【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜   作:ラグ0109

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日の元と暗がりと

『どうする、スコール…無人機は破壊されて回収する意味もない』

『今回は面白いものを見れたからそれで良しとしましょう』

 

濃い蒼を纏った女性は超高度からバイザー越しにアリーナと海上での戦闘を監視していた。

スコールと呼ばれた相手は楽しげに笑う。

 

『あんな馬鹿げた機体、誰も乗りこなせないでしょうに…白式のデータも欲しいけど彼のデータも欲しいわね』

『仕掛けるか?今なら容易に捕縛できる』

 

バイザーの奥に隠された瞳をスッと細め、銀のISを標的に定める。

 

『M…今日は引き上げよ…本来の目的も果たせなかったし、様子を見守りましょう』

 

スコールの消極的な態度にMと呼ばれた女性は苛立つ。

 

『だが!』

『口答えしないの…死にたい?』

 

冗談の様な声音に反して通信機越しにでも分かる死の気配に舌打ちする。

 

『…分かった、撤退する』

『では、ポイント1952にて合流しましょう』

『了解』

 

眼下の海へと落ちていく銀を見つめる。

 

「貴様など問題ではない…そして貴様もだ…織斑 一夏…」

 

吐き捨てるように憎悪を乗せて呟き、MはIS学園から離れていくのだった。

 

 

 

 

 

一方、地図に載っていない小さな島の洞窟。

 

「ぐっへっへっへ〜」

 

おおよそ、女性があげていい声ではない笑い声を上げ篠ノ之 束は、先の無人機と一夏達の戦闘を見守っていた。

 

「いっくんが強くなってて束さんは嬉しいなぁ〜」

 

目の下はクマが出来ており、睡眠も不十分な状態だと言うのがよく分かる。

一日の睡眠時間等問題では無いと言わんばかりに開発に没頭する天災兎は、満足気に頷いてる。

 

「ろーくんの本当の実力とやらも見れたし気分はアゲアゲだよ〜」

 

うって変わって今度は天狼の戦闘映像を眺める。

 

[お気に召したかしら?]

「ばっちりだよ、はーちゃん。こんな馬鹿げた速度で反応できるなんて思わなかったもん」

[そう、でもあまり彼を苛めたら駄目よ?平穏とは程遠い世界に居たのだから]

 

クスリ、と笑うような響きが白の言葉に乗せられている。

 

「はーちゃんの事を教えてくれたら考えようかな〜」

[ロボも大怪我を負ってるの。私とロボは一蓮托生…私も殺されかけた様なものなのよ?]

「ぐぬぬ…ろーくんはあの程度で死ななそうだけど、束さんも今回ばかりは反省するかな?」

[まさか、私の言った通りに危害を加えようとするなんて思わなかったわ]

 

白は度々コアネットワークを移動し束とコンタクトを取っていた。

理由はこの世界の最高の頭脳である束に興味があったからだ。

自身の経歴は喋らず、あくまでもISコア本体の心として接してきていた。

普段の一夏や狼牙の生活の様子や、束の愛する箒の様子を世間話を交えて伝えていた。

 

「でも全力全開のろーくんの実力って言うのも知りたかったからね〜。アレなら、時間限定でちーちゃんと互角に戦えるんじゃないかな?」

[千冬の実力は生身でしか分からないけど、よっぽど強いのねー]

「あ、そうだ!後でリミッタープログラム組み直しておくから、そっちで組み込んでおいてね?」

[はいはい、コア使いが荒いんだから…]

 

二人して笑っていると突如某極道系Vシネのテーマとセリフが流れる。

束は神速で携帯を手に取り通話ボタンを押す。

 

「やあやあやあやあ!箒ちゃんからのラブコール!ずーっと待ってたんだよ!!」

「姉さん…私は…」

「へっへっへー、姉妹なんだからビビビッと箒ちゃんの考えてることはお見通しさ!」

[あー、一波乱起きそうねぇ…ロボは大丈夫かしら…?]

