【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜   作:ラグ0109

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クールーロウは恋の味

「ふっ…くぅ…」

 

制服を着たまま、朝までぐっすりと寝ていた俺はゆっくりと体を起こす。

頭が痛い…いやはや剣道を真剣に取り組んでいただけあって、竹刀と言えども鋭い剣筋だったな。

 

「風呂に入ろう…」

 

俺は寝惚けたままの頭を覚ます為に、着替えを用意してシャワールームへと向かう。

服を乱暴に脱ぎ捨てシャワーを浴びる。

熱湯が頭の傷にしみるが、構わずに髪の毛を洗っていく。

 

「随分と長くなったな…何処まで伸びるか…」

 

女みたいに、とは思うが大切に伸ばしてきたものだ…切る羽目になってしまったら落ち込んでしまう。

ふと、脱衣所からごそごそと物音がする。

楯無が目を覚ましたのか?

楯無は割と目覚めが悪い。

日頃の公務が中々忙しいらしい。

IS学園は、ある意味一つの国家と言っても過言ではない。

日本が運営するという形を取っているが、日本ですらおいそれと簡単にこの学園に干渉ができない。

各国家の機密が集う場所ゆえの公平性が求められているのだ、仕方ない。

基本的な運営こそ教師陣が行っているが、学園内の内政は生徒会の一存で決められている。

楯無は生徒会長…つまり生徒会の長だ。

普段は、巫山戯た奴だが…きっとああやって日頃のストレスを発散しているのだろう。

若い身空で大した苦労人だ。

 

「ん……」

「は……?」

 

がちゃ、と言う音と共に素っ裸の楯無が入ってきた。

スラリとして、出るところは出ている彫刻のようなプロポーション。

白磁のような肌は、きめ細やかで非常に美しい。

さながら美術品だ。

 

「よし、楯無…俺は何も見ていないし、お前も何も見ていない」

 

脳裏に既に焼きつかせておいて何を言っているのだろうか。

しかし、悲鳴を上げられては事だ…最悪骨になってしまう。

 

「狼牙、君……?」

 

楯無は徐々に頭がはっきりしてきたのか、俺の身体を凝視している。

以前にも言ったが俺の身体は事故の傷跡が今も色濃く残っているのだ。

女性には見るに堪えんものだ。

 

「いいか、楯無…頼むから悲鳴だけはあげてくれるなよ…俺は出るから、使え」

「う、うん…」

 

顔は赤かったかもしれん…なんせ、相手が相手だ…暫く頭から離れんだろうな…。

俺は楯無と入れ替わるように脱衣所へと出る。

俺はコアネットワークでセシリアへと連絡する。

 

『おはよう、セシリア』

『おはようございます。何かございましたか?』

『すまんが、少しトラブってな…今日は行けそうにない』

 

まさか、見るし見られるしとなるとは思わなかった。

こう言うのは一夏の仕事では無かったのか…?

 

『大丈夫ですか?問題なければ其方へと伺いますが…』

『そこまで大事にはなっていない。今度の休み、埋め合わせをさせてくれ』

『よろしいんですの!?』

 

まぁ、一夏の面倒も見てもらっているし…画材も少なくなってきた。

デートという訳ではないが二人で出掛けるのも良いだろう。

 

『あぁ、時間は追って伝える。今日はすまなかったな』

『いえいえ、では教室で』

 

制服に着替え、ベッドに腰掛ける。

楯無も制服に着替えこちらにやってくる。

 

「事故とは言え見てしまった…すまない」

 

俺は深々と頭を下げる。

好かれているからと言うのは関係あるまいよ。

筋は通さねばならんわけだしな。

 

「え、あ…私も見ちゃったしね…」

「俺の身体なんぞは、どうでも良いからな…」

 

深く溜息を吐き楯無を見る。

顔を真っ赤にしている、のは当たり前か…女子だしな。

 

「あまり見ても面白いものはなかっただろう?」

「経歴は調べてたけど…ご両親を亡くした時の?」

 

俺は静かに頷く。

腹の中身は他人の物もある。

記憶には無いが、それだけ凄惨な事故だったのだろう。

命があるだけ御の字だ。

 

「一夏は俺の傷を見て、サイボーグみたいだなと笑っていたな」

「その例えもどうかと思うわ」

 

