【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜   作:ラグ0109

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狼の短い平穏

右へ、左へ…まるで柳の様に身体を揺らす様にしてステップを踏み、木刀による一撃をひらりと余裕を持って避ける。

あの騒がしかった修学旅行から早一週間…洋上にあるIS学園は潮風もあってか,

肌を刺す様な寒風がグラウンドに吹きつけている。

マドカの友人作りは、まるで俺の掌の上を転がるビー玉の様に思う様に事が進んでいった。

我がクラスには最強の接着剤である布仏 本音ことのほほんさんが居るからな…。

あの娘の手にかかれば、友人の一人や二人は容易いだろう。

マドカはこっちに戻ってからと言うものの、のほほんに振り回される毎日を送っている。

のほほんものほほんで聡い娘だ、マドカが抱えているものにも気付いていて態と考える暇が無いくらい忙しなく振り回している。

時折、報酬を求める様な視線を感じて戦々恐々としている…お嬢様方(更識姉妹)の手前大きな行動を移すとは思えんがな。

早朝、遅くなった日の出前よりいつもの鍛錬を一人で行っていると、珍しく一夏がグラウンドへとやってきた。

内容は実戦形式での組手…それぞれが得意とする戦闘スタイルを用いた、な。

俺はいつもの様に徒手空拳、一夏は木刀を持っての訓練と相成った。

アリーシャとの模擬戦は、やはりこの男の向上心…あるいは焦りを生み出す結果になったのかもしれない。

訓練とは言え、勝負事…ましてや共に研鑽するライバルともなれば、手を抜くことは一切できない。

 

「ハァッ!」

「ふっ…!」

 

短い気合と共に大上段で振り降ろしてきた木刀の刀身の腹を左の裏拳で弾きつつ、僅かに後退して右拳を腰だめに構える。

しかし、思い切り振り下ろしてしまった為か地面に木刀をめり込ませてしまった一夏は、棒高跳びの要領で木刀を起点にして跳躍、体重と速度を乗せた蹴りを頭上から浴びせてくる。

 

「どうだ!?」

「ちぃっ!」

 

少しばかり驚かされた…よもや、剣道染みた剣術ではなく無頼剣術めいた乱暴な戦法を取ってくるとは思わなかったからだ。

間違いなく、俺自身の油断であろう…歯噛みしたくもあるが、喜ばしくて思わず笑みが零れる。

勝負事には餓えなくてはならない、誰よりも貪欲に気高く。

で、あれば型に嵌った戦法なんぞ如何程のものか?

 

俺は素早く右拳を下からかち上げる様にして一夏の足目がけて叩き込み、一撃を防ぐ。

多少手加減こそしているので痣になる程度で済むだろう…本気ならへし折るが。

空中で足場のない状況…ましてや、PICが無いため体勢を制御しきれない一夏は、衝撃に弾き飛ばされて地面を転がっていくがすぐに受け身を取って跳ね起き、手に持った木刀をチラ、と見た後思い切り俺に向かって投げ飛ばしつつ駆け出す。

 

「おおおおお!!」

「まだ遅い!!」

 

だが、悲しいかな槍投げの要領で投げ飛ばされた木刀は、投擲速度が些か遅い。

これは一夏が投げ慣れていないと言う事もあるが、単純に無駄に鍛えられた俺の動体反応速度が原因だ。

あんなもの乗り回していれば否が応にもな…。

僅かに身体を逸らして木刀を避ければ柄を逆手に掴んで握り込み、素早く体を沈めて駆け寄る一夏に足払いを行って転倒させる。

 

「ぐぁっ!」

 

俯せに転倒する事になった一夏は、素早く仰向けになって体を起こそうとするものの、俺は肩を()()()踏みつけ、頭の真横に木刀を深々と突き立てる。

俺の勝ち、だな。

 

「…思い切りが良いのは良いんだがな…ISを身に纏っていない以上やれることが限られる。もう少し我慢強くなるべきだと思うんだが?」

 

背中から地面に倒れ込んだ一夏はムクリと体を起こして、バツの悪そうな顔をする。

本人も勝負となると、勝ちに急ぐ傾向がある事は気付いている様だ。

この性格…恐らく元から持っているものではない。

一夏の扱う白式雪羅は、どうしても燃費の悪さが際立ってしまっている。

短時間における戦闘能力は比肩するものが居ないほど強力なのだが、如何せんすべての行動にシールドエネルギーを扱う性質上、時間が経てば経つほど出来る事が少なくなってくる。

天狼とは対極に位置する機体だろう。

 

「頭じゃ分かってるんだけどな…」

「俺はお前と違って小さい時分から鍛えてきている。身体能力に差が出てしまうのは致し方が無い。焦ったところで空回りするだけだぞ?」

「…二代目と闘っているお前を見るとさ…焦りもするだろ」

 

