【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜   作:ラグ0109

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宣戦布告

放課後、約束があるので席を立ったところを箒に呼び止められた。

 

「銀…少し、良いか?」

「構わんが…アリーナに向かいながらで構わんか?」

「あぁ…」

 

箒から俺に対して話か…一体何の用があるのだろうか?

一夏絡みに関して、俺と箒は不仲だ。

箒は、孤独に生きてきたのだろう。

要人保護プログラムによって親族から引き離され、各地を転々として友人すら作れない。

箒の中にあるには思い出だけなのだろう。

思い出に縋って生きていると、その人間にはそれしか無くなる。

 

「それで、話と言うのはなんだ?」

「…姉さんと連絡をとった」

「そうか…」

 

漸く歩み寄りを見せてくれたのだろうか…切っ掛けは思い当たらんが。

束さんの喜ぶ顔が目に浮かぶようだ。

 

「姉さんが、私に専用機を作ってくれることになってだな…」

 

確かに束さんは自発的に箒専用のISを作ろうとしていたし作っていただろう。

だが、俺は箒から必要とされない限りは渡さないように頼んでいた。

…それが意味するところは、箒が力を欲したと言う事か。

 

「跳ね回りながら作っている様が目に浮かぶようだな…」

「それでだな…私に専用機が届いたら、手合わせしてくれないか?」

「理由を聞いても?」

 

…まぁ、俺に対して力を誇示したいと言ったところか。

俺は第三世代専用機。

対して箒が使うものは基本的に第二世代打鉄。

戦闘のイロハが剣道しかない箒には性能差の枷と言うものは如何ともし難い壁になってしまっている。

 

「別に、大した理由ではない。ただ、専用機を持てば私も強くなれるのかと思ってだな…」

「悪いが、そんな理由であるならば俺は手合わせせんよ…そんな理由でやるのであれば、俺が打鉄を用いてお前に相対すれば良いだけのことだ…違うか?」

 

俺は首を横に振り箒の提案を却下した。

切磋琢磨するための手合わせならば良いだろう。

だがな、その見え隠れする敵意を発散するための物は死合いになる。

 

「あえて言うぞ…中途半端な気持ちで力を求めるな」

「何が言いたい…銀…?」

「今のお前には束さんの専用機は過ぎた代物だ…冷たい物言いになるがな。お前が何の為に専用機を欲したのかは知らん。良いか…力は何れ自身を傷付ける事を忘れるなよ?」

 

俺は立ち止まり、箒を真っ直ぐに見つめる。

力を求めること自体は責めはせんよ…だが、いたずらに振るう力は箒の為にはならない。

 

「あぁ…肝に銘じよう…時間を取らせて悪かったな、銀」

「気にするな…まぁ、なんだ…束さんによろしく伝えておいてくれ」

「わかった…」

 

箒の反応を見るに、あまり俺の言葉は届いていないのかもしれん…。

俺はただ、去っていく箒の背中を見守ってやることしかできないでいた。

 

 

 

第三アリーナ整備室。

此処はアリーナで使用される訓練機や、専用機を整備する為の専用ハンガーが置いてある。

設備も充実しており、基本的なことが理解できていれば一人で整備が出来てしまうほどだ。

俺は整備室に来る前に差し入れ代わりにお茶を購入し、作業に没頭する簪へと近付く。

どうやら、今はプログラミングを行っているようだ。

空中投影型キーボードを二枚使用し、両手で常人では無理な速度でタイピングをしている。

…正直、楯無にも引けを取らない才能の持ち主なのではなかろうか?

 

「すまんな、遅くなった…これは差し入れだ」

「ありがとう…」

 

俺は簪にお茶を差し出し渡す。

簪は手を止めて此方へと向き直ってくれた。

 

「それで…どうして簪に構うのか、と言う話だったな?」

「そう…」

 

簪は眼鏡越しに此方を見つめてくる。

こうして見ると、成る程…確かに楯無の妹と言ったところか。

 

「自己満足だ…俺が構いたいから、そうしていると言うだけの話だ」

「おねえちゃんから…何も言われていないの?」

「聞いてはいるが、その言葉は本人が直接簪に言うべき言葉だし…俺はその様に促している」

「………」

 

