【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜   作:ラグ0109

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姉弟の過去と願い

放課後。

アリーナは何処も一杯だったので、俺は一旦寮に戻ってからジャージに着替えてグラウンドで体を動かす。

部活動の邪魔にならない端のほうで拳舞を行っていると銀髪の少女が木剣を持ってやって来る。

 

「貴様…教官と張り合っていると言うのは本当か?」

「現在五十二連敗中だが…それがどうかしたのか?」

 

ラウラは鋭い眼差しで此方を睨み付けるが、俺は気にせずに拳舞を行っていく。

どうにも俺は、一夏程には気にかかる人間らしい。

ラウラは鋭い眼差しの中に好奇の光を宿している。

 

「私と戦え」

「手合わせ、と言うのならば引き受けよう」

 

俺は拳舞を中断し、ラウラへと体を向ける。

すると、ラウラはナイフサイズの木剣を構える。

さて、どうしたものか…恐らくは軍隊格闘術が相手だ…小さいながらも侮れはせんだろう。

俺はゆっくりと拳を構え、脚を開く。

ラウラは持ち前のスピードを生かして縦横無尽にナイフを走らせて来る。

俺は、ラウラの腕に手を添えるようにして軌道を変えいなしていく。

まるで児戯だな…ナイフは直接斬りつけるようにするよりも、その手回しの良さを生かして撫で切るように使用して徐々にダメージを蓄積させていくのが賢い使い方だ。

軍用正規品と言っても折れやすいものは折れやすいしな。

しかし、ラウラは一撃で仕留めることを前提とした振り方をしてくるのだ。

無論それが悪いわけではないが、大してリーチのある武器では無いのだ…狙いが分かれば、恐れるほどでもない。

 

「どうした、千冬さんならばその武器でも俺を制圧してくるぞ」

「ちっ…のらりくらりと!」

 

思うように振らせてもらえず、イライラとして来たのかラウラは忌々しげに顔を此方に向けながら大振りになる。

俺はその隙を逃さず、素早く足払いを行うとラウラは跳躍して回避しようとする。

 

「さて、俺の勝ちだな…もう少し冷静になる事を勧めよう」

「チッ…貴様ァ…」

 

ISを纏っているわけではないのだ、人体が宙で出来る事などタカが知れている。

俺は飛び上がったラウラを肩に担ぎ、カラカラと笑う。

対してラウラは遊ばれたことに大層ご立腹のようだ。

手を抜いているのはバレているんだがなぁ。

俺は、ラウラを降ろしてポンと頭を撫でる。

それをラウラは木剣で打ち払う…これが中々痛いんだが…。

 

「気安く触るな!」

「これは失礼した、Fräulein(お嬢さん)

「この学園にいる連中と同じ目で見るな!私をあんなISをファッションと勘違いしている奴らと一緒にするな!」

「初対面だけで、そう判断してくれるな…表面だけを見て全てを知れるとは思わん方が良い」

「フンッ…!」

 

ラウラは忌々しげに鼻で嘲笑い立ち去っていく。

これは…かなり手強い相手になりそうだ…。

 

[ロボ、あの子の事が気になるの?]

 

一夏に突っかかってきた件もそうだが、俺を良く見ているからな…どうしたって気になるものだろう?

同じ銀髪だから…と言うことも無いだろうしな。

何かしら俺に惹かれるものがあるのだろうが…一体なんなのやら?

 

[聞きたくても、警戒心の強い野良猫みたいなのよね…臆病な様にも見えるけど]

 

虚勢を張っているように見えると言えば見えるが…何があったのかは千冬さんに話を聞かなければならんだろうな。

それに、疑惑の貴公子殿の事もある。

 

「し、銀…少し、時間を貰えるか?」

「箒…?」

 

篠ノ之が顔を真っ赤にして、息を切らせている。

どうやら走って俺を探していたらしい。

 

「構わんが…先ずは息を落ち着かせろ」

「あ、あぁ…」

 

箒はゆっくりと深呼吸をして息を整えるとキョロキョロと挙動不審に辺りを見渡す。

誰もいない事を確認すると、意を決した様に此方を見据える。

 

「じ、実はだな…一夏に……告白をしたんだ…」

「…箒…」

[あー…箒ちゃんがちょっと可哀想に思えてくるわ]

 

恐らく箒は、なけなしの勇気を振り絞り一夏に告白をしたのだろう…だがなぁ…。

 

「すまんがな…何と言ったのだ?」

「いや、告白をしたのだと…」

「いや、告白の内容だ」

 

