがとうございます!ありがとうございます!!」

「一夏…我らの目の前に変態がいるぞ…」

「束さん…酸素欠乏症なんじゃ…」

「ふざけている場合か…束、挨拶をしろ」

 

俺と一夏は遠い目になり、他の専用機持ち達はポカンとした顔で束さんを見つめている。

束さんは、千冬さんの言葉に不服そうにしながらもくるりと回った後にスカートの裾をつまんでお辞儀する。

 

「私がかの天才、篠ノ之 束だよ!あ、詳しい質問とか凡人から聞く気はないからね!」

「まぁ、いいか…準備は?」

「ばっちりだよ!出ろぉぉぉ!IS!!」

 

束さんは高らかに声を上げ指を鳴らすと、上空から凄まじい速度で人参が数本落ちてくる。

 

「な、なんですの!?」

「もうな、あの人のやる事で驚くだけ無駄と言うものだ…」

 

俺は眉間を揉みながらため息を吐く。

人参型コンテナから姿を現したのは、美しい紅に身を染めるIS…。

 

「現行のISを上回る性能を持つ私のお手製専用機…『紅椿』(あかつばき)だよ!」

「んなっ!そんなの作ってたんですか、束さん!?」

「箒ちゃんのためだからねぇ。ささっとフィッティングしちゃおっか」

「わかった…姉さん…」

 

箒は若干高揚したように頷き、紅椿に身を任せ装着する。

束さんは素早くコンソールを操作しフィッティング作業を始める。

 

「お姉さんだからって、専用機貰えるのはズルい…なんていう人居そうだね」

「実際は実力云々で渡されるものだからな…まぁ、生まれの不幸を呪うべきか」

 

シャルロットが紅椿を見て苦笑する。

実際問題、専用機を得るに当たって大した努力をしていない俺と一夏にとっても耳に痛い言葉だ。

専用機と言うのは限られたエースにのみ支給される。

エースに至るまで相当な努力が求められるからな。

 

「有史以来人類が平等だったことなんて無いんだよ、ろーくん」

「それに合わせる必要もなかろうにな…まぁ、たーさんの自由だから構わんが」

 

俺は軽く肩を竦める。

束さんの言うことは最もだが極論でもある。

相変わらず極端な思考しかせん人だな…。

 

「さってとー、フィッティングも終わったし動かしてみてよ」

「は、はい!」

 

箒はやや緊張した面持ちで紅椿を起動させ、空へと舞い上がる。

 

「いい、箒ちゃんその機体はろーくんの天狼を元に組み上げてるから感覚が少しピーキーに出来てるけど、箒ちゃんならきっと大丈夫だからね!」

 

束さんは笑みを浮かべながら武装データを箒へと転送する。

箒は二振りの日本刀を引き抜き、構える。

 

「右が雨月(あまづき)左のが空裂(からわれ)だよん。雨月は打突に合わせてエネルギーの刃を発射!連続で撃てば蜂の巣にできる代物〜」

「いけ!!」

 

箒は気合と共に雨月を空に浮かぶ雲に向かって刺突を繰り出すと、エネルギーの刃が飛ばされ雲が穴だらけになる。

 

「続いて空裂は対集団戦用の兵装〜。斬撃に合わせて攻勢エネルギーを放つから、これを防いでみせてね!」

 

束さんは指をパチンと鳴らすと、残っていた人参コンテナから多連装ミサイルを箒へと向かって放つ。

箒は冷静に空裂を振り一瞬でミサイルを全機撃墜する。

 

「やれる!この紅椿なら!!」

 

案の定だな…さて、へし折りに行くか。

俺が天狼を展開しようとすると、セシリアが俺の肩を掴む。

 

「狼牙さん…無理をしてはなりませんよ?」

「問題ない…はしゃいでいる子供に現実を見せるだけだ」

 

セシリアの頭を撫で、俺は天狼を身に纏い空へと上がる。

 

「じゃ、箒ちゃん…最後の相手はろーくんだよ!」

「銀…今なら、お前に勝てる…!」

「良いだろう…いつかの時の様に百秒もたせたらお前の勝ちだ」

「馬鹿にして!」

 

箒は素早く雨月をこちらに差し向けエネルギー刃を撃ち出していくが、俺はそれを蝶のように舞い容易く避けていく。

 

「軌道が読みやすくて助かる…乗ったばかりで慣れん武装の奴に負ける程、俺は甘くないからな」

[お遊びと戦いの差を教えましょうか]

「くっ!」

 

箒は高速移動をしながら雨月を撃ち続けるが、俺は一発も被弾せずに避け続ける。

 

「では、そろそろ始める…本気で踏み込むから見失ってくれるなよ!?」

「ナメるな!!」

 

天狼が遠吠えを上げ翼を広げた瞬間に三重瞬時加速を行い、箒の背後に回り込み背中を優しく撫でる。

 

「どうした…俺が本気だったら今ので二撃叩き込まれたぞ?」

「っ……!?」

 

箒には瞬間移動していたようにしか見えなかっただろう…俺は冷たく囁く。

 

「紅椿ならやれる…?使い手が未熟ならば名刀も鈍同然だ。精進しろよ…どんな奴でも初めて乗った機体でマトモに動ける訳ではないからな」

「まだ…お前に届かないのか…!」

「俺には守りたいものがある。傍に居たい女達がいる。その為には俺は際限無く強くなってみせよう。お前には、そういう存在がいるのか?」

「私は…」

 

箒は刀を下げ、俯く。

鼻っ柱は折れたか…天狼はリミッターが作用し、翼がシールドへと戻る。

 

「箒、力は力にねじ伏せられる…単純な力である程だ。だがな、確固たる覚悟と意思を伴った力は強いぞ…道具なんぞに頼らなくてもな」

「…っ…すまない…ありがとう」

 

箒を伴ってゆっくりと砂浜へと降下していく。

 

「お前はこれからだ。紅椿を使ってお前が何を望むのか…見守らせてもらおう」

「自分に恥じる事が無いようにはしてみせる…きっとお前にも勝ってみせる」

「楽しみにしておこう」

 

砂浜に降り立った瞬間、山田先生が慌てて走ってくる。

 

「お、おお、織斑先生!大変です!!」

「どうしたんですか、山田先生?」

「これを!」

 

山田先生は千冬さんに何かの資料を見せ、手話で会話を始める。

次第に千冬さんの顔は険しい者へと変化する。

 

「全員聞け!訓練は中止だ。これよりIS学園教員は特殊任務に入る。織斑、銀、篠ノ之、オルコット、凰、デュノア、ボーデヴィッヒ、更識は私と共に来い!他の生徒はISを片付けた後、旅館の部屋で待機!部屋から出た者は拘束するからな!」

「「「は、はい!!!」」」

 

千冬さんの号令で騒然とし始める。

俺は鼻面に皺を寄せる…嫌な風の匂いだ…。

これから起きるロクでもないことに、俺は一抹の不安を感じるのだった。




セカンドシフトさせるべきか否か…悩んでおります。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。