【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜 作:ラグ0109
結局束さんを見失った俺は、心の中で箒に合掌しつつ更衣室の設けられている別館へと向かう。
どうせならば、男子は旅館で…として貰いたかったが我儘も言えんな。
別館に入り、道なりに進むと更衣室用の部屋が並ぶ廊下へと出る。
「なんで奥側なんだ…」
恐らく部屋の大きさが原因なのだが、男子更衣室が奥に設定されている。
俺は軽くため息をつきつつ、速やかに廊下を渡り切り更衣室へと入る。
「水着姿を見られれば、確実に騒ぎになるな…」
ボヤきながら衣服を脱ぎ、スパッツ型の競泳水着に着替えパーカーを羽織り荷物を隅に置く。
俺は扉を少しだけ開け、外の様子を伺う。
すぐ目の前に顔があった。
俺は驚いたあまり勢いよく扉を閉め、動悸に胸を手で押さえる。
「だ、誰なんだ…!?」
[いい感じに不意打ちだったわねぇ]
白はクスクスと笑いながら俺に話しかけてくる。
気配が…気配がなかったんだぞ?
俺は漸く呼吸を整え、ゆっくりと扉を開くとのほほんと簪が立っていた。
「どっきりだ〜いせ〜こ〜」
「すごい、驚いてたね」
「………」
のほほんはとても嬉しそうにキツネの着ぐるみを身につけ跳ね回っている。
簪はメガネを外し、タオルで体を隠している。
「のほほん、おぼえていろよ…」
俺はげっそりとした顔でのほほんを睨む。
暗部のメイドはどうやら気配を消すのも上手らしい。
「しかし、良く俺が居た事が分かったな?」
「その、白蝶さんが…」
白…お前が原因か。
[まさか、驚かしにかかるとは思ってなかったわよ]
恐らく、のほほんが提案したのだろう…恐ろしい娘だ…。
俺は軽くため息を吐き、意識を切り替える。
「そら、早く海に行くぞ…自由時間も無限にはないからな」
「うん、行こう」
「ローロー運んでー?」
「却下だ、キリキリ歩け!」
俺は簪とのほほんを連れ立って、別館を出て裏手の浜辺に出る道を歩く。
潮風と共に波の音が次第に聞こえてくる。
「簪、弐式はどの程度組み上がっているんだ?」
「外装と内装は大丈夫…実動テストを重ねて、内部パラメーターを弄る作業を繰り返せば本体は…」
「予定よりは早い、か?」
「でも武器がまだなんだよね〜」
本体自体は組み上がっている…実動テストは俺も手伝えるからな…できれば臨海学校迄には終わらせたかったが仕方あるまい。
「二学期にあるトーナメント迄には、完成させる!」
簪はグッとガッツポーズをしながら意気込みを語る。
何とも明るくなったものだ…。
「もう完成目前だからな…頑張るとしよう」
「お〜!」
のほほんは両手を振り上げ声を上げる。
彼女は整備課志望だ。
時折、簪の手伝いにフラッと現れてはテキパキと仕事をこなしていく。
最初の頃こそ簪はあまりいい顔をしていなかったが次第に態度を軟化させ、今では重要な右腕ポジションだ。
ちなみに、姉である虚も整備課の生徒だ。
更識家のメイドだからだろうか?