俺は一夏へ手を差しだし、手を取って引き摺り起こす。

立ち上がった一夏は背中に着いた土埃を叩いて落としつつ、嫉妬と羨望とが混じった瞳で俺の事を見つめてくる。

 

「そりゃ、狼牙と比べたら体の鍛え方も物の考え方も違うから差が出てくるかもしれない。けど…同期があんなに活躍してるのに、俺は置いていかれて見る事しか出来ないって言うのは…」

「偶然、ISとの相性が良かったと言うだけだろうに…俺とて、最初の頃は黒星ばかりだったわけだしな」

 

打鉄でセシリアに負け、無人機には自爆にほぼ近い形で相打ち、タッグではシャルロットと一夏のコンビネーションに撹乱され、銀の福音には無様にも撃墜…ううむ…。

実戦であったならば、既にこの世に居ないかもしれんな…。

 

「それにだ…俺とて、こいつを乗りこなしているとは言い切れんよ。だからこその千冬さんのあの扱きがあるのだろうし」

「あれで乗りこなしていないとか止めてくれよ…へこむぞ?」

「実際…フル稼働時は思考が追い付かんからな」

 

生体IS…とは言え、俺の場合は生存性に特化したISだ。

自己再生は十八番であっても、元の神経は人間のままだ…人間である以上は限界が必ずある。

そう言った意味ではまだ人間止めていない様で、少し…ほんの少しだけ胸を撫で下ろしてしまう。

俺は…結局のところ人で居たいのだ。

愛してくれる人たちに離れて行って欲しくないから…な。

 

「第一な、短いスパンで使用が二度も代わると色々と大変なんだぞ?漸く慣れてきたと思えば、スペックが跳ね上がり制御できん…どうにかこのじゃじゃ馬娘を乗りこなさなくてはならんと言うに」

[あら、私そんなにじゃじゃ馬だったかしら?]

「白蝶さんの事じゃないと思うけど…」

 

胸元に下がっている天狼を弄ると、クスクスと笑うような響きで白から声がかけられる。

乗ったり乗られたりしていたろうに…と言う言葉を飲み込んで、少しだけ溜息を吐きだす。

最近どうにもネガティブな思考に陥りやすいので、茶々入れで思考をカットしてくれたのだろうか…?

 

[まぁ、話を戻して…一夏君、君はもっと自信を持つべきだわ。ロボは走る速度が速いと言うだけで一夏君とは変わらないの。貴方は焦らずに自分の速度を見つけるべきだわ]

「で、でも…俺は、大切だと思える人たちを守りたい。守れないまでも共に戦えるだけの力が欲しいんだ」

 

力が欲しい…これが単純な自己顕示欲ならば殴って修正してやるところだが、一夏はそうではない。

無力だった自分からの脱却…守ってもらうだけだった自分との決別の為に力を欲している。

傷つける為ではなく、ただ守る為だけに。

 

「一夏よ…それこそ焦るほどの事では無いだろう?俺が帰還した時に行っていたタッグ・マッチの映像を拝見したが、お前はよくやっていると思う」

「あれは、箒がカバーしてくれるから…」

「そのカバーに応えられなければ、カバーもできんよ。案ずるな、誇れ、自分の力を。卑下しては今までの努力も無駄になろうよ」

 

気付けば空は夜から明け方になり、俺の背中から眩しい程の陽の光が差し込んでくる。

一夏は眩しそうに俺の事を見つめ、拳を強く握り込む。

 

「俺は、お前に負けたくはない。俺が出来る事で、俺の速度でお前を追い越してやるさ」

「ウカウカしていられんな…ならば、俺も追い越されん様に努力せねばな」

 

俺が拳を突きだすと、それに合わせる様に一夏も拳を突きだし打ち合わせる。

同じ立場の人間だ…一夏がいるからこそ、俺も負けられない。

情けない姿は見せられないのだから。

 

 

 

 

あの後、一夏は箒との約束があるためすぐに別れた。

相変わらず仲が良い所を見ると、いい加減くっついてしまえば良いのにと思う反面、鈴やシャルロットのアプローチはどうなっているのだろうかとも思う。

なんせ、俺の目が届かぬところだ…何となく、何となーく白が暗躍しているような気がしてならない。

願わくば、俺の様な白い目で見られるハーレム形成だけは避けていただきたい。

 

[あら、暗躍なんてとんでもない…まぁ、精々引っ掻き回すだけよ]

 

悪女、極まれり…白は相変わらず楽しそうだ…。

シャワーで体を清めて、起床してきたセシリア達と挨拶を交わして身支度を整える。

互いに知らない所が無いくらいに触れ合った仲ではあるものの、きちんと生活にメリハリをつけるために着替えは別々だ。

これには、三人とも一緒で構わないと言い出したものの何とか説得した。

明け透けなのは信頼の証だろうが、やはり朝からドキドキさせられては此方の身がもたない。

互いに身支度を整えれば、流れる様にラウラと合流して食堂へと向かい朝食を摂る。

無論、ラウラは俺の膝の上に座っている。

最早特等席と化している…構わないが…慣れとは恐いものである。

さて、ここに来てこのいつもの朝食の風景…少しばかり変化が起きている。

具体的にはマドカとのほほんの参戦である。

 

