【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜 作:ラグ0109
「なぁ、セシリア」
「なんでしょう?」
衝撃のプロポーズ事件の翌日、俺とセシリアは今後の一夏絡みの問題を話し合いながら登校していた。
玄関の靴箱で上履きに履き替え、学内掲示板を眺めている時に一枚の知らせを見つけた。
「どうにもあの男はくじ運が良いのか悪いのか分からんな…」
[都合の良い巡り合わせよねぇ]
苦笑しながら知らせを指差すと、セシリアはつられる様に見る。
「クラス対抗戦日程表…?」
「一回戦を見てみろ」
クラス対抗戦はリーグ戦形式で争われる。
その一回戦の組み合わせは、一夏と鈴の組み合わせだった。
「もういっその事殴り愛すれば良いんだ、奴らは」
「殺伐としていますわね…鈴さんは本当に話す気はないのでしょうか?」
何度も言うようだが鈴は猪娘。
自身が決めた道筋は、そうおいそれと変えることができないのである。
根が良い奴な分そういう所で損をしていると思うし、実際損をしている。
「恐らく、意地でも話さないし一夏を避けるだろうな」
「困ったものですわね…」
「最早止まらんだろうよ…賽は投げられたと言ったところだ」
今後起きる騒動に胃が痛い思いをしつつ教室へと向かう。
教室へ入るなり一夏がこちらへとやってくる。
「狼牙、相談があるんだが…」
「鈴から聞いている…」
「マジか…俺、一体どうしたら良いんだ?」
「そんなものは自分で考えろ…鈴も大概だが、今回は誰に相談してもお前が悪いと言われるだろうよ」
「全くですわ…一夏さんは反省してくださいまし」
セシリアも怒ったようなポーズを付け、席へと向かう
俺は自分の席に着き腕を組みながら目を閉じる。
「どうしろってんだよ…」
一夏も席に着き頭を抱えているようだ。
乙女心を理解せん限りは分からんだろうよ…。
一夏は他人のそういった好意を勘付く事はできるが、自身に向けられた好意にはとことん鈍感だ。
トラウマか何か抱えてるが如くだ。
だが、本人自体は気風のいい性格で顔も良い。
そのせいで、本当にモテる。
同じ学校にいれば大半の女子が一夏に矢印を向けるのだ。
弾や数馬は血涙を流しながらそんな光景を見ていたものだ。
「お前が思うようにすれば良いだけの話だ。今回ばかりは俺もフォローできんよ」
「本当に分からないんだ…約束はちゃんと覚えてたのに」
その覚え方が悪いと言うのだ。
あの効果音と共にタイキックしてやろうか…?
俺は盛大に溜息をつき肩を落とすのだった。
「はっはっは、面白い子ですね」
「笑い事ではないんだ、轡木さん」
昼休み、いつもの薔薇園でベンチに座り轡木さんと世間話をしている。
「いつもいつも、一夏は自分に対する好意に気付こうとせんのだ…」
「まだまだ、子供と言うことですよ。きっとLoveとLikeの境界線が分かっていないのでしょう」
そう言うものなのだろうか?
愛してると好きだ、と言う感情は似ているようで違うものだ。
愛は時折自身を苦しめる呪いのように感じることもある。
無論悪いものではない。
愛が無ければ愛する事など出来ないのだからな。
「だが、それにしても酷いだろう…面と向かって付き合ってくれと言われて、買い物に付き合ってくれと勘違いするだろうか?」
「彼はするのでしょうなぁ…なぁに、まだまだ子供な年齢ですしこれから大人になるのです。優しく見守っていってあげるのも友人の務めですよ」
ふむ…確かに未だ未成年…だがなぁ…。
俺は盛大に溜息を吐くと、再び轡木さんが笑う。
「はっはっは、あんまり溜息を吐くと幸せが逃げ出してしまいますよ?」
「最早、平穏が残ればそれでいい気がしてきた…」
「銀君は友達思いですが、些か自身を大切に出来ていないようですな…織斑君と凰さんの事も気掛かりなのでしょうが」
「中学以来の友達だからな…どうにかしてやりたいと思ってしまうのだ」
こんな見た目でも気にせず接してくれた奴らは貴重だと思える。
外見ではなく中身で判断できる人間がどれ程居るのだろうか?
