【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜   作:ラグ0109

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鞭と飴

週末の放課後。

土曜日ともあって午前中しか授業が無いので、午後は思いっ切りIS訓練に時間を当てることが出来る。

俺と箒は、一夏がシャルルに手解きを受けているのを尻目に格闘訓練を行っていた。

 

「どうした、この程度いなせん様では専用機に勝つ等夢のまた夢だぞ!?」

「このぉっ!」

 

俺は腕を組んだまま足技を主に箒を責め立てる。

箒は両手で構えた近接ブレードで必死に俺の足を受け止め続ける。

箒が取るべき武器は剣ではない…身体全身なのだ。

武器を使う事も重要だが、それに固執するようでは格闘戦での選択肢が大幅に減ってしまう。

 

「そらそらそらぁっ!」

「うぁっ!!」

 

俺は近接ブレードを蹴ってかち上げれば、胴体に向って連続で蹴り込み壁に叩きつける。

俺はフルフェイス越しに痛みに顔を歪める箒を涼しい顔で見ていた。

 

「どうした、強くなりたいのだろう?立ち上がって一太刀でも俺に浴びせて見せろ!」

「はぁ…はぁ…行くぞ…!!」

 

箒は息を整え、再び近接ブレードを構えれば再び俺に斬りかかってくる。

俺はそれを『律儀』に足のブレードエッジ装甲で受け止め、打ち合いを繰り返す。

 

「箒、剣道は戦い方の一つだ…それだけで勝てる程甘くはないぞ!?」

「大切な物を穢せと言うのか!」

「そうではない、割り切れと言うのだ!」

 

…思い出は所詮思い出だ。

過去は後ろから見ているだけ、それを見つめ返しては先に進めん。

 

「閉じ篭ってくれるなよ?」

「ぐっ……!」

 

箒が大振りの上段で叩き込もうとした瞬間に、一気に踏み込みつま先で喉元に触れる。

 

「箒…剣道も良いがな、戦い方が決まっていては上を目指せんよ…俺と違って銃も持てるんだ…使える物は何でも使え…高潔に、貪欲にならなくてはならない」

「そうした先に…お前のような強さがあると言うのか?」

「俺の強さは失っていくばかりのものだ…箒、お前にはそうなって欲しくはない」

「なに…?」

 

俺は深い溜息を吐き出す。

 

「俺が振るう強さは暴力でしかない…暴力は奪う事しかせんのだ」

「だが…私はお前のそう言った強い所に憧れている」

「いいか…奪う事しかできんと言うことはな、奪われてしまうと言う事だ…同じ強さを目指せば、近い将来お前は大切なモノを奪われるぞ」

「っ……!それは…いやだ…!」

 

箒は唇を噛み締め、目を伏せる。

箒は奪われて来たと思っているからな…一夏でそれを想像したか?

 

「で、あれば戦い方を模索しろ…一夏のように」

「一夏のように…か…」

 

すると、遠くに黒のISが見えてくる。

胃が痛くなってくるな…。

 

「あれは…ボーデヴィッヒか?」

「すまんが、少し相手をしてくる…」

 

箒に頭を下げ一夏達の方へと飛翔する…訓練にかこつけてきたか…。

ラウラは、一夏へと声をかけている。

 

「織斑 一夏…貴様も専用機持ちだそうだな。私と闘え」

「こっちは訓練中なんだよ…トーナメントでやりあおうぜ?」

 

どうにも空気が悪いな…一触即発といった具合か。

 

「ボーデヴィッヒ…今日は他の連中も使っているからな…実戦訓練は後日にせんか?」

「貴様の意見など聞いていないぞ、銀 狼牙」

「意見ではない、そうしろと言っているのだ…一応、これでも生徒会役員なのでな」

 

ゆっくりと一夏達の前に出てラウラとの間に入る。

どうか、引いてもらいたいものだが…。

 

「私とは関係が無い…闘え!織斑一夏!」

「嫌だね」

 

あくまでも一夏は闘う意思を見せない…周囲の状況を見れば当然だな。

ラウラは聞かん坊か…実力で排除するには生身の人間が多すぎる…。

訓練機を交代で使っているメンバーもいるのだ…重火器の流れ弾なぞ洒落にならん。

 

「ならば、闘う理由を作ってやる」

「ボーデヴィッヒ!やめろ!!」

 

ラウラは俺の制止を振り切り、左肩の重火器の撃鉄を上げ…よりにもよって生身の人間のいる方向へと砲撃を行う。

しかし、箒が割って入り弾丸を近接ブレードで弾き落とす。

 