主のISを整備するために、その道に進んでいるようにも思える。
忠臣、なのだろうな。
「かんちゃん、海だ〜!」
「そうだね、本音」
別館から続く道を歩いていると、目の前に広い砂浜と海が広がっている。
夏の太陽がジリジリと砂浜を灼き、眩しく映る。
「お、狼牙来たな?」
一夏がこちらへと手を振りながら駆け寄る。
「残念ながら、たーさんは連行できなかった…まぁ、今は実害が無いだろうがな」
「束さんはなぁ…とりあえず放っておこうぜ?」
「狼牙…もしかして篠ノ之博士が?」
「間違っても関わろうと思うなよ?辛辣にあしらわれるだけだからな…」
俺は一夏の言葉に頷きつつ、簪の頭を撫でながら諌める。
束さんの言葉で泣く羽目になって欲しくはないからな。
ともあれ海だ…俺も覚悟を決めよう。
遠巻きに女子達が俺の方をチラチラと見ているのが分かる。
これまで露出は極力避けていたからな…。
「折角の海だ。遊ばねば損、と」
[気負う必要はないわよ。言いたい子には言わせておけば良いのだから]
俺は白の言葉に頷きつつ、パーカーを脱いで木の下に置いておく。
筋肉で皮膚がある程度張っているとは言え、身体中に手術痕が走っている。
恥じるものではない。
ただ、怖がらせてしまうと思っていたし、実際隣にいる簪は俺の体を見て泣いてしまったことがあるが…。
「すご〜い、ローロームキムキだぁ」
「のほほんよ…言う言葉がそれだけと言うのは如何かと思うのだが」
「いや、でも狼牙…同い年がしている肉体じゃないぜ?」
「遂に銀君が脱いだぞー!」
「写真、写真をはやく!!」
「…クラスメイト達も大して変わらんか…」
俺はホッとしつつもブレないクラスメイト達に苦笑する。
今撮っている写真で商売しないで貰いたいものだ。
「何も問題なかったな、狼牙?」
「そうだな…少し、ホッとしているよ」
一夏の言葉に頷きつつ笑みを浮かべる。
すると一夏の背後から鈴が駆け寄り、するすると体を登って肩車状態になる。
「随分と器用な…」
「視点が高いといいわねー。一夏か狼牙、背を寄越しなさいよ?」
「無理に決まってんだろ?降りろって、変な誤解が広がるからさ」
一夏は少し顔を赤くし、鈴を降ろそうともがいている。
簪も漸くタオルを外し水着姿を披露する。
「どう、かな…?」
「あぁ、よく似合っている」
俺は笑みを浮かべながら簪の頭を撫でる。
自分が選んだ水着を着てくれると言うのは嬉しいものだ。
簪は姉に比べるとやや幼児体型ではあるものの、ボディラインは綺麗でワンピースタイプの水着が良く似合う。
のほほんはクラスメイト達の所へ走っていき、何やら遊び始めている。
気を遣わせた、のか?
一先ず一夏達とは別れ簪と共に砂浜を歩いていると、ビーチパラソルの下にセシリアが座り込んでいる。
「狼牙さんがそうやって肌を晒していると新鮮ですわね」
「あまり露出は好まんからな。セシリアも着てくれたのだな…良く似合っている」
「ありがとうございます。それで、少しお願いがあるのですが…」
セシリアはプロポーションが非常に良い…グラビアモデルをやるだけの事はあるな。
ビキニのお陰で強調される胸が、なんとも視線の置き場に困る。
…簪よ、自身の胸を見て羨むのは止めろ…。
「それで、願いとは…?」
「背中にサンオイルを塗っていただきたいのですが…」
「もちろん、それは構わない」
俺は頷けばセシリアからサンオイルを受け取り手に広げる。
「簪も塗るか…?範囲は狭いだろうが」
「う、うん!」
うつ伏せに寝転がったセシリアの背に手を這わせ、丁寧にサンオイルを塗っていく。
オイルで滑りやすいとは言え、きめ細やかな肌だ…毎日手入れを欠かさないのだろう。
…手を動かすたびに熱っぽい声が聞こえてくるが、気にしない。
気にしたら色々と負ける気がするんだ。
「お上手ですわね…」
「塗るのに上手い下手があるとはな…」
