【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜   作:ラグ0109

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女達の悪だくみ

昼休み…俺は、いつものメンバーとは食事を摂らずに真っ直ぐ生徒会室へと向かっている。

楯無の言う厄介な依頼…と言うのは、何となくではあるがその内容が俺には分かってしまっている。

今、自由国籍を持っている身としては、有難い反面面倒極まりない。

なまじアリーシャ等とやりあってしまったからこうなってしまったのだろうが…。

 

「あら、狼さん。不景気な面してるじゃない?」

「ナタル先生か…まぁ、先生なら俺の身に降りかかるであろう火の粉を知っているのだろう?」

「まぁ、ねぇ…その件で楯無に呼び出された訳ね?」

 

ナターシャ・ファイルス…元アメリカ合衆国国家代表だった彼女は、人目を憚ることなく俺の腕に抱き付いて、まるで恋人か何かの様に接してくる。

周囲の人間もよく見かける光景として取り立てて騒ぐ事はない物の、新たな修羅場が展開されるかもと謎の期待の眼差しで俺たちを見つめてくる。

ナターシャさんに至ってはその視線が気持ちいいのか、非常に機嫌がよろしい。

俺が無駄な抵抗を止めていると言うのもある。

心を折ったつもりはないが。

 

「そう言う事だ。大方ナターシャさんの所にも話が来ているのだろう?例えば…国家代表のポストを餌にされたとか…」

「ご名答。IS委員会を篠ノ之博士が掌握しているとは言え、末端にまで目を届かせていないでしょうし…まったく、いつから国家代表の地位が安くなったのやら」

 

ナターシャさんは、頬をわずかに膨らませながら不満を口にする。

ナターシャさんは以前の事件の時に、国家代表のポストを人質に俺と闘う羽目になっている。

その辺りからか…そう言った肩書に興味を失くしてしまったように思える。

 

「委員会の腐敗なんて、そうすぐに改善されるものではないわ。いくら劇薬()が投下されたとしてもね」

「まぁ、あの人はやる事が過激なだけで五歳児とそう変わらんからな」

「だ~れが五歳児なのかな~?」

「それはもう…んん…?」

 

廊下をナターシャさんと寄り添う形で歩きながら話していると、唐突に空いている側の腕に何者かが抱き付き思い切り締め上げてくる。

それはもう柔らかい弾力が腕に伝わるレベルで。

いうなれば前門のプリン後門のゼリーである。

いや、前も後ろも塞がれてはいないのだが…。

 

「ろーくん、これでも束さんは成人済なんだぜ?」

「たーさん…こう、もっと穏やかに現れる事はできないのか…?」

「篠ノ之博士…今日はどうしたの?」

 

唐突に俺の腕に抱き付いてきた女性…束さんは、ドヤ顔で俺の顏を見つめながら余すことなく自身の武器であるその豊満と言う言葉が当てはまらないレベルで大きい胸部装甲を押し付けてくる。

ナターシャさんはナターシャさんで、束さんと同じように身体をしっかりと押し付けてくる。

…大の大人が寄ってたかって未成年を誘惑…とんでもない犯罪臭がするのは気のせいだろうか?

 

「そらもう、束さんの子飼いであるろーくんに会いに来ただけだよ?」

「仕事はどうした?」

「きちんと~、こなして~、きました~」

「あら、スコールに任せた訳じゃないのね…」

 

呆れ顔で束さんに仕事の事を聞くと、頬を膨らませてむくれてしまう。

どうやらキチンと仕事をこなしてはいる様で安心するも、人格矯正が着実に進んでいるのだなぁとも思う。

 

「ナタル先生も認識しているのか…」

「なっちゃんとは…まぁ、利害の一致?」

「そうそう、共通の目的があれば手を組むのは当然の事でしょう?」

 