「で、できた……!!」

「すごーい、しののーん!!」

 

どうやらクラスメイト達が標的にされたようだ。

看過するわけにも行くまいよ…。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ…今の砲撃で死人が出たらどうなると思っている?」

「ISを取り扱っているんだ…事故は起きるものだ…っ……!?」

 

言うに事欠いてそれを口にするか…クソガキが…。

天狼は咆哮を上げ、二対の翼を広げて真の姿を晒す。

 

「良い度胸だ…同じ目に合う覚悟はできたか…?」

「そこの生徒!何をしている!!??」

 

アリーナの管理人が騒ぎを聞きつけやってくると、ラウラは重火器の砲口を下げる。

俺も意識が削がれ管理人へと目を向ける。

フルフェイスで良かった…恐らく、今の俺は相当に酷い顔になっている。

 

「っ…今日は引いてやる…銀 狼牙…私の邪魔をするなよ?」

 

ラウラは背を向けピットへと戻っていく。

俺はその背を眺め反応が消えると同時にリミッターが作用し、翼は円形のシールドへと姿を戻す。

 

「箒…お前のおかげでクラスのみんなが怪我しないで済んだよ」

「と、当然の事をしただけだ!」

 

一夏がにこやかに箒に話しかけると、照れているのか顔を真っ赤にして背けている。

一先ず、丸く収まったか…?

 

「ろ、狼牙さん…?」

 

セシリアと鈴が青い顔で此方を見てくる…なんだ?

 

「ろ、狼牙がキレた…久しぶりに見たけど…怖いわね」

「キレていないが…?」

 

俺は首を傾げながら地に降り立ち、天狼を待機状態に戻す。

妙に筋肉が強張っているな…まったく…俺もまだまだだな。

 

「そ、その顔は怒っていますわよ…?」

「殺気が凄かったわよ…あのラウラっての顔が真っ青になってたじゃない…」

 

セシリアと鈴は顔をヒクつかせて、おどおどと話しかけてくる。

俺は深く深呼吸し意識を切り替える…そうだな、命を軽視したラウラに俺は怒った。

眉間を軽く揉み深呼吸を繰り返していく。

 

「すまなかったな…俺はああ言った命を軽視する奴が大の嫌いでな…」

「いえ、代表候補生だと言うのにあの振る舞いは…」

「まずいわよね…いつか大ポカやらかすわよ?」

 

俺は軽く肩を竦めて笑う。

 

「そうせん為にも色々と俺が暗躍しているわけなんだが…今回のMVPは箒だな…」

「えぇ…レールカノンの弾丸を近接ブレードで弾き落とすなんて、早々できませんわ」

「鈍足の打鉄で良くやるわ…」

 

三者三様に一夏やクラスメイト達に褒められて箒はアタフタとしている。

…んん?これは良いキッカケになるか?

 

「この調子で打ち解けてくれると良いですわね」

「全くだな…」

「一夏争奪戦から降りてもらいたいんだけどなぁ…」

「そう言うな…何事も張り合いがあった方が良いだろう?」

 

あぁ…本当にこのまま何もなければ良いんだがなぁ…束さんよ…。

俺は若干目頭が熱くなる思いがして空を仰ぎ見た。

 

 

 

 

夕食後、寮の部屋で一人寛いでいると控え目なノックがされる。

楯無はノックなしで構わず入ってくるので、間違い無く違う人間だろう。

 

「今、開ける」

 

扉の前に立ち声を掛けてから扉を開けると目の前に簪が立っていた。

ふむ…中々珍しい。

仲直りしたとは言え、まだ少しばかりギクシャクしている姉妹仲…簪は良く部屋の前で会うことはあっても、直接こうして訪ねてくることはなかった。

 

「珍しいな…どうしたんだ?」

「お菓子、作ったから…食べて欲しい」

 

簪は包みに入った手作りのカップケーキを持ってきている。

折角訪ねてきてくれたのだから、茶の一つでも出すとしようか。

 

「ふむ、では二人で茶会と洒落込もうか…散らかっているが、入れ」

「お、お邪魔、します」

 

簪はおずおずと言った感じで部屋に入るとキョロキョロと辺りを見渡す。

 

「あぁ、楯無は生徒会室にいる…何でも重要な案件があるらしくてな」

「そ、そうなんだ…お姉ちゃんは真面目にしているんだね?」

「いや、サボった影響の煽りだ…慈悲はない」

「……お姉ちゃん…」

 

