【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜   作:ラグ0109

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こどもたち

放課後、第三アリーナ。

俺と一夏、セシリアはISを纏い三人で機動訓練を行っていた。

 

「一夏さん、訓練と言えど実戦の様に思わなければ身に入りませんわよ?」

「くっ…わかってる!!」

 

飛行コースに無数の障害物を設置し、セシリアと俺は苦もなく飛行して行くが一夏は所々でぶつかってしまっていた。

 

「実戦で輝くからな…ふむ、では一通り飛んだらコースも覚えるだろう。レースでもしてみるか?」

「レース、ですか?」

 

IS競技にキャノンボールファストと呼ばれる何でもありのスピードレースがあるそうだ。

その時は機体を速度特化の改造を施してやると言う事なので、俺は少し楽しみにしている。

話が逸れたな、先程も言った通り一夏は実戦で輝くタイプの人間だ。

訓練と言うより遊びのような感覚になってしまうが、飛行を馴染ませるのに役立つかもしれん。

 

「あぁ、障害物はさっきと同じで、妨害は無し、瞬時加速も無し…ビリが今夜の夕食を奢る、と言う感じだ」

「よぉし!勝つぞ!」

「ふふ、ではそのように」

 

俺たちは一通り飛んだ後一列に並び、カウントをスタートする。

 

「勝っても負けても恨みっこ無しだぜ!」

「早々簡単に勝たせませんわよ?」

「速度特化が負けるわけにもいかんだろう?」

[リミッターは掛けたままにしておくわね]

 

なん…だと…。

おれは一瞬絶望としつつも、気をとり直しカウントゼロと同時に弾かれたように一斉にスタートする。

徐々に障害物が迫り、すれすれで避けるように加速をかけていく。

しかし、セシリアの方が機動に無駄が無いのだろう。

僅かにセシリアが先行し始める。

 

「っ…こうか…!」

 

背後を追ってきた一夏は、俺たちの機動を真似て試行錯誤をしている。

徐々に障害物との接触が減り、動きが良くなり始める。

普段の生活態度からは分からないだろうが、一夏は目が良い。

相手を見て、弱点を探し出す嗅覚が発達している。

ただ、調子に乗りやすいのはやはり年齢故の若さから来るのだろう。

心技体揃った時に一夏はきっと望む力を手に入れているだろう。

 

「先ほどと打って変わって飲み込みが早いですわね」

「実戦でこそ輝くタイプだからな…どうにも訓練は身に入らないのは問題だが」

 

飯をかけて追い込むのも良いかもしれんな…。

 

[あんまり、お財布をイジメるのもどうかと思うわよ?]

 

その点はあまり心配はしていない。

なんせ、立場上は学園から貸与されているとは言え倉持のテストパイロット扱いだ…高校生には不釣り合いな収入があるだろうよ。

とは言え、千冬さんと二人きりで暮らしていただけあってか、微妙に主婦根性がついてしまっている一夏…それなりにプレッシャーに感じることであろう。

一夏は機体の機動を安定させ加速させ始める。

 

「よし、こうすれば…って…うおっ!!」

 

突如一夏は急加速を行い操作を誤ってコースアウト。

アリーナのエネルギーシールドにぶつかり墜落する。

 

「一夏!」

 

俺は慌てて瞬時加速を使い一夏を捕まえてゆっくりと降りる。

 

「わりぃ、いきなり吹かし過ぎた」

「瞬時加速を中途半端に成功した感じになってましたわね…」

 

セシリアが遅れてこちらにやって来る。

 

「瞬時加速ってあんな感じなのか?」

「そうホイホイできるような物ではないのですけれど…スラスターに外部エネルギーを溜め込ませて一気に放出するのが瞬時加速。恐らく先ほどのは偶然スラスターにエネルギーが溜まりこんだのでしょうね」

 

で、それをスラスターを吹かした時に瞬時加速になりかけた、と。

 