言わなくては思いは伝わらんよ、楯無。

俺は背中に視線を感じ苦笑してしまう。

きっと、お前の姉は今でも見守っているのだろう…本当は抱き締めてやりたいのだろうに。

 

「だがな、簪も姉に言うべき言葉があるのではないか?」

「そんなこと…ない…」

「楯無から何を言われたのかは知っている…だが、言われっぱなしで黙っているのもつまらんものだろう?」

「………」

 

簪はスカートの裾を掴み、俯き震えている。

いっその事、全部吐き出してスッキリしてしまえばいいのだ…この引っ込み思案は。

 

「心の炉に火を灯せ…決して絶やすな…それがお前の思いになる」

 

俺は優しく簪の頭を撫でる。

楯無の話を聞く限りは、姉思い妹思いで仲が良かったのだろう。

それが立場上仕方が無かったとは言え、あんな言葉を掛けられて溝ができてしまった。

妹は姉に見捨てられてしまったと思い…姉は妹を傷付けてしまったことに気が付いてしまい目を逸らしたのだろう。

結果として出来たのはコンプレックスを抱えたままの不干渉だ。

そんな状態…続いて言い訳もなかろうに。

 

「…じゃ…い…」

 

ぽつり、ぽつりと簪は言葉を口にする。

俺は簪から手をどけて、見守る。

 

「無能…なんか、じゃ、ない…」

「私、は無能なんて…いや…」

 

嗚咽を漏らしながら呪詛の様に同じ言葉を繰り返す。

 

「私、だって…できるもん…私にだって…!」

「だから、と言って姉と同じ道を歩まんでも良かろうに…」

 

俺は跪き、簪と目線を合わせる。

 

「一夏にも言ったのだがな…自身の在り方に他人の影を重ねるのはやめた方がいい…そこに在るのは簪自身ではなく、お前の思い描く更識 楯無の影だ」

「……」

 

簪は、眼鏡を外して涙に濡れる顔を袖で拭っている。

姉を尊敬しているからこそ、同じ方法で強さを手に入れようとしているのだろう。

だが、それはただのハリボテだ。

自分自身の意志ではなく、他人の意志と言う借り物をなぞったもの等はただただ虚しいだけだ。

 

「お前は誰だ?」

「わたしは…更識 簪…」

 

簪は涙を流したまま、此方を見てくる。

その目は弱々しくも意志が感じられる。

 

「ならば、更識 簪は楯無とは違う方法で力を模索すべきだろう…そうした先に、楯無と張り合える世界がある…と、俺はそう思う」

「お姉ちゃんと…」

「あぁ、そうだ…使えるものは何でも使えよ…お前が挑む女と言うのは強敵だからな…」

 

俺は軽く肩を竦めて微笑む。

なんせ、俺も幾度も投げ飛ばされてるからな…合気道の応用なんだろうが、釈然とはしていない。

 

「無論、これは俺の自論だからな…簪が思うようにすれば良い」

「わかった…」

 

簪はゆっくりと頷き眼鏡を掛け直す。

 

「それと、だな…最早口癖の様に言っているんだがな…『心の炉に絆をくべろ。思いは伝えて意味を成す』。楯無にしろ簪にしろ…思っていることを互いにぶちまけないからな…」

 

俺は立ち上がると背を向け歩き出す。

後は姉妹で話し合うなり殴り愛するなり好きにすれば良い…それで無理ならば俺にもどうにもできん問題だろう。

 

整備室を出た直後『偶然』楯無と出会う。

楯無は浮かない顔で此方を見てくる。

 

「お前はな、この学園にいる間くらいは自身の立場を忘れて妹と接しろ…お家の問題も理解はしているつもりだがな」

「狼牙君…でも…」

「でも、ではない…たった二人の姉妹が、つまらん言葉の行き違いで不仲になるな。羨ましいんだよ、俺は」

 

俺には血縁がいない。

親も兄弟もいないんだ。

篠原さんや孤児院の皆は家族同然に扱ってくれる。

だが、それでも…俺は羨ましく感じてしまう。

どうにも、子供っぽくなっていかんな。

 

「…ありがと、狼牙君」

「なんのことやらな…」

 

