【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜 作:ラグ0109
生徒会室。
あれから三日ほど経ったものの状況は好転せず、ラウラは孤立を強めている。
最早意固地にも見えるその様子は、のほほんをしてお手上げと言った具合だ。
シャルルに関しては相変わらず女子達から騒がれているものの、目立った動きはない。
だが、貴公子然としたその雰囲気は…言ってしまえばい宝塚の男性役の様な態とらしさも垣間見えてしまう。
俺はこの三日間、シャルルと行動し歩き方等の動作やISスーツを着ている時のボディラインから一つの結論…と言うより諦めに至った。
「楯無よ…フランスは何を考えているのだ?」
「あ、やっぱり狼牙君にはバレちゃったのかしら?」
「必死に目を背けていたかったがな…ああも中途半端では認めざるを得まいよ…」
俺は虚が淹れてくれた紅茶を一口飲み、暗鬱とした表情になる。
なんせシャルルは男装の麗人だ…しかもその行為がバレれば、臭い飯を喰う羽目になるだろう。
IS学園においてスパイ行為は御法度だ…国際法上でそう定められているため、バレてしまった場合フランスとてタダでは済まされまい。
[どうも、その指示出したのはデュノア社の社長じゃ無いみたいなのよね]
「あら、白蝶は凄腕よね〜。今度から電子の妖精とか名乗ってみる?」
「デュノア社自体が経営難に陥っていると言うのは真実みたいだが…首を締める結果になりかねんぞ?」
デュノア性を名乗っている以上、シャルルはデュノア社長夫妻の子供…と言うことでいいだろうが、果たして実の子にこんな危ない橋を渡らせるのか?
[彼女、妾の娘みたいね…削除されたデータの中にそういった記述があったわ]
「そ、だから夫人にとって邪魔なのよね…シャルルちゃんは」
「また、頭の痛い…俺に優しい世界は無いものか」
「おねーさんの胸で泣いてもいいのよ?」
楯無は両腕を広げ満面の笑みだが、俺は謹んで辞退する。
胸で泣くだけでは済まされなさそうだからな…鳴かせる的な意味で。
「若い身空で牢屋送り、とはしたく無いが…」
「行動を起こすようであれば、慈悲は与えられないわ…けれども、もし学園の生徒として助けを求めるならば私はそれに全力を尽くすわ」
[キャー、楯無ちゃんカッコいい!]
「褒めて!もっと褒めて!!」
「巫山戯とる場合か…」
俺は眉間を揉み思考を巡らせる。
白の報告の精度はかなりの物だろう…諜報関連で白の右に出る者は、そう居なかったからな。
と、なると今回仕組んだのはデュノア社長の妻である夫人が黒幕だと言う事になる。
しかし、一夫人が会社…ひいては国を騙くらかして義娘を男と偽らせることができるだろうか…?
「楯無、デュノア社の内情はどうなっている?」
「ぶっちゃけて言えば、現社長にもう力は無いわね…完全に夫人の傀儡になってるわ。一代で築き上げた会社が奥さんに良いようにされるって可哀想ねぇ」
「女尊男卑の弊害か…嫌なものだな」
「ホント、IS使えるからって勘違いしてる人多すぎるわよ」
[あら、楯無ちゃんは現実をちゃん見据えているのね]
「これでも国家代表ですから」
楯無はドヤ顔で扇子を開く。
書いてある文字は生涯現役…いや、その言葉を言うには些か若いのではなかろうか?
