【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜   作:ラグ0109

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冬の微睡

十二月…季節は最早完全に冬に移り変わり、IS学園を色づけていた木々の葉はすっかりと落ちてしまい聊かさみしい印象を覚える。

昼よりも夜の時間が長くなり、洋上にある学園は夜になれば澄み切った夜空を彩る月と星々を見上げる事ができる。

しかし、冬…しかも海の上のこの場所は、骨の髄まで凍えそうな潮風が直接吹き付けてくる。

学園で生活を送る女子生徒は基本的にスカート姿なので、あの手この手で寒さを紛らわす努力を怠らない。

タイツやストッキングは言うに及ばず、ラウラの様にいっそのことスカートをズボンに取り換えてしまう荒業まで行う者までいる。

では、俺の愛する者たちはどうしているのか…と言うとだ…いっそ清々しいまでに変わらなかった。

強いて言うならば、校舎の外を移動する際にコートを羽織るくらいで何時もと大差が無いのである。

これはこれで、残念な様な気がするのだが…まあ、俺も変わっていないので人の事はあまり言えんか。

恒例の期末テストをいつも以上に無難に乗り切った俺は、寮の部屋の中でボンヤリと珈琲豆をミルでひいていた。

珍しく、やる事が無いのだ。

 

「……」

「調度品が西洋風なのに、ここだけ和風っていうのもなんか変だな」

「セシリアもラウラもこたつを使った事が無い…しかし、部屋が狭いので置くスペースが無い…と、なればこうもなろうよ」

 

さて…冬と言えば日本人のソウルアイテムである炬燵(駄目人間製造機)の出番である。

事の発端は、偶々簪が持っていた家具の通販カタログをセシリア達が見たことから始まった。

セシリアやラウラ、シャルロット達は、日本の文化に触れる事を楽しみにしているらしく、休日に三人で出かける姿を目撃することがある。

仲が良いのは俺としても嬉しいので、微笑ましく思っていたのだが…十一月の末になってセシリア達が炬燵を設置しようと主張し始めたのだ。

聞き出してみれば、簪が持っていた家具のカタログを読んで入ってみたいと言うことだった。

俺としては、寮は女性を意識して床暖房になっているし必要ないのでは…と、主張はしてみたのだが、楯無や別室であるはずの鈴達まで悪乗りして炬燵設置同盟を結成。

敢え無く俺の主張は却下され、四人部屋でやたらと広くなっていた俺の部屋に設置される運びとなった。

尚、費用に関しては主張した娘どもも折半して捻出した。

案外、金は腐るほど溜まっていたらしい…女性は出費が多いものだから出せないとタカをくくっていたんだが…。

 

「狼牙は、セシリア達に甘いよなー」

「一夏、惚れた弱みと言うのは案外効くものだ…」

 

サイフォンを丁寧にセットして珈琲を抽出し終えた俺は、二つのマグカップそれぞれに珈琲を注いで炬燵の対面に入っている一夏へと差し出す。

一夏は軽く俺に礼を言ってマグカップを受け取り、息で少し中身を冷ましてから少しずつ飲んでいく。

…なんだかんだと駄々をこねたが、結局俺も炬燵に入っているのでセシリア達に強く言えんな…うむ。

 

「あの入試試験から、あと少しで一年経つんだな」

「…今思えば、束さんが仕組んでいたようにも思えるな…雲に隠れる人参型の飛行物体に銀色リスに…」

「そんなのあったか?」

「見た…気がするだけなんだがなぁ…色々と説明がつかん」

 

軽くため息を吐いてから、一口珈琲をすする。

芳醇な香りと少しばかり強めな苦みが口に広がっていく。

テーブルの中央に置いてある菓子籠から、タケノコの形をしたチョコ菓子の袋を1つとる。

因みに一夏はキノコ側の人間で、姉上である千冬さんは○ッポ派閥の人間だ。

 

「やりかねないけどな…。でも、まぁ…平凡な人生って言うのからはかけ離れたところに来たよな」

「本当にな…細々と絵描きでもやりながら、孤児院を引き継ごうかと考えていたんだが」

「狼牙、子供好きだもんなぁ」

 

一夏のどこか揶揄うような言葉に素直に頷き、笑みを深める。

子供の面倒を見るのは昔から好きだった。

確かに手間もかかるだろう…思い通りに行かないことも多いだろう…だが、共に年月を過ごし、成長していくのを隣で眺めているのは、一つの充実感を得る事ができた。

…殊更、寿命が長かった俺にはそれが慰めにも似た何かだったのかもしれない。

それとも、奪うと言う罪の意識からの償いか…。

 

