【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜 作:ラグ0109
朝、グラウンド
「俺は剣道なんぞ、かじったことも無いが…?」
「剣道と言うよりも剣術の範疇だ…付き合ってもらう」
さて、何故箒と相対しているのか…?
朝、いつものメニューをセシリアと楯無とでこなしていた時だ。
箒が何故か竹刀を二本持ってこちらにやってきたのだ。
「おはよう、箒」
「おはよう、ございます…篠ノ之さん…」
「おはよう、箒ちゃん。どうしたのかしら?」
俺と楯無は大して息切れもせず、各々のメニューをこなし、セシリアは慣れてきたとは言えまだ呼吸が乱れている。
「すまない…銀、頼みがある」
「例の件か?」
「違う…私はお前を知りたいんだ、銀」
最近の箒は一体どうしたと言うのだろうか?
俺は鍛錬を止め、箒に向き直る。
「知りたい、とはどういうことなんだ?」
「お前は常々自分を弱いと言っている…一夏からも銀は自分の事を卑下していると聞いている」
「あぁ、それは間違いようのない事実だな」
俺は静かに頷く。
「わたくし達はそんな風には思っていませんが…」
「そうそう…あんなピーキーな機体乗りこなしてる訳だしね」
やはりと言うか何と言うか、セシリアと楯無は反対意見の様だ。
力があっても守れんものはあるものだ。
時間が原因のもの。
距離が原因のもの。
それは様々な要因だ。
「力が強いだけでヒトが強いというのは早計と言うものだ。理想無き武力は暴力、武力無き理想は夢想と言ってな…俺のもつ強さと言うものは、暴力に近しいものだ」
大層な願いがあって力を求めているのではない。
ただ、自分が苦しくないために求めている。
「臆病者だ、俺は」
「口だけならば何とでも言えるんだ…だから、私は手合わせをしたい」
視線から感じるものは純粋な好奇心か。
俺は肩を竦め頷く。
「嫌われていると思ってたんだがな」
「あぁ、私は銀を嫌っている。だが、一夏に言われて…」
なるほど…
俺の何を話したのやらな?
「いいだろう、そのための竹刀か」
「あぁ、ここで構わないか?」
俺は頷き、セシリアと楯無を見る。
「すまんな、今日は箒と手合わせだ」
「構いませんわ…竹刀を持つ狼牙さんと言うのも珍しいですし」
「徒手空拳が狼牙君のスタイルだものね」
二人は少し離れた位置まで行き此方を見守る。
箒がして竹刀を此方へと投げ渡す。
「私は、お前が嫌いだ。私の思い出を汚された気がしたから」
「俺は嫌っておらんよ…嫌う理由も無いしな」
俺は竹刀を右手で肩に担ぐ様にして構える。
「俺は剣道なんぞ、かじったことも無いが…?」
「剣道と言うよりも剣術の範疇だ…付き合ってもらう」
箒は刀を中段で構え、摺り足で間合いを取り始める。
対して俺は、体の力を抜き待ち構える。
「だとするならば、無頼剣術と呼べるものになるな…一夏に教えたような、な」
「一夏には必要なかった筈だ」
「いいや、必要な力だ…あいつには守るための力がいる」
俺は目を鋭くさせる。
箒は、凝り固まってしまっている。
自分の世界だけしか見ていなかったから。
折角の学園だ…新しい世界も知るべきだろう。
「私と一緒に学んだ剣道があれば…!」
気迫を伴った大振りの袈裟斬り。
俺はそれを半歩下がって避ける。
「篠ノ之は銃を持った相手に刀で立ち向かえるか?」
「それがどうした!?」
袈裟から切り上げを俺は渾身の振り下ろしで受け止め、動きを止める。
「ISバトルはそう言う世界だ。一つの戦い方しか知らないのと、多数の戦い方を知るのとでは生き残りやすさは段違いだ」
「一夏には、零落白夜が…!」
「あんな諸刃の刃、まともに振るっていられるわけがないだろう?」
刀一本で世界を取ったブリュンヒルデ以外にはな。
「一夏は模索している…自身の戦い方を。それこそ様々な戦法、戦術を身に付けるだろう。剣道もその一つに過ぎんと言うことだ」
俺は竹刀を外し拘束を解き後退する。
時間も無いな…お話も此処までにするか。
「それでも私には、一夏との思い出しか…!」
「過去に縋るなよ…お前にはこの学園でのこれからがあるだろうに…!!」
以前、俺に叩き込んだ唐竹割りを素早く竹刀でかち上げ、首筋を竹刀で撫でる。
「首級を置いていけ、とな…俺の勝ちでいいな?」
「……あぁ、すまなかった…銀…」
俺は箒に竹刀を差し出す。
「思い出だけで世界を見るなよ…この世界はそんなに狭くも狭量でも無いだろう?」
「……」
箒は竹刀を受け取ると頭を下げて去っていく。
「アレだな、以前のセシリアに近くなったな」
「だからやめてくださいまし!」
「この学園は敵ばかりと言うわけではないさ、キリリッ」
「なんで楯無さんが知っているんですの!?」
いいか、セシリア…楯無はデバガメ癖があるんだ…意外とお前の独り言も聞かれてるかもしれんぞ?
