【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜 作:ラグ0109
狼と子犬達
「今日からISの実機を使った授業が始まりますわね」
「専用機組が班長と言う形だったな…これから色々と忙しくなりそうだな」
朝、いつものようにセシリアと共に教室へと向かう。
ISの実機訓練は二組との共同で行うと言うことで、授業には必然的に鈴が加わる形になる。
鈴と箒は恋敵だ…余計な面倒が増えない事を切実に祈る。
「それだけではありませんわ。専用機を用いた模擬戦の見本役もやらなくてはなりませんし、ある意味クラス代表と同じ位やることがあるのですから」
「やれやれ…ただでさえ更衣室に移動するのも命懸けだと言うのに…」
「たった二人の男子ですもの…熱を上げる女子が居て当然ですわ…狼牙さんかっこいいですし」
手で口元を隠しクスリとセシリアは笑う。
そういった所作の一つ一つに洗練さがあり、同年代にはない優雅さをセシリアからは感じられる。
「美人からそう言ってもらえるのはありがたいことだな」
「狼牙さんにそう言っていただけると、自分磨きに箔がつきますわ」
二人してクスクスと笑っていると教室に着く。
すると複数の女子達が何かのカタログを持って駆け寄ってくる。
「二人ともおはよー!」
「ねぇねぇ、銀君のISスーツって何処のなの!?」
「参考までに聞かせてよー」
ISを動かすと言うことはそれ専用のスーツが必要となってくる。
ISの運用においては必ずしも必要では無いものの、着ていれば肉体から発せられる電気信号を速やかに機体に伝え動きやすくしてくれる。
補助的な役割もあるが、実はこのスーツ…防弾チョッキ並みの耐弾、耐刃性能を有している。
とは言っても、水着のようにピチピチなこのスーツは衝撃までは逃してくれない為に当たりどころが悪ければ星になってしまうのだが…。
「俺のも一夏と同じイングリッド社のストレートアームズモデルの改修品だ…俺はあまり肌を見せたくは無いから、一夏の物とは露出度に差があるがな」
「銀君って肌を見せたがらないよね…なんで?」
カタログを持った女子が不思議そうに見つめてくる。
セシリアは少し浮かない顔だ…まぁ、俺自身は気にしていない事なので問題は無いのだが。
俺は袖を捲り上げて傷だらけの腕を見せる。
「こんな傷が全身にあってな…まぁ、見る方は不快だろうから自重しているわけだ」
「あ…ごめん…」
「なに、昔の事だから気にはしておらんよ。朝から嫌なものを見せたな」
俺は軽く頭を下げて袖を戻す。
この傷のおかげで温泉や銭湯に行くと、その筋の人達にやたらと頭を下げられることがあったな…何とも懐かしいものだ。
「狼牙さん…?」
「いや、俺もカタギ扱いされん時が来るのだろうな、とな」
俺は微笑を浮かべて肩を竦める。
セシリアはセシリアで可笑しそうに顔を背ける。
「SPみたいな格好したら似合いそうですわね…」
「あ、なんだか分かるなー」
「馬子にも衣装とならんか…?」
「そんなことないよ!ガッチリしてるし絶対似合うって!」
ふむ…まぁ、今度セシリアと遊びに行く時考えておこうか。
そうこうしていると、教壇の方で山田先生が抗議の声を上げている。
山田先生は知っての通り何処か親しみやすい女性だ。
そのせいか、クラスの女子達からもやたらとフレンドリーに話しかけられている。
だが山田先生としては威厳ある教師を目指しているらしく、渾名を付けられて呼ばれる事を気にしている。
俺個人としては近寄り難い雰囲気よりも、山田先生のような親しみやすい方の方が教師向きでは無いかと思っている。
決めるところで決められれば大分良くなるとは思うが。
「もはや、恒例行事だな…」
「山田先生は何処か親しみやすい方ですから…仕方ないのかもしれませんわ」
「まーやは優しいからねー」
「渾名で呼ぶのも良いかもしれんが、授業中くらいはキチンと先生と呼んでやれ」
「硬いなー、もう」
俺は軽く肩を竦め、笑う。
入学当初は心配だったが、なんとかクラスには溶け込めているようだ。
「さて、そろそろ時間だからな」
「えぇ、ではまた後程」
「ありがとねー」
俺が席に着くと同時に千冬さんが教室へとやってくる。
「諸君、おはよう」
「「「「おはようございます!」」」」
この統率ぶりである。
群れのリーダーと言うのも過言ではないだろうな。
「今日からは本格的な実戦訓練が開始される。実機を用いた訓練だから、各人気を引き締めて臨むように。個人のISスーツが届くまでは学園指定のISスーツを使うからな…忘れた奴は学園指定の水着だ。それすらも忘れるようならば、下着で出てもらうからそのつもりでいるように」
下着はないだろう下着は…仮にも男子がいるんだぞ…。
俺は眉間を揉み、ため息をそっと吐き出す。
なお以前にも言ったが学園指定の水着とは、一部の好事家達の大好物である旧スクール水着である。
きっとIS関連のお上はフェチばかりが集まっているのだろうな…。
余談ではあるが、専用機持ちは『パーソナライズ』と言うシステムでISスーツが専用機の拡張領域内にしまわれている。
ISの緊急展開時には今着ている服とISスーツとを入れ替えて一瞬で着せてくれる。
しかしデメリットとして結構な量のエネルギーを消耗するため、普段はISスーツに着替えてからISを身に纏うのだ。
「では、山田先生…ホームルームを始めてくれ」
「わかりました!」
山田先生は眼鏡を慌てて掛け直し、教壇に立つ。
……千冬さんが若干浮かない顔をしている様に見えるが…なんだ?