束さんとナタルはニタァっとした笑みを浮かべて視線を交えた後、俺に視線を向ける。

共通の目的、と言うよりは、共通の獲物と言った所だろう。

蛇に睨まれた蛙…とまでは行かないが、二人とも女傑には違いない。

背中に嫌な悪寒を感じつつ、平静を装いながら歩く。

 

「ま、小娘共とは一味違うところを見せなきゃね~」

「そうそう、だって言うのに狼さんピクリとも反応しないんですもの…女としてのプライドが傷ついちゃうわ」

「…仲良くしてもらえると助かるんだがなぁ…」

 

高望みに過ぎる言葉をボソリと呟くと、束さんとナターシャさんは僅かに首を横に振る。

恋が戦争であるならば、恋敵は滅して然るべきと言うところか…。

もっとも、既に決着が着いてしまっている戦争ではあるのだが…ラウラとの事で余計に火が点いてしまっていると言った所か。

…はっきりと拒絶しない俺に問題があるか。

 

「あ、ろーくん、マドちゃんは元気にしてるかな?」

「俺から聞かんでも、毎日見ているのだろう?」

「接している人間から聞くのも良いからね~。それで、どうなのさ?」

 

束さんは、機嫌が良いのか鼻歌交じりで俺の回答を待つ。

クロエのお陰で母性にでも目覚めているのか、マドカに対して接するその姿は一人の母親のそれに近い。

もっとも、人として破綻している部分が未だ多くある為、まっとうな親とは言い切れないのが実情だが。

 

「概ね、穏やかな学園生活と言えるだろう。のほほんのお陰で大分馴染めてはいるようだ」

「ふぅん…束さんはそう言うの楽しめなかったし…馴染めてるなら良かったかな?」

「青春時代が壊滅的だったとは聞いてたけど…後悔してるのかしら?」

「束さんとは縁遠い言葉だよナっちゃん。後悔してる暇なんて人間には無いのさ!」

 

束さんはニヘラっと笑みを浮かべれば、俺の腕に頬擦りをする。

そんな束さんを見て、ナターシャさんはクスリと笑みを浮かべてゆっくりと離れていく。

 

「さて、成分補給はできたし、楯無も怖いしそろそろお仕事に戻るわ」

「楯無が恐ければやらなければ良かろうに…」

「だって…ウチの第二世代でミステリアス・レイディ相手にするの面倒だもの」

 

ナターシャさんは、国家代表の肩書を失ってしまった事で銀の福音を剥奪され、代わりにストライプ・イーグルと呼ばれるアメリカ第二世代量産型ISを支給されている。

ストライプ・イーグルは速度に特化した軽量型のISで、何処か戦闘機を思わせる鋭角なフォルムが特徴的なISだ。

ラファールや打鉄程の拡張性はない物の、今でもアメリカ空軍の主力として活躍している。

因みに、その後継機である第三世代型のファング・クエイクは少数生産に留まり、エースに支給されているとかなんとか…量産計画はこれから、と言う話を聞いたな。

 

「面倒なだけで勝てないとは言わない辺りは流石だな、先生?」

「これでも千冬と張り合ってきたのだもの…負けるだなんて口が裂けても言わないわよ。あ、篠ノ之博士…放課後付き合いなさいよ?」

「ちーちゃんも誘っておいてね!」

「はいはい」

 

ナターシャさんは余裕の笑みを浮かべて、来た道を戻る様に歩きながら手を少しだけ振って離れていく。

…束さん、随分と懐いているな…本当に。

 

「ん?どうかしたのかな?」

「いや…人と言うのは変わるものだと思ってな」

「ふふん、束さんは日夜進化し続けているのだ」

「進化…進化か…」

 

進化とは言うがやり口が似通ってたりしている辺り進歩が無いと言うか何と言うか…。

何となく、空いている手でよしよしと頭を撫でてしまう。

こう…子供をあやすような感じで。

 

「むふー…束さんはご機嫌ぞ」

「まぁ、お気に召したのならば良いがな…。ナターシャさんとは親しいのか?」

「ん~、言うほど?けど、同志であれば邪険にする理由はないし?最終的には争うのだろうけど?」

 

束さんの頭から手を離すと少しだけ寂しそうな顔をされるものの、機嫌を損ねる様な事はなく終始笑顔なままだ。

外見的に魅力的であれど、なんだろうな…孤児院の妹たちと接しているような気分になってしまうのは?

