【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜   作:ラグ0109

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狼狩り

朝のSHR前、篠ノ之 箒は一夏と鈴と狼牙の三人の雑談を遠い目で見ていた。

 

『思い出だけで世界を見るなよ…この世界はそんなに狭くも狭量でも無いだろう?』

 

心の中で反芻する。

だが、箒の心の中で占めているのは楽しかった一夏と過ごしていた日々…。

箒が今まで剣道を続けていられたのは、剣道を通して思い出に目を向けられていたから。

髪型は一夏が褒めてくれたから。

リボンも、かつて一夏がプレゼントしてくれたものを大切に使っている。

 

「一夏と居る場所が違うのか…?」

 

ポツリと呟く。

同じ場所に居るのに、傍らに居ることができない。

一夏は箒以外の事にも目を向けている。

実際の所、一夏は箒を大切にしているつもりではある。

ただ、彼女自身が周囲に目を向けないが為にズレが生じていると言ってもいい。

 

「おはよ〜、しののん〜」

「布仏か…おはよう」

 

布仏 本音は狼牙からの頼みと言うのもあるが、率先して箒と会話をしようとしている。

本音は箒が思い詰めているのではないかと気が気ではないのだ。

 

「しののん、美人だからもっと笑えばいいのに〜」

「生まれつきだ…放っておいてくれ」

 

本音は素っ気なく扱われても気にせず…しかしそれ以上踏み込まずに席へと向かう。

箒の心は硝子細工の様で難しい…他人を拒絶しているかのような態度なのだ。

 

「ローロー…大丈夫かなぁ…」

 

本音は、狼牙の事も心配している。

狼牙は自分を置き去りにして他人に手を差し出す。

楯無と簪の間の雰囲気が柔らかくなっていたので、狼牙が何かしたのだろうと思っていた。

自分たちでは出来なかったことを、たった一日で解決してしまった。

狼牙はきっと必死に頭を悩ませ、二人のことを思ってくれたのだろうと。

 

「その内また大怪我しそうでヤだな…」

 

自己犠牲は美徳であり悪徳だ。

確かにその行為は正しいのだろう。

しかし、それが周囲の人間の心の傷跡を残さないとも限らないのだ。

あの訳の分からないIS(無人機)襲撃事件の時、狼牙は躊躇うことなく天狼のフルスペックで対応していた。

ISの人体保護機能を無視した負荷は下手すれば死に至らしめかねない。

布仏は、心配そうに狼牙を見守るのだった。

 

 

 

「何…あのバカが侵入していたのか?」

「あぁ、屋上に向かったらその場に居てな…」

 

放課後のSHR終了直後、俺は千冬さんに時間を貰い昼休みの出来事を話していた。

なんせ、興味の無いことには害意が殆どない天災兎だが、警備の厳重なIS学園に単身乗り込んで誰一人気付いていないのだ。

警備的な問題があるため、どちらにせよ報告する必要があると思っていた。

 

「私に接触して来なかったか…と、なると狼牙自身が目的か」

「ほかに何か仕掛けている素振りは感じられなかったからな…天狼の損耗状態とデータの再確認が目的で間違い無いだろう」

 

俺は頷き、首元の天狼の待機状態を弄る。

この状態で何が分かるのかは分からないが、やはり束さんは他人とは見ている世界が違うのだろう。

 

「束さんは、まだ会う時ではないと言っていたが…」

「何…?」

 

千冬さんは怪訝そうな顔をして此方を見つめてくる。

千冬さんにゾッコンな束さんにしては珍しい行動だしな。

俺は少し考え、今後の箒のことも考えあの事を告げる事にした。

 

「束さんは、箒から請われて専用機を開発している…おそらくそのお披露目の時に会う気なのだろう」

「〜っ…また頭の痛い問題を…」

 

千冬さんは苛立たし気に頭を片手で抑える。

その言葉に関しては、正直俺も同意見だ。

 

「千冬さんから見て箒はどう思う?」

「…まだ、ヒヨっ子に過ぎない…お前たち男性操縦者はデータ取りと言う目的があるが…」

 

ほぼ同時に深いため息をつく。

以前も言ったが、ISコアの総数は467個…世界の国の総数が195ヶ国と言うことを考えると一国辺りのコアの総数は本当に少ない。

付け加えて、モンド・グロッソに出場させる機体の枠で最低でも一個は其処に裂かれる事を考えると更にコアの分配数は減る。

基本的には誰でも乗れる量産機に使ってIS配備数を増やしたい所なのだが、一部のエースや俺たち…またはテストベッドとして作られる試作機にコアを割り振らなくてはならない。

専用機を持つということは国の防衛力の要になると言っても過言ではないのだ。

データ取得目的の俺や一夏はまだ良い。

ど素人であっても乗らざるを得ない理由(大義名分)があるからな。

しかし、箒は?