「気付けばどんどん成長していくしな…孤児院で過ごしていた期間は短かったが弟や妹達と過ごすのは本当に楽しかった」

「…昔に戻りたいって思わないのか?」

「それは、思わんな」

 

一夏は神妙な面持ちで、問いかけてくる。

そもそも…そもそもだ、どうして一夏がこんな場所にいるのかと言うと、二人きりで話がしたいと言われたからだ。

俺としては断る理由もなく、セシリア達も気を利かせてレストルームでを時間をつぶしてくれている。

十二月と言えば、イベントが目白押しの時期だ。

 

「お前が何に思い悩んでいるのかは分かるがな…結局は他人だ。自分が一番いいと思う方法をとるのが一番ではないか?」

「他人って…箒達はそんなんじゃ…!」

「…では、言葉を変えよう。お前は、俺か?」

 

大方、箒、鈴、シャルロットの三人にクリスマスデートのお誘いでも来たのだろう。

で、お優しい一夏はそれに答える事が出来ずに悶々としてしまっている。

傷つく痛みを知っているからこそのジレンマ、と言ったところか?

一夏は俺の言葉に静かに首を横に振る。

 

「いや、俺は俺だ」

「そういう認識をしている時点で、自分以外は他人だ。お前は優しい…残酷な程にな」

「優しいことが悪いのか?」

「時にはな」

 

優しさは温さ、温さは甘さだ。

全てをこの手に…なんてことは早々許されるものではない。

いや、俺が言ってはいけない盛大なブーメランだったな。

 

「あぁ、そういえばこんな言葉があったな…恋は現実の前に折れ、現実は愛の前に歪み、愛は恋の前に無力。どうあってもな、誰かを傷つけるのが生きると言う事なのかもしれんなぁ…」

「傷つけて…それで幸せになれるのか?」

「なぁ、一夏…存分に思い悩んで出した結論はな、受け入れられずとも納得させることはできる。そう急ぐ事ではないし、今は存分に悩め…お前はまだまだ青いからな」

「同い年の狼牙に言われたくない」

「なら、俺に相談を持ち込まん事だ…聞いて答えるくらいしかしてやれんからな」

 

ぱくり、と一口タケノコのチョコ菓子を食べてから珈琲を啜る。

口の中に広がる甘ったるさを珈琲が流し込み、さっぱりとしてくれる。

やはり、甘いものを食べるときはブラックに限るな。

 

「俺の言葉の通りにするかどうかはお前次第だ…所詮俺は対岸の人間…他人がとやかく言ったところで行動するのはお前自身だしな」

「それは…そうだけどさ…狼牙は、セシリア達と上手く付き合ってるじゃないか」

「あれはな、あいつらが仲良く一致団結して俺を囲っているからと言うのもある。先にも言ったが参考にするな…本当に男らしくないからな」

「……」

 

一夏は納得できないと言いたげな顔で、胡乱な目で俺の事を睨み付けてくる。

睨み付けられている俺はと言うと、最早そう言った目で見られ慣れているのかどこ吹く風と言った体で受け流している。

参考にするなとは言ったが、俺と同じように囲うなとは一言も言ったつもりはない。

一夏にそれだけの甲斐性が、あの三人にそれを許容できるだけの器量があれば、それはそれで上手く回るとは思うが。

 

「まぁ、決断を他人に委ねるのだけは止めておけ…逃げ道を作るつもりか?」

「そんなつもりは…」

「なら、良いがな…。どんな結果であれ、後悔だけはするな。今まで起こしてきた行動に対する侮辱以外の何ものではない」

「狼牙は…後悔したことあるか?」

 

一夏は真っ直ぐな瞳で俺を射抜いてくる。

嘘は吐くなと言わんばかりに。

…吐ける筈もなかろうさ…これでも、親友と思っているのだから。

 

「ある。血反吐を吐き、喉を掻きむしり、自身が起こしたことを悔やんでも悔やみきれないほどの後悔をしたことがな」

「っ…」

 

無意識に、胸元の天狼を強く握りしめていた。

遥か昔の話…そして、この世に生まれた後の話…どちらも…キツい思い出だ。

 

「だ、大丈夫か…?」

「…すまん、少し気分が悪いようだ…。生体同期型と言っても人の身には変わらんらしい」

「…狼牙は、ちゃんと人間だよ」

「そうか…そうであれば、良いが…」

 

どうやら顔が青褪めているらしく、一夏が心配そうな顔で俺の顔を覗き込んでくる。

トラウマはトラウマとして克服していかなければならんが…そう易々と克服はできんらしい。

俺は軽くため息を吐き出して、肩を竦める。

 