「この分なら練習すれば瞬時加速を直ぐにマスターできそうだな」

「本当か、狼牙?」

「あぁ、お前は俺たちの機動を見てて試行錯誤をしていただろう?明日から実戦でフルボッコにしてやるから、その間に身につけろ」

「一夏さんには少々酷なやり方ですが…訓練では身につかないのでは、仕方ありませんわね」

 

頑張れよ、一夏…物覚えの悪い自身の脳を恨むがいい。

一夏は四つん這いになってガックリと項垂れ、そんな様子を見て俺とセシリアは笑う。

 

「さて、今日の勝負は有耶無耶だからな、無効試合としておこうか」

「残念ですわね…一番高いスイーツを奢ってもらおうと思ってましたのに」

「セシリアも案外鬼だよな…」

「ほほほ、何のことだか分かりませんわね」

 

セシリアは白々しく笑う。

本当に変わったものだ。

俺はしみじみと思い頷く。

 

「何遠い目してるんだよ?」

「いや、この調子で平穏な学園生活を送りたいものだと思ってな」

 

俺は肩を竦める。

ただ、箒の事は気掛かりだ…どうにも若さ故に、という感じがしない。

あれは、むしろ染み付いてしまった生き方なのかもしれん…。

 

「箒と何かあったのか?」

「一夏が気にするほどでもないさ…大丈夫だ」

「でもなぁ…昼から凄い不機嫌なんだぜ?」

「本当に大丈夫なんですの?」

 

良い友人を持ったものだな。

俺が、と言うよりも箒が大丈夫なのか、と思っている。

 

「俺よりも箒だろうな。部屋に帰ったら、色々と話を聞いてやってくれ」

「お、おう…」

 

一夏もセシリアも一先ずは納得してくれたようだ。

俺は天狼を待機状態に戻し、笑う。

 

「ありがとう、俺は良い友に恵まれた」

「おう、俺たち親友だろ?」

「と、とも……コホン、ありがとうございます」

 

一夏は満面の笑みを浮かべ、セシリアは微妙な笑みを浮かべている。

少々意地悪すぎるだろうがな…楯無に対してにしろセシリアに対してにしろ、どうにも臆病風に吹かれていかんな。

 

「鈴を待たせてやるわけにもいくまい…そろそろ帰ろうか」

「じゃ、俺は先行ってる…悪いけど後片付け頼む」

「任せておけ」

 

一夏を先に送り出し、セシリアと一緒に道具を片付けていく。

 

「今日の詫びだ、さっき言っていたスイーツとやらを奢ろうか」

「いいんですの!?」

 

やはり女子、甘いものには目がないとみえる。

 

「食い付きが良いな…そんなに美味いのか?」

「えぇ、瓶を容器にしたプリンなのですが…濃厚な卵とミルクの香りが…ウフフ…」

 

トリップする程か…恐ろしいな食堂のシェフ共…。

 

「さぁさぁ、行きましょう!売り切れてしまいますわ!」

「分かった、分かったから押すな…」

[お熱いことね〜]

 

迂闊な発言だったと反省するとしよう。

俺はセシリアに押されながらアリーナを出ていった。

 

 

 

プリン一個二千円。

なんとプレミアムな響きだろうか。

しかも大衆的なあの、なめらかなプリンと同じくらいの大きさの瓶の器に入っているプリンの値段なのだ。

俺の感覚がおかしいのだろうか?

プリンに使われている材料を知りたいものである。

 

「んー……」

 

セシリアはスプーンでプリンを掬い、幸せそうに頬張っている。

この笑顔プライスレス。

 

[体があったら私も食べてみたいものね…プレミアムプリン]

 

値段と量が釣り合ってないと思うのは、俺が貧乏性だからなのだろうか?

 

[フフ、どちらにせよ目の前のお嬢様は幸せそうじゃない]

 

まぁ、そうなんだがなぁ。

 

「美味いか?」

「ふふ、あげませんわよ」

 

相当に美味しいようだ…今度試してみるか。

今夜の分はセシリアの分で完売してしまったそうだ。

スイーツにかける女子の執念と言うのは財布の紐でさえ容易く緩めてしまうものなのだろうか?