俺はそう言った奴らこそを友と呼んでいたい。
「あら、おじ様…こんにちは」
「おや、楯無さん…サボりですかな?」
「サボりはいかんぞ、サボりは」
楯無がこちらへとコソコソとした足取りで歩いてくる。
本当に抜け出してきたのか?
「普段頑張ってるから良いのよ」
「生徒会メンバーの苦労がしれるな…」
苦笑しながら肩を竦めると隣に楯無が座る。
「楯無さんも普段は頑張ってますからねぇ…根を詰めてはいけませんよ?」
「狼牙君と違っておじ様は優しいなぁ…狼牙君は何かないのかしら?」
全く何を期待しているのやら。
「はいはい、頑張ってるな…」
「台詞がちょっと適当じゃないかしら?」
「抱き締めてはやらんからな」
不満顔の楯無の頭を優しく撫でてやる。
随分と髪質が良いな…そこは女子、余念がないという事か。
「ははは、お邪魔虫のようですな…ごゆっくり」
「おじ様!?」
「まぁ、そう見られても仕方無かろうな」
轡木さんに目礼しつつも楯無の頭を撫で続ける。
まぁ、偶には良かろうよ。
楯無は顔こそ赤くしていたが、目をトロンとさせ次第に大人しくなる。
「最近寝てないだろう…まだ時間があるから寝ろ」
「お言葉に甘えようかしら…」
楯無はこちらに体を預け、すぐに寝息を立て始める。
体勢的にキツかろうと、俺は楯無に膝枕をしてやる。
「何かと苦労をかけているのだろうな…」
たった二人の男子生徒で専用機持ち…学園に対する要求等もこの少女が処理している物もあるのだろう。
女子生徒からの不平不満等は教師陣よりも生徒会へと持ち込まれる筈だ。
どちらか一方へと肩入れすることもできないだろう。
「まぁ、今ぐらいは良いだろう…」
静かに眠る楯無の顔は安らかなものである。
信用されている証拠なのだろうが、男として見られてないのかと少し不安にならんでもない。
楯無を起こさない様に頭を優しく撫でる。
かつて居た世界でも引き取った子供をこうしてあやしたものだ…何とも懐かしい感傷に浸りつつ庭園を眺めていると、誰かを探しているように駆け回っている女生徒を見つける。
ヘアバンドに眼鏡…そして俺と同じく髪型は三つ編みだ。
恐らく楯無を探しているのだろうな。
位置的に楯無は向こうからは見えない。
このままやり過ごせるだろうかとも思うが、向こうはこちらに気付いたのか走ってくる。
「すみません…お嬢様!」
「静かにしてやれ…寝ている」
こちらに来た女生徒はどうやら楯無の家の関係者の様だ。
今まで学園中を走っていたのか、汗が流れている…ご苦労様だ。
「お嬢様がご迷惑をおかけしました」
「いつもの事だ…いや、此方が迷惑をかけているのかもしれんが」
楯無の頭を撫でたまま相手を見つめる。
「恐らくそちらは俺の名前を知っているだろう…名前を聞いても良いか?」
「えぇ、私は
「布仏…あぁ、のほほんの親族か」
虚はどうやらのほほんと違ってしっかり者のようだ…と言うか、妹キャラとのほほんの事を言っていたが本当に妹キャラだったとは。
「妹がいつもお世話になっているようで…よく話を聞いています」
「いや、アイツのおかげで何かと助かっている…アイツが居なければクラスの雰囲気が荒む」
実際のほほんが気を回して、先手をとって上手くクラス内を立ち回っている雰囲気を感じる。
何かと愚痴を聞いて回っているのだ。
俺が昼休みに箒に説教した時、直ぐにこちらに来たことからも分かる。
のほほんは、のほほんとしているがデキる女なのだ。
「布仏は何故更識を探しに?」
「目を離した隙に生徒会室から居なくなってしまって…今日中に始末しないといけない書類があるのですが…」
やはりサボりか…。
俺は軽い目眩を抑えるように眉間を揉みほぐし、溜息をつく。
「やはり忙しいのか?」
「お嬢様含めて三人しか居ないもので…」
「冗談、を言えるような人には見えんな」
単純に人手不足が原因か!
