【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜 作:ラグ0109
京都三日目…スマホのアラームが鳴り響くよりも早く目を覚まし、細心の注意を払って起き上る。
仕切りがあるとは言え、千冬さんと一夏が同じ部屋で寝泊まりしている以上、俺が出す物音で陽が昇らない内に起こしてしまうのは気が引けるからな。
いそいそとコッソリ持ってきた作務衣と下駄を用意して身に纏えば、さながら某蛇の様にこっそりと部屋からの脱出を図る。
現在時刻は午前四時…ゆっくり行っても楽しみにしていた寺の行事には間に合う。
俺が楽しみにしていた行事は、朝の座禅修行体験だ。
海外観光客向けに始めた企画だと言う話だが誰でも参加可能で、参加費もワンコインで済むお手軽さ。
なにより寺と言う空間が作り出す独特の空気が、家庭で行う座禅とは一味違ったものにしてくれる。
誰にも気取られ…とはいかんが、此方に声をかける事をしそうにないので無視をし、子供のように気分を高揚させながら早歩きで寺へと向かう。
勿論、千冬さんには内緒なので帰ってきたら大目玉を喰らうだろうが…そんな事は些事だ。
[ロボも大概物好きよねぇ…]
やかましい…普段騒がしい分、偶には静かな空間に身を置いて精神修行に励みたいんだ。
いや、この場合煩悩を削ぎ落すとも言うのだろうか…?
本当だったら昨日の朝もする予定だったのだが…アリーシャとの決闘があった為に断念したのだ。
まったく、皆過保護に過ぎるだろうに…。
寺の門を潜り、受付を済ませると漸く追跡者が俺に話しかけてくる。
「おい…こんな朝早く何をする気だ?」
「せめて、おはようくらいは言わんか?」
俺の後をホテルから尾行してきた人物…織斑 マドカはこれまた千冬さんと同じメーカーの黒ジャージを身に着けて仁王立ちをして俺を見上げている。
どうも、俺の動向と言うのが気になって仕方が無いらしい…。
突飛な事ばかりしていれば仕方がないと言うものだが。
「昨日も私が玩具にされて居る頃に、こそこそと何かやっていた様だがな…今日は目を離さないからな」
「堂々とストーキング宣言か…まぁ、良い。お前も修行するか?」
「は…?」
恐らく、俺は非常に邪悪な笑みを浮かべてマドカの分の受付を済ませる。
此処でマドカも禅修行体験をして、煩悩を削ぎ落してしまえば良い。
ただし、そこそこ痛い目を見る事になるだろうが…。
「なっ!?ど、何処に連れていく気だ」
「白、マドカの黒騎士に作法を文章化して送ってくれ」
[アイサー]
マドカの背後に回りこめばグイグイと背中を押して入り口まで案内すれば、座禅堂に入る前のマナーを教え込む。
そう大して多い訳でも無いので覚えるのも簡単だ。
基本的には左手の親指を握る様にして拳を作り胸に当てながら右掌で覆う『叉手』と呼ばれる状態にして移動する。
座禅堂に入ったら聖僧が居るので合掌してお辞儀、その後叉手に戻して自分たちの座る位置まで移動する。
移動したら隣に座る左右の人、向かい側の人に合掌してお辞儀をし、席について足を組み姿勢を正す。
座禅をやるのにそれなりに作法はあるが、掻い摘んで言うとこれだけだ。
後は鐘が鳴ったら開始の合図…座禅堂にあるのは静寂のみとなる。
「お、おい…私はやるなどと…」
「俺を知りたければ、こうして付き合うのも大事だ…文章には目を通したな?その通りにやれば良い…あとは、流れに身を任せろ」
「~~…!!」
マドカは憮然とした表情で抗議の声を小声で上げるが、最早引くに引けない所まで追い込まれたのを悟ったのか、俺と同じように足を組んで背筋を伸ばす。
鐘を持った僧が堂内に入ってくれば、席に居る人々の座り方が正しいものかチェックして優しく正してくれる。
マドカも憮然とした顔でこれを受けて、素直に座り方を直す。
鐘が三回鳴り響き、堂内に静寂が満ち始める。
不思議と、堂内には自然が作り出す音しか響いてこない。
風の音、鳥が羽ばたく音、木々の枝が擦れる音、外を歩く足音…微かではあるが耳に届いてくる。
とても、静かだ…こうして静寂に包まれると、どうしても様々な思いが…想いが浮かんでは泡沫の様に消えていく。
それらに思いを巡らせることは無駄だろう…過ぎてしまった事なのだから。
でも、それでも…俺は恵まれ過ぎていると言う想いが消える事は無い。
喉を掻き毟りながら、叫んでしまいたくなる。
俺は―――!!!
