【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜   作:ラグ0109

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blue moon sea

楽しい時間はあっという間に過ぎ去り今は夜。

あの後一夏達とビーチフラッグやったり、ビーチバレーやったりと子供のようにはしゃがせてもらった。

いずれの遊びが賭け事になっていたのは解せぬ…何故か教師陣まで参加していた。

それでいいのか教師どもよ…最も自由時間は基本的に初日のみなので、今日くらいは羽目を外しても良いだろうと言う配慮なのかもしれんが。

結局、ラウラの水着姿の写真は副長のクラリッサに送ったそうだ。

後々の話になるが、この写真のお陰でドイツ軍内に『ラウラを暖かく見守る会』が結成されることになる。

…ギャップ萌えなんだろう…きっと…。

 

「うん、うまい!昼も夜も刺身が出るなんて豪勢だなぁ」

「そうだね。本当に、IS学園は羽振りがいいよ」

 

今は旅館の大宴会場に生徒全員が集まり、夕食に舌鼓を打っている。

この旅館の決まり事らしく、夕食は浴衣着用が義務付けられている。

浴衣を着た覚えがない俺には何とも嬉しい決まり事である。

夕食後に風呂に入るため三つ編みを解いて後ろで軽く結わいている。

三つ編みで無いのが珍しいからなのか浴衣姿だからなのか、時折女子達から写メを撮られているのはご愛嬌と言ったところか?

 

「っくぅ…美味しい、ですわね…」

「箸は上達しているが…正座が鬼門だったか…座椅子なのだし、足を伸ばしたらどうだ?」

 

セシリアは正座に四苦八苦している。

海外ではない文化だからな…仕方あるまいよ。

俺はそんなセシリアを横目に刺身へと手を伸ばす。

カワハギにマコガレイ、ヤリイカに定番のマグロと鯛とやたらと豪勢で身も綺麗に光っている。

…丼モノにして食いたいところだが、我慢しよう。

 

「父様、この緑色のはなんだ?」

「いかん、そいつには手を出すな」

 

ラウラは不思議そうな顔をしてわさびの山を箸で持ち上げる。

剛毅な持ち方だな…。

 

「あぁ、そりゃ本わさだよ」

「本わさ?」

「ヨーロッパじゃホースラディッシュって言った方が分かりやすいか?あれより辛味がツンと突き抜けるから刺身にちょっとだけ付けて食うんだよ」

「一夏は物知りなんだね」

 

一夏がラウラの質問に笑みを浮かべながら説明し、実演している。

この男、主夫をやっているだけあって矢鱈と食の薀蓄を持っている。

恐らく、千冬さんに美味しいご飯を食べてもらいたい一心だったのだろう…ドシスコンが…。

シャルロットは続く一夏の食トリビアを聞きながら、ご飯を食べている。

因みに箒は一夏の対面、鈴はクラスが違うので別の席だ。

鈴はクラスと親交をしっかりと深めるべきだろう。

 

「なんとも詳しいな…」

「織斑君は、小料理屋でも開くの…?」

 

スラスラと出てくるトリビアに簪は驚いている。

 

「全部姉上殿の為だからな…すごいだろう?」

「そうか…一夏は教官の為に…」

 

ラウラはジィっと一夏を見つめ感心している。

蟠りが無くなっていると言うのは、嬉しいものだな。

 

「っく…なんで、日本の方々はこうも簡単に…!」

「いや、足を伸ばせと…何だったら、テーブル席もあるのだろう?」

 

俺は未だ正座に顔を顰めるセシリアに苦笑する。

最早意地になっているようにも見える。

 

「なりません!この席を獲得するのにどれだけの努力を簪さんとしたと…!」

「血で血を洗う凄惨な争いと化すのか…俺と一夏の隣は…」

「明日も、明後日も頑張る…」

「む、明日は父様の隣に私が座るからな!?」

「いいや?」

「席を取るのは!」

「「「「私達だ!!!」」」」

 