俺は肩を竦めて足早に立ち去るのだった。

 

 

 

更識 楯無は緊張していた。

いつまでも姉妹の仲を冷え切らせていて良いわけがない。

けれども、どうやって声をかければ良いのかが分からない。

結局、簪が入学してから一ヶ月以上現状維持のまま見守るしか無かった。

 

「もう、終わりにしましょう…狼牙君が言ったように、つまらない事なんだから」

 

それでも勇気が持てない…仲直りしたくても簪に拒絶されてしまった時が恐ろしいのだ。

大好きで大事な妹…迂闊な一言で傷付けてしまった…大事な妹。

楯無は意を決して整備室へと入り、まだ気が付いていない簪へと歩み寄る。

 

「か、簪…ちゃん…」

 

今まで感じたことの無いプレッシャーに、楯無は思わず声を震わせてしまった。

声をかけられた簪はビクっと体を震わせてゆっくりと楯無へと振り返った。

 

「お、お姉ちゃん……」

 

簪もまた、いきなり楯無から声を掛けられた事で身を震わせる。

突き放しておいて、今更…と言う思いもある。

決して手が届かないと思えるような楯無が、とてもとても怖くも感じる。

自身の中に灯った火が消えてしまいそうになる。

 

「あ、あのね…話を…聞いてほしい…」

 

目を俯かせながら、そう言う楯無の姿を見て簪は不思議に思っていた。

いつも自信に満ち溢れていた、姉の姿とは似ても似つかなかったからだ。

楯無もまた、怯えている。

必死に姉妹の絆を心に燃やし、その結果で得るものを取ろうとしても…得るものが分からなくて恐ろしいのだ。

 

「…わかった…」

「ごめんなさい…簪ちゃん…」

 

楯無は頭を下げ、その姿に簪は困惑する。

 

「傷つける、つもりなんてなかったの…ただ…簪ちゃんの事を守りたくて…」

「お姉ちゃん…わ、私は…」

 

簪は顔を俯かせて、楯無とは顔を合わせようとはしない。

何処かでは理解はしていた。

しかし、どうしたって遠い存在に突き放されてしまったと言う感覚が目を背けさせてしまっていたのだろう。

 

「私は…無能、じゃ…ない…無能なんて、嫌…」

「…見くびっていた…なんて…言わないわ…」

「私だって…お姉ちゃんの…妹、だから…自分の事くらい、自分で…!」

 

簪は漸く顔を上げ、真っ直ぐに楯無を見つめる。

いずれ、戦わなければならないのであれば…いつまでも怯えてはいられない。

 

「証明して、みせる…打鉄弐式を組み上げて…無能じゃないって事を…!」

「……」

 

楯無は、簪の言葉に驚いていた。

守ってあげたい、可愛い妹。

いつまでも幼いと思っていた妹が、挑戦者として立ち上がろうとしている。

知らないうちに妹が、強くなってきていた。

 

「本当に、ごめんなさい…」

「怖い、なんて思わない、から…お姉ちゃんが、自慢できるように、なるから……」

「いつだって…簪ちゃんは私の自慢の妹よ…」

 

楯無は簪へと歩み寄り抱きしめる。

 

「大好きなの…ずっと、守っていたかった…けれど…それも終わり…私は、あなたを見つめ直す…」

「お姉ちゃん…」

 

簪は抱き締められ、体を強張らせるが次第に力を抜き抱きしめ返す。

 

「私も…お姉ちゃんの事は好き…だけど…負けない…強くなるんだもん…」

「うん…」

 

楯無は、漸く離れ何時ものような笑みを浮かべ扇子を広げる。

書かれた文字は『学園最強』

 

「私は強いわよ〜…いつだって、簪ちゃんの挑戦を受けるんだから」

「負けない、からね…お姉ちゃん!」

 

簪もまた、ぎこちないながらも以前楯無に見せていたような笑みを浮かべる。

以前のように、とはいかないかもしれない。

けれども、新しく姉妹の関係を始めることはできる。

 

「フフ、待ってるわよ、簪ちゃん」

「待ってて…きっと参ったって言わせてみせるから…」

 

二人の姉妹は笑みを見せた。





御都合主義…なのかも…

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