子供の様な大人だからだろうか…?

長々と歩いてしまったが漸く生徒会室に辿り着いた俺は、ノックすることなく扉を開けて中に入る。

 

「遅かったじゃない…理由は…見れば分かるわ」

「説明する手間が省けて助かる」

「ソワソワしてましたよね、お嬢様?」

「し、してないわよ…?」

 

生徒会室に入ると、会長の席に座った楯無とその隣に控えている布仏 虚が出迎えてくれた。

楯無は俺の腕に張り付いて離れない束さんの姿を見て、遅くなってしまった理由を察して肩を竦め、虚は虚でそんな楯無を揶揄う様にクスリと笑う。

俺は座る事を諦めて、束さんをひっつけたまま楯無達の前まで移動する。

 

「そうか…ソワソワしてくれたか…」

「狼牙君まで…もう!」

「からかうのは此処までにしましょうか。篠ノ之博士、よろしければ紅茶は如何ですか?」

「ん?あぁ、いらないよ。用が済んだらすぐ帰るしね」

 

虚が気を利かせてなのか何なのかは分からないが束さんに提案をすると、声色は冷たく素っ気無いものの、キチンと応対をしている。

思わず目頭を押さえて天井を仰ぎ見てしまう。

千冬さん…このデカい娘が此処まで成長したぞ…。

 

「ちょ、狼牙君どうしたの!?」

「いや、感慨深くなってしまってな…」

「たっちゃん、話進めようぜ~」

 

ほろりと流れた一滴に驚いた楯無は、慌てた様子で立ち上がる。

滅多な事では泣かない俺が泣いたから、余計に何事かと不安がったのだろう。

悲しみでは無い…喜びの涙だ、楯無よ…。

 

「あぁ、そうだな…話を進めよう。大体予想はついているが、俺に何をさせようと言うのだ?」

「そ、そう…?ふぅ…あまり気が進まないのだけれど…貴方に各国の国家代表から公式戦をして欲しいと言う依頼が来ているのよ」

「だろうな…束さんでも揉み消せないとなると、アリーシャの件で相当な不満が出たか」

 

そもそも…男性操縦者との戦闘データと言うのは、今は限られた国しか直接データを取る事ができない。

具体的には日本、中国、イギリス、フランス、ドイツ、ロシア…要は一夏と俺に縁のある国家代表候補生や国家代表の所属する国々だ。

そう言った国は模擬戦を通して、俺や一夏の()()な戦闘データを取得することが出来る。

何故、学園から提供されるデータを信用されないのか…と言う点に関しては、今までのIS委員会の姿勢にある。

束さんが乗っ取…否、委員会入りする前までは、欲に塗れた状態だったらしい。

こういったデータないし情報と言うのは、小遣い稼ぎに丁度良いからな…。

 

「俺としては、波風が立つ問題だから拒否したいんだが?」

「え~、片っ端からフルスペックでぶちのめしちゃえば良いじゃん?」

「その先に待っているのは腫物扱いなんだが…」

 

…具体的には千冬さんの様な。

千冬さんはその圧倒的なIS操縦センスから、非常事態と国から承認されない限り例え試験用の第一世代型ISであろうと扱う事を禁じられている。

それほどまでに千冬さんは強かったし、国としてもこの戦力を手放したくは無かった。

故に、千冬さんはドイツでIS教官を務めた後に、この学園で飼い殺しの憂き目にあったわけだ。

もっとも、ラウラとのコミュニケーションがあったお蔭で、本人に不満がなかったのは幸いだった。

 