「フフン、生徒会長は神出鬼没なのよセシリアちゃん?」
「うぅ…あんまりですわ…」
セシリアは顔を赤くして頭を抱えている。
まぁ、なんだ…同情はしてやらんでもない。
「一先ず、解散して身支度を済ませて登校しよう」
「わかりましたわ…うぅ…」
「じゃ、先にシャワーもらうわねー」
セシリアは頬を染めたまま歩き出し、俺と楯無はそれを見てクスリと笑うのだった。
身支度を済ませた俺は、まっすぐ教室へと向かう。
教室に入ると一夏と何故か鈴が居た。
「おはよう、どうした…クラスから、はみ出したか?」
「そんなわけないでしょ?おはよう、狼牙」
「おう、おはよう」
俺は鈴の頭をポンと撫でて席に着く。
「仲良しこよしでお父さんは嬉しいがな」
「本当に幾つなのよ…あんたは」
「老けてるよなぁ…」
失敬な…これでもまだティーンエイジャーだと言うに…。
「ところで、一夏…お前、箒に何か言ったのか?」
「大したことは言ってないと思うんだけどな…昔話位しかしてないかな?」
「中学時代ってのも何だか懐かしいわね…」
「そうだなぁ…最近は忙しいし、余計になぁ」
そんな昔でもないのに随分と前の様な気がしてくるな…。
それだけ、この学園の生活が濃いと言う事なのだろうが。
「狼牙ってさ、他人の悪意とか敵意とかを簡単に流すんだよな。鈍感とかそんなんじゃなくて、気付いてて受け流す。その上でそう言った感情を向ける奴のことも気に掛けてるって…そう言う話はしたかもしれない」
「要するにお人好しって事よね。あたしだったら無理だもん」
「なるほど…それで、俺と言う人間が分からなくなったのか…箒は」
腕を組み一人納得する。
「何かあったのか?」
「箒に手合わせを頼まれてな…嫌われてるとは思っていたのだが…」
「あの子、不器用よね。古風って言ってもいいのかもしれないけど」
「それが箒なんだし、あいつは良い奴なんだよ」
ニッと笑ってみせる一夏。
対して鈴は少々不機嫌な顔だ。
まぁ、箒は恋敵そのものだしな…仕方あるまい。
「視野が狭いからな。もう少し友人でも出来れば色々と変わってくるやもしれん」
「ほんと、年齢詐称してんじゃないの?」
「鈴には言われたくないな」
「どういう意味よ!!」
まぁ、ほら…まだ中学生でも通用する体型だしな…。
俺は肩を竦めて笑みを浮かべる。
「さて、な…そろそろ戻らんとSHRが始まるぞ?」
「ったく、もう…それじゃまたね」
「おう、またな鈴」
鈴は言うほど怒ってもいないのか、気持ちの良い笑みを浮かべて出て行く。
鈴と箒を足して二で割ると…いや、余計に酷い人格ができそうだな。
「ああして話してると中学時代が懐かしくなるよな」
「そう感じてしまう位には、この学園の生活が濃いと言う事だ…悪い話でもないさ」
あぁ、本当に濃かったな…まだ一ヶ月とちょっとしか経ってないと言うのに。
SHRの予鈴が鳴り、気を引き締める。
「静かにしろ、SHRを始めるぞ!」
さて、学生の本分を全うするとしようか。
「へーい!ろーくん!!」
「なんで、たーさんがいるんだ…」
昼休み、気分転換にと人気の無い屋上へ出ると、一人アリスこと束さんが体当たり…もとい抱きついてきた。
「やー、箒ちゃんのIS作成で煮詰まっちゃってねー!」
「で、癒しを求めて此処に来たと…自分の立場をもう少しだな…」
「さぁ、存分に束さんの頭を撫でるんだよ!」
話を聞かんなぁ…この人は…。
[面白いわよね、この人]
