【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜   作:ラグ0109

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少年と姉妹

五反田食堂で食事を終えた後、鈴と共謀して二手に分かれた俺と楯無はブラブラと街を散策していた。

 

「狼牙君がISをああ言う風に見てたって言うのは驚いたかな?」

「扱っている火器が火器だからな…そう言う穿った見方もするさ」

 

楯無は俺の左腕に抱き付いて見上げてくる。

対して俺は極力澄ました顔で表情を出さないように努める。

何せ、相手は薄着で露出も多い…油断すると頭から火が出てしまう。

 

「俺は世の中に完璧と絶対はあり得ないと思っていてな」

「確かに、それはあり得ないのだろうけど」

「期間限定の絶対、完璧はあるだろうけどな」

 

例えば絶対防御…ISのエネルギーが真の意味でゼロになった時、その効力は決して発揮されることはないのだ。

そう言った意味では、この間のリンチはギリギリだった。

装甲展開維持限界まで袋叩きにされたのだからな。

 

「楯無にしろ完璧を求めていただろう?」

「あら…どうして?」

 

楯無はスッとぼけた風を装い首を傾げてみせる。

俺は苦笑しつつ、公園へと入り噴水近くのベンチまで移動する。

 

「何と無くだ…」

 

俺はベンチに腰掛け、楯無にも座るように促せば素直に俺の隣に座りしな垂れる。

俺は構わずに話を続ける。

 

「俺が促すまで、なぁなぁだった姉妹仲の本当の原因のような気がしてな」

「………」

 

楯無は黙ったまま目を閉じている。

俺は優しく髪の毛を梳くように頭を撫でていく。

 

「妹の中にある完璧な姉と言う姿を壊したくなかった…違うか?」

「その通りね…」

 

俺は構わずに頭を撫で続ける。

慰めとかそう言うのではなく、自分がそうしてやりたいから撫でている。

歳上とは言え、俺にとっては子供みたいなものだしな。

 

「素直に謝ってしまうと過ちを犯した形になり、妹の中の楯無像が壊れてしまう。そうなってしまった時どう接すれば良いのかが分からない。随分と酷いジレンマだな」

「でも、貴方が居たから踏ん切りがついたわ…完璧であろうとする方が間違ってたのだし」

 

人は完璧だとか絶対だとか…そう言った約束された言葉を好む。

そこに安心感があるからだ。

だが、それを求めるとなると途方も無い努力が必要になる。

その努力の結果が十七代目更識 楯無と言う存在なのだろうな。

 

「どの道何処かで決着をつけなければならなかったのだ…俺の有無は関係なかろうよ」

「そんなこと無いわよ…色々な問題もあるけれど、それでも狼牙君が居たから上手く行っている事だってあるんだから」

「そう言ってくれるのは嬉しいものだ」

「ありがたく嬉しがりなさい」

 

ふふん、と笑って楯無は顔を此方へと近づけてくる。

俺は軽く肩を竦めて人差し指で額を抑え押し留める。

 

「近い近い…間違いが起きては大変だ」

「あら、間違いなんて無いわよ…それとも別の人が良いのかしら?」

「これでも優柔不断な男でな…誰か一人を選べと言われてもハイ、そうですかと選べん人間でな」

 

俺は楯無から手を退け空を仰ぎ見る。

情けない話だ…俺の答えで傷付けたくはない…かと言って他の奴らに取られるのも癪だときたものだ。

俺は深いため息を吐き出す。

 

「楯無、簪、セシリアと好意に気が付いていないわけではない。だがな、俺が誰か一人を選んでしまったら今の関係が壊れてしまう…俺はそれが堪らなく嫌でな…」

「そう言うの初めて言ったわね…」

「いっそ幻滅してくれると気が楽なんだがな」

 

切にそう思ってしまうのは、きっと俺が弱いからなのだろうな。

どっちつかずでフラフラフラフラ…昔は白にだけ目を向けていたから、こんな気持ちにはならなかった。

 