不意に右肩が優しく叩かれ、俺は素直に左側に首を傾げる。
思考を乱され過ぎてしまった…聖僧から警策でパチンと叩かれてしまう。
無論、隣にいたマドカも同様である…まったく…。
これは体罰等ではなく、激励に近いものだ…俺は呼吸を整えて頭を空っぽにして禅行に励む。
何にせよ一生をかけて折り合いをつけねばならん問題に、今こうして慌てたところで意味は無い。
と、言うかあの四人と言うか俺の後方に居る人物が、考えさせる余裕をくれるとは思えないが…。
…よく静かにしてるなぁ…。
鐘が一度だけ鳴り合掌してお辞儀をする。
これで座禅は終了…少しずつ人が作り出す音が禅堂内を満たしていく。
何だかんだで一時間と言うのはあっという間だったな。
隣に居るマドカへと目を向けると、何やら難しい顔をしている。
俺はマドカに手で指示をして一緒に禅堂を出て行く。
あまりにも神妙な顔をしているので、少しばかり心配になる。
「随分と難しい顔をしているな…?」
「…別に…ただ、私は…」
マドカの声は何処か弱々しく、利き手である右掌へと視線を落とす。
俺は優しくマドカの頭を撫で、見下ろす。
今まで歩んできた半生に疑問が生じたのだろうか…?
「…私は?」
「…何でもない」
「え~言っちゃいなよ~」
「此奴に言うのは何か嫌…っ!?」
「漸く口を開いたか…たーさんや」
マドカに気取られない様に抜き足差し足で近づいてきた一人アリス、天災、厄い兎こと篠ノ之 束は、マドカを後ろから抱きしめて、大きすぎる胸部装甲を頭の上に乗せる。
この寒空の下ではさぞ、暖かい事だろう…。
「あとで乗せてあげよっか~?」
「いや、結構です」
「む~、遠慮しなくていいんだよ~?」
「束、暑い、重い、離せぇっ!」
束さんの提案は男子として非常に魅力あるものだが、ラウラと簪に知られると非常に面倒なのだ…。
あの二人はバストにコンプレックスと憧れを抱いているからな…。
以前、偽のバストアップ法――寝る前にベッドの上ででんぐり返しをすると言うもの――を楯無から聞かされてあの二人がやっているのを見た時、不覚ながら涙が出るところだった。
笑いか悲しみかはどこかに置いておく。
「寒いんだし、いいじゃ~ん。マドちゃん、ろーくんと仲良しで束さんは嬉しいよぅ~」
「な、仲良くなんかしてない!」
「まぁ、傍から見ればそう見えるか…とりあえず、適当に茶でも飲むか?」
「デートのお誘いじゃん!行く行くぅ!」
「私は行かな…あぁっ!?」
流石に陽が昇ってきたとは言え、気温は低い…そんな中で立ち話をするのも忍びないので早朝からやっている喫茶店へと誘う。
マドカの拒否の声なんぞ聞こえていないのか、束さんは一も二もなく頷いてマドカを小脇に抱える。
…千冬さんそっくりだからと言う訳ではないだろうが、溺愛されてるなぁ…。
「もっち、ろーくんなんか深淵よりも深く愛してるんだぜ!」
「思考を読まんでくれるか?」
「や~だ~」
「……くすん」
束さんは誘われたことがそんなに嬉しいのか意気揚々と歩きだし、俺を急かしたててくる。
マドカはそんな束さんに運ばれるしかないと悟り、静かに涙を流している…IS展開したところで瞬時に解体されるだけなので、逃げられんのだ…膂力も人を遥かに超えてるからな。
俺は、苦笑を零しつつ小走りで束さんを追いかけて喫茶店へと案内をする。
その店は相当昔からやっているらしく、日本家屋を改装したこじんまりとした佇まいをしている。
店内は昭和のノスタルジックな雰囲気で纏められていて、微かに蓄音機からクラシックが流れている。
店長であるマスターは、これまた好々爺然とした豊かな白鬚のご老体…深く詮索はせず、かといって無関心でもない。
静かで落ち着いているこの喫茶店は、知る人しか知らない穴場的な場所だ。
テーブル席について、それぞれ注文をして飲み物が来るのを待つ。
俺の隣には当たり前の様に束さんが座り、向かい側にマドカが座る形だ。
束さんはマドカに見せつける様に俺の腕に抱き付き、ニコニコと満面の笑みを浮かべる。
「…こんな所に私を連れ込んでどうする気だ?」
「いや、長話になりそうだからな…内緒にしておいてやるから、吐けるだけ吐け」
「そうそう、マドちゃんずーっと眉間に皺寄せてるんだも~ん」
「……」
マスターは会話の切れ目を狙ってきたのか、静かに商品を置いて静かに去っていく。
俺の前にはブレンドコーヒー、束さんはホットココア、そして意外にもマドカは生クリームがたっぷり乗ったウィンナーコーヒーである。
静かにコーヒーを飲み、マドカが切り出すのを待つ。
珍しく束さんも黙ってマドカが口を開くのを待つが、その間も俺の腕を離そうとはしない。
「…話さなくてはダメか?」
「ダメとは俺は言わん…だが、吐いておくに越したことはない。溜め込んでおいても良い結果にならんしなぁ」