セシリア、簪、ラウラの三人は視線で火花を散らし、そこにクラスメイト達が囃し立てる様に参戦してくる。

仲がよろしくて、お父さんは嬉しいよ…。

 

「お前達!食事は静かにできんのか!?元気が有り余っているようだな…砂浜でフルマラソンでもするか?んん??」

 

千冬さんが隣の部屋から現れ、仁王立ちで睨みを利かせてくる。

砂浜で走ると言うのは相当に体力を使う…足場がしっかりしていないからな。

 

「し、失礼しました教官!」

 

ラウラは冷や汗をかきながら立ち上がり敬礼をする。

一瞬で千冬さんはラウラに肉薄し、チョップを頭に叩き込み一撃で沈める。

ラウラの頭から煙が出ているんだが…。

 

「織斑先生だ…いいか、静かに食事をとれよ!?」

「「「「は、はい……」」」」

 

千冬さんが宴会場から出て行くと皆すごすごと自分の席へと帰っていく。

 

「ラウラ…平気か?」

「教k…織斑先生はあの頃から変わっていなかった…」

 

微妙にトリップした顔で頭を抑えている…お前はそれで…良いんだろうな。

 

「随分と残念な娘になったな…」

「怯えろ、自分の弱さに…とか言ってたのに…」

「ぐあっ!!それは、その…すまなかった…」

 

簪もいいタイミングで傷を抉るな…あぁ、そうだ。

 

「俺と一夏の部屋なんだがな…千冬さんの教員室だ…来るのは構わんが、それなりに覚悟はいると思う」

「お、織斑先生の部屋ですか…」

「父様!必ず行くぞ!?」

「ブレんなぁ、お前は…」

 

信頼の証なのだろうが…親が居ないからだろうか、やたらと甘えてきている気がする。

懐かれていると言うのは気分は良いがな…。

 

 

 

 

「うぁっ…く…一夏、強すぎる…」

「千冬姉とは久々だからな…だいぶ溜まってるんだろ?」

「そ、そこっ……んぁっ…はぁ…!」

 

俺はスケッチブックを広げ、海で見たセシリアと簪、ラウラの水着姿の絵を描いている。

そうそう、水着姿なんぞ拝めないからな…記憶力を頼りに俺は思い思いに筆を走らせる。

何故かマッサージされて喘ぐ千冬さんの声をBGMにしながら。

一夏はマッサージの腕も相当に高い…恐らくこれも千冬さんの為なのだろう。

何とも甲斐甲斐しいものだ。

シスコン極まれりと言ったところだが。

 

「千冬さんも今の状態では形無しだな…」

「喧しい、あぁ…っふ…」

 

俺は眉間を揉みながらため息をつく…声だけ聞くとどうにも毒だな…。

色鉛筆を手に取り、セシリア達の絵に着色を進めていく。

 

「ちょっと待て」

「あぁ、来たのか…」

 

俺はぼそりと呟きながら絵に集中していく。

途中女性が上げるべきではない声が聞こえて来たが、些細な問題だろう。

 

「おい、狼牙…ガールズトークするから出て行け…あぁ、その絵は置いておけよ?」

「承知した…温泉へと行かせてもらおう」

 

スケッチブックを閉じ千冬さんを見上げるとニヤニヤとされる。

 

「お前も男だな…女の水着姿を絵にするとはな」

「良い被写体が居れば描くものだろう?」

 

俺は肩を竦めて立ち上がり、着替えを持つ。

 

「父様、風呂に行くのか?」

「あぁ、いつかの時の様な事はしてくれるなよ?」

 

ラウラの頭を撫でながら、一夏と共に部屋を出て行く。

扉を閉める瞬間、千冬さんがニタニタと笑っていたのが非常に気になる。

 