「IS委員会の信用の無さがこうして問題になっているわけよ…最近は変態技術者集団と化してるけど」

「変態とは失敬な!皆凡人にしてはちょびっとだけ優秀なだけだよ!」

「篠ノ之博士の基準で見ればそう見えるだけで、皆十二分に優秀なんです」

 

変態技術…そう聞くだけでぞわりと背筋に悪寒が走る。

俺の扱いは束さん子飼いのIS操縦者だ。

この立場を利用して、あんな装備やこんな装備を使う羽目になりそうで怖い。

第一、俺がメインで使わせてもらっているラファール・エルメスでさえ、いつ暴走するのかと冷や冷やさせられている。

 

「話を戻すわよ?狼牙君の学園における生活や立場を考えると、とてもじゃないけど世界一周なんてさせられません。と言うか、私達(首輪)が許しません」

「さらりと職権乱用するな」

「ろーくん、職権は乱用するものだよ?」

 

…なんでこう…ISに関わる女性は逞しいと言うか横暴なのか…?

眉間を揉んで痛みもしない頭を紛らわせる。

大切に想われている証拠なのは分かっているんだが。

 

「そ・こ・で、各国から選りすぐりの腕利き国家代表候補生にこの学園の入試を受けてもらい、ふるいにかけます。今年の入試は地獄を見てもらうわよ~」

「人数が人数だからね!束さんと愉快な仲間達で作ったゴーレムⅣを投入するよ!」

「死人が出るんじゃなかろうか…?」

「無人機に一矢報いる事が出来ない様では、一夏君にすら届かないわよ?」

 

楯無はケロリとした顔で首を傾げ、束さんは束さんでうんうんと満足げに頷いている。

…そう言えば、蘭がIS学園入学を目論んでいたな…その後の話は聞いてなかったし、どうなる事やら…?

 

「織斑先生はスパルタで一夏君に接しているけど、一夏君も相当な腕っこきに成長しているのは狼牙君も理解しているわよね?」

「俺と張り合うと言ってるくらいだからな…本人は気付いていないが、一年全体のレベルが上がっていると言うのは認識している」

 

ナターシャさんの教師入りから始まり、一組の専用機持ち専用クラス化、第三世代型に振れる機会、訓練内容の意図せず充実した内容…この辺りが、一年全体に行き渡っている様で、クラスの何名かは国家代表候補生入りしても可笑しくない能力を有している。

どういった考えの下で向上心に繋がっているのかは分からないが、喜ばしいことであるのは変わりないだろう。

 

「安全には配慮するし、仮に無人機…ゴーレムⅣに負けた所で入れないと言う訳ではないわ」

「単純にろーくんと張り合いたいなら、制限時間内にゴーレムⅣに撃墜判定を与えてみろって事なのさ」

 

束さんはフフンと鼻で笑いながら、俺の腕に顏を擦り付けつつスーハースーハーと匂いを嗅ぎ続ける。

モジモジとしているが、努めて無視をする。

 

「二段構えのふるいか…鬼か?」

「あら、これでも譲歩したのよ?本当は狼牙君を除いた専用機持ちで相手する予定だったんだから」

「…ぐうの音も出んな。白が黙っているところを見るに、あいつはその事で各国のIS委員会と調整しているところか」

 

楯無は非常に意地の悪い笑みを浮かべながら、扇子で口元を隠す。

いや、想われているのは本当にありがたいんだが、過保護に過ぎる気がする。

ともあれ、冬休みを穏やかに過ごすことが出来ると言うのは非常にありがたい。

 

「白蝶をコキ使う形になっているのは申し訳ないけどね…ネゴで右に出る人が学園内には一握りしかいなくって…」

「アレは別格だ…気付いたら丸められてるんだからな」

 

兎に角揚げ足取りにハッタリにと事欠かない白の話術は、そんじょそこらの人間では太刀打ちできまい…。

交渉にあたるであろう人間に同情を禁じ得ない。

俺はやりすぎるなよ、と言う意味を込めて優しく待機状態の天狼をつつくのだった。


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