篠ノ之 束の血縁者と言う理由だけで専用機が…しかも新たに製造されるであろうコアが搭載されているとしたら?

間違い無く厄ネタになる。

下手すれば箒自身を追い込む結果になり兼ねない。

 

「俺が追い込んでしまったようなものだ…良かれと思って一夏にしてやった事が、箒には不満だったらしくてな」

「どういうことだ?」

 

俺は眉間を揉み深呼吸をする。

厄介な娘だよ…箒は。

 

「箒の世界と言うのは一夏の隣にしか無いんじゃないかと俺は思っている。だがクラス対抗戦前の特訓において、俺はセシリアを一夏の隣に置いた。それがどうにも気に入らなかったみたいでな…当時は訓練機の貸し出しが始まるか始まらないかと言った具合だったしな」

「訓練機の貸し出しも確実ではない…だから、専用機を持てば一夏と居られる、か…ガキだな…やはり」

「仕方あるまい…あの性格では、ここに来るまでマトモな友人もできなかったろうしな」

 

一匹狼…と言えば聞こえは良いが、本来の意味は弾かれ者と言う意味だ。

箒の場合は、関係を持とうとした人間を弾いていたか政府の役人(能無し)共が弾いていたかと言ったところか。

子供には酷な状況だ。

視野狭窄になってしまいかねんし、事実として箒は一夏と居られるかどうかにこだわっている気がする。

 

「まだ二ヶ月も経っていないからこれからと言えばこれからなんだが…」

「間違い無く、専用機の事で不満が噴出する…事実、学園内でも一夏と狼牙の事で不満が出ているからな」

「学年別トーナメントだったか…そこで力を示さねば千冬さんにも更識にも迷惑をかけ続けることになるな」

 

俺は再びため息を吐き苦笑する。

事実として、食堂や早朝訓練の際に敵意を感じる事がある。

女尊男卑社会にドップリと浸かっている人間が多いからな…さもありなん。

 

「馬鹿が…お前は余計な事を考えずに学生らしくしていろ」

「性分だからな…どうしたって、気になるさ」

 

俺は肩を竦める。

孤児院に越してきてから、千冬さんには可愛がってもらっていたしな。

楯無にしたって、普段はどうあれ気にかけてもらっている…そんな状況でのうのうとしていられる程神経は図太くできてはいない。

 

「お前もまだ子供なんだから勉強するときは勉強して、遊ぶべきときはしっかりと遊べばいい。そう言う心配は大人の役目なんだからな」

 

千冬さんは惚れ惚れとする程の笑みを浮かべて俺を見つめてくる。

敵わんな…この人には。

 

「善処はしてみるさ…」

「それでいい…今のままだと…狼牙、その綺麗な銀髪がただの白髪になるぞ?」

「む…それは困るな」

 

二人して可笑しそうに笑う。

全く、一夏が少し羨ましくなるではないか。

 

「さて、要件はそれ位か…束には私から連絡してスケジュールを調整してみる…無理だったらその時はその時だな」

「今更になって天狼のデータを欲してると言うことは、束さんにしては珍しく本当に行き詰まっている証拠だろう。俺をダシにしてくれても構わんさ」

「分かった…先延ばししかできんが…やるだけやってみよう」

 

この老婆心も箒にとっては邪魔なのかもしれないな。

自分の為に力を求めるのは構わない。

しかし、その力をどの様に扱うかによって人の在り方が変わるのかもしれない。

俺は千冬さんの背中を見送った後ボンヤリとそんな事を考えていた。

 

 

 

 

第一アリーナ。

此処は始業式などに利用されることもあってか、アリーナ内ではトップクラスの広さを誇っている。

キャノンボールファストと呼ばれるISレースの練習場の他、飛行訓練などにも利用されている。

今日は何故か➖と言うことにしておこうか➖人気が無く俺の貸切状態であった。

 