「これから千冬さんに根掘り葉掘り聞かれる羽目になるのだろうな…後ろ暗いところは無いが…」

「ラウラと入ったって本当か?」

「親子ならば問題ないと言い切られてな…いつもの三人付きだ」

 

眉間を揉みながら、肩を竦める。

まったく、あいつらのアグレッシブさには嬉しいが困ってしまう。

脱衣場に着いた俺たちは手早く服を脱ぎ、風呂場へと向かう。

この旅館の温泉は二種あり、屋内と露天に分かれる。

いずれも源泉掛け流し…贅沢な旅館だとしみじみと思う。

 

「髪の毛洗ってやろうか?」

「野郎に洗われるのは勘弁願いたいな」

「ひでぇ!」

 

髪の毛を丁寧に洗いながら一夏に笑う。

一夏は早々に体を流し屋内の湯船に浸かる。

 

「外の方には行かないのか?」

「そっちはさっき入ったからな…夕方に入ったから景色が綺麗だったぜ?」

「ほう…明日は夕方に入るようにしてみよう」

 

髪の毛を洗い終えれば、適当に結い上げ湯船に入り一夏の隣に座る。

 

「なぁ、狼牙…お前気づいているか?」

「何がだ?」

「我儘になるって宣言した時から、顔から憑き物落ちてるみたいなんだぜ?」

 

そんなに酷い顔だったのだろうか?

俺は首を傾げ考え込む…最近まともに鏡を見ていなかったな。

 

「いっつも眉間に皺を寄せて仏頂面だったのがさ、凄い穏やかなんだよ。悪い事じゃ無いんだけどさ」

「そんなに眉間に皺がよってたか?」

「そりゃもう…拳王ばりに」

「それは酷いな…」

 

苦笑し、水面に映る自分の顔を見る。

なるほど…確かに、穏やかな表情になっているな。

 

「狼牙はいっつも眉間に皺を寄せてさ…近寄りがたい雰囲気もあったんだけど、それが薄れてるだろ?そう言うの見てさ…この学園に来たのも本当の意味で悪くないって思えるぜ」

「あぁ、そうだな。この学園に来なければ皆と出会うことも無かっただろう」

 

きっと、この短い人の生の中でもこの学園生活は一際光り輝いて見えるだろう。

それだけ色々な事が起きたし、人と触れ合ってきた。

掛け替えのない思い出だ…以前の世界の幸せだった日々と同じくらいに。

 

「さってと…俺は先に出るぜ」

「承知、俺は露天風呂を堪能するとしよう」

 

俺と一夏は湯船を出て思い思いの方向へと歩いていく。

露天風呂は海を一望できる場所に作られていて、石造りなのが趣があって非常によろしい。

湯船に浸かりながら、空を見上げる。

そこには蒼く輝く満月が暗い夜空にぽっかりと浮かんでいる。

 

「白、プライベートチャンネルで刀奈に繋いでくれ」

[アイ・サー]

 

数回のコール音の後に楯無と繋がる。

 

『狼牙君、何かあったのかしら?』

『なに、熱烈なラブコールを…とな』

 

俺が冗談めかすように楯無に告げると、何とも嬉しそうな笑い声が聞こえてくる。

 

『嬉しいこと言ってくれるじゃない…今日は一日自由時間だったわね』

『あぁ、簪も水着を着て海で遊んでいた…写真は、どうせのほほんから渡るだろう?』

『まぁ、ね…簪ちゃんが喜んでいたなら私も嬉しいわ』

『青春しているようで非常によろしい…』

 

仲直りする直前まで、簪は誰にも頼ることなく一人でISを組み上げようとしていただろう。

もしそうなっていたのならば、きっと彼女はここに居ない。

学園生活でいい思い出を作ることのできる貴重な一瞬をフイにするのは非常に勿体無い。

きっと楯無もそう思っていたのだろうな。

 

