【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜   作:ラグ0109

43 / 152
愚か者達

朝…少々気まずかった俺は、一夏達と鉢合わせせんように早めの時間で登校していた。

久々に一人での登校である。

中学時代から一夏と共に行動していたからな…少し新鮮ではある。

そう急ぐほどでも無いため、ゆっくりと廊下を歩いていると目の前にラウラが腕を組んで立っている。

相変わらず、手負いの獣が威嚇している様な雰囲気を纏っている。

 

「おはよう、ボーデヴィッヒ…誰か待っているのか?」

「私が用があるのは貴様だ、銀 狼牙」

 

先日の一件は確かに思う所はあるが、結果として怪我人は出なかった…罪を憎んで人を憎まずと言うやつか?

俺は特に敵意を出す事もせず、比較的穏やかな心持ちでいる。

対してラウラの瞳には若干の怯えが宿っている気がする…ソワソワとして落ち着かないのだ。

 

「…貴様は、人を殺したことがあるのか?」

「物騒極まりない質問をしてくれるな…あったら、今頃臭い飯を食ってる最中だろうよ」

 

俺は肩を竦めて苦笑する。

半分本当で半分嘘だ。

こっちで人を殺めた事はないが、向こうでは山の様に殺めている。

人であったり、化け物であったり、そして…神であったり…。

打ち砕き、噛み砕き、鏖殺する…それこそ機械となんら変わりなかっただろうな。

兎も角、今の人生では人を殺めた事はない。

あったら大問題である。

 

「嘘を言うな。あんな殺気を出しておいて…あれは人殺しにしか出せない!」

「逆に問うがお前はあるのか?」

「私は軍人だ…テロリスト相手に引鉄を弾いた事位ある!」

「…あるなら、命の重さを軽く見るなよ?簡単に手放して良いものではないのだからな」

 

俺は話は以上だと言わんばかりに歩き出し、すれ違いざまに頭をポンと撫でていく。

ラウラは唇を噛み締め此方を睨む様に見上げてくるが、俺は何処吹く風と相手にはせず教室へと入り席に座る。

……何故か今まで以上に視線を感じる。

いつも何かしらやらかしている気はするが、ここまで注目されるような事はしただろうか?

 

「みなさん、おはようございます」

「おはよ!ちょっと!セシリア!あと凰さんも!」

 

セシリアと鈴が教室に入ってくると、すぐさまクラスメイト達がセシリアを引っ張って教室の隅で何やら話している。

おい…何ナチュラルに教室に入ってきているんだ…鈴よ…。

 

「それは本当ですの!?」

「嘘なんかじゃないでしょうね!?」

「ちょ!声が大きいよう!!」

 

二人は目を大きくして驚き、大声をあげる…俺は何か嫌な予感がして箒へと目を向けると箒は机で頭を抱えていた。

 

「どうして、こんな事に…」

「おはよう…何があったんだ?」

 

何と無く…何と無くだが俺に火の粉が降りかかってくる気がする。

俺は再び訪れる胃痛に腹を抑えつつ箒へと声をかけると、箒はバッと顔を上げ此方を見てくる。

非常に困った様な顔をしている。

 

「銀か…実は…何でだか知らないが今度の学年別トーナメントで優勝すると、一夏かお前…そしてデュノアと恋人同士になれると言う噂が…」

「なぁ、もしや…」

「あぁ…私の告白が外部に漏れている…」

「尾鰭が付いているではないか…」

 

どうして俺まで巻き込まれねばならんのだ…おのれ一夏…。

いや、一夏もある意味被害者か…噂を広げた犯人にはいずれ天誅をくだす必要があるな…。

 

「なんにせよ…優勝してしまえば元の木阿弥…きっちり訓練をこなしていくぞ」

「すまない…」

「気にするな…ある意味俺は後ろから刺されかねん状況だからな」

「一体何をしたんだ…?」

 

これで、その噂が現実になってみろ…あの三人の目からハイライトが消える事間違い無しだろう。

箒が不思議そうな顔をすると、渦中の人物達が教室に入ってくる。

一夏とシャルルだ。

二人がやってくると女子達は蜘蛛の子を散らすように退散して席に戻っていく。

二人とも不思議そうに首を傾げると此方に気付いたのか、シャルルは申し訳無さそうな顔をし、一夏は何とも複雑そうな顔をして此方へとやって来る。

 

「い、一夏…」

「おはよう、箒。なぁ、狼牙…休み時間にちょっと良いか?」

「構わんが…?」

 

それだけ言うと一夏は席へと向かっていく。

俺は眉間を揉み、自業自得とは言え何とも気まずい雰囲気に頭を悩ませる。

 

「な、なぁ…銀は、どうしてそうやって頭を悩ませているんだ?」

「自己満足だ…嫌な物は誰だって見たくはないだろうしな」

「そうだが…いつもお前は一人で何かしている…誰かを頼らないのか?」

「自分の満足の為に他人の時間を使わせるのは、少々心苦しくてな。いや、箒は気にしなくて良い…そうしてやりたいと思ったから、訓練に付き合っているのだしな」

 