今月いっぱいまでの付き合いではあるが、同居している以上今回の事件は引っ張りたくない。

ギクシャクすると居心地が悪いからな。

 

「ある意味的確ではあるがな。すまなかった」

「もう、良いわよ…見られても嫌ではないし」

 

その発言は色々とアウトではなかろうか…。

 

 

 

楯無は生徒会に行く用があると言うので、俺は朝食を取らずに真っ直ぐ学校へと向かっていた。

 

「おはよう、狼牙」

「お…おはよう」

 

後ろから一夏と箒がやってくる。

 

「あぁ、おはよう」

 

俺は軽く手を振り応える。

やはり箒は、居心地が悪そうだ。

昨日の今日だからな…仕方あるまい。

 

「狼牙、怪我は大丈夫か?」

「お前はいつも真っ直ぐに聞くな…全く…。頭の怪我は割と小さなモノでも派手に血が出る…大したことはない」

 

俺は呆れつつも、頷く。

一夏の隣を歩く箒へと目を向ける。

 

「言い出しづらそうだから、勝手に言うがな…気にするな、過ちを認めたのならばそれを糧に成長しろ。お前は立派な剣士なのだからな」

「す、すまなかった…」

 

随分と素直だな…まぁ、これを気に竹刀にしろ木刀にしろ振るうのは稽古か試合中にしてもらいたいものである。

一夏の為にも。

 

「一夏は大丈夫だろうが、今回の件は箒の反省で手打ちだ。あんまり蒸し返してくれるなよ?」

「おう、わかった」

 

互いに拳を打ち合わせ笑う。

 

「その、銀は…一夏との付き合いは長いのか?」

「箒ほど長くはない…二年と少しくらいか?」

「あぁ、そんなもんだったと思うぜ」

 

一夏、弾、数馬(かずま)、鈴…大体つるんでいたのはこの辺りか。

皆、良い奴らだ。

今度の大型連休で会いに行くのも良いかもしれんな。

 

「中学の時に同じ学区に引っ越してきてな。それ以来の付き合いと言うわけだ」

「初めて会った時は外人かと思ったぜ」

「銀は見た目が普通じゃないからな…」

 

日本人に同じ見た目の奴が居たら、お目にかかりたいものである。

 

[昔の見た目とそっくりだものね…銀髪に金の瞳に]

 

トレードマークと言われたらまぁ、その通りだろうな。

 

「だが、両親は黒髪黒瞳だ」

「それも不思議な話だな」

 

箒は腕を組み此方を見てくる。

おかげで、お前の姉から解剖依頼がひっきりなしに来ていたりしたんだが…。

 

「なぁ、箒…束さんの事なんだが…」

「銀…私はあの人と仲直りする気は無い…分かろうとも思わない」

 

取りつく島も無いな…いつまでもそんな態度をとっていられる訳でも無かろうに。

 

「箒…家族なんだしさ」

「一夏に言われても無理だ…あの人の所為で私は…」

 

箒はそれだけ言うと足早に学校へと行ってしまう。

俺は一夏と顔を見合わせ肩を竦める。

 

「お前のところとは、偉い違いだな?」

「箒は頑ななんだよな…もう少し融通利かせても良いと思うんだけど」

「なんにせよ、たーさんが行動を起こさんといつまで経っても変わらんと思うがな」

「そうかもなぁ…」

 

どうせ、どこかで聞いてるだろうし俺はあえて渾名で呼び忠告する。

家族の絆は家族でしか癒せないものなのかもしれんからな。

 

 

 

 

放課後一夏をセシリアと二人掛かりで実戦形式で虐め抜いた後、俺とセシリアは夕食までの間少し遠回りして寮へ向かっていた。

 

「埋め合わせ、と言っても買い物に付き合う位しか思いつかなかったんだが…構わんか?」

「えぇ、狼牙さんとお出掛けですもの…時間はどのようにしましょうか?」

 

林の中の遊歩道を歩きながら、休日の予定を詰める。

ふむ、デートか…この世界では初めてかもしれんな。

 

[あっちはあっちで、出掛けてもトラブル続きだったものね…]

 

酷いものだった…トラブルからやってくるんだからな。

今回はそんな事は無いだろう。

 

「11時に校門で待ち合わせよう。外出届は、こちらの方で手続きをしておく。昼食も出先で食べれば良いだろう」

「ありがとうございます。フフ、楽しみですわ」

 