「んふっふ~、友達のいないマドちゃんの為にこうして聞いてくれる人中々いなっ!?」
「少し、黙ろうか」
「アッハイ」
束さんの頭上に拳骨を叩き込んで黙らせた後、視線を彷徨わせているマドカを優しく見つめる。
戦場を渡り歩いた彼女の事だ…恐らく、俺と同じズレを感じているはず。
俺は、内面的に歳を喰っている部分があるのである程度折り合いがつけられてはいるが、マドカはそうも行かんだろう。
歳若い彼女には経験が圧倒的に足りない…今は、な。
店内に置いてある柱時計の規則的な振り子の音がどれくらい続いたのだろうか…視線を彷徨わせていたマドカは此方を見る。
「…お前は…お前達は、私と同じなのか?」
「それは人間としてと言う意味か?」
マドカは俺の言葉に静かに頷き、生クリームの溶けたウィンナーコーヒーを一口飲む。
少し触れれば荒ぶりそうな…しかしそんな心を落ち着けるような動作だ。
「…他愛のない会話、他愛のない生活…吐き気がする…私が私で居られなくなる。私は、戦う事だけを目的に存在しているのに…あいつらはそんな事も知らずに、ヘラヘラと私に話しかけてくる…!」
「同じ人間…ましてや生活を共にする仲間…いや、寮で暮らす以上は家族か。まぁ、そんな風にしかお前を見ていないからな」
「そ、そんなこと…私は望んでなんかいない!」
「私が望んだんだよ、マドちゃん」
束さんは俺から離れれば、背筋を正してマドカを真っ直ぐに見つめる。
今までのふざけていた顏とは違って、何処か神妙な面持ちだ。
「キミの生い立ちも何もかも知っていて、なお私が望んだことなんだよ。私はね、今までもこれからも好き勝手に生きてる。けれどね、その好き勝手の歪で出来てしまったものの尻拭いくらいはしたいんだよ…」
「そんなものは余計な世話だ!私は私である為に強く居られればそれで良かったんだ!織斑 一夏を倒し、織斑 千冬を倒しそうして最強を示せれば、私は!」
「だから、別の道を見せたんだよ、マドちゃん。いっくんもちーちゃんも好きだから、マドちゃんの事も好きだから…ろーくんが私にそう示してくれた様に、私もマドちゃんに示したかった。自分や他人に対する別の見方があることを」
…正直、驚きを隠せないでいるが…俺は努めてポーカーフェイスを決め込んでコーヒーを飲む。
俺のお陰…とは言うが、実際はどうなのだろうか?
正直そこまで束さんの面倒を見た覚えはない…だが、本人がそう言うのであればそうなのであろう。
自惚れでなければ、恋が変えたか…か?
「知りたくなんて無かった…そんな事を知ってしまったら…私は…私には何もないじゃないか…」
「別に悪い事でも無かろう…何も無いと言う事は、それだけ別の何かになれると言う事だ。案外、臆病だな…マドカは」
「…言うな、狼。私が、臆病だと?」
「臆病以外の何物でもあるまいよ…知らぬものになる事が恐いのだろう?」
…この手の相手は煽るに限る。
弱ってしまっている心の炉心に火を入れるのは、案外容易いのだ。
マドカはこれで自尊心が強いからな…で、無ければ性能差がある俺に果敢に立ち向かうなんて事は亡国機業時代にしなかっただろう。
で、あれば煽って煽って火を点ける。
「いやはや、話を聞こうとした俺が馬鹿だったか…大人かと思えば案外子供だったな、んん?」
「ろ、ろーく…」
束さんは俺の事を止めようとするが、俺の横顔を見てすぐに黙りこくる。
…察すると言う事を覚えてくれて、少しばかり俺は嬉しい。
「わ、私に恐いものなんて無い!彼奴らに臆してなど!」
「なら、証明してみせろ。そうだな…友人を作ってみせろ、お前自身の力でな」
「銀 狼牙、貴様に吠え面かかせてやる!」
マドカは勢いよく立ち上がり、俺を指差して宣戦布告を行って店を出ていく。
ちょろいものだ…俺の掌の上で踊らされているとも知らずに…。
…いつからこんな腹黒くなってしまったんだ…俺は…。
思わず我に帰って、思わず頭を抱える。
「ろーくん、焚きつけるのはいいけどさ~…なんていうか、自分を贄にする点は変わらないよね」
「何とでも言え…」
俺が深く溜息を吐くと、束さんは俺の頭を無理矢理抱き寄せて胸に沈めてくる。
言うまでも無く胸は柔らかく、自在に形を変える。
結果として俺は呼吸困難に陥ってしまい、束さんの腕を何度も叩くが解放する筈も無かった。
「そ~ゆ~ところ、ろーくんは変わりましょうね~」
「ん~!ん~!!」
「え~、もっと抱きしめて欲しい~?」
この後一時間に渡って抱き締められ続け、これまた探しに来た嫁達に見つかって酷い目に合うのだが…自業自得、なのだろう…な…。
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。(遅)
新年一発目からツッコミどころあると思いますが、どうか生暖かい目で見ていただければ、と…(滝汗)