 

「今度自分で買って食べてみるとしよう」

「きっと病みつきになりますわよ?」

「それは楽しみにさせてもらおう」

 

二人で喋っていると後ろから抱きつかれ、あまつさえ頭に二つ柔らかいものが乗っかってくる。

 

「楽しそうね〜、おねーさんも混ぜてほしいかな?」

「更識か…その、なんだ…乗っかっている」

「乗せてるのよ♪」

「ちょっと、離れてくださいまし!!」

 

犯人は楯無だった。

密着しているせいか、女性特有の良い香りがしてくる。

まさか、胸部装甲を頭に乗っける日が来ようとはな。

 

[いい加減おっぱ…]

 

意識しないようにしているんだ、言わせるな恥ずかしい。

 

[フフ…あの時よりは、からかい甲斐があるわねぇ]

 

あまり嬉しくないな…おい…。

なんにせよ、どうしたって意識してしまうので顔が赤くなってしまうのが分かる。

 

「えー、や・だ」

「キーッ!狼牙さんもなんで離れてくださらないのですか!」

「無理矢理引き剥がしても構わんが、それで怪我されても困るしな…」

 

必死に頭を回転させ、俺は頭の感触から意識を逸らそうとする。

 

「とりあえず、更識…暑いし、周囲の視線が怖い」

「狼牙さんが困っていますわ!」

「青少年的には美味しいわよね?」

 

セシリアが楯無に駆け寄り引き剥がそうとやってくる。

楯無は楯無で楽しそうに笑いながら俺にしがみつき離れようとしない。

一体、俺が何をしたと言うのだ…?

 

[気持ちに気付いておきながら放置しておいて、それは無いわよね?]

 

ごもっともだ。

だが、俺は伝えられていないし…何より今の関係を壊したくないとも考えている。

誰かを好きになれば、失った時が恐ろしい。

それは白の時しかり、両親の時しかり…臆病になってしまったものだな。

 

「あぁ、俺も男なのでな…不味いかと問われれば役得すぎて美味いと言ってしまう」

「ふふーん、素直でよろしい」

「狼牙さん!」

 

眉間を揉みながら、深く深呼吸する。

 

「ましてや、美女による取り合いだろう?男冥利に尽きると言うものだ」

 

そこでパシャり、とカメラのシャッター音が響く。

 

「スクープよ!!早速記事にしなきゃ!!」

 

黛 薫子である。

先程から視界の端でチラチラと写っていたので、何やら企んでいると思っていたが…。

 

「お、お待ちなさい!」

「ちょっと、薫子!?」

 

二人は俺を取り合っていると言う状況を写真に取られ、顔を真っ赤にして俺から離れる。

感触的に名残惜しいものを感じつつも安堵の息を吐き出す。

 

「あ〜ばよ〜、会長〜!」

「仕留めますわよ更識先輩!」

「合点承知!薫子、待ちなさい!!」

 

恥ずかしい新聞を書かれるとあってか、セシリアと楯無は共通の敵を追い詰めるために黛を追いかけるために走り去っていく。

……悪は去った!

 

[乙女に言う台詞ではないわよ…ロボ]

 

何度でも言おう…ここは女の花園…今の状況は居心地が良いとは言えんのだ。

見てみろ、あの生暖かい視線を…生修羅場を見て喜んでいる奴もいる位だぞ?

 

[本当に男と接点がないと若い時はこんなものよ?]

 

何とも嫌な話だ…。

俺はセシリアの分の食器も片付けて部屋へと向かう。

 

部屋へと向かっている最中、あまり関わりたくない部屋の前で言い合いをしている二人を見つけた。

箒と鈴である。

あえて言おう…一夏絡みなのは一目瞭然であり、所謂混ぜるな危険と言うほどソリが合わないだろう。

どちらも気が強いのだ。

 

「部屋替わっても良いわよ、幼馴染だし篠ノ之さんも男とは嫌でしょ?」

「ふ、巫山戯るな…ここは私の部屋だし、一夏の面倒を見ているんだ!」

 

