【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜   作:ラグ0109

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天災はいつも突然に

俺は夢を見ている。

俺は彼女の手を取ったあの日、一夜を共にした。

身体は抱かなかった。

ただ共に酒を飲み、話していただけ。

たったそれだけだったのに…俺は彼女に恋をしたのだった。

 

 

 

 

「…懐かしい…な」

 

俺は夢から目が覚める。

身体はじっとりと汗に濡れ、多少の不快感がある。

時刻は三時…随分と早いお目覚めだな。

…恋をすると言うのは、いつまで経っても良いものだが…。

 

「これだけ密着されるとな…」

 

俺は深いため息と共に両脇と体の上にいる人物を見る。

左側には楯無が、俺を抱き枕のようにして抱きついている。

何とも幸せそうな寝顔だ…最近では、この寝顔を憎らしく思うことはなくなった。

愛しさがあればこうも感情は変わるものか。

右側にはセシリアが手を繋ぎながら寝ている。

穏やかな寝顔で眠る彼女は静かな寝息を立て、時折笑みを浮かべている。

幸せな夢を見ているのだろう。

そして最後…俺の体の上で寝ているのは簪である。

がっちりと作務衣を掴み、グッスリと眠っている。

以前の狼の体ならいざ知らず、人の体の上でここまでグッスリと眠れるものなのだろうか…?

この状況でグッスリと眠っていた人間の言えることではないか…。

そう言えば、他人の心音を聞きながら眠るとよく眠れるとか聞いたことがあるな。

真偽は定かではないが。

俺はどうやってこの状況から抜け出すべきか思案する。

今日は月曜日…臨海学校初日だ。

 

 

 

 

「海だー!!」

「やっぱり、海が見えてくるとテンションが上がってくるなぁ」

 

学園からバスで出発して早二時間…トンネルを抜けた先は綺麗な太平洋が一望できる、海岸沿いの道路だ。

女子たちは普段から海の近くにいるにも関わらずテンションが最高潮。

まぁ、こうした旅行で見る景色は普段とは違った感じがするからな…無理もあるまい。

 

「ラウラは、よほど狼牙の事がお気に入りなんだな」

「どうも、俺に触れていると精神的に弛緩するみたいだな…まぁ、静かで良いが」

 

一夏は、俺にもたれかかって寝ているラウラを見て笑みを浮かべる。

ラウラはどうにも俺がお気に入りらしく、平日の夜には偶に寮の部屋に枕持参でやってくることがある。

俺と眠ると快眠できて、翌日すこぶる調子が良いらしい。

俺は快眠グッズか何かなのだろうか?

因みに土曜日は遠慮してもらっている。

理由?

…まぁ、色々あるんだよ。

 

「狼牙さんはお父様ですものね…えぇ、羨ましくなんてありませんわ」

「いや、その問答は何度目だセシリア…」

 

俺は眉間を揉みながら後ろに座ったセシリアに苦笑する。

俺の隣にラウラを座らせたのは千冬さんだ。

曰く『娘の面倒は親の仕事だ』などと言われてしまった。

…可愛がっていた娘を取られて拗ねているのか?

 

「銀…何か良からぬ事を考えていたな?んん?」

「滅相も無い。今回の自由時間を楽しみにしていたものでな」

「ほう…釣りでもして時間を潰すものかと思っていたが…」

「まぁ、友人が水着を選んでくれたのでな…着なければ勿体無いと言うものだ」

 

俺の一言にバスの中のクラスメイトたちが色めき立つ。

 

「つ、ついに銀君が脱ぐというのか!?」

「私を産んでくれてありがとう、おかーさん!!」

「グヘヘ…これで冬のウ・ス異本の参考資料が…」

 

そんなに面白いものでもなかろうにな…。

俺は肩を竦めつつ窓へと目を向ける。

昨日千冬さんと話していた時に、臨海学校中に箒の専用機を持って束さんが来ることになっているそうだ。

あの人のことだ…何かやらかしそうで怖いな…。

 

「狼牙さん、大丈夫ですか?」

 

いきなり黙り込んだ為に、セシリアが心配そうな声でこちらに声をかけてくる。

俺は首を振り笑みを浮かべる。

 

「なに、問題ないさ…まずは自由時間を楽しまねばな」

「狼牙さんは先月も頭を悩ませていたのですから、今日くらいは何も考えずに遊ぶべきですわ!」

「そうそう、狼牙は頑張りすぎだって」

 

クラスメイトたちの大半が首を縦に振ってくる。

まぁ、バチは当たらんよな?

 

「フッ、愛されてるな…銀?」

「千冬さんほどでは無いと思うがな」

 

千冬さんと共にニヒルな笑みを浮かべる。

漸くバスが到着し、千冬さんを筆頭に全員バスから降り始める。

 

「ラウラ、着いたぞ」

「父様…もう着いたのか…」

 

ラウラは欠伸を噛み殺しながら背伸びをする。

 

「随分と眠そうだな?」

「柄にもなく興奮して眠れなくて…」

「遠足前の小学生現象か…兎に角、降りるぞ」

 

俺は立ち上がり、バスから降りて旅館を眺める。

何処かで見たような気がするな…既視感?