確かに楯無でしか処理できん書類もあるだろうが、完璧超人でも目指しているのか此奴は…。
「楯無、時間だ…起きろ」
「後五分…」
「後五分ではありません、お嬢様!」
俺は楯無の体を揺すり起こす。
案の定まだ眠そうに俺の膝にしがみ付いたが、虚の声にバッと体を起こす。
「虚…いつの間に…」
「先程です。書類を提出しなくてはならないのですから、早くしてください」
「いつまでたっても減らないんだもの…逃げたくもなるじゃない?」
「いいから、行け…後で手伝いに行ってやるから…昨日の詫びと言うわけでは無いがな」
座っていたベンチから立ち上がり、楯無に手を差し出す。
楯無は俺の手を取り、立ち上がる。
「タダ働きなら、おねーさん大歓迎よ?」
「あぁ、タダ働きだ…午後の授業が終わったら生徒会室へ行くからな…逃げるなよ?」
「すみません、銀君…最後の一人が妹であまり働かないものですから…」
のほほんではなぁ…逆に足を引っ張りかねんな。
とりあえず、学生は学生らしく本分を全うしよう。
俺は虚に引きずられていく楯無と別れ教室へと向かうのだった。
「なぁ、いくらなんでもこれは貯めすぎだと思うんだがな…」
「これでも減らした方なのよ?」
放課後の生徒会室。
今日の訓練は、訓練機の貸し出しもあると言うことで箒も参加。
些か、箒と仲が悪い俺はセシリアに後を任せておいた。
生徒会室と言うだけあって会議にも使うのか中々広く、備品や調度品も学生が使うものにしては質が良い。
俺は席の一つに腰掛け必死にペンを走らせていた。
兎に角、多いのだ。
学園内に纏わる政の殆どが此処に集約されているそうだ。
で、あれば必要な書類も必然的に増えてくる。
重要な書類だけでも塔の様に生徒会長の机に山積みされているのだ。
「人手不足も解消できんのか?」
「中々お眼鏡に叶う人がいないのよ…と、なると幼馴染達しか頼れないじゃない」
「に、してもだな…」
手伝うと言ったことを軽く後悔しつつ、ぺったんぺったんとハンコを押していく。
無論手は抜かず中身の確認もキチンと行っている。
「この時期はクラス対抗戦が近いですからね…外部からのお客様が居ないとは言え、いつもより申請することが多いんです」
虚が紅茶を淹れて持ってきてくれる。
彼女の紅茶は非常に美味しい。
茶葉も勿論良いものを使っているのだろうが、淹れ方が上手いのだ…口に含んだ時の香りが華やかなのだ。
更識家メイド恐るべしと言ったところか。
「本当に美味しいな、これは…タダ働きとは言ったが報酬がこれなら頑張れる」
「虚の紅茶を飲んだら、そうおいそれと他所では飲めないわよ?」
「ありがとうございます」
互いに視線は交わさず、しかし雑談は止めずに書類を処理していく。
今後も暇を持て余した時は此処で手伝ってやるのも良いかもしれんな…紅茶目当てで。
「紅茶目当てで此処に来るのなら、所属してみる?」
「何故バレた?」
「女の勘よ…何にせよ今、一夏君も狼牙君も部活に所属してないでしょ?」
この学園、生徒は必ず部活に所属することになっているのだが…たった二人の男子の所属を巡って各部で紛糾。
結果として部活に所属できないで居た。
「そんな事をすれば苦情で溢れかえるんじゃないか?」
「どちらにせよ苦情が来そうなのよ…いつまで部活動に所属させないんだって」
何ともまぁ…自分勝手な話だな…。
ただ、俺の場合部活に所属しても幽霊部員化しそうだが。
「現状維持が一番波風立たなそうだな…」
「気が向いたら教えてね」
気が向いたらと言うより、最終的に所属しそうな気がする。
それも遊びの駒にされた挙句にである。
…その前に所属することを視野に入れておこう。
「承知…さて、こちらは終わったぞ」
「おつかれさまでした」
「ありがとうね、おかげで楽できたわー」
「人員補強を強くお勧めしておこう…また後でな」
いつか、楯無に言われた一言を口にして俺は生徒会室を後にした。