まぁ、そうなるな…正妻戦争とは良く言ったもので、この二人は一夏の一番でありたいと願っている。

肝心の旦那がその好意と行為に理解を示さないのが一番の問題なのだが。

 

「鈴、相変わらずフットワーク軽いんだな」

「あたしはボストンバッグあれば何処へだって行けるのよ」

 

どうやら一夏も居たのか鈴に半ば呆れた声をかけ、鈴は小さな胸を張って笑っている。

 

「とにかく、今日からあたしもここに住むから」

「勝手なことを言うな!ここは私の部屋だぞ!?」

「『一夏の部屋』でもあるわよ?」

「俺に振るのかよ!」

 

どうにも雲行きがあやしいな…

 

「とにかく、部屋は替わらん!自分の部屋に戻れ!」

「ねぇ、一夏、あの時の約束…」

「無視するな!こうなったら力づくで……!!」

「やめろ、箒!!」

 

箒は隠し持っていた竹刀を取り出し、鈴に振り被ろうとするところで割って入る。

 

「止めろ!忠告しただ…!」

 

箒は躊躇せずに俺に向かって真っ直ぐに竹刀を叩き落とす。

真っ直ぐすぎて欠伸が出そうだが…そう言う選択ならば仕方あるまい…甘んじて受けるか。

 

「お前も邪魔をするのか!」

「悪いが、子供の駄々で武器を振り回されてはかなわんのでな」

 

頭に叩き込まれたせいか、血が額を流れる。

俺は構わずに竹刀を掴みそのまま握りつぶす。

 

「鈴、部屋割りは千冬さんが行っている。文句があるならそちらへ行け」

「狼牙!なんで庇ったのよ!」

「お前の為じゃない、箒の為だ」

「狼牙、血が出てる!」

 

鈴は此方を見上げ怒った顔で見て、一夏は箒から握りつぶされた竹刀を取り上げる。

 

「箒、子供のように癇癪を上げるな…それでは皆離れてしまう。一人ぼっちになってしまうぞ」

「う、うるさい…私は…ただ!」

「武器を持てば痛みが分からなくなると言ったはずだ…炉に絆をくべ過ぎれば己を焼くとも…もう、寝ろ…少し、お前は直情過ぎる」

「何が分かるんだ…お前なんかに…!」

 

ポン、と箒の頭を撫でればすぐに手を払われる。

 

「一夏、あまり箒を責めないでやれ…ある意味俺の自業自得だからな」

「…わかった」

「鈴も今夜は自分の部屋に戻れ…さっきも言ったが寮長は千冬さんだからな?」

 

俺はそのまま歩き去る。

 

[避けるなり掴むなりできたでしょうに]

「それでは、アイツは冷静になれんだろう…武器を使って傷付けた…それを行ったことで自分を見つめ直してくれれば良いんだが」

 

きっと一人で居続けると、好いた相手だけが自分の世界になってしまう。

それは、あまりにも悲しいものだと思える。

 

「狼牙!」

「帰れと言っただろう、鈴」

 

鈴が追いかけてきて隣に並び、ハンカチを差し出してくる。

 

「これ、使いなさいよ」

「すまんな」

 

ありがたく受け取り、血を拭う。

 

「相変わらず、アンタは仲を取り持ってるの?」

「性分だからな…出来れば笑いあっていたいものだろう?」

 

鈴の頭を優しく撫でながら、笑う。

 

「まったく、これも相変わらずね…お父さんかっての」

「俺からすれば皆子供に見えるものでな。ハンカチは買って返そう」

「いいわよ、洗って返してくれれば」

 

ニッと笑って此方を見上げる。

相変わらず姉御肌で居るようで少し安心する。

 

「一夏も言っただろうがな…久々に会えて嬉しかったぞ」

「あたしもよ。それじゃ、また明日」

「おやすみ、鈴」

 

俺は自分の部屋に入り、鈴と別れる。

さて、どうしたものか…箒とは仲良くやりたいが…。

流れに身を任せるしかないか。

俺は電気もつけずにベッドに体を投げ出し、一人ぼっちの部屋で静かに眠った。

 


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