二人して軽く溜息をつき、クスリと笑えば適当に座っているように言ってコーヒーを淹れにキッチンへと向かう。

何やらごそごそと物音がするが…まぁ、大それた事はせんだろう。

コーヒーを淹れて戻ってくると、簪は俺のベッドに腰掛けて絵画用のノートを眺めている。

 

「更識姉妹は俺のベッドがお気に召した様だな…気に入った絵でも見つけたか?」

「これ…私が初めて見かけた時の…?」

 

簪は、あるページを開いて俺に見せてくる。

そこには、薔薇園で見かけた白薔薇の絵が描かれている。

 

「あぁ、そうだな…あの時は、轡木さんにフラれたかなどと言われたものだが…」

「わ、悪気があったわけじゃ…!」

「分かっている…人見知りなのだろう?」

 

コーヒーを渡しながら笑みを浮かべる。

何とも懐かしい話だ…二ヶ月ほど前の話か…。

 

「良ければ、何か書いてやろうか?」

「い、いいの!?」

「あ、あぁ…」

 

あまりにも目を輝かせるものだから、思わず気圧されてしまった…。

ともあれ、喜んでもらえるに越したことはないが。

 

「あ、後で資料送るから、絶対描いてね…?」

「資料…?まぁ、構わんが…」

 

何か特別な花か何かを描いてもらおうとでも言うのか…何でもござれだ、描いてみせよう。

さて…コーヒーが冷めぬ内に頂くとしよう。

 

「では、カップケーキをいただこう」

「ど、どうぞ…」

 

袋からカップケーキを取り出し一口食べる。

生地はフワフワで、甘さもしつこくなく食べやすい…。

普段甘い物を食べないのだが、これならいくらでも食べられるな。

 

「うむ…美味しい。簪はお菓子作りが得意なのだな」

「あ、ありがとう…」

 

簪は満面の笑みを浮かべ、小さくガッツポーズを作る。

カップケーキを食べ終えれば、コーヒーを一口飲み簪を見る。

 

「そう言えば、一緒に出かける約束をしていてまだだったな…明日辺りどうだろうか?」

「明日は…うん、いいよ」

「では、校門の前で…昼前に出れば良いか?」

 

簪はコクリと頷く。

これから忙しくなるのだ…少しばかり息抜きを入れておかんと、心に余裕が持てん。

 

「少しだけ、遠出する…」

「ほう…承知した。行き先は簪任せだからな、楽しみにしておこう」

「ん…そしたら、私…部屋に帰るね」

「では、また明日…おやすみ」

 

簪を部屋の出入り口まで送り別れれば、一夏が走ってくる。

 

「おいおい…どうしたんだ?」

「頼む…知恵を貸してくれ!」

 

あぁ…これは…面倒な奴だ。

それと同時にシャルルに僅かばかりの苛立ちを覚えないでもなかった。

本当に隠す気があったのか、と…。

 

 

 

 

 

俺は一夏に連れられ、一夏とシャルルの部屋に入った。

その際に、楯無をコアネットワークで呼び出した。

要件は勿論、シャルルの言動や動作から今後の動きの判断をしてもらう為だ。

俺は背後で動いてはいるが、あくまでも上司は楯無である。

つまり、楯無が最終的な決定権を持つのだ。

 

「それで…知恵を貸せとはどういうことなんだ?」

 

俺は椅子に腰掛けて足を組み、一夏とシャルルの二人を見つめる。

一夏とシャルルは暗い顔だ。

 

「実は、シャルルは…」

「それは知っている…厳しい言い方だが演技が臭いし、何より骨格と体格がな…」

「…やっぱりバレてたんだ?」

 

シャルルは諦めたような顔であはは、と笑う。

 

「このままじゃシャルルがひどい目にあっちまう…親の都合でこんな事無理矢理させられてるんだぜ?」

「ハッキリ言うがな…俺にはやれる事は無い。第一、本当にイヤイヤやっていたのか?」

「どういう、こと?」

 

俺は腕を組み目を瞑る。

正直、事実を知っている以上シャルルを責め立てるのも気が削がれるが…。

だが、本人自身が動こうと思えば動けた案件でもあるのだ。

 

「特記事項第二一…嫌ならばそれを盾に、学園に保護を求める事ができただろうに」

「で、でも!僕がやらなくちゃ会社が!」

「下手な演技をしておいてよく言う…一週間と保たずに性別がバレているではないか」

「狼牙、何が言いたいんだ!?」

 

俺は深呼吸し、鋭い眼差しでシャルルを見つめる。

その視線に怯えたのかシャルルは身を竦ませる。

 

「悲劇のヒロインぶっていると言っているんだ。一夏に性別がバレて、この男の事だ…考え無しにどうにかすると言ったのだろうがな!」

「ぐっ…だけどよ!もう友達じゃないか!助けてやるのは当たり前だろう!?」

「自分を助けるものは周囲の人間でも、ましてや神でもない…自分自身だけだ。誰かに手を差し伸べられたからと安易に手を取るのか?それが悪意に満ちた手だったらお前は…お前達はどうする気だ?」

 

そう、善意だけで世界は成り立たない…悪意もあって初めて成り立つのだ。

善意の手が差し伸べられるのであれば、それは構わないだろう…。

しかし、それが悪意に満ちたものだったら?

