【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜   作:ラグ0109

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狼と姉妹
狼と少女


「大分鈍っているな…」

「一週間近くも寝ていれば、そうもなりますわ」

 

翌朝、俺とセシリアはグラウンドでジョギングをしていた。

楯無は、修羅と化した虚にドナドナされて行った…まぁ、生きろよ。

一週間寝ているだけの生活を送っていた体を慣らすため、今日はジョギング以外は行わない。

 

「今まで殆ど欠かさず行ってきたからな…どうにも調子が狂う」

「肉体イジメが好きですわね…」

 

セシリアは呆れたように笑う。

十年近くも鍛錬に時間を費やしてきたからな…一週間も連続して休むなど本当に稀だと言わざるを得ない。

今日はグラウンドから外れ、海側の通りを走る。

初夏の陽気と海からの潮風が何とも心地良い。

 

「こうして、別のコースを走ると新鮮な気持ちになれるな」

「そうですわね…グラウンドをグルグル回るのも良いですが」

 

二人して笑っていると、校内アナウンスが響き渡る。

 

『一年一組、銀 狼牙。至急第三アリーナ格納庫まで来るように。繰り返す…』

 

「ふむ、天狼が戻ってきたか?」

「整備中でしたわね…わたくしも御一緒してもよろしいですか?」

「構わんだろう…では向かおうか」

 

途中、スポーツドリンクを購入して渡す。

 

「ありがとうございます。もし宜しければ、白蝶さんとお話しさせてもらっても構わないでしょうか?」

「あぁ、構わんよ…ただ、話を広めてくれるなよ?」

「えぇ、それはもちろん」

 

倉持側には話を通してはあるが、面白半分で話を広められると俺も白も疲れる羽目になる。

それは俺としても望むところではないので今まで黙っていたのだ。

 

「コアと話せるなんぞ、大半の人間は信じられんと思うだろうしな」

「わたくしも未だに…あの話も含めて半信半疑ですもの」

「俺だって信じてもらえるとは思っておらんよ」

 

軽く肩を竦めながら苦笑する。

前世の話なんぞ電波扱いされて終了だろうに…。

セシリアはクスリと笑って此方を見上げてくる。

 

「半信半疑と申しました。狼牙さんがそんな大それた嘘を吐くとは思っていませんわ」

「いや、案外嘘つきかもしれんからな…?ともあれ、ありがとう」

「どういたしまして」

 

アリーナに着けば足早に格納庫へと向かうと、IS専用ハンガーに天狼が設置されていた。

隣で作業をしていたであろう女子が、興味深げに天狼を眺めている。

 

「おはよう…そんなに珍しいのか?」

 

俺は大して躊躇せず、そして恐がらせないように微笑を浮かべさせているが大丈夫だろうか?

目の前の女子は、以前俺が怖がらせてしまった女生徒…恐らく楯無の妹なのだ。

 

「わっ!!」

「な、なんですの!?」

 

簪(仮)は飛び上がるほど驚き此方を見てくる。

余程集中して見ていたのか此方には、気付いていなかった様だ。

 

「あ…あの時の…ありがとうございました…」

「狼牙さん、お知り合いですか?」

「いや…先月の昼休みに驚かせたのは覚えているんだが…」

 

礼を言われる様な事をしただろうか?

簪(仮)自体とマトモに話すのは、これが初めてだ。

 

「クラス対抗戦…助けてもらった…」

「あぁ、あの時のか…我武者羅だったからな、無事で何よりだ」

「もしかして…あなたは日本の代表候補生の…?」

 

セシリアは目の前の少女に心当たりがあるらしい。

 

「はい…更識 簪…」

「わたくしはイギリス代表候補生のセシリア・オルコットですわ」

 

セシリアが手を差し出すと、おずおずと簪は握手する。

なんだろう…この小動物感は…。

 

「あんな姉を持つとは…苦労しているな更識妹は」

「……」

 

楯無の話をすると簪は顔を強張らせる。

どうやら、地雷を踏んでしまったらしい。

表情を見るに、簪は楯無に強いコンプレックスを抱いているに違いない。

 

「更識妹よ…まぁ、なんだ…別の意味で苦労しているようだな」

「苗字は…やめて…」

「ならば、簪と…すまなかったな」

「ところで簪さんは、どうしてこちらへ?」

「…倉持技研が、専用機の開発を中止したから…一人で作っている…」

 

簪は天狼の隣に鎮座している未完成のISを指差す。

つまりこう言う事か?