[ねぇ、ロボ…やっぱり…]

 

何、構わんさ…まず、誰も見ていないと言うことも無いだろうし殺されることも無かろうよ。

今はただ…飛んでいたい。

俺はゆっくりとした速度でアリーナ内のコースを飛行していた。

PICの操作にはオートとマニュアルが存在している。

オートはもちろんコアからの制御で機体にかかる慣性方向を制御する。

マニュアルの場合それすらも自身の頭で操作しなくてはならないが、コアに頼るより鋭敏な操作が可能になる。

俺は今、PICをマニュアルにして飛行している。

これが中々に難しいが、頼れる人間は今忙しい。

楯無は生徒会、簪は機体の組み立て、セシリアは部活動…とまぁ誘えば来てくれるだろうが、それぞれがそれぞれの時間はやはり大切にすべきだろう。

ゆっくりと考え事も…したかったんだがな…。

 

[ロボ、ロックかかったわよ]

 

多勢に無勢とは良く言ったものだな。

ラファールが三機、武装を展開した状態で此方へと飛んでくる。

 

「私達と遊んでくれないかしら?」

「噂の男性操縦者…戦ってみたいんだよね」

「どうかな?」

 

俺はゆっくりと機体を制御し、目の前の三機を見る。

 

「全身装甲なので顔を見せられなくてすまんな。断る、俺は今は静かに飛んでいたいのでな」

 

俺は腕を組みながら三人を見る。

少しばかり機嫌も悪いので声が些か冷たくなってしまっているな。

だが、そんな様子に三人はクスクスと笑う。

 

「関係ないよ…だってアンタ私達の玩ち……」

 

俺は相手が台詞を言い終わるよりも早く瞬時加速をかけ、速度の乗った回し蹴りを腹に叩き込む。

 

「機嫌が悪いから、出直せと言ったのだ」

「このぉっ!!」

「男の分際で調子に乗らないでよ!」

[ロボ…一応言っておくけどリミッター解除は百秒で切れるわ]

 

いらんさ…ただの憂さ晴らしだしな。

それでやられても自己責任だ。

俺を挟み込むように二機のラファールは飛行し、アサルトライフルによる十字砲火を仕掛けてくる。

俺は背面のシールドを前方に展開し、一方の射線から身を守りながらもう一方の銃弾を避け、或いは『矮星』によって受け止めていく。

 

「一年の癖に動きが良い!」

「数は此方が上なんだから!」

「良くもやってくれたわねぇ!!」

 

俺が十字砲火に晒され身動きを取れない所に、先程回し蹴りで弾き飛ばした一機が激情に駆られて近接ブレードを展開し突撃してくる。

馬鹿が…射撃戦に徹すれば一方的に嬲れたものを…。

 

[まだまだ幼稚ね…いやねぇ権力をひけらかすヒトは]

 

全くだな。

突撃してきた味方の為に銃撃を止めた二機は同じく近接ブレードを展開する。

射撃から逃れた俺は最初の一機目の近接ブレードを腕のブレードエッジ装甲で打ち払い、膝蹴りからカカト落としで地面に叩き落す。

そこから二機目のラファールへ瞬時加速を行い問答無用でラリアットを腹にお見舞いして胴体を掴む。

 

「ガハッ!!」

「連携が取れもしない相手に負ける程、ヤワなつもりではない」

 

俺は動きが止まった二機目を、背後にてミサイルランチャーに持ち替えた三機目にタイミングを合わせて投げ込む。

丁度発射タイミングで投げ飛ばされた二機目にミサイルがヒットし爆発。

三機目も爆炎に巻き込まれるが、三機ともシールドエネルギーを削り切るには至っていない。

油断をしたつもりは無かった…が、油断していたのだろうな。

腹部に強烈な衝撃が走る。

 

[徹甲弾!このまま受けるとまずいわよ?]