旅館の前で一年生全員が集合し、クラス毎に整列していく。

 

「それでは、ここが三日間お世話になる花月荘だ。全員、従業員の皆さんの仕事を増やさないようにしろ」

「「「「よろしくお願いします!」」」」

「はい、こちらこそ。今年の一年生も元気があってよろしいですね」

 

この旅館の女将である清洲 景子(きよす けいこ)さんは和服を着こなした中年の美女で、たおやかな笑みを浮かべている。

景子さんは俺を目に止めると、驚いたような顔をして此方にやってくる。

 

「あらあらあら…もしかして狼牙君かしら?大きくなったわねぇ!」

「そうだが…幼少の頃にお会いしたことがあっただろうか?」

 

俺は首を傾げつつも挨拶をし、景子さんを見る。

見た事があるような…無いような…。

 

「銀、知り合いだったのか?」

「狼牙君が幼稚園位の頃かしらねぇ…ご両親と一緒に此処に泊まったことがあったのよ。銀髪に金の瞳は珍しかったから良く覚えていますわ」

 

景子さんは、懐かしそうに笑い思い出を語っている。

まさか、幼少期に訪れていたとは…忘れないように、とは思っていたが…なんとも虚しいものだ。

 

「こちらが、もう一人の…」

「えぇ、まぁ…二人のために浴場分けが難しくなって申し訳ありません」

「いえいえ、そんな。狼牙君の事は知っていますし、そちらの子もしっかりしていそうな感じがしますよ」

 

景子さんは笑みを浮かべたまま一夏を見つめる。

一夏は落ち着かなさそうにソワソワとしている。

なるほど、歳上が好みか…箒達の受難はまだまだ続きそうだな…。

 

「それじゃぁ、皆さんお部屋の方にどうぞ。海に行かれる方は別館で着替えられる様になってますのでそちらをご利用なさってくださいな。場所が分からなければ、従業員にいつでも聞いてくださいまし」

「「「「はい!」」」」

 

景子さんからの説明が終われば、皆思い思いに部屋へと移動していく。

 

「狼牙、部屋の番号…」

「いや、それがしおりに場所が書いていなくてな…まぁ、予想できる事態だったが」

 

簪とセシリアが此方へと駆け寄り部屋番号を尋ねてくるが、生憎と俺は知らされていなかった。

おそらく、就寝時間を過ぎても男子の部屋へと来る可能性があったからだろう…。

 

「では、場所が分かりましたら教えてくださいますか?」

「あぁ、それは問題ないがな…泊まるのは無しだぞ?」

「わ、わかっています!」

 

俺は顔を真っ赤にして顔を背けるセシリアの頭をポンと撫で、続けて簪の頭を撫でる。

 

「では、砂浜でな」

「うん…」

 

簪達と別れ、千冬さん達の元へと向かう。

 

「狼牙君も隅に置けなくなっちゃって…」

「えぇ、まぁ…」

「意外と悪い男ですよ、銀は」

 

景子さんの言葉に頷けば、千冬さんが意地悪そうな笑みを浮かべる。

まぁ、仕方あるまいよ…。

 

「ところで、織斑先生…俺たちの部屋の番号は何番なんですか?」

 

一夏は困った様に首を傾げている。

まぁ、野宿はないだろうがな。

 

「そうだったな…ついてこい」

 

千冬さんは頷くと先行して歩き出す。

俺と一夏は千冬さんの後を追い歩き始める。

しばらく歩き立ち止まると、教員室と書かれた部屋で立ち止まる。

 

「お前達の部屋は私と同室だ。最初は個室を…と言う話もあったが、女子達が大挙して押しかけてくる可能性があったからな」

「まぁ、仕方あるまいな…ところで千冬さん…例の物は?」

 

俺は手で御猪口を持ち飲む仕草をする。

そう、まだラウラの一件の報酬をもらってはいないのだ。

ここは学園から離れた場所…他の教員の目が少なく、飲める機会があるとしたこの臨海学校の期間中だけなのだ。

 

「それに関しては…まぁ、皆が寝静まった時にな」

「それは重畳…楽しみにしている」

「狼牙…高校生の顔じゃねぇよ…」

 

一夏はゲンナリとした顔でこちらを見つめてくる…失敬な…。

俺は笑みを浮かべ、部屋へと入る。

ともあれ臨海学校…楽しむとしようか…。

 

 

 

 

俺と一夏、箒とで別館へ続く道を歩いていると何とも分かりやすい落とし物を見つけた。

 

「なぁ、箒…これって…」

「あ、あぁ…間違いないだろう…」

 

箒は何とも気まずそうな顔をして、その物体を見つめている。

そう、束さんがいつも身につけているメカニカルなウサ耳が道端に落ちて…と言うか生えているのだ。

さて、どうしたものか…。

 

「引き抜くか?」

「いや…ここであの人に関わっていたら時間が無くなるぞ…」

「でもなぁ…放置って訳にもいかないだろ?」

 

他の生徒が見て引き抜いた時、どうなるか分かったものではないからな…。

 