「デュノア社社長のプロフィールあるか?」
「虚、デュノア社社長のデータを用意して」
「はい、お嬢様」
虚がデータを用意すると、ISに情報が送られてくる。
アラン・デュノア。
年齢は五十五歳。
三十歳の時に勤めていた会社を退職し、小さな町工場を経営。
IS登場の折に溜め込んでいたアイディアを元に第二世代機ラファールの雛形となるISの設計をするも資金難に陥る。
資金提供の代わりに政略結婚を申し込まれ、受諾。
イヴェットを夫人に迎え入れデュノア社は最盛期を迎える、か。
どうも、この男…政略結婚前に交際していた女が居たようだな…恐らくはその女との間に産まれたのがシャルル…なのだろう。
「バリバリの技術屋みたいだな」
「そうね…何か企んでいるのかしら?」
「なに…若い身空の娘を陥れた報いを受けてもらおうではないか」
[あら、ロボにしては悪い顔ねぇ]
俺は腕を組み思考を巡らせる。
恐らくは、このイヴェット夫人…かなり金遣いが荒い。
デュノア社は第三世代機を開発できず、政府からも渋い顔をされているとニュースサイトで見かけたことがある。
もし、IS開発権が剥奪でもされればデュノア社はお終いだろう。
形振り構っていられない夫人は、どう言った経緯かは分からないがシャルルを見つけ…。
「夫人の金の流れは掴めるだろうか?」
「うーん…少し、時間が掛かるかもしれないし…シャルルちゃんの出方次第では無駄になるしね〜」
[なら、私の方で調べておくわ…ねぇ、ロボ…もしかして…」
「あぁ、現経営陣には撤退願おうか」
恐らく、夫人から政府高官へ
アラン社長には…。
「第二世代機とは言え、トップクラスのシェアを誇る社長をそのまま野放しにしておくのも勿体無い…整備課の特別顧問として招き入れるのはどうだろうか?」
「経歴に傷があると難しいわよ?」
「その辺りはお涙頂戴のバックストーリーを用意してやれば良い…夫人と言う敵役もいることだしな」
[どちらにせよ、シャルルちゃんの出方次第ね…それじゃ、私は暫く潜るわ]
殴って解決できるのならば、俺としてはそちらの方が好みなのだがな…なんとも社会の歯車とやらは七面倒くさくてかなわん。
「狼牙君は優しいわね…スパイかもしれない子にそこまで考えるんだ?」
「実行するしないは楯無に一存するがな…恐らく、あの娘はスパイ行為はせんだろうよ…幼稚園児のお遊戯会ばりにボロを出しているからな」
「付け焼き刃で送り出したのは社長ってことかしら?」
「恐らくな…夫人から憎まれてても、おかしくない立ち位置の娘だからな」
俺はカップに残った冷めた紅茶を飲み干す。
もしかしたら、と言う希望的観測だ。
妾の子と言えど自身の娘だ…愛する感情が無いとは思いたくない。
「さて…楯無…俺もそろそろ腹を括ろうと思ってな…」
「なにかしら?」
楯無は不思議そうにこちらを見つめてくる。
俺は肩を竦めて苦笑するばかりだ。
「生徒会に所属してしまおうかと思ってな」
「あら、どう言う風の吹き回しかしら?」
楯無は扇子で口元を隠し愉快げに笑う。
随分と嬉しそうじゃないか。
「単純に、手伝う機会が多くなったのと…一人でやれることの限界を感じてな…生徒会長殿に助けてもらいたいと言うのが理由だ」
「狼牙君に頼ってもらえるのは嬉しいわねぇ…いつも抱え込みすぎなのよ」
「返す言葉もない…シャルルの件にラウラの件…それに箒までも参戦していてな…正直、自身の事が覚束ないくらいだ」
あぁ、夏休みに入ったら惰眠を貪ろう…鍛錬くらいはするが。
俺は深いため息をつき目を閉じる。
「箒が今度のトーナメントで優勝したら、一夏に告白すると言うことでな…鍛えてやる約束をしている。ラウラはラウラで千冬さんから頼まれているしな…困ったものだ」
「ハードワークねぇ…過労で倒れちゃうわよ?」
「そうしたら、看病してくれるのだろう?」
「も、もちろんよ!」
楯無は顔を赤くして笑みを浮かべる。
「さて、そうしたら理事長室に行くわよ?」
「それは何故だ?」
就任関連であれば書類の提出だけで済む問題ではなかろうか?
俺は首をかしげながら腕を組む。
「今一番の頭痛のタネはシャルルちゃんの事だもの…狼牙君の案を検討してもらうのよ」
「あぁ、なるほど…これまた胃に悪そうだな…」
「終わったら癒してあげるわよ?」
「謹んで辞退させてもらおうか」
俺と楯無は立ち上がり生徒会室を後にする。
理事長は始業式以来会ったことがないが…一体どのような女性なのだろうか?