箒が静かに頷くのを見て、俺は席へと戻る。

隣の一夏が妙にソワソワとしているが…これも休み時間の俺の回答次第なのだろうな。

 

 

 

さて、少し話は変わるがこの学園…大半が女性と言う事もあって、男性用のトイレが圧倒的に足りない。

無駄に広いのにも関わらず、教室などがある校舎は三ヶ所しかないのだ。

必然的に、休み時間で行こうとするとチャイムと同時の全力ダッシュを余儀なくされる。

しかも進路上には女子達の妨害まであるのだ…この時の精神的、肉体的疲労は想像を絶するものがある。

しかし、一度トイレに駆け込めば女子達は入っては来れない…ぶっちゃけ、聖域と化すのだ。

昼休み、一夏とシャルルを連れ立って男子トイレへと駆け込む。

途中、腐った声が響いたが無視だ…気にしていても致し方ない。

 

「楯無さんから聞いたぞ…シャルルの為に理事長に掛け合ってくれてたって!」

「チッ…猫めが…」

 

俺は忌々しげに舌打ちをする。

今回、俺の立ち位置は悪役で行こうと決めていた。

言ってしまえば楯無の引き立て役だ…それに頼っているというアピールができるという打算的な意味合いがある。

もちろん、シャルルに冷たく当たる事で本心を引き出すと言う意味合いもある。

あとは楯無が黙っていてくれれば、元からストップ高の株が上がって反男子派への発言力を高められると思っていたのだが…。

 

「銀君…なんであんな事を…一夏に殴られてまで…」

「お前達が腹立たしく思えたのは事実だ」

「だけど…」

 

デュノアは申し訳無さそうな顔をし、一夏は一夏で煮え切らない…殴り返してくれればスッキリすると思っているのだろうか?

 

「一人の人間として地に足つけて生きているにも関わらず流されるままだったシャルルと、どこぞの猪みたいに突っ走る馬鹿には本当に腹が立ったからな。一夏…千冬さんに負い目があるのは分かるが、俺よりも千冬さんに真っ先に相談すべきだっただろう?」

「けど、千冬姉は教師で…学園の人間だし…」

「あの人はお前の為だったらなんだかんだと言いつつ助けてくれるだろうさ」

 

俺は壁に背を預け腕を組む…まだ若いからな…俺は子供に言うには厳し過ぎる事を言っている。

シャルルは右も左も分からずに大人の世界に巻き込まれ、一夏は一夏で姉への負い目やこの学園にいる男子である俺を頼らざるを得ない状況だと感じていたのだろう。

だが、選択肢は一つだけではないはずだ。

生きている内に取れる選択肢に正解なんて無い…と思う。

先日言ったように、シャルルは学園に保護を求める事ができた。

一夏も、ブリュンヒルデとして名を馳せる姉を頼る事ができた。

無論、俺を頼るのも選択肢の一つだ…だがな、俺には何も無いんだ…この二人を守ってやれるだけの発言力は…。

 

「今後の…計画は聞いてる…父を、経営から退けさせるって」

「どうやってそんな事をやるんだ?」

「今のフランスは後ろ暗い事が多いらしいからな…今、情報を集めてもらっている」

 

一夏とシャルルは顔を見合わせて不思議そうに首を傾げている。

 

「一体誰がそんな事をしてくれてるんだ?」

「俺の生涯のパートナー…とだけ言っておこうか」

「銀君…君は一体…?」

「ただ、どこぞの兎殿に好かれている一般人に過ぎんよ…まぁ、猫が動くんだ…余程のことが無ければ…シャルルの思う通りに行くだろうさ」

 

俺は壁から離れ、トイレを出て行こうとする。

しかし、後ろから一夏が肩を掴み俺を引き止める。

 

「狼牙…俺を殴ってくれよ…一発は一発だろう?」

「そんなやり方でスッキリしようとするな…ケジメだなんだと言っても殴る側は気が引ける」

 

俺は肩を竦め首を横に振る。

やられたらやり返す…悪くはないがどこかで打ち止めにせねば一生続いてしまう。

 

「けどよ…俺は…知らないとは言え、お前のことを…」

「仕方がない男だ…シャルル…こんな男だが友達で居てやってくれ」

「う、うん…」

 

俺は笑みを浮かべながらシャルルに声をかけ、俺は一夏に軽くデコピンをしてやる。

お前の拳なんぞその程度で充分だ。

 

「ろ、狼牙?」

「これで終いだ…蒸し返すなよ?」

「一夏…銀君は優しい人なんだね…ちょっと怖いなって思ってたけど…」

「きっと、狼牙は俺たちより歳上なのを鯖読んで同い年だって偽ってるんだ…絶対そうだ」

「失敬な…十六歳だと言っているだろうに」

 

俺は片手で頭を抑え笑みを浮かべる。

ある意味歳上なのは否定できんな…。

俺たちが長いトイレを済ませ出てくると、女子達に出待ちされる事も無くホッと一安心する。

 

「上手く、行くかな?」

「こういう時は悪い事は考えるな…と祖母から口酸っぱく言われたな」

「あー、確かに上手く行くって思わないと気が滅入るもんな…」

 

何事も前向きに取り組まねば上手く行かんものだ…必ずしもそうとは言えないが、後ろ向きにしているよりは遥かに建設的だろう?