箒は、鼻白んで躊躇うもボソボソと呟くように言い始める。

 

「訓練が終わった後に更衣室に行って…今度の学年別トーナメントで…優勝したら…付き合ってくれと…」

 

俺は箒の両肩を掴み、静かに首を横に振る。

 

「恐らく、奴に恋愛感情として伝わっていまい…どうせ買い物に付き合ってくれとか、勉強に付き合ってくれとか、訳の分からん勘違いをしている筈だ」

「そんな!そんな、馬鹿なことがあるか!」

「一体何人似たような告白をして撃沈してきたと思っている!?鈴の『毎日酢豚を食べてくれる?』と言うプロポーズですら、タダ飯が食えると勘違いした剛の者なんだぞ!?」

「そ、そんな…」

 

箒は愕然とした顔で俯く。

正直、俺も同じ立場だったら同じ顔になるとは思う。

奴はなけなしの勇気ですら無意味な物にする悪魔のような男なのだ…悪気が無いと言うのも、また質が悪い。

 

「だが、お前が逆境を乗り越えると言うのであれば俺は協力をせんでもない」

「ど、どういうことだ!?」

 

箒は此方を真っ直ぐに見つめる。

藁でも何でも縋りたいのだろうな…。

 

「優勝をした上で、再び告白すればいいだけの話だ…今度は懇切丁寧に説明してやる必要があるだろうが…本当に好きで愛しているならばやるしかあるまいよ」

「ぐっ……わ、わかった……」

箒は顔を赤くして顔を俯かせる。

俺はポンと箒の頭を撫でる。

 

「で、あれば俺はお前をシゴく。シゴいてシゴいてシゴき抜く。短期間で強くする必要があるからな」

「…浅ましいのは解っている…嫌っていて頼るのだからな…それでも…」

「別に俺は嫌ってなどいない…構わんよ」

「すまない…」

 

俺としても渡りに船だ…この機会に箒との関係を修繕できるかもしれんからな。

 

[強かねぇ…]

 

他にも面倒を見なくてはならん事態が起きるとも限らんからな…味方は多いに越したことはない。

 

「一先ず、明日の放課後から始めよう…今日は千冬さんと一夏に聞くべき話があるので手が離れんのだ」

「わかった、訓練機とアリーナの手配くらいは私がしておく」

 

俺は箒と分かれ、寮へと向かう。

セシリア料理問題にラウラの性格問題…それとシャルルの秘密か…果たして俺は生き残れるのだろうか?

 

 

 

セシリアは結局体調が悪いということで、夕食は取らないと言われた。

まぁ、仕方あるまい…凄まじい破壊力があったからな。

 

「銀と織斑だ…先生、入っていいか?」

 

今、俺と一夏は寮長室の扉をノックしている。

何を思ったのか、一夏はゴミ袋を持参している。

いやはや、まさか…寮長室くらいは自分で綺麗にしているだろう?

 

「いいぞ…」

 

千冬さんが扉を開けると、其処には果たして腐海が広がっていた。

 

「千冬姉…ちゃんと片付けてくれって言ってるだろう!?」

「ぐ…これでも片付いている方なんだ…」

「脱いだ下着やら肌着やら散乱していてよく言えるな…千冬さん…」

 

そう、この世界最強…部屋が片付けられない女なのだ。

部屋には脱ぎ散らかした衣服や、何か重要なように見える書類…挙句には売店で買ったと思われるコンビニ弁当や缶ビールの空き缶など、女性がしていい範疇を超えている。

…ファンが見たら嘆くぞ。

 

「とりあえず、話の前に片付けだな…」

「ゴミ袋を持ってきて正解だったぜ…衣服は俺がやるから、ゴミの分別頼むわ」

「承知…千冬さんはベッドの上で正座でもしているんだな」

「すまない…」

 

珍しく千冬さんがションボリとした顔で頭を下げ、大人しくベッドの上で正座している。

反省するくらいならば、きちんと整理整頓清掃の3Sをこなしてもらいたいものである。

二時間ほどかけて丁寧にゴミの分別と清掃を行い、部屋は見違える程に綺麗になった。

腐海は消え、正常な世界が戻ったのだ。

劇的ビフォーアフターである。

さて、お話の時間だ。

 

「織斑姉弟に聞く事と言うのはだな…千冬さんの引退事件の真相と、ラウラのことだ」

「「……」」

 

二人は顔を見合わせ静かに頷く。

 

「すまんが、ラウラの件は下手すると看過できん状態に陥りかねんからな…」

 

