【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜 作:ラグ0109
その時、篠ノ之 箒は必死だった。
ラウラ・ボーデヴィッヒが、その巨大な砲口をクラスメイト達へと向けていたのだ。
考えるよりも早く身体が動く。
その時の動きは剣道をしている時のような流麗な太刀筋ではなく、我武者羅な迄に乱暴な太刀筋。
しかし、其処にはクラスメイト達を守りたいと思う想いが載せられていた。
ISは搭乗者を理解しようとする。
その想いが通じたのかは分からない。
だがその瞬間、打鉄は確かに箒の思う通りに動き巨大なレールガンから放たれた弾丸を叩き落としてみせたのだ。
「すごーい、しののーん!!」
「だ、大丈夫か…!?」
「う、うん!ありがとう篠ノ之さん!」
必死に動かした反動か、箒はらしくもなく呼吸を荒げてクラスメイト達を見つめる。
何故…こんなにも必死になれたのだろうか?
箒は首を傾げる。
誰かと一緒に居ることはあっても、輪の中に入る事はなかった。
拒絶される瞬間が怖かったからかもしれない。
以前、狼牙が言った事を実践しようとしても上手く笑うことが出来なくて思うようにもいかなかった。
だが……。
「怪我がなくて良かった…」
「おー、しののんが笑ったぁ」
クラスメイトの布仏に指摘されると、気恥ずかしくなって顔を背けてしまう。
ラウラが去ったのか、一夏は箒へと近付いてくる。
「箒…お前のおかげでクラスのみんなが怪我しないで済んだよ」
「と、当然の事をしただけだ!!」
「それでも、箒のおかげなんだぜ?」
「そうだよ、篠ノ之さん!」
「本当にありがとう!」
一夏を含めみんなが笑顔で箒を見つめてくる。
心からの笑顔に…少しだけ、箒は救われた気がした。
俺は夢を見ている。
そこは全ての人間に、舞台のような役がつけられている世界だった。
誰も彼もが世界と言う名の神が演出する台本の上で役を演じ続ける。
しかし、一人だけ異端の娘が居た。
王の役を持つ者のみが振るえる剣をその手に持ち、前線で戦い続ける奴隷の役を持つ娘。
味方に詰られ、敵に詰られても気にせず笑う。
それしか知らないから、そうするしかないから。
きっと彼女は孤独だった。
自分が思う役割を演じているが故に。
「どう…なったのだったか…」
ぼんやりと夢を思い出し一人呟く。
白を亡くした後、知り合ったあの娘は俺を父の様に…あるいは師の様に慕い手合わせをしたものだった。
何か、いい香りがするな…女性特有の…。
んん?
「どうしてこうなった…?」
漸く覚醒した頭をフル回転させ、俺は必死に昨夜起きたこと思い出す。
何故思い出そうとしているのか?
答えは単純である。
俺が楯無を抱き枕のようにして寝ていたからだ。
馬鹿な…俺は背を向けて一人で寝ていたはずだ…。
セシリアを部屋まで送り、あの後俺は一人ですることもないので早々に就寝したのだ。
「楯無…おい、楯無!」
「う〜ん…もう少し…」
「離れろ、頼むから…!」
俺は離れようと腕を解くも、逆に楯無は作務衣を掴んで離れないのだ…。
色々と不味い…俺とて男…その…色々と刺激が強すぎる…
「くっ…!これだけはしたくなかったんだが…」
俺は諦めとともに呟き、実力行使で手を離させ楯無から離れる。
楯無は抵抗するも諦めてベッドの掛け布団を抱き枕代わりに眠り続ける。
しかし、何故こんな事に…その内襲いかねん…。
俺は深い溜息を吐き出し鍛錬の準備をするのだった。
昼過ぎ、俺は簪に手を引かれ電気街を歩いている。
ショッピングモールレゾナンスより離れた場所にある此処は、東京の秋葉原の様にサブカルチャーひしめくその筋の楽園と化している。
「初めてきたが…人が凄いな…」
「日曜日だから…歩行者天国っていうのもある、かな」
簪は笑みを浮かべながら、人の波を縫うように歩いていく。
元よりこういった人を避ける様に歩くのが得意なのか、決して人にぶつかる事がない。
暗部特有なのか?
「それで、まずはどこに向かうのだ?」
「アニメ専門ショップ…狼牙は、見る?」
「あぁ、孤児院に居た頃はよく見ていたな…中々奥深い」
孤児院に居た、弟分や妹分達の面倒を見る際に夕方にやってるアレやソレやを見て来た…確かに子供向けもあるが、大人心をくすぐらせる奥深いストーリーの物もあるのだ。
それにメカ物も、心を滾らせてくれる。
はっきり言おう、アニメを見ている位で犯罪を犯すわけがない。
「そ、そうなんだ…意外かな…」
「ん、まぁ…確かに最初は軽視していたがな…中々どうして…馬鹿にできるものではないだろう」
簪と手を繋ぎ笑いながら話す。
…時折恨めしそうな顔で見られるが…致し方あるまいよ。
人でごった返すアニメグッズ専門店へと入ると、簪は嬉々としてお目当てのフロアへと進んでいく。
…そう言ったアグレッシブさをもっと早く発揮すれば、楯無とも円滑にコミュニケーションが取れてたんじゃないだろうか?