『生徒会の仕事はどうだ?』

『ラウラちゃんとシャルロットちゃんの一件が片付いたから、平常運転よ。もう直ぐ夏休みだし、このまま何も起きないと万々歳で実家に帰れるわ』

 

ふむ…と、なると学園に残るのは俺くらいか…。

存分に羽を伸ばすとしよう。

 

『さて、俺はそろそろ風呂を出るから通信を切るぞ?』

『りょーかい、明日頑張るのよ?』

『箒の件で荒れそうだがな…刀奈、愛しているよ』

『っ!もう!ズルいわよ!?…私もよ、おやすみ狼牙君』

 

俺は通信を切り風呂から出る。

顔が赤かったのは逆上せた所為だと思いたい…夜空に浮かぶ月を見上げながら、俺はぼんやりとそう思っていた。

 

 

 

深夜、皆が寝静まった夜に千冬さんと二人で晩酌を楽しむ。

明日があるので徳利二本分だ…千冬さんの御猪口に酒を注ぎ、千冬さんからお酌される。

世界最強のお酌…何とも豪勢な事だ。

 

「聞いたぞ、三人纏めて抱いたとな」

「セシリアと簪は口が軽いな…」

 

ゲンナリとした顔で、酒を一口飲む。

芳醇な米の香りと甘み…そして日本酒特有の辛味が鼻を抜け心地良い。

 

「まったく…あまり派手にやってくれるなよ?」

「それはあいつらに言ってくれ…どちらかと言うと俺が押し切られている側だからな」

「フ、狼は狼でも夜の狼だとはな…」

 

千冬さんは可笑しそうに俺を見つめてくる。

何とも返す言葉がなくて困ってしまう。

再び日本酒を口に含み笑みを浮かべる。

 

「仮に何が起きても、俺はあの三人を愛する事を後悔せんよ」

「狼は言うことが違うな。狼牙、再び聞くが…お前は何者だ?」

「銀 狼牙…ただの人間だ」

 

俺は鋭い視線を放つ千冬さんに軽い気持ちで答える。

この答えは、間違いというわけでもないしな。

 

「私はな、お前を見ていると不安になることがある。お前はあまりにも自分を疎かにし過ぎている…自分が大切に思っているものを守るために全力を尽くす事は美徳だ。だが、それも自分という人間が居て成り立つことなんだよ」

「理解はしている…」

「お前は自分を斬り捨てることに関して一切の躊躇をしない…無人機の時然り、ラウラの時然りだ。そんな事ができる子供はな、いないんだよ…狼牙」

 

千冬さんにお酌をしながら黙って聞く。

この身は子供なれど、頭の中身は気の遠くなる程の時を過ごしてきた記憶が残っている。

あの、一瞬まで…。

 

「夢、の話なんだがな…狼は、一人の人間を愛した。その女はただの遊女…どうしても欲しくなった狼はその女を背に乗せ逃げ始める」

「狼牙?」

「酒の肴にでも聞いてくれ。女はきっと狼を利用したかったのだろうな…失った記憶を求めていたからな。狼は傍に居られればそれで良かった。だが、女の望みも叶えたかった…それには自身が邪魔をする。遠くから見守ることにした狼は、結局女を失うことになる」

 

白はあの時記憶が無かった。

共に旅をする間に記憶を取り戻した彼女は、俺に一言遺して逝ってしまった…後に亡霊として現れることになったが。

 

「酒の肴にもなりはしないな」

「まったくだ…世迷言と思ってくれればいい」

 

俺は手酌で酒を注ぎ飲み干す。

 

「だがな、俺は夢を見て思ったよ…守るためならば手段を選べないと」

「狼牙…頼むから、無茶だけはしてくれるな。あの三人も私や一夏も…皆悲しむ」

「肝に銘じておこう。ご馳走様、千冬さん」

 

俺は布団に横になる。

きっと、俺は果報者で大馬鹿者だ…約束を守れそうにないのだから。


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