【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜 作:ラグ0109
「なぁ、一夏よ…流石に会場が違うのではないか?」
「怖いこと言うなよ狼牙…もし、受験受けられなかった事が千冬姉に知られたら俺…殺されちまうよ!」
今、俺達は自身の将来をかけた最初の受験戦争に挑むべく私立藍越学園の受験会場内を歩いていた。
私立藍越学園は年間にかかる学費が安く、卒業後の大学受験合格率や就職内定率が国内でもトップクラスに高い名門校である。
俺は、趣味で絵画を描いたり彫刻を手がける事も多く藍越学園内に芸術専攻科がある事もあって選択。
一夏は中卒で働く等と宣ったので俺が秘密裏に千冬さんに連絡をし、時間を作ってもらい二人で説得(余談だが千冬さんは肉体言語だった)した。
それでも、不服そうだったが俺の『高卒学歴を持っていれば選択の幅が広がるし、千冬さんも安心できるだろう?』の一言で折れ、普通科を選択したのだった。
そう、其処までは良かった…良かったのだ…。
幸い一般科目程度なら問題ない偏差値だった俺たちは、念入りに受験対策をし当日を迎えたのだが…。
前日の天気予報では雲一つなく快晴であり絶好の受験日和であるとされていたのだが、朝目覚めてみればなんと恐ろしい事に外はホワイトアウトもかくやと言わんばかりの猛吹雪である。
正直面食らった。
地球温暖化とは一体なんだったのかと…もしや此れから一瞬で全てが凍り付く世界が来るのではないかと某映画を思い出しつつ、藍越学園側からの連絡を待ったのだが、出発ギリギリになっても延期なり何なりの連絡は来る事はなかった。
篠原さんは車を出すと言ってくれたのだが、この天変地異の前では逆に危険な為に丁重に断り一夏に連絡し状況を確認した。
「もしもし、こちらドッピオ」
「いや、巫山戯ている場合では無いだろう…そっちに藍越学園から連絡はきたか?」
「巫山戯てないとやってられないだろ…なんだよこの吹雪…狼牙がそう言うって事は来てないんだな…どうする?」
さて、どうしたものか…無論藍越学園側に連絡して確認する手もあるだろうが…。
「八甲田山よりはマシだろう、俺は行こうと思う」
「遭難フラグなんじゃないのか、それ?ま、良いや狼牙が行くってんなら一緒に行こうぜ!」
「あぁ、分かった。では、そちらの家で合流しよう。また後でな」
こうして、地獄の雪中行軍を二人で行うことになった。
孤児院を出て空を見上げた時、雲の中に巨大なニンジンがあった気がするが……きっと気のせいなのだろう。
「ぜぇ…ぜぇ…」
「はぁ…はぁ…」
雪中行軍中に藍越学園側から連絡があった。
もしかしたらこの地獄から抜け出せる…そんな淡い期待から送られて来たメールを見ると俺達は絶望した。
要約するとこうだ。
『いきなりで悪いけど受験会場変更ね。遅刻してきても大丈夫だよ。(テヘペロ)』
「…行こうか」
「そうだな…」
雪をかきわけ、足をとられ転び、ほぼスノーマン状態の疲労困憊状態で来た道を戻り会場に入る事はできた。
「明日風邪引いたら治療費請求してやる…」
「こんな状態で試験とはな…受験戦争とは恐ろしいものだ…」
会場受付で一夏が地図を貰ったので一夏に案内を任せたのだが、歩けど歩けど同じ風景が続くのだ。
そう、端的に言って会場内で迷子になってしまったのだった。
受付に銀色のリスが居た気がするが…きっと疲労から来る幻覚だろう。
気を引き締めねば。
「以前借りた女神で転生なゲームを思い出すな」
「この状況も悪魔の仕業だって?ハハ、悪魔なんているわけないじゃないか。まぁ、近い事が出来そうな人が一人いるけどさぁ」
「たーさん…いや、束さんならできるのだろうな…渾名からして…」
もしそうだと言うなら、かなり悪質だと言わざる終えないだろう。
何故なら俺達はモルモットとしてこの状況に陥っていると言っても過言では無いからな。
「たーさんって、束さんから強要されたんだったっけ?」
「あぁ、でないと解剖すると脅されてな…まぁ、悪い人では無いと言うのは分かるんだが…目が、本気だったからな」
インフィニット・ストラトス、通称ISを開発した稀代の天才である。
白騎士事件と呼ばれる前代未聞の事件直後にISを世に送り出した。
確かあの事件が十年程前の事だから、束さんは十代と言う若さで彼女にしか作れないオーバーテクノロジーを作ったのだ。
また自分、身内、他人の区別の境界が断崖絶壁レベルでハッキリしており、そんな苛烈かつ奇天烈な性格もあってか、ついた渾名が『天災』である。
以前聞いた彼女の夢を聞いた時は、今の世情や政治家達に憐れみを覚えずにはいられなかったものだ…。
閑話休題。
「しかし埒が開かんな…」
「もう、こうなったら奥の手だな!」
ほう、奥の手と来たか…俺が期待の眼差しで一夏を見つめ先を促す。
「俺の勘が囁くんだ、この扉が藍越学園受験会場入り口なんだと…!!」
「当てずっぽうでは無いか…まぁ良い、間違っていても中に居る人に聞けば良いだけだしな」
聞いて損をした気分に浸りつつも、代案がないので二人して扉の前に立つ。
「「失礼します」」
部屋に入るとまず目についたのは更衣室。
更衣室?。
「一夏、ハズレだったみたいだな」
肩に手を置き落ち込む一夏を慰めていると、奥から女性の声が聞こえてくる。
「次の受験生ね?早く更衣室で着替えて会場に行って頂戴。時間押してるんだから!」
「ハ、ハイィ!!」
「待て、一夏!」
女性にどやされたせいか、慌てて会場に駆け込んでいく一夏と後を追う俺。
「……男の声?」
そんな疑問を感じる呟きが背中から聞こえてきた。
「なぁ、狼牙…これって…」
「打鉄、と呼ばれる純国産のISだな」
俺たちの目の前に二機のISが鎮座していた。
詳しい理由は聞いていないが、一夏はISに対して複雑な想いを抱いているのか少々顔が暗い。
「どうせ起動せんのだ、触れる機会なんぞそう無いだろうし触ってみるか?。」
「それもそうだな…これで触って動いたら怖いけどな!」
ハハハ、と笑いながら一夏が打鉄に触れると突如光が溢れ一夏の体に鋼鉄が纏われた。
「ハ、ハハ…夢…だよな狼牙…」
信じられないと言う顔で此方を見る一夏は、通常女性でしか起動することが出来ないISをその身に纏っていた。
「頭痛がしてきたな…」
深い溜息と共に残りの打鉄に寄りかかれば俺の方も光が溢れる。
――ロボ――
そんな、聞きたくてももう聞くことがない声が聞こえたと思ったら 、IS
に関する操作方法と共に視界が一気に広がる。
目の前には驚き目を丸くしている一夏の姿。
「狼牙もか!?」
「ちょっとなんな……はぁっ!?」
先程の受付の女性が部屋に入ってくれば俺達二人を見て驚き、慌てて部屋を出て行く。
「なぁ、一夏…」
「なんだ?」
「すまんが後を頼む」
俺はその一言と共に意識を手放した。
意識を手放した瞬間、俺が見たのは泉に佇む和服の女性の姿だった。