【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜   作:ラグ0109

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ラウラ・ボーデヴィッヒは夢を見ている。

そこは鬱蒼と生い茂る森の中。

しかしただの森ではない…木々の一つ一つがまるで芸術品の様に水晶で出来上がっているのだ。

そんな森の中、大きな桜の木が満開の花を咲かせ泉の中で佇んでいる。

 

「綺麗だ…」

 

ラウラは一人呟くと、周りに誰もいないことが寂しくて寂しくて仕方が無かった。

誰かそばに居て欲しい…私を独りにしないで欲しい…私は…ここにいるから…。

彼女は強がり周囲を威嚇している時、孤高でいれば皆が見てくれていると勘違いしていた。

実際は、目を背けられるだけだと言うのに。

だが、彼はどうだっただろうか。

似通った容姿を持った彼は強く、怖く、そして…優しかった。

彼女を気にかけ、見守ってくれていた。

寂しさに涙を流すと、背後から巨大な狼が頭を出してくる。

 

「ヒッ…!!」

 

今、手元に何もない自分は逃げられず食べられてしまうのだろう…そう思ったラウラは尻餅をつき、泉の方へと後ずさる。

ラウラははっきりと見た。

現れた巨狼は、白雪の様に美しい銀の体毛を持ち金の瞳でこちらを優しげに見ている。

ゆったりと尾を揺らしながら近付く銀狼は頭をラウラに差し出す。

 

「暖かい…」

 

ラウラに最早恐怖心は無かった。

優しい彼に似ていたから。

おずおずと手を伸ばし頭に触れると、銀狼は目を細め気持ち良さそうにする。

先程まで感じていた寂しさはもう無い。

銀狼は体を泉の前で寝そべらせ、ジィっとラウラの事を見てくる。

ラウラは引き寄せられるままに銀狼に近付き、体へと抱き着いた。

 

「暖かい…寂しくなんか、ない…一緒に、居て欲しい…」

 

夢の中で夢に落ちる、不思議な感覚だが怖くはなかった。

銀狼は身体を丸め、ラウラが寒くないように温める。

 

「フフ、あのおチビちゃんもロボの前ではただの娘っ子ね。ゆっくりおやすみなさい…きっと目が覚めた時、貴女は新しい世界へと行けるから」

 

優しげな女性の声に微笑み、微睡む。

きっと、寂しくない世界があるんだと思えるから…。

 

 

 

 

「っ…ぁ……」

「漸くお目覚めか…」

 

暗い部屋の中、ラウラは寝ぼけ眼で声のする方へと目を向ける。

聞き覚えのある声は間違えようがない。

自身が教官と慕い、連れ帰りたがった女性だ。

 

「全身に強い負荷が掛かったことで筋肉疲労を起こした上に打撲もある。無理せず、寝ていろ」

 

織斑 千冬の声には厳しさが一つもない、優しい声色だ。

それは千冬が弟の一夏の事を語っている時と同じだった。

ラウラは気を失う瞬間、怖い声を聞いた。

 

『出来損ないの役立たずのお前では勝てない。私に全てを委ねろ。私なら、織斑 一夏を殺してやれる。私なら銀 狼牙を殺してやれる。委ねろユダネロゆだねろ…』

 

ラウラは身を震わせ、千冬を見つめる。

 

「あの時、何があったのですか?」

 

ラウラは知りたかった…声に抗えず意識を手放した後の事を。

千冬に向けるオッドアイ…左目は赤だが、眼帯に隠れていた右目は銀 狼牙と同じ金色。

その瞳には知りたいと言う確固たる意志があった。

 

「やれやれ…重要案件である上に機密事項だ…口外してくれるなよ?」

「ハイ…それでも、私は知るべきです」

 

何故だろうか…ラウラは憑き物が落ちたように心が軽くなっているのを感じている…。

内心首を傾げていると、千冬はクスリと笑う。

 