後は堕ちる所まで堕ちるだけだろう。

一夏とシャルルは黙り込んだままだ。

少し、意地悪が過ぎたが仕方あるまいよ。

今回のシャルルの一件は、無数の悪意が蠢いているのだ。

 

「僕に、どうしろって言うのさ…相手は大きな会社で…僕は何もない人間なんだよ…?」

「諦めが人を殺す。悪いが、俺には死人に手を差し出せるほど聖人ではないのでな」

「狼牙!」

 

一夏は真っ直ぐに頬を殴りつけてくる。

頬の内側が切れたのか血の味が広がる。

 

「一夏…殴ったところで晴れるのはお前の心だけだろう?」

「見損なったぜ…どうしてそうやって冷たくできるんだ!?」

「言っただろう、何も言わん死人に手を差し出すほど聖人ではないと」

 

俺は一夏からシャルルへと目を向ける。

俺は聞いていないのだ…シャルル自身からの叫びを。

それを聞かなければ手を差し出すことなんぞできんよ…。

 

「ぼ、僕は…嫌だ…あんな、格好して…みんなを…騙したくない…僕は、女の子なんだよ…男の子なんかじゃない…スパイなんて、したくない!」

 

俺は立ち上がり部屋の出入り口へと向かう。

 

「後は頼んだぞ、生徒会長…できれば、手筈通りにな」

「狼牙……?」

 

一夏が怪訝な顔をすると、俺と入れ替わる形で楯無が一夏の部屋へと入ってくる。

 

「ふふーん、話は聞いたわよ…二人とも!」

 

ドヤ顔で楯無は扇子を開く。

そこに書いてある字は、生徒会長推参である。

…字が増えただと…?

 

「狼牙、どういうことなんだよ!?」

「知らんな。腹芸は会長の得意分野なんだ…そういった話は、今後は楯無に持っていけ」

 

俺は肩を竦めてラウンジへと向かう。

後は楯無が詳しい事情を聴き出してくれるだろう…俺はシャルルから叫びを引き出したのでお役御免だ。

ラウンジのソファーに腰掛け、顔を上へ向けながら腕で目を隠す。

中々良い拳をするようになったな…親友よ。

暫くすると誰かが隣に座り、俺の頬に触れてくる。

ひんやりとして気持ち良い。

 

「誰に殴られたんですの?」

「セシリアか…なに、少しばかり挑発してやっただけだ。相応の報酬という奴だな」

「また、そうやって格好をつけて…ご自愛くださいと申したではないですか!」

 

顔をセシリアへと目を向けると頬をぷくーっと膨らませているので、俺は指で頬を突き空気を抜く。

 

「そういう顔をするな…美人が台無しだ」

「真面目にしてくださいまし!」

 

ポカポカと俺は体を叩かれ、思わず笑みが零れる。

 

「いや、すまん…セシリアや楯無、簪には頭が上がらんよ」

「全く…今度も難題なのですか?」

 

俺は静かに頷く。

難題も難題…正直学生が扱う案件ではないのだ。

 

「全く、胃に優しくないにも程がある」

「わたくし達がついているのですから…頼ってください…」

 

俺はセシリアの頭を撫で、微笑む。

 

「これでも、お前達がいるから何とかやっていられる…頼らせてもらっているさ」

「そ、そうですか!どんどん頼ってください!」

 

頬を赤らめながらも、胸を張り笑みを浮かべるセシリア。

…俺は果報者かもしれんな…その内罰が当たりそうだ。

 

「さて…そろそろ消灯時間だ…部屋まで送ろう」

 

俺は立ち上がるとセシリアに手を差し出す。

セシリアは上機嫌で手を掴み立ち上がる。

 

「では、エスコートをお願いしますわね」

「承知した、お嬢様」

 

クスリと笑みを浮かべ、俺はセシリアと部屋へと戻っていく…これからどうなることやらな…。




狼牙さん、作務衣でエスコートしてるからイマイチ締まらないんだっぜ

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