「安心したわよ…白蝶の言葉通りならお爺ちゃん通り越してるじゃない…けど、男の子らしいところあるしね」

「性欲も枯れていれば良かったか」

「そういう事言わないの」

 

楯無は俺の唇に指で触れクスリと笑う。

その姿は何処か官能的で、蠱惑的だ。

俺は黙したまま楯無を見つめる。

 

「貴方には知ってもらいたい事があるの…私は楯無を襲名したからそう名乗っているけどね…本当の名前は刀奈(かたな)。覚えていてね、狼牙君?」

「承知…楯無と言う名よりは、そちらの方が好みだ」

「そう言う事、ホイホイ言うと一夏君の事あまり強く言えないわよ?」

「思った事は口から出てしまうものでな」

 

本当に一夏の事を強くは言えんな…あちらは無自覚にハーレムが増える、と言う恐ろしい病気持ちだが。

 

「私達は、狼牙君に答えを急がせないわ…でも、私と同じでそれぞれがちゃんと見て欲しいって思ってると思う」

「早めに答えを出してやらねば…とは思っていたんだがな…」

「狼牙君優しいもの…甲斐性ある癖に良しとしない辺り愚直かなとは思うけどね」

「そんな事したら誰かに後ろから刺されかねんな」

「ちゃんと見ていてくれたらそんな事も起きないわよ」

 

楯無は可笑しそうに笑い、俺は少々ゲンナリとした顔になる。

そう言った好意に甘えるのは良くなかろうよ。

だが、それも悪くないと思ってしまう辺り強欲にはなってしまっているようだ。

生き方はロボであっても今は銀 狼牙…俺はもう、ロボではないと言う事なのかもしれん。

 

「大丈夫よ…大切に想ってくれてるのは分かっているつもりよ?」

「何れにせよ、結論は出すさ」

 

俺は立ち上がり、手を差し出す。

 

「さて、デートの続きと行こうか刀奈」

「っ…そういう使い方は卑怯だなぁ、もう」

 

楯無…刀奈は嬉しそうにはみかみながら俺の手を取って立ち上がる。

休日なんだ、職務を忘れても構わんだろうに。

 

「名を呼んだだけだろうに」

「あら、そしたら私もロボって呼ぶべきかしら?」

「俺は狼牙であってロボでは無いさ」

 

軽く肩を竦めると刀奈は俺の腕に抱きついてくる。

 

「それじゃ、エスコートよろしく狼牙君」

「承知した…まぁ、また適当にブラついて終わりかもしれんが」

「そう言う事言っちゃダメよ」

 

公園から出た俺たちは、心無し先程よりも距離感が縮まっていたような気がした。

 

 

 

夕刻…俺は学園から帰った後、着替えもせずに楯無と別れ第三アリーナ整備室へと向かった。

お土産は地元の大判焼きだ。

地元では古くからある店だそうで、使っている調理器具も年季が入っている。

種類はシンプルに粒あんとカスタードのみ。

だが侮るなかれ、店主自らが厳選した材料でできたこれらは冷めても美味しいのだ。

 

「ご苦労様だ…夕飯前だが甘いものはどうだ?」

「っ……!びっくりした…おかえりなさい」

 

俺は背後から近づき普通に頭を撫でながら声をかけたのだが、どうやら驚かせてしまったようだ。

 

「すまんな、驚かせたようだ」

「大丈夫…楽しかった?」

 

簪は此方を見上げ首を傾げる。

なんとも小動物的で庇護欲をかき立てられる。

 

「楽しくなかったと言えば嘘になるだろうな…そんな顔をするな」

「さぁ、なんのこと…?」

 

簪は棒読みで返事を返し、モニターへと目を向ける。

一人で組み立てることが少なくなったおかげか、外装は倉持が生産する物が搬入されるのを待つだけだ。

今は内装のエネルギーバイパスや、システム周りの開発が主軸になっていて俺はあまり手伝ってやれんのだ。

故にここ最近は飲み物やスイーツの差し入れがメインになっている。

 