「理事長、失礼します」
楯無がドアをノックし、扉を開くと理事長室へと入っていく。
理事長室の中はやはり、IS学園と言うだけあって高級な家具が使われている。
そして何より驚かされたのは…。
「轡木さん…だと…?」
「おやおや、銀君ではないですか…一体どうしてこの様な場所に?」
理事長の座る席にいた者は、あの用務員である轡木 十蔵その人なのである。
「あぁ、ほら…おじ様、狼牙君は事情知らないのよ?」
「そう言えば言っていませんでしたな…失敬失敬。体面上、女性が理事長と言う方が運営が円滑にいくんですよ。言ってしまえば、裏の理事長と言ったところですな」
轡木さんは朗らかに笑うが…こう言った手合いは一番怖いと俺は感じている。
言ってしまえば
気付いたら手の平の上で弄ばれていた…何て事もあり得る。
「一先ず、轡木さんに聞きたいのだが…シャルルが女性だと知っていて許可をしたのか?」
「えぇ、間違いありません。これは各学年主任迄しか通達していない件です…よく気付きましたね?」
「演技が下手くそだったんでな…」
眩暈を覚える…この老人…何を考えて…?
あぁ…フランスに恩を売る気か…黙って入学させてやったんだから、こっちの言う事を聞けよ…と。
「遠からず皆に露見しかねんぞ…あの朴念仁が同室だとしてもだ…」
「織り込み済みですよ。少々、あの国の女性は煩いものでしてね…今回のような事件が起きれば面目丸つぶれですよ」
「それは貴方方上層部も変わらんではないか…」
「国と一機関では大きな違いがありますよ」
「IS学園とて国とそう大差あるまいよ…どれだけの機密が集まっていると思っている?」
大量の機密を抱えているこの学園にスパイを野放ししていた等と広まれば存続すら危ぶまれる…。
それが分からない人間ではないと思うのだが…。
「シャルルの処遇はどうなる?」
「現状維持であるならばそのまま放置ですよ。そうでなければお国に帰っていただく事になると思いますが…」
「現状維持で行くのであれば一つ提案したい」
「ほう、銀君がですか…して、どのような?」
俺は包み隠さず、先程生徒会室で話したシャルルの御家騒動を起こす事を話し、その上でシャルルを女性として学園に迎え入れる事を伝える。
女性が女性らしくあって何が悪い…彼女はまだ若いのだ。
「轡木さんの言うフランスからの抗議とやらは知らんがな…シャルルは女性として学園で生活すべきだろう」
「その上で、アラン・デュノア氏をすっぱ抜いて整備課の充実を図る、ですか…悪くはありませんけどね…」
「デュノア社とは縁が切れている状態だ…屁理屈に近いかもしれんが、他企業が乗り出してくることは無かろうよ」
「一先ず、この件は私の方で預かって検討してみましょう…整備課の充実を図りたいのは確かに事実ですからね」
「承知した…それでは失礼する」
俺は一先ず検討するという言葉に安堵し、胸を撫で下ろす。
頭を下げて理事長室を後にするが気疲れからか、その足取りは重いものだった。
「それで、おじ様としては狼牙君の案はどうかしら?」
「あまりメリットは多くないんですが…しかし、此方が手を煩わせなくてもネタを仕入れてくれると言うのは嬉しいですね」
轡木 十蔵は銀 狼牙が立ち去った理事長室で更識 楯無と笑い合う。
銀 狼牙は確かに大人のような立ち振る舞いをするが、その実思考はまだまだ子供だ…見捨てられようとしているものを切り捨てることができないでいる。
「私としてはシャルロットちゃんが学園の生徒として居てくれるのであれば、全力で守るつもりよ」
「生徒会長さんは頼もしくて良いですね…まぁ、どちらに転んでもそこまで懐は痛みませんし…事態を静観するとしましょうか」
轡木 十蔵は柔和な笑みの下に老獪な顔を隠し続ける。
表の理事長では処理できない暗部を担っているのだ。
本来であれば早々に片付ける問題を待つと言うのは、珍しいとも言える。
「おじ様にしては優しい配慮なのね〜」
「はっはっは、私は彼の事を気に入っているのでね…偶には構わないでしょう」
「そうそう、彼は生徒会に入ってくれることになったの…これでまた楽ができるわ〜」
暮れなずむ夕日の中、理事長室は笑い声が途絶えなかったと言う。
あ、穴だらけですが…書いてる人がバカなもんでして…(必死の言い訳