「男が!粋がるなよ!!」

 

地に叩き込まれた一機目はアンチマテリアルライフルを持ち出し連続射撃。

一撃目の衝撃に動きが止まっていた俺はそのまま弾丸を受け止め続ける羽目になる。

 

「グアッ…!!」

「これで!」

「此処に居られなくしてあげる!」

 

俺の左右に二機目と三機目が挟み込むように現れる。

手に持つものは、盾殺しの異名を持つ杭打ち機シールドピアース…。

俺は脇腹と頭にそれぞれ杭を撃ち込まれた衝撃で意識が朦朧とし、ゆっくりと落下していく。

情けないものだな…全く。

 

[あの子達…!!]

 

俺は下方から撃ち込まれる徹甲弾に成す術なく打ち上げられ、腹に二本のシールドピアースが叩き込まれ、勢い良く地面に激突する。

展開維持限界を超えたダメージを受け天狼が解除される。

 

「あははっやっぱり男って無様よね。そうやって地面で這い蹲ってるのがお似合いだわ!」

「何がヤワではないよ…あっという間にやられてさぁ」

「このまま裸に剥いてアリーナに吊るしちゃおっか?」

 

好き勝手言ってくれる…俺は朦朧とする意識の中体を動かそうとするが、ピクリとも反応しない。

どうにもあの連撃は堪える…。

 

[ロボ…ごめんなさい…]

 

仕方あるまいよ…命があるだけマシだろうさ。

そうこうしていると、三機に向かって銃撃が放たれる。

 

「ちょっとやりすぎじゃないかしら?」

 

何処かで聞いた声が耳に入った時、運ばれる感覚と共に意識を失った。

 

 

 

「また病室か……」

 

俺はボンヤリとした意識のまま天井を見上げ溜息をつく。

戦闘がある度これでは気が滅入るな…。

幸い医療カプセル(拷問器具)送りでは無かったようだ。

俺は体を起こそうとすると両手が誰かに握らてているのに気づく。

 

「セシリアと…簪?」

「狼牙君お目覚め?」

 

カーテンを開け入ってくる楯無。

何事も無かったようで一安心する。

 

「すまんな…迷惑をかけた」

「こちらの落ち度よ…まさか、リンチに走るなんて思ってもなかったもの」

 

リンチ、か…確かにな。

しかし、五体満足なのは助かった。

 

「あの三人はどうした?」

「あら、加害者を気にかけるなんて優しいわね〜」

 

皮肉を込めて楯無が見つめてくる。

俺は軽く肩を竦める。

 

「いや、五体満足で済んでれば運が良いだろうなと思ってな」

「織斑先生の愛情深い教育指導を受けている最中よ」

「数日は部屋から出て来れまいよ…ありがとう、楯無。恥を晒さんで済んだ」

「い〜わよ、別に…憂さ晴らしも出来たしね」

 

心から奴等には同情してやろう。

俺と楯無はクスリと笑い肩を竦める。

 

「しかし、良く気が付いたな?」

「マークしてたって訳じゃないけど、この学園はイベント事は伝わるのが早いのよ」

「情けない姿を多数に晒したな」

「一年で三機を武装無しで一時的に手玉に取ったのだから卑下しないの」

 

肩を竦めて苦笑する。

 

「憂さ晴らしだったからな…何とも恥ずかしいものだ」

「狼牙君も大概溜め込み過ぎなのよ」

「…そうだな、全くだ」

 

そうこうしていると、セシリアと簪が目を覚ました。

 

「狼牙さん、お身体は…!?」

「銀君…」

 

二人に心配そうに見つめられ笑みを浮かべる。

 

「問題無い…ISの優秀さに助けられた」

「ホッとしましたわ…」

「良かった…何もなくて…」

 

俺は素直に頭を下げる。

心配をかけてばかりだな…全く。

 

「三人とも、すまなかったな」

「全くですわ!何故逃げ出さなかったのです!?」

「お、落ち着いて…」

「憂さ晴らしだって言ってたわよ?これはもう私達に埋め合わせしてもらわないと困るわよね?」

 

あぁ…そういう追い込みで来たか…。

俺は眉間を揉み苦笑する。

 

「本当だな…三人それぞれに何かしてやらねばなるまい」

 

セシリア、簪、楯無は視線を交わらせニヤリと笑う。

こいつら…打ち合わせていたな…。

乙女と言うのは何とも強かなものだな。

俺は三人を見て苦笑するしか無かった。




活動報告にも書きましたが、UA二万件突破しました。
記念に何かお題で書こうと思いますので、ネタがあれば活動報告の方にコメントお願いします。

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