 

 

束は喜色満面の笑みで一気に捲し立てる。

 

「仲直りしようって言うんじゃない…ただ、姉さんにしか頼めないんだ…」

「モーマンタイモーマンタイ!それでも歩み寄ってくれるなら、お姉ちゃんは箒ちゃんの為に地獄へだって堕ちてみせるよ!」

 

そう言いながら空間ディスプレイを呼び出す束。

そこには設計途中の花の様なデザインのISが表示されるのだった。

 

 

 

 

 

「やる事がない…話し相手もいない…だれかにペンと紙を持ってきてもらいたいものだな…」

 

目覚めてから、数日。

頭だけ出ているとは言えカプセル内に閉じ込められている俺は、ぼんやりと横たわっている事しか出来なかった。

体の痛みは消えている。

強いて言うなら肋にまだヒビが残っている位か。

もう退院しても良いのかもしれんが、千冬さんに

 

『お前はそこで大人しくしていろ。何もできんと言うのも大概苦痛だからな』

 

と、非常によろしい笑みを浮かべ言われてしまった。

何と恐ろしい懲罰か…。

今俺に使われている医療カプセルは、ISの生命維持装置の発展型らしく体の自然治癒力を高めて回復させるものなのだそうだ。

科学と魔法は紙一重、などと言う言葉があったが…正にその通りと言わざるを得ない。

ぼんやりとしていると、部屋の扉が開かれる。

千冬さんかと思うとどうやら違った様だ。

 

「よぅ、拷問器具に閉じ込められてるって聞いてたぜ?」

「一夏か…これも懲罰の一環だそうだ…何も出来んと言うのは本当に苦痛だな」

 

互いに笑い、一夏は近くの椅子を俺のところまで持ってきて座る。

 

「それで、試合はどうなったんだ?」

「無効試合…それに対抗戦も中止だってさ」

 

ふむ、となるとピットでの約束も有耶無耶になったか。

 

「鈴にも謝ったし、鈴も謝ってくれた…約束は、今度食わせてくれるってさ」

「そうか…まぁ、なんだ…丸く収まってお父さんはホッとしているよ」

 

土壇場で逃げたか猪娘…。

あれだけ引っ掻き回す胆力があるのに、一夏の前ではどうにも少女らしくなる。

それでも、突進力は侮れないものだが。

 

「いつから、俺の親父になったんだよ」

「お前と出会った時だと言わせてもらおうか」

 

ある意味アレは運命の出会いだったろうな…此奴と知り合わなければ此処まで仲良くなる事も無かっただろう。

 

「セシリアが冷静さを欠いていたと聞いたが…」

「あー…あの三日間でセシリアの頭は鉄になったかもしれない…」

 

つまり、千冬さんの出席簿が幾度となく落とされたのだろう…。

それだけ動揺してくれると言うのは、不謹慎ながらも単純に嬉しかった。

 

「大変だったみたいだな…」

「訓練頼んでも上の空で棒立ち状態だったし…謝っておけよ?」

「分かっている…と、言うかだな…居るんだろう?」

 

一夏から、扉へと目を移すと少しして扉が開く。

立っていたのは浮かない顔をしたセシリアと朗らかに笑みを浮かべていた楯無だ。

 

「すまんな、一夏。今日は席を外してくれ」

「おう、早くそこから出てこいよ」

 

ニッと笑って返事をした一夏はセシリアと楯無に目礼して出て行く。

 

「すまんな、ボコボコにするつもりが俺もボコボコになってしまってな」

「その表現はどうかと思うわよ、狼牙君…」

「そうですわ!心配したのですから!」

「いや、その…すまん」

 

二人の責めるような目に俺は素直に謝るしかない。

 

「怪我人は出ていないな?」

「えぇ、一夏さんが打撲と筋肉痛で苦しんだ位で…」

「怪我らしい怪我は狼牙君だけって事よ…ところで、狼牙君」

「なんだ?」

 

楯無は口元を扇子で隠しスッと目を鋭くさせる。

扇子には全面追及と怒ったような字で書かれている。

 

「楯無さん?」

 

セシリアは怪訝そうな顔で更識を見ている。

俺が知らない間に仲が良くなっているようだ。

 

「私に通信が送られた時、女性の声だったのだけれどどういう事なのかしら?」

「あー…面倒だから、黙秘…とも行かんか?」

「ど、ど、どういうことですの!?」

 