「お前でもそんな顔をするのだな…さて、本題だが…VTシステムは知っているな?」

「はい…ですが、あれはIS運用協定において禁止されていた筈ですが…」

「それが、お前のISに積まれていた…あのバカにデータを送ったところ珍しく褒めていたよ…凡人にしては中々巧妙な欺瞞工作だったようだ。お前の精神状態や機体の破損状況に応じて発動する仕組みになっていたらしい。もう一つ…外部からの指令でも発動する、ともな」

 

ラウラは俯き己を恥じた…銀 狼牙との連携を怠らなければそこまで損害を受けなかったかもしれない、と。

 

「自身の傲慢さが…招いた結果…自身の弱さが…」

 

乾いた笑いを上げ、ラウラは心底落胆した。

何が部隊長だと…ただの小娘ではないか、と…。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ!」

「は、はいっ!!」

 

千冬の厳しい声に体をビクつかせ思わず跳ね上がると、全身に走る痛みに顔を強張らせる。

 

「お前はなにものだ?」

「私は…」

 

ふと脳裏に狼牙の言葉が蘇る。

 

「私は…きっと、ラウラ・ボーデヴィッヒです…何も知らない…銀 狼牙と同じただの、人間です」

「お前はそれで良いんだ…しっかり悩んで答えを見つけろ…この学園で見つけても構わないし、卒業をした後だってたっぷりと時間はある…たっぷり悩めよ、ラウラ」

「はい…きっと教官を満足させるような答えを見つけ出します」

「織斑先生、だ」

 

千冬は優しい笑みを浮かべながらラウラにデコピンをする。

ラウラには、あらゆる体罰よりもその一撃が効いた。

 

「狼牙にお前を任せて正解だったよ…」

「あの男は何者なのですか…?」

「ただの臆病な狼だそうだ…あぁ、そうだ…その狼から伝言があったな」

 

ラウラは不思議そうに首を傾げる。

狼牙から伝言…伝えられる様な事があっただろうか、と。

 

「『新世界へようこそ。歓迎しよう、盛大にな。それと…次は勝ちに行くぞ』だそうだ。どこの機械人形の言葉なのやらな?」

「分かりました…次は必ず勝とうと伝えてください」

「さ、まだ夜は長い…しっかり休めよ」

 

千冬は部屋から出て行き、ラウラは天井を見上げる…まずは、部隊のみんなに謝ろう…そう考えたラウラは、シュヴァルツェア・ハーゼの副隊長へと連絡を取るのだった。

 

 

 

 

「いや、仕方ないだろう…真逆、単一仕様まで擬似的に発生させるとは思わなかったんだからな」

 

俺は寮の部屋で頬を膨らませる美女三人の前で正座させられている。

…完全に三股バレた彼氏の図だ。本当にありがとう。

 

「狼牙さんは、いつも突っ込みすぎるんです!」

 

貴族は顔を真っ赤にして指差しながら怒り。

 

「狼牙君はもっと体を大事にしないと、その内本当に死ぬわよ!?」

 

猫姉は、仁王立ちで俺を見下ろし。

 

「死んじゃうかと、思ったんだから…!」

 

猫妹はボロボロと泣きながら、やはり怒る…。

 

俺の怪我は肉を裂いた位で、骨まで達しておらず縫合だけで済んだ…相当な数を縫ったおかげで傷跡が残るのはご愛嬌だろう。

天狼は装甲を斬り裂かれたと言う事もあって、修理ついでのデータ解析で倉持に運び込まれていて白はいない。

味方が一人もいないと言うのは心細いものだな。

 

「あのまま放置して教師たちがやってきてみろ…下手すればラウラは殺されていたんだぞ?」

「だからと言って、狼牙さんが死んでいいわけではありません!」

「残された方だって辛いの分かってるでしょう!?」

「もう、絶対にあんなことしないで!」

 

グフ…俺には、こいつらに勝てるだけの材料がない…。

確かに軽率ではあった…だが、あれが最善だった…命を救うためには。

 

「…そうだな、好いたお前たちが居るにも関わらず軽率だったことを認めよう…」

 

俺は深々と頭を下げ、三人の反応を待つ。

ガチャリ、と言う鍵がかかる音と何かを引きずる音が部屋に響く。

 