「まったく、俺と言う存在はどうにもここ一番で弱くて困る」

「お前が弱かったら俺は弱いなんてレベルじゃないだろ…まぁ、いいや。今日のところはぐっすり寝ろよ?」

「そうしよう…此処のところ変な事件も起きていないし、一度頭の中身を空っぽにするのが良いかもしれん」

「ははは、狼牙はいっつも眉間に皺を寄せてるからな」

 

一夏は俺の顔の真似なのか、眉間に物凄く皺を寄せて俺の事を茶化してくる。

その皺の寄りっぷりたるや、どこぞの世紀末覇者顔負けの寄りっぷりだ。

無意識のうちにあんなに寄せていたというのか…嫌な話だ。

 

「せいぜい、皺の跡が残らんように気を付けよう」

「皺を寄せてると皆、不安になるしな…狼牙は狼牙自身が思ってるよりも皆に慕われてるんだからさ」

「いやはやまったく…果報者だな」

 

ふと、無人機との決戦の一幕を思い出す。

確かに…慕われでもしていなければ、あの時送り出すなんてことはしてくれなかっただろう。

じわり、と心が温かくなるような感じがしてくる。

 

「それじゃ、俺は部屋に戻るよ。また明日な」

「あぁ、おやすみ、一夏」

 

一夏はゆっくりとした動作で冬の魔物である炬燵から抜け出すと、玄関に向かって歩き出す。

俺?

炬燵から抜け出すなんてとんでもない。

 

「少し…寝るか…」

 

一夏が部屋を出たのを見計らってぼそりと呟くと、テーブルに突っ伏す形で目を閉じる。

…まぁ、生体同期型…風邪はひかんだろう…フラグでもなんでもなく。

俺は、心地よい温かさに身を任せてゆっくりと眠りについた。

 

 

 

 

ごそごそ、と言う物音がして、眠りに落ちていた意識が僅かばかり回復する。

ただ、意識はボンヤリとしていて目を開ける事も億劫だ。

俺は何かにしがみつく様に身じろぎをし、鼻孔をくすぐる嗅ぎ慣れた香りがすることに気付く。

いつも…身近にいる…安心する香りだ。

俺は子供の様に身を丸め、再び眠りに就こうとする。

今だけはそれだけが正しく、そうすることで胸の奥が優しく温まっていく気がしたからだ。

もう少しだけ…もう少しだけ…と、思ったところで、今何時なのかと言う疑問が湧いた。

一夏と話していたのは、夕食前だったのだ。

そんなことを思っていると、ぐぅ、とお腹が鳴り響き、俺は観念して目を開く。

 

「あら、もうお目覚めかしら?」

「かた、な…?」

「もうちょっと狼牙君の可愛い寝顔を見たかったのにな~」

 

目を開くと、俺の頭の少し上くらいに楯無の顔がある。

どうやら、部屋に戻ってきて炬燵で寝ていた俺をベッドまで運んで抱きしめていたらしい。

楯無は無邪気な笑顔で俺の頭を抱きしめて、胸元に埋めてくる。

甘い、香りがする。

 

「そんなに、可愛いものでもなかろう…?」

「そんなことないわよ?未来の旦那様の寝顔だ・し」

 

楯無は揶揄うように笑うと、俺の頭を優しく撫でてくる。

まるで子をあやす母親の様な仕草だな…。

 

「久しぶりに、魘されてたわよ?」

「夢は…見てなかったんだがな…」

「見ていても見ていなくても良いわ…大丈夫、私たちは居なくならないわ」

 

楯無は俺の足に自分の足を絡めてより体を密着させ、額にキスをする。

少しばかり物足りなかった俺は、此方からも足を絡めながら体をずらし、楯無の唇を奪う。

 

「ん…」

 

楯無は、待ってましたと言わんばかりに口を薄く開いて俺を誘い、互いに舌を絡めあう。

心の底から、愛しいと思える…そう思える相手が居る事に喜びを感じずにはいられない。

 

「狼牙くん、夕飯はどうする?」

「食べねばなるまい…セシリア達は?」

「セシリアちゃん達は、お風呂よ。ちょっとした抜け駆けよねぇ…これ」

 

楯無はぺろっと舌を出してウィンクをする。

その抜け駆けのおかげで快眠できたのだから、文句は言えまいな…制裁を受けるのは楯無な訳だし。

もっとも、寝る位置が外側になるだけだろうがな。

薄暗い室内の壁にかけられた時計を見ると、時刻は午後九時になろうとしていた。

いや、本当によく寝たな…。

 

「食堂は…閉まってるな」

「簡単なものだけど、用意してあるわよ?」

「刀奈の手料理は期待できる、用意してもらっていいか?」

「合点承知!」

 

楯無は起き上がる前にキスをして、ベッドから飛び出していく。

俺は薄く笑みを浮かべて唇に触れる。

尊い、幸せを噛み締めるように。


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