気分的には昨夜のプリンの笑顔より今の笑顔の方が断然良く思える。

 

「あまりハードルを上げんでくれ…これでも緊張しているんでな」

「狼牙さんは紳士的ですもの、期待しない方が可笑しいと言うものでしょう?」

 

クスクスと手で口元を隠しながら笑うセシリア。

迂闊な事はできんな…。

 

ふと、木陰に見知った人物が膝を抱えて座り込んでいた。

鈴である。

 

「鈴?どうしたんだ、こんなところで」

「狼牙…ぐす…」

「鈴さん?」

 

セシリアと顔を見合わせ、鈴を見るとこちらに泣きながら抱きついてくる。

 

「一夏が…一夏が約束覚えてながっだぁ…!」

「話が見えん……」

「何があったのか聞かせてもらえませんか?」

 

俺たちは、鈴と一緒にベンチへと向かい鈴をベンチに座らせた。

暫くグスグスと泣いていたが漸く落ち着いてきたのか、ゆっくりと深呼吸し始める。

 

「さて、鈴…大体の予想はついてるんだが、話してもらえるか?」

「うん…あたしが、中国に引っ越す前日の話なんだけど…」

 

正直途方も無い話を聞かされてしまった。

要約するとこうだ。

当時の鈴はあまり料理が上手ではなく、それでも一夏の為にと頑張って料理を勉強していた。

そんなある日両親が突然の離婚。

鈴は中国へ渡ることになる。

離れ離れになってしまう想い人になけなしの勇気を払ってこう言ったそうだ

 

『料理が上手くなったら毎日あたしの酢豚を食べてくれる?」

 

と……。

 

だが、その想い人…脳が火星にでも逝っているのかプロポーズの言葉とは思わず、こう勘違いしていた

 

『あぁ、タダ飯食わせてくれるんだろ?』

 

なぁ、一夏…流石に俺でもこれは看過できんよ…。

 

「それは…本当ですの?」

 

信じられないと言った表情で鈴を見るセシリア。

どっちの意味で聴いてるのか…まぁ、一夏の受け答えに関してだろうが。

 

「なんなのよ…なんでああ言う風に考えるのよ!!」

 

悲しみから急遽怒りへと感情が変化する鈴。

 

「そもそもだな…なんで酢豚なんだ…普通は味噌汁だろう…台詞的に…」

「だ、だって…味噌汁だと直球すぎて恥ずかしかったんだもん」

 

だもんでは無い…鈴も中学時代の一夏を知ってるだろうに…朴念神だぞ、奴は。

 

「なんと言うか、あんまりですわ…」

 

額に手を当て呆れるような顔をしているセシリア…そうだな、二人ともあんまりだな…。

 

「鈴は一夏の事を朴念神だと理解していただろうに…直球で告白しても曲解の果てに涙に沈んだ女生徒が何人居たと思っている…」

「そうだけどさ…でも!気づいてくれたっていいじゃない!」

 

気付いてくれれば俺も弾も数馬も苦労せんで済んだんだが?

 

[想定以上だわ…一夏君面白いわねぇ…その内刺されるんじゃない?]

 

白よ…恐らく女性トラブルで俺がとばっちりにあう。

 

「もういい、一夏が過ちに気付いて謝るまで絶対に口聞いてやらないんだから!」

「一夏は絶対に動かんと思うがな…」

「えぇ…今までの話を聞く限り、何を間違えているのか分かってないと思いますわ…」

 

俺は深いため息をつく。

どうして、こう…一夏は女性関係が壊滅的に酷いんだ…?

 

「まぁ、鈴がそれで納得すると言うならば構わんがな…自分で説明して改めて告白した方が利口と言うものだ」

「そ、それは…」

「そこで奥手になってしまうのはどうなのでしょう?」

 

恐らくセシリアはあまり人の事を言えないと思うんだ、俺は。

 

「とにかく!あたしは一夏が来るまでもう話さない!」

 

鈴は、こうと決めたらひたすら突き進む猪娘だ。

こうなっては最早止められん。

 

「分かった…フォローはしてやれんが…まぁ、頑張れよ」

 

俺は諦めと同時に深く溜息をつき、一つの決心をした。

明日の訓練は一方的に蹂躙してやろう、と。

 




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