楯無とセシリアは青筋立てながら此方を見てくる。

なんせ、あの緊急事態で女性と一緒だったと思われているのだ…好意を抱いている以上其処は追及しておきたいのだろう。

 

「仕方ない…ISコアに心があるのは分かるだろう?楯無が聞いた女性の声はソレだ」

「自発的に会話するコアなんて聞いた事がありませんわ」

「かと、言って狼牙君が嘘を言う様には見えないし…もしかして打鉄をセシリアちゃんとの決闘で使ったのって…」

「ご明察だ…俺は初起動の時に白蝶と会話をしている」

 

二人は信じられないような顔をしている。

特に楯無のそう言った顔は初めて見るので中々レアな状況だと言える。

 

「殺されそうになった女生徒から距離を離すことに必死でな。あの時白に更識へと連絡を取ってもらったと言う訳だ」

「少し、気になることがあるのですが…名前は白蝶(はくよう)ですのに、何故狼牙さんは(しろ)と呼ぶんですの?」

「……」

 

まぁ、いつかは突っ込まれると思っていたが…早々に突っ込んできたな。

黙秘権を行使しようとするが、二人の鋭い視線が突き刺さる。

どれだけの時間が経ったのか…結局俺は正直に話すことにした。

話したところで嘘と思われるだけだろうしな。

 

「嫁だ」

「「はぁ?」」

 

二人は突拍子も無い言葉に目を丸くする。

 

「前世の時に遊郭から攫った女だ。文字を見た時に呼び方が分からなかったから、(しろ)と呼んでいたのが定着したと言うだけの話だ。あいつ自身もそのままにしていたしな」

「えー、それはちょっと…」

「えぇ、ですが…楯無さん」

 

二人とも疑う様に此方を見た後、部屋の隅に行って何事か話し合ってる。

 

「ちょーっとおねーさんは信じられないわよ?」

「ですが、ああも真顔で言われると…」

「それが本当だとしたら、真逆の強力なライバルが…」

「くぅ…ですが、負けてもいられませんわよ!」

「そこはおねーさんも同意よセシリアちゃん」

 

すまんな、全部聞こえているんだが…俺は聞こえていないフリをしてガッチリと握手をする二人を眺める。

 

「二人の仲が良いようで俺としては嬉しいがな…とりあえず、信じるかどうかはお前達次第だ」

「ら、ライバルでもありますし、仲が良いのは…!」

「そうそう、当たり前よねぇセシリアちゃん」

 

顔を赤くするセシリアに楯無が後ろから抱きついてセクハラをし始める。

 

「ひゃん!やめてくださいまし!」

「ここかー?ここがええのんかー?」

「おい馬鹿やめろ、百合風景は今求めていない!!」

 

生殺しは勘弁してもらいたい…禁欲生活が続けば悟りが開けると思っていたが、どうやらそういう訳でもないようだ。

 

「病室で騒ぐな小娘共!」

 

修羅が女神に見えるな…千冬さんは騒ぎを聞きつけ出席簿で楯無とセシリアの頭を思い切り叩く。

 

「まったく、騒がないと言うから見舞いを許可してやったと言うのに…出ていけ、二人共」

「わかりましたわ…」

「はーい…」

 

俺はホッと一息つき、千冬さんを見る。

 

「すまん…助かった」

「全く…お前も一夏の事を強く言えんではないか」

 

ご尤もだ…最も気持ちを知っていて中途半端にしている分、一夏より質が悪いと言わざるをを得ないが。

 

「夕方には此処を出ても問題ない。だが、もう無理はしてくれるなよ?」

「承知した…漸く体を動かせるか…」

「これに懲りたら、突っ込むことはしない事だ」

 

千冬さんは俺の頭に拳でコツンと殴り、出て行く。

夕方までか…少し、眠ろう。

 

 

 

 

「「「お勤め、御苦労さまです」」」

「待て、いつから俺は筋者になったと言うのだ…?」

 

寮の食堂へと向かうと、クラスメイトののほほんと鷹月、佐竹が頭を下げて出迎えてきた。

 

「いやー、防護シャッターを正拳突きでぶち壊して」

「悲鳴を聞くや否や外へと飛び出し、ピンチの生徒を救う」

「かんちゃんが、ヒーローみたいって言ってたよ〜」

「かんちゃん?」

 

布仏の愛称は微妙に原型を留めんからな…クラスメイトの誰かの名前だろうか?