「好いた…えぇえぇ、その言葉を待ってましたわ。わたくし達三人で協議して決めましたの」

「は……?」

 

俺は頭を上げ、三人を見る。

何故だろうか…俺は罠に追い込まれた状態になっている。

部屋の扉は鍵とチェーンが掛けられ、離れていたベッドはくっつけられている。

いやいや、待て待て…まさかそんな…学生の身空でそんな大それたことはすまいよ。

 

「こうなったら、狼牙君に首輪をつけてしまおうってね」

「ごめん、狼牙…でも私…私達、頑張るから!」

「待て待て、俺がリビドーを抑えているのに、なんでお前たちが抑えられんのだ!?」

「だって、私達狼牙君ではないもの」

「「「ねー」」」

「待て、俺は怪我人…!?」

 

じりじりと息を荒げながらセシリアと更識姉妹が迫ってくる。

 

余談ではあるが…翌日鍛錬は行わなかった、とだけ言っておこう…クスン。

 

 

 

翌日、お肌ツヤツヤのセシリアと更識姉妹を伴って校舎へと登校する。

何があったって?言わせるな、恥ずかしい…。

俺はげっそりとした顔で三人を見て、まぁ、本人たちが満足しているならそれで良しとしようと前向きに検討する事にした。

起きてしまったことは覆らんしな。

 

「トーナメントは決勝戦が無効試合…と言うことで収まったようですわね」

「まぁ、致し方ない…事故が起きてしまったわけだしな」

 

VTシステムによる暴走事件は緘口令が敷かれ口外厳禁となっている。

当たり前だ…今回の事件はドイツにかなりの損害が出るだろう。

 

「ラウラ…は、どうなるの?」

「ラウラちゃんは被害者と言うことで処理されるわ…この辺りはちょーっと秘密ね、簪ちゃん」

 

その辺りは俺も聞かされていない…まぁ、ラウラに被害が無ければ俺としても嬉しいものだ。

俺とセシリアは更識姉妹と別れ一組の教室へと入る。

案の定シャルルの姿はない…漸く彼女のご登場と相成るわけだ。

 

「おはよ、狼牙…怪我で寝れなかったのか?」

「興奮して…と言うことにしてくれ…少し自己嫌悪に陥りそうでな…」

 

俺は頭を抱え、深く溜息をつく…まったく、情けない話だ。

一夏は首を傾げつつ気をとり直し話し掛けてくる。

 

「怪我の具合は?」

「何十針も縫ってな…まぁ、骨に異常は無いしどうとでもなる」

「大怪我じゃないかよ…大丈夫なのか?」

「今更、だな…余計に女子に見せられん身体にはなったが」

 

後方でセシリアが褒められている声がする…ツヤツヤだったからな…。

山田先生が非常に草臥れた顔で入ってくる。

シャルロットの件とVTシステムの件で昨夜から大忙しだったのだろう。

前者は楯無ってやつのせいなんだ…許せ…。

 

「みなさん…おはようございます……」

「山田先生…お疲れ様です…」

 

俺は深々と頭を下げ礼を述べる…これで少しでも心が救われれば幸いだろう。

 

「いえ、先生ですから…はぁ…」

 

山田先生は深いため息をついて、ズレたメガネを直す。

本当にお疲れ様です…。

山田先生は気を取り直して、クラスに目を向ける。

 

「皆さんに転校生を紹介…というかご存知と言うか…噂がこっちまで来ているのでアレでしょうけど…どうぞ、入ってください」

 

派手にやったからな…あれからアラン社長は会社の引き継ぎをスムーズに進ませているという。

そこにイヴェットの影はない…じきにデュノア社は、本来あるべき姿に戻り後進が発展を促していくだろう。

扉が開かれ、一人の女生徒が入ってくる。

やはり、男装しているより本来あるべき姿をしている方が断然良い。

 

「シャルロット・デュノアです。こんな形になりましたが、仲良くしてくれると嬉しいです」

 

シャルロットは満面の笑みを浮かべ、クラスを見渡す。

俺は笑みを浮かべシャルロットを見つめる。

 