「まずですね…今日は転校生を紹介します!しかも…二人もいますよ!」
「「「「えええええ!!??」」」」
もはや、この女子達の声にも慣れてしまったか…月日と言うものは恐ろしいものだ。
しかし…この時期に俺たちと同じクラスに転校生か…何処かのお国が無理矢理ねじ込んできたか。
「二人とも入ってこい」
「失礼します」
「………」
千冬さんが廊下に向かって声をかけると、挨拶と共に二人の転校生が入ってくる。
一人は見ただけで軍人と分かる俺と同じ銀髪を腰まで伸ばした黒眼帯の少女。
そしてもう一人は……。
「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。何かと不慣れな事も多いとは思いますが、皆さんよろしくお願いします」
人当たりの良い笑みを浮かべて、頭を下げる。
「お、男…?」
クラスの女子が声を震わせながらポツリと呟く。
そう、この転校生…俺たちが待ちに待った三人目の男性操縦者なのだ。
「はい、僕と同じ境遇の男性が居ると聞き、急遽…」
ブロンドの髪を後ろで丁寧に束ね、中性的な顔立ちと華奢な体つき…童話に出てくる貴公子そのもののようだ。
[あら…?]
白が不思議そうな声をあげる…一体どうしたのだろうか?
[ちょっと調べ物できたから、何かあったら呼んでちょうだい」
承知…しかし、何があったのやらな?
俺が思考を巡らそうとした瞬間、教室に黄色い悲鳴が響き渡る。
「キャアアアアアアア!!!」
「三人目の男子よ!」
「しかも守ってあげたくなる系!」
「三種のイケメンが揃ったか…フフフ…あと十年は闘えるではないか」
最後の、何処の神器だ…何と戦うつもりなのやらな…?
俺は耳を両手で塞ぎ苦笑する。
女子というのは何とも姦しいものだな。
「静かにしろ…」
「皆さん、お静かに!まだ自己紹介が終わってませんよ〜?」
千冬さんは至極面倒臭そうに、山田先生は必死にお願いするようにクラスに注意の声を響かせる。
さて、もう一人の軍人娘…どう言う訳かクラスには一切目を向けずに、千冬さんばかり見ているのである。
身につけている改造制服の意匠から見るに…ドイツ…と言う事は、千冬さんの教え子の可能性があるのか?
「………」
軍人娘は全員を至極取るに足らないと言わんばかりに見つめ、黙したままだ。
「挨拶をしろ、ラウラ…」
「はい、教官」
千冬さんに声をかけられたラウラと呼ばれた少女は一転して目を輝かせ千冬さんを見つめている。
この手合いは以前の世界でも見たことがある…厄介な類だ。
正直、ラウラと仲良くなるより箒と仲直りする方がまだ簡単かもしれん。
「ここで教官はやめろ…私はもう教官ではないし、ここにいる限りはお前も一般生徒だ…織斑先生と呼ぶように」
「了解しました」
千冬さんは浮かない顔を表に出さないように努めて無表情でラウラを諭すが、ラウラは何処吹く風と言った具合だ。
「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」
「「「………」」」
名を名乗ったところで再び口を閉ざしてしまった様だ。
まるで何処かの誰かさんのようだな…。
「い、以上ですか?」
「以上だ」
山田先生は涙目になりながらラウラを見つめるが、一瞥くれることもなくラウラは素っ気なく答える。
……千冬さん、ドイツで何をしてきたのだろうか?