倉持技研は、男性操縦者二名のISを優先開発、及びデータ解析の為に代表候補生…引いては国産ISの開発をストップしてしまった…と。

 

「それがプロのやる事なのか…?」

「狼牙さんが気に病んでも仕方ない事ですわ…」

 

俺は頭を抱えて天狼と未完成ISを見る。

つまり、俺と一夏の存在が目の前の少女を追い込んでしまった…と、言う訳だ。

 

「本当に、すまん…俺が言うべきでは無いのだろうが…」

「確かに、呆れたものですわね…祖国でも同じ事が起きないとは言えませんが…」

「いい…二人のせいじゃないし…」

 

首を横に振る簪は苦笑している。

 

「私は…姉さんがやったように…一人で機体を完成させてみせる…」

「それは…凄いですわね…IS一機組み立てるだけでも大変ですのに…」

 

純粋に高い志だと思う。

きっと無謀な挑戦だろう…確かに組み立てるだけならば出来る。

だが、OS周りや内装データなどのプログラミングとなるとそうも行かない。

普通は何人もの人間が協力して作り上げるものなのだ。

途方も無い挑戦を一人で行おうとするこの少女は強い娘なのかもしれない。

 

「そうか…頑張れよ…力仕事くらいならば手伝ってやろう」

 

俺は簪の頭をポンポンと撫でる。

簪は頬を少し朱に染める。

 

「狼牙さんのそれは美徳ですが悪徳でもありますわ…」

 

セシリアはムスっとした顔で此方を見つめる。

俺は肩を竦めて笑うしかない。

 

「こう言う生き方しかできんものでな…」

「あ、ありがとう…でも…」

「一人でやれる事なんぞ、そう多くないと言う事だ」

 

人は独りで居られるが、一人では生きてはいけない。

皆誰かに助けられ、誰かを助けているのだ。

 

「……考えさせて」

 

そう言うと簪は頭を下げて格納庫を去っていった。

 

「色々と複雑な事情があるようですわね…」

「事情の無い人間なんぞ居ないものだ…頼ってくれるならば手を差し出してやらねばな」

「狼牙さんはブレませんわねぇ…」

「性分だ」

 

俺は軽く肩を竦めて苦笑する。

きっと俺は歪んでいるが…それでも俺が俺である限り、俺はこの生き方を変えはしないだろう。

 

「すまないな、遅くなった」

 

千冬さんが格納庫に書類を持ってやってくる。

受領にも書類が必要なあたり何とも面倒臭いものだ。

扱っているものが扱っているものだから仕方の無い事だが。

 

「いや、問題無い…その書類にサインでもすれば良いのか?」

 

俺は首を横に振り、千冬さんから書類を受け取り中身を見る。

確かに一枚は受領確認の為の書類でサインが必要なものだった。

だが、残りの十枚は原稿用紙だった。

 

「これは…所謂反省文という奴を書けと言う事か?」

「察しが良くて助かる…まぁ、週末まで待ってやるからしっかりと書いてこい」

「御愁傷様ですわ…」

 

セシリアはクスクスと笑いながら俺の顔を見ている。

恐らく俺は絶望とした顔をしている事だろう。

何せ、こう言ったものは書いたことが無いからな…ごめんなさいを何回も書けば良いのだろうか?

 

「一先ず、サインだけして寄越せ…そうしたら天狼は持って行って構わない」

「…承知」

 

俺はすぐにサインをして書類を千冬さんに渡した。

 

「ご苦労だったな…では教室で会おう」

「承知」

「はい、先生」

 

千冬さんを見送った後に、俺は天狼に触れ待機状態へと戻して首にかける。

 

[久しぶり、ロボ。バカンスはどうだったかしら?]