「良かったな、大手を振って青春できるぞ?」

「フフっ、ありがとう」

「とりあえず、そう言うことです…はぁ、寮の部屋割り組み立て直さなきゃ…」

 

是非とも俺と一夏を組み合わせてくれ…夜の平穏の為に。

無理だろうが。

 

「あれ?ちょっと待ってよ!」

「確か、昨日から大浴場男子使ってたよね?」

「織斑君と銀君と混浴!?」

「狼牙さんはわたくしとずーっと一緒にいましたわよ?」

「セシリア、その話詳しく!」

 

にわかに教室が騒がしくなり、突如教室の扉が粉砕される。

文字通りである…誰が弁償するんだ?

はたして、そこに立っていたのは一夏のセカンド幼馴染…鈴である。

なぁ、鈴…なんで甲龍の肩部非固定武装が光っているんだ?

 

「一夏ァッ!!!!」

「おい待て!そんなもの使うなよ、鈴!」

 

一夏の必死の制止も聞かず、逆鱗に触れられた龍が如く怒り狂う鈴。

 

「一遍地獄に堕ちろォッ!!!!」

 

カッと光った瞬間爆音が鳴り響くがいつまで経っても衝撃…と言うか死がやって来ない。

ゆっくりと鈴に目を向けると一夏の前にラウラがISの腕だけを展開して立っている。

どうやらAICを用いて俺たちを守ってくれたようだ。

 

「ら、ラウラ…もう修理終わったのか?」

「あぁ、予備パーツを元に組み上げているから問題ない」

「そりゃ良かった…」

 

ラウラは鈴とセシリアを見た後に深く頭を下げる。

 

「二人とも…いや、クラスの皆…すまなかった…許してくれとは言わない…ただ、謝りたい…」

 

ラウラが…あのラウラが…俺は目頭が熱くなって思わず眉間を揉む…問題がないわけではないが…悪は去ったのだ!

 

「ぅ…い、いいわよ…でも、すぐに仲良くはしないんだから!」

「えぇ…わたくしたちは代表候補生…切磋琢磨するライバルなのですから!」

 

セシリアと鈴は呆気に取られたがすぐに持ち直し笑みを浮かべる。

クラスからは何故か拍手が起こり、皆ラウラを受け入れてくれたようだ。

 

「銀君、良かったね」

「まったくだ…不覚にも涙もろくなってしまった…」

 

俺は笑みを浮かべ顔を赤くする、ラウラを見つめる。

すると、ラウラはこちらへとやって来た。

 

「その、銀は好きに呼んでも構わないと言っていたな?」

「あぁ、俺と分かるのであればだが」

「で、では…その…父様(とおさま)、と…」

 

俺は勢いよく頭を机にぶつけ沈黙する。

なんでよりにもよってその呼び方なのだ…パパよりは遥かにマシだが、それでも女子高生に言わせるには色々とアウトだろうに!

 

「やっぱり銀君はお父さんなんだよ!」

「髪の色が同じってことは…嘘でしょ!?」

「狼牙さん!これはどういうことなのですか!?」

 

クラスメイト達からは黄色い声が上がり、一夏と鈴、シャルロットは顔を背けて笑いを堪えている…もう好きにしろ…。

 

「好きに呼べ…まったく…」

 

俺はラウラの頭をポンと撫で苦笑する。

なんとも大きい娘が出来たものだ…一体誰の入れ知恵なのやらな…。

この喧騒は、鈴が千冬さんに鉄拳制裁を食らうまで続くのだった。

 

 

 

 

 

 

「やっぱり、無人機のノウハウ欲しいわね…コアだけでなく、人体まで必要になるのだから」

「ふん、所詮システムはシステム…人間に勝てるわけがない」

「ハッ!別に良いじゃねぇか…人間なんざいくらでもいる…無人機のAI代わりに使ってやりゃいいだろう?」

「一理あるがな…まぁ、今は天災殿を捉えることを優先しようではないか…」

 

亡霊は嗤う

世界の裏で

亡霊は糸を紡ぐ

思うがままに

亡霊は見定める

自らの繁栄の為に




二巻終了まで長かったね!

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