 

「そう言う事だ。俺としてもシャルルの継母には思う所があるからな…報いは受けてもらう」

「「ア、アハハ…」」

 

相当悪い顔をしていたのか、一夏とシャルルは顔を引きつらせている…そんなに酷い顔だろうか?

もうすぐ、教室…と言うところで大声が廊下に響き渡る。

 

「何故こんな学園で教師などをしているのですか、教官!?」

「やれやれ…そう何度も言わせるな。私は全うするべき役目を果たしているだけだ」

 

ラウラと千冬さんか…話を邪魔する訳もいかんし、ラウラの心情を聞くチャンスだ…壁越しに三人で隠れ話を聞き続ける。

 

「こんな極東の地で何の役目があると言うのですか!?」

「教師だよ…私は後進の育成に光を見ている…ラウラ、お前のおかげでな」

 

千冬さんは声を荒げるラウラとは対照的に、優しげな声で話しかけ続ける。

 

「そうであるならば…お願いです…ドイツで再びご指導を…教官!ここでは貴女の能力を半分も活かせない!」

「どうして、そう思うのか言ってみろ」

 

…ラウラは千冬さんを取り巻く環境自体も気に食わないらしい。

言ってしまえば、妹に母を取られた娘…と、言ったところか?

一夏は唇を噛み締め目を伏せ、シャルルは不安そうにしている。

 

「この学園の生徒は教官が教えるに足る人間達ではありません…一人、変わった人間がいますが殆どの人間は意識が甘く、危機感に疎く、ISをファッションか何かと勘違いしている!その様な程度の低い者達に教官が時間を割く道理は…!」

「そこまでにしろ…お前とて、落ちこぼれだなんだと言われて私に指導されてきた立場だろうに」

「ですが!」

「どうやら、私はお前に間違った指導をしてしまった様だな。若干十五歳が選ばれたエリート気取りをした挙句、生身の人間に向かって銃を向けたんだからな」

「っ…教官…!」

「私が知らないとでも思ったのか、小娘が」

 

千冬さんは冷たい声色でラウラを叱責する。

言ってはなんだが、恐らく指導を間違えたのだろう…千冬さんはラウラに圧倒的な力を見せつけ過ぎてしまったのかもしれない。

さながら太陽だ。

暗く沈んでいた大地に恵みをもたらしたが、同時にそれは全てを灼き尽くす獄炎の炎だ。

その力に憧れるが故に側に居て欲しいと願ってしまう。

…他の誰を排除してでも。

俺はラウラの持つ危うさに眉間を揉み思考を回す。

対話の席に着かせるにはやはり、殴り合いを仕掛けるしか無いのかもしれない。

 

「さて、そろそろ授業が始まる…早く教室に戻れ」

「し、失礼しました…教官」

 

ラウラが足早に教室へと戻っていくと、千冬さんは深く溜息をつく。

 

「盗み聞きとは感心せんぞ?」

「で、あれば誰にも聞かれん場所で話す事をお勧めする」

「ごめん、千冬ねエッ!?」

「織斑先生だ」

「マム・イエス・マム」

 

いつもの様に呼んでしまったが為に一夏は出席簿アタックをありがたく脳天に頂戴する。

いい加減、慣れてもいい頃だろうに…。

 

「先生…ボーデヴィッヒさんとは…」

 

シャルルはオズオズといった風に質問をしてくる。

千冬さんはバツが悪そうに頷く。

 

「あぁ、私がドイツで教官をしていた頃の教え子だ。何とも気難しくなってしまったものだ…子犬のように私についてきていたのだがな…」

「そうですか…」

「…デュノア、悩みがあるなら私に相談しろよ?まぁ、そこの銀色が暗躍しているんだろうがな」

「っ…は、はいっ!」

「酷い言われようだな…腹芸は苦手なんだが」

 

シャルルは安心した様に笑みを浮かべ頷き、一夏は千冬さんの笑みにぼぅっと見惚れている。

 

「銀は残れ、お前たち…授業に遅れるなよ?」

「「はい!」」

 

一夏とシャルルは小走りで教室へと去っていく。

俺はその背中を見送り、千冬さんへと目を向ける。

 

「それで…用件は?」

「お前に、謝らなくては…と思ってな」

「止めてくれ…抱え込んでいるのは俺なんだからな…」

 

千冬さんは、俺の制止を聞かずに頭を深く下げる。

俺は千冬さんの肩を掴み身体を起こそうとするが、ビクともしない…鉄の女めが…。

 

「立場上、私はデュノアの件にすぐ対応できなかった…にも関わらず、お前に…」

「言っただろう…抱え込んだのは俺だと。織斑先生はいつも通りに凛として教師をしてくれれば良い…頼れる大人でいてもらいたい」

「すまない…ありがとう」

 

千冬さんは漸く頭を上げ笑みを浮かべてくる。

俺はホッとし、教室へと向かう。

デュノアの問題はこれからが本番だ…まだまだ、油断はできない。

俺は胸元の天狼を握り気を引き締めるのだった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。