俺は腕を組み半ば脅すように言う。

ISをファッションのように見ている奴らと一緒にするな…そう言った彼女は確実に孤立してしまう。

俺としてはそれは非常に面白くないのだ。

 

「忘れもしない第二回モンド・グロッソ…俺はあの大会の時に誘拐されたんだ」

「目的は私の決勝戦辞退…私が優勝すると困る連中がいたようでな。何処ぞの裏社会の組織が周到な手口で一夏を誘拐したんだ」

 

一夏が力に拘る一端か…恐らく誘拐の際に碌に抵抗できずにされるがままだったのだろう。

自分の所為で姉が辞退する羽目になったから、余計に力を渇望したのだろう。

 

「私は躊躇しなかったよ…大切な家族と引き換えに得た栄光なんて、道端に落ちている小石と変わらないからな」

「けど、ドイツも日本も事実を隠蔽したんだよ…ドイツも日本も国の威信を取ったんだ。おかげで千冬姉は…」

 

一夏や弾に聞いた限り、当時はバッシングやマスコミ…アンチと化した千冬さんのファンの嫌がらせが毎日来ていたそうだ。

カミソリレターや鳴り止むことのない無言電話…更には家に落書きや石が投げ込まれることもあったそうだ。

一夏としても相当に参っていただろうが…弾と鈴が立ち直らせてくれた。

 

「一夏誘拐の報せはドイツ軍からの提供でな…国家代表を辞めた私はドイツ軍に出向すると言う形でIS教官として向かったのだ…ラウラの出自に関しては軍事機密なので話せんが…あいつは私が着任した当初、落ちこぼれとして扱われていてな」

「それを一人前になるまで千冬さんが鍛え上げたのか…」

 

千冬さんは静かに頷き、深く溜息をつく。

 

「私の指導の元、あいつはメキメキと力をつけていったよ。今では一つの部隊を任せられる程に成長した。何処で間違ったのか…いつの間にかあいつの私を見る目は尊敬から崇拝に変わっていた…」

「ラウラはさ…多分俺がいたからモンド・グロッソを優勝できなかったって言ってるんだよ…その通りなんだけどさ」

 

さて、予想通りこれは面倒な話になってきたな…。

千冬さんの崇拝者となると、話なんぞマトモに聞かないだろう。

それにラウラにはラウラ自身が居ない。

居るのは織斑 千冬のハリボテを身に付けた何かだ。

 

「崇拝している織斑 千冬の経歴の汚点をつけた一夏が許せない…だから、敵意を剥き出しにするか…一夏自身が力を示さねば、恐らく敵意は収まらんだろうな」

「俺は、強くなってみせる…あの時みたいに無力じゃないことを示してみせる」

「狼牙…すまない…私の言葉はもうラウラには届かなくてな…」

 

面倒を見ざるを得まいよ…俺である必要は無いのかもしれんが、顔見知りである以上無視する事なんぞできんよ。

 

「千冬さんはラウラがやんちゃをせんように目を光らせてくれ…一夏はセシリアと鈴に頼んで鍛えてもらえ…今度は一筋縄ではいくまいよ」

「本当にすまない…」

 

殴り合いでもせんと恐らく解決の糸口は見えまい…ラウラに関してはフォローしつつ一夏次第、と言う事になるだろう。

俺は先約がいるために付き合ってやれんのが心苦しいが、同じアリーナでやれれば問題あるまい…仮に突っかかってきてもな。

 

「謝るくらいなら上等な酒をくれ…飲まんとやってられん…」

「未成年だろ、狼牙は…」

「わかった」

「千冬姉!?」

 

あっさり許可が降りたな…しめしめ…。

一夏は呆れた顔でこちらを見る。

 

「明日から忙しくなるぞ…」

「おう…早速頼んでくる!」

 

一夏は意気揚々と部屋を出て行き、俺と千冬さんの二人だけが残される。

 

「最悪、ダメだった…と言うこともあり得ることは心得ていてくれ」

「あぁ…それでも、私はラウラを助けてやりたいんだ…アイツは私の教え子だからな」

「で、あればやれる事をやっていくしかあるまいよ。話が聞けて良かった…失礼する」

 

俺は頭を下げて、部屋を出て行く。

 

[少し、ラウラちゃんの事調べておくわね]

 

軍事機密と言う事だ…白のことだからアシが付くことは無いだろうが、気をつけてな。

 

[アイ・アイ・サー…ロボも気をつけてね]

 

アイ・アイ・マム…さぁ、今夜はもう寝よう…流石に疲れた…。


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