「多分、違うと思うな…」
簪が何処か羨ましそうに、セシリアを見つつうつ伏せに寝転がる。
俺は続けて簪の肌にサンオイルを塗っていく。
「足も…塗ってほしいかな…」
「それは自分でやれ…周囲の目が恐ろしいからな…」
俺はちら、と遠巻きに見ている女生徒や他クラスの教師を見る。
凄まじい形相なのだ…羨ましいと、塗ってほしいと。
足までやってみろ…大挙して押し掛けてきて遊ぶどころではなくなる。
「むぅ…」
「まぁまぁ、簪さん…こうして一緒に居られるわけですし、楯無さんには悪いですが楽しみましょう」
「そう、だね…うん、そうする」
セシリアは体を起こし、簪を見つめながら微笑む。
水着だからだろうか…少し扇情的に見える。
「さて、塗り終わったな…そういえばラウラの姿が無いな?」
いつも後ろをついてきていたので、どうにも違和感を感じるな…。
「そう言えばラウラさんが居ませんわね…」
「ラウラ、結構楽しみにしていたみたいなんだけど…」
三人揃って辺りを見渡すと、後ろの木の下にオバQのようにバスタオルで体を覆った眼帯娘を見つけた。
「な、なんなんですの…?」
「フフ…な、なにあれ…」
セシリアと簪は体を震わせ、笑いを堪えている。
俺はラウラに手招きをする。
「どうした、そこにいては楽しめんだろう?」
「と、父様…」
ラウラは此方へと気まずそうにやってくると顔を赤くしている
[ラウラちゃん恥ずかしいんでしょ?]
「そ、そんなことは!?」
[だったら、タオルをお化けはやめましょ?]
「そうですわ、わたくし達で選んだ水着ですもの」
俺はラウラの反応に苦笑しながら立ち上がり、タオルを奪い取る。
「と、父様!?」
「潔くしろ…似合っているではないか」
ラウラは髪の毛を鈴の様に左右で纏め、黒のレースをふんだんにあしらった可愛らしい水着を身につけている。
「うん、やっぱり似合っているね」
「ラウラさんは意外と恥ずかしがり屋ですわね」
簪とセシリアは顔を見合わせてクスクスと笑う。
ふと、俺はある事を思い付いた。
「ラウラ、その姿を写真に撮って副官殿に送ってみてはどうだ?」
「く、クラリッサにか!?む、無理だ!」
ラウラは顔を真っ赤にして、ブンブンと頭を横に振る。
俺はクスリと笑って、ラウラを見つめる。
「学園で元気にしている証拠になるだろう?やはり送るべきだと俺は思うが…」
すると、パシャりと言うシャッター音が響く。
「あはは、ラウラ似合ってるよ?」
「しゃ、シャルロット!?」
「でかした、シャルロット。データを早急に拡散しろ」
「相変わらずそういう所は鬼ですわね…」
「狼牙、顔が生き生きしてる…」
いつの間にかカメラ片手にシャルロットが此方まで来て、ラウラをしっかりと写真に収めている。
ラウラは顔を真っ赤にしながらシャルロットを追いかけ、シャルロットはすたこらさっさと走っていく。
「待て!写真を消すんだ!」
「ダメだって!仲間にちゃんと今を教えてあげなきゃ!」
鬼ごっこを始めたラウラとシャルロットを見て思わず笑みが零れる。
かたや、千冬さんの影に縛られ…かたや社会の歯車に巻き込まれ、身動きが取れなくなっていた二人だ。
俺は再び砂浜に腰掛け、それを眺める。
「先月の、成果?」
「なんだか悪い言い方になるがな…何事も上手くいくと気分がいい」
「狼牙さんのそういう所は本当に美徳で悪徳ですわ」
セシリアは俺にしな垂れかかり左肩に走る新しい傷に指を這わせる。
VTシステムによって付けられた傷痕だ。
命の対価にしては随分と安くついたと思っている。
「でも、そういう所好きなんでしょ?私は、好きだよ」
「そうですが…不安になりますもの」
「泣かさん様に気をつけよう…」
簪もこちらに寄りかかり、三人で海を眺める。
一夏達は相変わらず鈴と箒とで騒いでいる。
願わくば…この平穏が続く事を…。