「全く…仕方ない、大判焼きを食べさせてやろうか」

 

簪は此方を見ようとはしないが、ピクッと反応を示す…面白いな、こいつ。

俺は紙袋からお土産の大判焼きを出し口元まで運ぶ。

少し生地が湿気っているが出来立てだったし仕方がないだろう。

 

「ほら…美味いぞ…」

「ん……」

 

簪はモニターに目を向けながら絶えずタイピングを行いプログラムを組み立てている。

だが、目の前の甘いものも誘惑には勝てなかったのか小さく口を開け噛り付いた。

…餌付けみたいだな…なんだか…。

 

「粒あんの方だったか…クリームもあるからな?」

「ん……」

 

簪は作業を続けながら大判焼きをペロリと食べてしまう。

やはり女の子…甘い物は好物なようだ。

俺はもう一つのクリームを差し出し、口元まで運ぶと同じように食べ始める。

 

「今月の学年別トーナメントには出てくるのか?」

「まだ決めてない…けれど、今自分がどれだけ出来るのか、見る機会、かな?」

「簪が出てくるのであれば、トーナメントは荒れるかもしれんな」

「そんな、こと…ない…」

 

頬を染めながら首を横に振る。

だが、簪は日本の国家代表候補生だ…相応の実力を持っていると見て構わないだろう。

性能に頼りきりのままでは勝てない事は明白だからな…事実、最近では一夏にも押され始めている。

 

「少し、自信を持て…楯無に啖呵を切ったのだからな」

「うん…頑張る、よ」

 

ニコリと笑みを浮かべて大きく口を開けて大判焼きを頬張るとクリームが溢れて俺の指につく。

俺はそのまま手を引っ込めて指についたクリームを舐めとる。

 

「ふむ…美味いな…」

「あぅ…」

 

簪は顔を真っ赤にして俯かせる。

あぁ、迂闊だったな…間接キスのような状態になってしまったか…。

一応、気にしない風にしていると誰かがやってくる。

 

「かーんちゃん、ご飯の時間だよ〜?」

「本音…」

 

簪は頭を横に振り立ち上がるとやってきたのほほんを見つめる。

するとのほほんは悪い笑みを浮かべて此方を見てくる。

 

「てしし…お邪魔だったかな〜?」

「ほ、本音…!?」

「あまりからかってやるな…簪を」

 

俺は笑みを浮かべながらのほほんの頭をコツンと叩く。

のほほんは頭を抑えて大げさに痛がる。

 

「ローローは過保護です〜。もう少し厳しくしてもい〜と思います〜」

「考慮しておこう…さて、後片付けはしておくから行ってこい」

「う、うん…ありがと…」

「気にするな…のほほん、簪を頼むぞ?」

 

のほほんは頷くと簪の背中をグイグイと押していく。

 

「かんちゃん、ごーごー!」

「本音…押さないで…!」

 

簪は困ったような顔をしつつも楽しそうだ。

俺は簪が使った機材を片付け始める。

 

[デートは楽しかったかしら?]

 

さて、な…俺の優柔不断ぶりが浮き彫りになったと言うだけだ。

最早、かつての自らに課した掟も無い。

かと言って、全員を選べるわけでもないからな…なんとも情けないものだろう?

 

[貴方はロボであってそうでは無いもの…それにまだ齢十六よ?いっぱい悩んで精一杯の答えを提示すればいいのよ]

 

まだまだ間違えられる、か…悔いの無い答えを見つけなくてはな。

 

[フフ、弱気な貴方も珍しいわね。シャンとしていなさい…お父さん?]

 

そうするとするよ、母さんや。

俺は苦笑しながら機材を片付け終えると整備室の明かりを落とし、その場を後にするのだった。




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