「え~へ~へ~、おじゃましまーす」

「…おい、布仏…何故付き合わねばならない?」

「んも~、ま~ちゃん、皆と食べるご飯はおいしいんだよ~?」

「少なくともその…名状しがたい謎の茶漬けよりはいいかもしれな…こほん」

 

のほほんは俺の右隣にちゃっかり座り、のほほんを挟む様にその隣にマドカが座る。

俺の対面に座っている更識姉妹は平静を装っているものの、蛇の目の様な目でのほほんを見つめ、左隣に座っているセシリアはどういう事なのかと説明を求める視線を俺に向けてくる。

なお、ラウラは膝の上に座っているので終始ご満悦である。

 

「ま~ま~、おじょーさま。たまにはい~じゃないですか?」

「そ、そうね…えぇ、たまには、ね」

「うん、本音…後でちょっとOHANASHIしよう?」

「二人とも落ち着け…」

 

真意はどうあれ――恐らく更識姉妹をからかっているのだろうが――皆と食事を摂るのは良い事だし、親交を深める良い機会ではある。

こう、食事は満たされていなくてはならない…どんなものであれ。

 

「話題を変えよう…マドカ、友人と呼べる相手はできたのか?」

「ふん、私を舐めるな…」

「でも~、今のところ私と~、しずしずと~きよ~だけだよね~」

「ぐぬぬ…」

 

…のほほんはまともな名前で呼ぼうとはしないために誰が誰だか分からんが、少なくとも友人と呼べる人間が出来ている事に内心胸を撫で下ろす。

この調子で、少なくともクラス全員と仲良くなってもらいたいものではある。

 

「狼牙さん…やはり焚きつけましたね?」

「さて、何のことやらな…」

「セシリア、父様の事だ…最早病気なのだから諦めるしかないぞ」

「病気…まぁ、病気か…」

 

…強迫観念、と言うものだろう。

そうしなければならないと、俺の中で常に囃し立てているものがいる。

それが正しいと自身が思うからこそ、そうなる様に仕向け続ける。

結果として、嫌われてしまうかもしれないのに。

 

「自己犠牲の果ては地獄よ?まぁ、私は…私達はそれでもついていくけど」

「まったく、幸せ者過ぎて恨みを買い続けるな」

「いい、買い物じゃないかな…?」

「ろーろーは~、幸せ者だから良いんです~。だって、誰かの為に頑張れる人は~そんなにいないよ?」

 

のほほんは麦茶漬け納豆卵オクラ入りをぐちゃぐちゃにかき混ぜながら、ペースを乱さずに喋る。

皆、自分の為だけに生きている。

それは皆否定しづらい事実だろう。

自分が無ければ、そもそも他人に手を差し伸ばすことができないのだから。

のほほんのこの妙な聡さは何処から来ているのか興味が尽きんな。

 

「ふっふっふ~、私はひみつが多い女なのだ~」

「脳内を読まんでくれ」

「お前らいつもこんな感じか…?」

 

マドカが呆れたような視線を向けて口にすると、俺も含めて一斉に頷かれて頬をひくつかせる。

マドカにとっては腑抜けた様な世界であっても、これが本来の日常と言うものだ。

銃とナイフ片手に命を奪う世界等が日常であって堪るか。

マドカには、是非ともこの生温い世界にどっぷりと浸かってもらいたいものである。

 

「あ、言い忘れるところだったけどお昼に生徒会室集合で」

「かいちょ~、今日はお仕事なしでしたよね~?」

「ん~、ちょっと厄介な依頼が来ちゃったのよね。まぁ、こうなる事は分かっていたんだけれど…」

 

楯無は眉を八の字に寄せて困り顔で俺に向かって手を合わせる。

…つまり、俺が実働要員として動く厄介事と言う事か。

俺は楯無にハンドサインだけで承知したことを伝えつつ、眉間を少し強めに揉む。

心休まる暇すらない…本当に厄介な立場になってしまったものだ。

 

「お姉ちゃん、それって断りづらいものなの?」

「それが出来れば握りつぶしてるわよ…色々と調整しなきゃいけない事も出て来るし」

「楯無さん、出来る事は手伝いますので」

「えぇ、お願いするわ」

 

…考えられる原因は、間違いなく二代目だろう。

最近でやらかした事件と言うと、あの模擬戦くらいだからな。

一体何を言いふらしているのやら…。

この後想定される事態に辟易としつつ、じわじわと痛む胃に涙するのだった。




何だかこちらの投稿は久々になってしまいました…とでもない亀ペースですが、こちらもよろしくお願いします

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