 

ロマンも何もない…ただの拷問だったよ…。

そうそう、セシリアと楯無には昔の話もして事情は説明してある…話し相手になってやれ。

 

[はいはい、任されたわ…あんな話を信じるのなんて余程の酔狂なのかしら?]

 

信頼されてると思えば、気分は良い。

さて、時間も時間だ…そろそろ準備をしなくてはな。

 

「セシリア、コアネットワークを此方に接続すれば会話が出来る…あまり変なことは聞かんでくれよ?」

「わかりましたわ」

 

セシリアは嬉しそうに笑い、早速話してるみたいだ。

さて、この件は楯無には黙っておくとしようか…丸裸にされそうで怖いからな。

 

[私から話し掛けてで終了よ]

 

…味方とは一体…ウゴゴ…。

俺はセシリアを伴って寮へと戻るのだった。

 

 

 

放課後、俺は今日の訓練を辞退し自室にて正座して楯無が帰ってくるのを待っていた。

簪のあの反応…どうにも楯無と仲が悪いと言うのがヒシヒシと伝わってくる。

誰かを頼る事に忌避感も覚えているようだ。

よしんば、ISを組み上げたところで孤独なままでは、いずれ彼女は潰れてしまうだろう。

 

[今度は私を見ていたあの女の子ね]

 

楯無の妹だ…まぁ、放って置けんだろう。

もしかしたら、楯無も手をこまねいているのかもしれん。

助けてやるのも一興だろう?

 

[ロボが全てを抱え込まなくても良いのよ…姉妹の不仲は姉妹でしか解決できないわ]

 

そうだな…だが、手助けしてやるのも良いだろう?

まぁ、なんだ…簪には、次に会った時に奴の恥ずかしい写真でも見せてやるとしようか。

 

[鬼ねぇ…]

 

白はクスリと笑い、黙り込んだ。

恐らく束さんの所へと遊びに行ったのだろう。

あの二人は仲が良い…混ぜるな危険…と言う気もするが。

俺は立ち上がり、キッチンへと向かえばコーヒーの準備を始める。

 

「たっだいまー」

「おかえり、楯無…大切な話があるから席に着いて待っていろ」

「珍しいわね…何かあったの?」

 

サイフォンでコーヒーを抽出し、コーヒーをマグカップに注ぎ運ぶ。

楯無にマグカップを渡し、対面に再び正座して座る。

 

「すまんが、腹芸は苦手なんで正直に話す」

「何を聞きたいのかしら?」

 

ふぅ、と息を吐き出し楯無を見つめる。

楯無はいつもの、おちゃらけた雰囲気ではなく真剣な面持ちだ。

意外にもオンオフがしっかりしているようだ。

 

「妹の簪と不仲だな?」

 

俺のその一言で楯無は顔を強張らせる。

俺の口から妹の名前が出てきたことに驚いているようだった。

 

「どうして、そう思うのかしら?」

「簪と今朝格納庫で話してな…楯無の事を口にすると顔を強張らせていた」

 

俺は真っ直ぐに楯無を見つめた。

言い逃れは許さぬと…赤の他人が何を言ってるのやら…だが。

 

「そう、簪ちゃんと会ったのね…」

「あぁ…何があって不仲になったのか聞きたくてな…無論俺は赤の他人だ…言いたくなければ、それはそれで構わんからな」

「………」

 

楯無は顔を俯かせ黙り込む。

俺はそれ以上は口にする事無く、楯無の返答を待つ。

夕暮れに暮れなずむ部屋が暗くなる程時間が経ち、漸く楯無を顔を上げた。

 

「…私の家はね、日本の暗部組織に属しているのよ…対暗部用暗部…それが私の家なの」

「……」

 

俺は目を閉じ腕を組む。

恐らく楯無が俺と同室なのは、そう言う事なのだろう。

一夏と箒が同室なのは、恐らく千冬さんが気を回しての事…箒であればハニートラップは仕掛けられんだろうしな。

俺に楯無が付いたのは、ほぼフリーと言ってもいい弱い立場の俺を守る為、と言った所か。

裏に兎が居ようが他所には関係がないからな。

日本政府としても必死だったわけだ。

 