俺が首を傾げていると、のほほんが補足してくれた。

 

更識 簪(さらしき かんざし)、かいちょ〜の妹だよ〜」

「奴の妹か…気苦労が絶えなさそうだな…更識妹は…」

 

心の中で深く同情する。

恐らく、ダメな姉としっかり者の妹と言う図式が成立している事だろう。

 

「おー、ローローが何かスゴクシツレイな事を考えてるな〜」

「いや、恐らく事実だろう。まぁ、良い。明日からまたよろしく頼む」

 

のほほんの頭を撫でながら、鷹月と佐竹を見る。

 

「こちらこそー」

「よろしくねー」

 

俺は三人と別れて、久々にまともな食事となるのでお粥を購入する。

胃に優しいだろう?

今まで点滴だけだったからな。

 

席に着き、ありがたくお粥を食べ始めると何やら視線を感じる。

 

「なんだ?」

 

振り向くが誰もいない。

気配も無く俺は首を傾げる。

恐らく、興味本位で俺を見ているだけだろう…俺はそう結論をくだし、食事を続ける。

 

「ろ、狼牙…」

「鈴か…どうした?」

 

鈴が目の前に浮かない顔をして歩いてくる。

 

「いや、この間悪いことしたなぁって…」

「反省しているならそれで良い…間違いを己で正せるならば、俺が言う事は何も無い」

「で、でも!」

「友達だろう?少なくとも俺はそう思っている」

「……」

 

俺は食事の手を止め鈴を見る。

やれやれ、気持ちの切り替えができん奴だな。

俺は立ち上がり鈴の頭を優しく撫でる。

 

「過ちを犯さん人間などこの世界にどれ程居ると言うのだ…過ちを恥じる気持ちがあるならば、正して俺に見せてくれ…今回はそれで手打ちだ」

「わかったわ…ありがと…」

「何のことだかな」

 

俺は笑みを浮かべ、再び食事に戻る。

 

「約束…良かったのか?」

「いいのよ、どっちにしたって鈍感なままだし…ちゃんと意識させてからまた言ってやるわよ」

「今度は味噌汁で言うんだぞ?」

「ちょっ!?んもう!!」

 

鈴は机を叩き顔を赤くして此方を見てくる。

俺は涼しい顔でそれらを受け流す。

 

「なんにせよ、何事も無く終わって良かったがな…」

「あれ?聞いてないの?」

 

俺はお粥を食べ終え満足していたところに不思議そうな声がかかる。

 

「何のことだ?」

「あたしと一夏があのISとやり合ってる時に…箒って言ったっけ?あの子が無茶やらかしてね」

「また箒か…」

 

ジクジクと胃が痛むような気がしてくる。

俺は片腕で腹を抑えつつ、続きを促す。

 

「戦闘中だってのに、放送室に乗り込んで一夏にエールを送ったのよ…あの時は肝が冷えたわー」

「誰か奴に自制心を叩き込むべきだ……」

「それ、アンタに言われたらお終いよ?」

「力が無い奴が戦場にいても邪魔なだけだろうに…」

「あたしは気持ちが分からないわけでもないけどね…」

 

俺以外の怪我人が居なかったという話だから、箒は無事なんだろうが…。

送るべき言葉を間違えてしまっただろうか?

 

「まぁ、怪我人が俺だけだったのは幸いと言う他無いな」

「機体にダメージ無いのに、なんでボロボロになってるんだかね…」

 

鈴は呆れ顔で此方を見て肩を竦める。

それもこれも瞬時加速って奴が悪いんだ、鈴よ。

 

「無理無茶無謀は俺の専売特許とな…明日から俺も登校する…またよろしく頼む」

「はいはい、あんたも頑張りなさいよ」

 

鈴とはその場で別れ、俺は部屋へと向かう。

明日からまた姦しい日々の始まりだ。




漸く、凡そ一巻の内容が終わりました…。
次はあの二人の前に妹君にご登場願います。

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