「可愛い系ではないのだな…意外だ…」
「ヒーローとか…そう言うのに憧れてて…」
簪は急に気恥ずかしくなったのか頬を赤らめる。
俺も同じようにしてグッズを手に取り眺める…フィギュアか…デッサン人形代わりに使えそうだな。
「それで、遊んでる人、いるよ?」
簪はクスリと笑って携帯の画像を見せてくる。
フィギュアは男性型なのにも関わらず、女性のような仕草をしている。
あまりものギャップ差に俺は顔を背けて笑いを堪える。
「それは…卑怯だろう…!?」
「他にも、これとか…」
止めてくれ…なんで、DVに耐える女役が男性素体のフィギュアなんだ…
「想像力豊か…」
「いや、色々と可笑しいだろうに…」
あんな物を見せられては買うしかあるまいよ…。
結局俺はデッサン人形だと自分に言い聞かせ、フィギュアを購入してしまった。
あんな画像で物欲を刺激されるとはな…。
店内を歩き回り、簪がお目当てのものを入手する頃には結構な時間が経っていた。
「大丈夫か?」
「いつも、一人で来てたけど…はしゃぎすぎて少し、疲れたかな…」
「少し、休憩しようか…人混みで俺も少し疲れたしな」
今度は俺が簪の手を引きゆっくりと歩く。
特に会話することもなく穏やかな空気が流れている。
気付けば学園近くの臨海公園まで来ていた。
「いかんな…楽しい時間というのは直ぐに過ぎる」
「あ、そこに座って待ってて…?」
簪は何かに気付いたのか手を離して小走りで何処かへ行く。
俺は言われた通りにベンチに座り公園を見渡す。
「随分と、遠い世界まで来たものだな…」
かつて俺が居た世界は、必ずと言っていいほど火種がくすぶっていた。
小規模な物から、大規模な物まで…憎しみ合うわけでもなく、さもそれが当然であるかのように。
いや、憎しみもあったが…憎しむ理由が不明瞭だったことの方が多かったか…。
異端な旅人であった俺は、火種を刺激してしまう。
そのおかげで好転した事もあれば悪化して取り返しの付かなくなる事も多かった。
…俺は、この学園で上手く立ち回れているだろうか?
「お待たせ…」
「簪は甘いものが好きなのだな」
両手にクレープを持って戻ってきた簪にクスリとしてしまう。
可愛らしいと思っていたのだが、簪はご機嫌斜めだ。
「違う…これは狼牙の分」
「ん…そうだったのか…ありがとう」
軽く頭を下げて、簪からクレープを受け取る。
中身はストロベリーの様だ。
「楽しかった…?」
「あぁ、しばらくは味わえないだろうと思う位には楽しかった」
俺は素直に頷き、笑みを浮かべる。
何せ、簪の別の一面見れたのだ…楽しくないわけがない。
俺は今まで、学校にいる時の簪の姿しか知らなかったからな…。
「良かった…私だけだったらどうしようって…」
「だから、自信を持てと…美人とのデートを楽しめない奴はおるまいよ」
俺の言葉に簪は顔を苺のように真っ赤にして俯きちびとびとクレープを食べている。
俺も簪に倣いクレープを一口食べる。
苺の甘酸っぱさと生クリームの滑らかな甘さが絶妙にマッチして美味しい…。
簪がぼうっと此方を見てくる。
「どうした…食べたいのか?」
「っ…」
一瞬迷いを見せるように目を泳がせるが、簪はコクンと頷き此方を見上げる。
俺は大して気にすることもなく簪の口元にクレープを差し出すと、大きな口を開けてクレープに齧り付く。
…やっぱり餌付けみたいだな…これ…。
「美味しい…これも、美味しいよ?」
「いざ差し出されると非常に恥ずかしいのだが…」
簪はお返しとばかりにクレープを俺の口元に差し出してくる。
中身はブルーベリーの様だ…因みに俺の好物でもある。
「…恥ずかしいんだが…」
「だめ?」
ぐ…そんな寂しそうな目で俺を見ないでくれ…良心がズキズキと痛むではないか…。
俺は意を決して簪の差し出したクレープに齧り付く。
ブルーベリーの爽やかな酸味が鼻を抜け、何とも心地良い…。
「美味しい…?」
「あぁ、美味しいな…」
いかんな、顔が赤くなる…簪は御満悦と言わんばかりの満面の笑みを浮かべてクレープを食べて行く。
まぁ、恋人同士がやる様な事だしな…。
今日位は良いだろう。
そんなことを思いながら水平線に沈んでいく夕日を眺めるのだった。
なんと言うか…難しいですね、甘い話は。
話の広げ方ももっと工夫せねば…。