「優秀な子が家督を継ぐ…まぁ、当然よね。でも、もし大切な妹が家督を継ぐ事になったら…汚い大人の世界を見せてしまうことになる…必死だったわよ、必死に背伸びして必死に力を蓄えて…今では十七代目『楯無』を襲名してみせたわ」

 

愛する妹を想い自身を殺して、策略策謀の嵐に一人で立ち向かっていたのか…。

きっとこの少女は道化なのだろう。

顔で笑って心で泣くのだ。

 

「襲名したあの日…私は簪ちゃんにこう言ったのよ…」

 

 

『あなたは、何もしなくていいの…無能なままでいなさいな』

 

 

本当に道化だな…この少女は…

この言葉は額面通りの言葉ではない。

この様に言わざるを得なかったのだろう。

対暗部組織の長、更識 楯無は妹を溺愛しているなどと広まれば、それが楯無にとってのジークフリートの一葉となる。

 

「お前も大概、不器用な娘だな」

 

俺は立ち上がり、楯無の頭を優しく撫でる。

さて、どうしたものかな…簪は残念なことに額面通りに言葉を受け取ってしまっている。

この言葉が原因で好いていた姉に見放されたと思い、意固地になってしまっているのだろう。

自分が無能ではないと言う証明の為に、ISを一人で組み立てようとしているのだ。

 

「いや、簪も似たものだな…困った姉妹だ」

「狼牙君…私は…」

「一先ず、お前が今やれることは無かろうよ…きっと、まだ簪は楯無の事を信じられない。無能と言って引き離しておいて、愛している等と言われても拒絶されるだけだろうしな」

 

篠ノ之姉妹も大概酷い状況だが、こちらも中々どうして…根が深い。

優秀な姉にコンプレックスを抱く妹、と言う図式自体は同じだがな。

ただ、箒ほど簪は意固地ではないとは思う。

それは俺に対する感情から察することはできた。

楯無はグスグスと大粒の涙を零し泣いている。

 

「泣け…どうせ、俺しか居ないしな」

 

俺は楯無が泣き止むまで頭を優しく撫で続ける。

暫くして楯無は漸く泣き止むが顔を俯かせたままだ。

 

「私は…簪ちゃんと前みたいに一緒に居たいの…」

「悪いがな、あくまでも楯無と簪の問題だ…俺も介入はするが、最後にモノを言うのはお前自身の心だ。食堂で言っただろう…心の炉に絆をくべろ、と…楯無にしろ簪にしろその時がもうすぐ来るだろう」

「わかった…少し、考えてみるわ…」

「…風呂入って寝ろ…頑張れよ、楯無」

 

俺は最後に楯無の頭をポンと撫でてからベッドの端に寄り眠りについた。

 

 

 

 

 

 

「『心の炉に絆をくべろ』…ね…」

 

楯無は狼牙が寝静まった後シャワーを浴びている。

確かに彼女は普段巫山戯た態度をとってはいるものの、常に策略策謀の渦中にいた。

華やかな学園の内外は常に混沌とした汚泥が広がっている。

生徒一人一人にそんな世界を見せるわけにはいかない。

そんな事を学ぶ為の学園では無いと楯無は考えていた。

其処に自分はいない。

簪と些細な言葉の行き違いから仲違いしたあの日から逃れる様に仕事と、学園での生活に打ち込んできた。

目を、逸らしてきた。

 

「本当に、いくつなのかしら…彼は…」

 

蛇口をひねり湯を止めれば、体の水気を取り髪の毛も乾かす。

銀 狼牙は目の届く範囲で気を配り続けている。

ただ怒ることはせず、諭し、叱るだけだ。

自らに向けられる敵意に立ち向かい、気持ちを受け止める。

さながら、父親のようだった。

 

「もっと早く出会っていたら…なんて考えちゃうわね〜…」

 

狼牙のベッドを見ると、狼牙は端に寄っていつもの様に背中を向けて眠りについている。

 

「…魘されてないけど、いいよね?」

 

楯無は自分に言い聞かせるようにして、狼牙のベッドへと潜り込み背中にしがみ付くようにして眠るのだった。


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