まぁ、向こうにはいないタイプの人間ではあるな。
俺は、溜め息を吐きながら束さんの体を抱き頭を撫でてやる。
「と、言うか寝ていないな?」
「フフン、箒ちゃんのためだからね!!」
この人は…どうにも不器用だ。
分かってもらう事を放棄してしまってるとも言える。
分かってもらえなくても良いから、自分のする事で喜んでもらいたい…そう考えているのだろう。
「それで、たーさんが体を壊してしまっては心配する」
「へっへー、ろーくんは優しいなぁ〜」
「それで、本来の目的はなんだ?」
ただ、俺と接触するだけが目的ではあるまい…。
俺は腕の中の兎を見下ろし見つめる。
「そりゃぁ、もちのロンさ!天狼見せてくれるかな!?」
「それは構わんが…白からデータは受け取っているんだろう?」
「実際に触らなきゃ分からないこともあるからね〜」
[待機状態でも実機の損耗状態確認できるって凄いわよ…流石は生みの親よね]
俺は首から待機状態の天狼を外す。
「ヒャッハー!はーちゃんゲットだぜ!!」
「いや、返せよ?」
束さんは、天狼にコードを繋ぎ空間ウィンドウを無数に表示しはじめる。
「フラグメント……稼働状況…関節…へぇ……」
束さんは全てを見てすぐに処理を行っていく。
キーボードも呼び出し、神速もかくやと言う速度でタイプしていく。
「随分、楽しそうな顔だな?」
「もっちろん、だって凄いよー。ろーくんの適正値がCからAになってるしね」
ほう、やはり馴染む馴染むと思ってはいたが…。
IS適正値は高ければ高いほど良い。
その分ISを動かす時のラグが減るため動かしやすくなるのだ。
「名前からして思い入れがあるからな」
「天狼って名前に何かあるのかな〜?」
「白にでも聞いてみるんだな」
束さんは知識の貪欲者だ。
知りたい事はとことん調べ上げなければ気が済まない。
前世云々の話をした時、一体どうなる事か…解剖は免れんかもしれん。
束さんの善意に…善意に…うん、期待しておこう。
「ブー、はーちゃんも殆ど教えてくれないんだよねぇ。ぽろっと変なこと言ったりするんだけどね〜」
「秘密のある男と言うのも良いものだろう?」
壁に背を預け腕を組み束さんを見つめる。
束さんは後手で手を組み前屈みで此方を見てくる。
「本当に、君は何者なんだろうねぇ〜。あの時から、ずっと気になってるんだよねぇ」
「俺は銀 狼牙で、それ以上でもそれ以下でもない…今の所はな」
俺は穏やかに笑みを浮かべて、束さんを見つめる。
ふらふらーっと束さんは寄って来て、再び俺に抱きつく。
「フッフッフッ、いつか君を知り尽くさせてもらうよ?」
「さて、どうなるかな…たーさん?」
俺はポンと束さんの頭を撫でる。
「ところで、千冬さんには会いに行かないのか?」
「今はまだその時じゃないかなー…痛い愛が怖いし」
「スキンシップが過剰だからそうなるんだ…」
俺は眉間を揉みながら、苦笑する。
千冬さんも千冬さんなりのスキンシップなのだが、束さんに対してはとにかく暴力的なのだ。
時折束さんが可哀想にも思えるが…。
「さーってと…ろーくん、束さんはいつでも見てるよ!!」
「さらっと恐ろしいことを言うな」
「バイビー!!!!」
束さんは俺に天狼を首にかけると屋上から飛び降りて消える。
やはりステルス迷彩か…恐るべし天災テクノロジー。
[嵐の様だったわねぇ…]
本当だな…休憩にならんかったな…。
俺は深いため息を吐きながら、屋上を後にするのだった。