すると、幼稚と言わざるを得ない分かり易い敵意が一夏へと向けられる。
「貴様が……!!!」
ラウラは一夏に向かってきたと思えば手を振り上げる。
俺はそれを見て素早く一夏の後頭部を掴み、机に倒しラウラの平手打ちから逃れさせる。
「教官殿の目の前で粗相を働くのが軍人のする事か?」
「ってー!狼牙!?」
「なっ…貴様は…!?」
「俺がどうかしたのか?」
一夏は額を抑えながら涙目で抗議し、ラウラはラウラで俺の顔を見て驚愕している。
…知り合いにお前は居ないのだがな。
「っ…織斑 一夏…私は認めない…お前があの人の弟であるなどとな!」
「っ……」
気を取り直したラウラは、一夏に啖呵を切り席に着くとチラチラと俺を見てくる。
対する一夏は唇を噛み締め、目を伏せている…ふむ、これは千冬さんがドイツに行ったことと関係がありそうだな。
…俺はまだ、千冬さんがドイツに行くことになった経緯は聞いていない…踏み込むことになるだろうが、ラウラの敵意はその内厄ネタになる。
少し手を回してやらんとならんだろうな…。
俺は早々に戻ってきた胃の痛みを感じつつ苦笑する。
「あー…これでホームルームは終わりだ。織斑、銀はデュノアの面倒を見てやるように。各人は着替えて第二グランドに集合しろ!今日は二組と合同でIS模擬戦闘を行う…解散!」
千冬さんが二度手を打ち鳴らしホームルームを終わらせる。
シャルルはこちらへ来ると柔和な笑みを浮かべる。
「君達が織斑君と銀君だね?僕は…」
「わりぃ、シャルル急ぐぞ!」
「一気に駆け抜けなければグラウンド十周を喰らいかねんからな」
「へ…?」
一夏は立ち上がると、同時にシャルルの手を取り教室から飛び出す。
俺はそれに追随する形で駆け出す…さて、どうして駆け出すのか?
答えは単純にして明快。
教室は女子達の聖域と化すので、アリーナまで走って更衣室を使わなくてはならないのだ。
しかし、それだけならば全速力で走る必要は無い。
原因は…
「あー!!男子よ!!」
「HQ!HQ!目標を発見した!」
「ひゃっはー!体に触らせろぉっ!!」
これである。
何度も言うがこの学園の生徒…教師もだが男に飢えている気来がある。
その為普段は教室に引きこもっているのが俺たちの学校生活なのだが、移動教室の時はそうも言っていられない。
と、なると飢えた狼の様に他クラスから女子達が俺たちを追い回すのである。
恐らく三年間はこの風景が学園の名物となるだろう。
…嫌な学園だな、それはそれで。
「ちっ!展開が早いな!」
「仕方あるまいよ…クラスメイトが騒ぎすぎた…」
「こ、怖い…こんなのが毎日なの!?」
あぁ、シャルル…お前の転校を歓迎しよう…盛大にな!
「仕方あるまい、次善策だ」
「それっきゃねぇな…」
「わわっ…!」
一夏はシャルルを所謂お姫様抱っこで抱きかかえ、俺は二階の窓を開く。
「きゃー!!お姫様抱っこよ!!」
「私達にもしてぇ!」
「あわよくばそのままお持ち帰りしてぇっ!!」
爛れた欲望丸出しではないか…。
俺はニコリと笑みを浮かべる。
「すまんが、お嬢さん方に構ってる暇は無いのでな…さらばだ」
俺は躊躇なく二階の窓から飛び出す。
IS緊急展開はご法度…しかも規則を破れば千冬さんの拳骨と反省文が待っている。
地獄だからな…よって体術でどうにかする。
俺は五点着地を行い衝撃を逃し難なく着地する。
「一夏、シャルルを投げろ!」
「おう!そぉいっ!!」
「え……キャアアアアアアア!!!」
何とも女性のような悲鳴をあげながらシャルルが窓から放り出され、俺はそれを優しくキャッチする。
シャルルは放り出された恐怖からか半泣き状態だ。
この学園での洗礼は存分に受けたことだろう…。
俺はシャルルを降ろし、先にアリーナへと向かわせる。
「こい!一夏!!」
「受け止めてくれよ!!」
一夏も同じように飛び出し、俺が一夏をキャッチする。
その姿を見た二階の女子達から黄色い悲鳴があがる。
「男子のお姫様抱っこ!!」
「グハァッ!写メ!写メを撮るのよ!!」
「…最早、悔いはないよ…」
声がでかいな…本当に…俺は一夏を降ろすと素早く駆け出す。
この騒ぎのせいで時間がないからな…しかし、三人目が来てくれるのは助かる。
なんだかんだで興味の対象が分散されるからな。
俺は僅かに笑みを浮かべながらアリーナへと急ぐのだった。