「箒…今会う気は無いか?」

「……今はまだ…」

 

箒は悩んだ結果首を横に振り、さっさと歩き去ってしまう。

今は、か…少しは思うところでもあるのかもしれないな。

 

「一夏、箒について行ってやれ…これは俺が責任を持って千冬さんに突き出しておこう」

「お、おう…多分大丈夫だろうけど気を付けてな」

「承知」

 

俺は一夏を先に行かせウサ耳前に立つ。

まずは軽くノック…特に何かある気配は感じないな。

ゆっくりとウサ耳を握り、持ち上げる。

 

「中身が…ない…?」

[ロボ、一歩下がったほうが賢明よ。上空から変なものが落ちてきているわ]

 

俺は白に言われるがままに一歩後退し、空を見上げてみる。

甲高い音を上げながらオレンジ色の物体が、こちらに向かって落ちてきている。

あれは…人参?

 

「狼牙さん、こんなところで如何したのです?」

「セシリアか…っ、危ない!」

 

セシリアは俺の前に立ち柔和な笑みを浮かべているが、立ち位置が良くない。

下手すればあの人参にぶつかってしまうので、俺はセシリアの手を引き一気に引き寄せ抱き寄せる。

 

「ろ、狼牙さん!?こんな所で…あぁ、でも…!」

 

セシリアは顔を真っ赤にしてモジモジとしているが、それどころではない。

念のためさらに一歩下がると同時に、人参は地面と衝突する寸前でピタッと止まりゆっくりと地面に突き刺さる。

 

「こ、これはなんですの…?」

「まぁ、見ていればわかる…出てこい、たーさん」

 

俺が人参に向かって声をかけると、パカンと言った音が響き人参の中から天災篠ノ之 束が飛び出してくる。

 

「ろーくーん!!ぷげらっ!?」

「もう少し大人しめな登場の仕方はできんのか!?」

 

俺は抱きつこうとしてくる束さんの顔をアイアンクローで受け止め、万力の様にじっくりと締め付けていく。

 

「い、痛っ痛いよろーくん!?」

「こんな方法で箒が接触しようとする訳ないだろうに」

「ろ、狼牙さん…こちらのお方は…」

「あぁ、セシリアは関わらんほうがいいぞ…恐らく良い目は見れまい」

 

セシリアは顔をひくつかせ、じたばたと暴れる束さんを見つめている。

束さんは認めた人間以外に対して、本当に道端に生える雑草程度の思いしか持たない。

話しかけても無視をするか、もしくはかなり辛辣に当たってくるのだ。

一体昔に何があったのか聞いてみたいものである。

 

「ろ、ろーくん!ろーくん!束さんのぷりちーなお顔が潰れちゃうよ!?」

「まったく…久しぶりだな、たーさんや」

「まったり挨拶してないで、手を離してー!!」

 

本当に痛いのか、束さんは涙目でジタバタと暴れている。

俺は仕方なく、束さんを降ろしため息をつく。

 

「こ、この方がかの天災篠ノ之 束…」

「興味持たんと辛辣な言葉が飛ぶからな…関わるなよ?」

 

俺はセシリアに一応釘を刺し。顔をマッサージしている束さんを見る。

 

「インパクトは充分だが、まずは普通に会いにこい…まぁ、箒も一応歩み寄りの兆しを見せているからな」

「本当!?ついに愛を育む時が来たんだね!?箒ty…ブベラっ!」

「まずは千冬さんに挨拶しに行こうか…たーさんや」

 

俺は手早く束さんの足を払い転倒させ、足を掴む。

面倒事は避けたいんでな…芽を摘ませてもらおう。

 

「え、ちょっと待ってよろーくん!箒ちゃんと愛を育まなきゃ!」

「喧しい、千冬さんに絞られてこい!…あぁ、セシリアには悪いが先に海に行ってくれ。すぐに向かう」

「は、はぁ…」

 

セシリアは唖然とした顔で束さんを引きずる俺の背中を眺め、立ち去っていく。

まったく…どうしてこう天災は突然来るのだ…?

 

「専用機…できたそうだな」

「ろーくんのお陰だよ、天狼の稼働データを元にした第四世代…後は箒ちゃん次第だけどね」

「箒次第か…力に対する責任を自覚できれば、ナマクラになる事もなかろうな」

「束さんの妹だからね!もーまんたいもーまんたい!」

「そうだな…俺としては不安でイッパイイッパイだがな」

 

俺は旅館の前で束さんの足を離し、手を差し出す。

束さんは満面の笑みで俺の手を取り立ち上がる。

 

「会うのは明日にしてやれ…箒としても一夏に注力したいようだからな」

「いっくんに?」

 

束さんは不思議そうな顔をして此方を見てくる…微妙な所で察しが悪いな。

 

水着(戦闘服)のお披露目だ。だから、あまり邪魔してくれるなよ?」

「水着!?箒ちゃんの水着なら、激写しなくては!!」

 

俺の言葉を聞くや否や、俺が反応する前に束さんは走り出して地平線へと消えていく…言うんじゃなかったな。

俺は頭を抱え、束さんが走り去った方向を眺めているのだった。


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