【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜   作:ラグ0109

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狼と戦乙女

観客のいない京都府地下ISアリーナ…ISの駆動音だけが静寂に包まれたアリーナに響き渡り、俺は目の前の強大な壁を見つめ続ける。

テンペスタ…『嵐』と名付けられたイタリアの第二世代ISは、その名に違わぬ単一仕様能力を発揮する。

単一仕様能力『疾駆する嵐(アーリィ・テンペスト)』…その名のとおり風を自在に操る能力だ。

この力は天狼と相性が『良く』、相性が『悪い』。

天狼に搭載されている矮星は衝撃を吸収し変換する事で自身の糧へと変換できるが、単一仕様能力『天狼』では攻性能力を持った風を完全に無効化することは出来ない。

データを見る限りでは、あの能力はシールド・エネルギーを媒介に発生させているのではなく、まるで起こるべくして起こる天災の様に発動するのだ。

結果的に、一方的な勝負…等と言う事は起こり得ない。

…ある意味並び立てる能力は一夏と千冬さんの持つ零落白夜だけだろうな…。

 

「あんまり女を待たせるものじゃないのサ」

「プレイボーイと言うのは引く手数多でな…女が中々離してくれないのだ」

 

アリーナに飛び出した後、俺は地面に着地してテンペスタを身に纏うアリーシャ・ジョセスターフを天狼のマスク越しに睨み付ける。

そんな俺の様子に挑発染みた殺気を向けながら、アリーシャは此方を鼻で笑う。

 

「フン、ISを身に纏っていて地上戦でもする気かい?」

「いいや…だが、挑戦者と言うのは何時でも地から這いあがってくるものだ。で、あれば地上から貴様の喉笛を喰いちぎりに行くべきだろう?」

 

挑発を柳の様に受け流し、腕を組みつつも軽く肩を竦める動作をする。

通常、ISバトルと言うものは空中で静止した状態で始まる。

これは、IS同士の戦いにおいて地上戦と言うものが起こりにくいからだ。

そもそも、飛べるIS同士が戦うのならば必然的に戦いの舞台は空、と言う事になる。

で、あれば最初から空中で静止していた方が互いにアドバンテージを平等にすることが出来る。

だが、開始位置なんぞスタート地点に居れば、地上だろうが空中だろうが関係ないのだ。

ルールに明記されていないからな。

まぁ、そんなわけで、俺は挑戦者らしく地に立っていると言う訳だ。

 

「言うじゃないか…だが、もし期待外れだったらそのそっ首叩き落としてあげるのサ」

「叩き落とす腕があれば良いがな」

「言うじゃないか色男…」

 

互いに獰猛な笑みを浮かべ、挑発的だったアリーシャの殺気が本物の殺気に変わり、凄まじい重圧となって俺に襲い掛かってくる。

だが、この程度の重圧でへこたれる俺ではない…日常茶飯事だったからな。

俺は管制室に連絡を入れ、一夏を呼び出す。

 

「一夏、悪いがお前を今から突き放す…その上で俺の元まで駆け上がって来い。俺と張り合うと言うのならばな」

『…言ってろ、俺だって指咥えてる赤ん坊なんかじゃない!すぐにお前の首貰うからな!』

「承知した。では、その目に焼き付けろ…()()の狩りを」

 

通信を切り、アリーナ内に機械音声でのカウントが開始される。

俺はゆっくりと組んでいた腕を解き、だらんと下げたままウィング・スラスターを大きく広げる。

 

「お話は終わったかい?」

「あぁ…では二代目ブリュンヒルデ…開始と同時に本気で踏み込む…俺の事を見失ってくれるなよ?」

「上等!」

 

残りスリーカウント…一秒が一分に感じられるほどの緊張感が俺の体を襲う。

しかし、それと同時に歓喜する…学園では物足りなかった。

何時でも俺には枷が付けられ、無意識に枷を付け、狭苦しい檻の中でしか戦えなかったから。

だが、今は違う…恐らく全力で踏み込んでも対応してくるであろう人物が俺の目の前にいる。

戦士としての喜びを感じずにはいられない。

で、あるならば…全てを以って打倒せねばなるまい…小難しい事は後で良い!

 

[ISバトル スタート]

 

開始のブザーと共に俺は思い切り地面を踏み抜き、四重瞬時加速(クァッド・イグニッションブースト)を行い、俺とアリーシャを隔てていた距離を一気にゼロにする。

向こうからは瞬間移動の様にしか見えなかったはずだ。

加速の乗った回し蹴りをアーリィの腹に叩き込み、しかしそれは叶わなかった。

 

「ヒュゥ♪中々やるじゃないのサ」

「貴様もな…大体轢かれるものだが…」

世界最強(ブリュンヒルデ)…一応その肩書を背負っているから負けられないのサ!」

 

アリーシャの手には風でできた槍が盾のように構えられ、俺の回し蹴りを受け止めている。

槍は高速回転でもしているのか、足に装備された矮星へと大量のエネルギーを送り込んでいる。

このまま足を引けば無用なダメージを受けると悟り、俺はPICをカットして片肺だけの瞬時加速を行い一気にアリーシャを弾き飛ばす。

距離を空けることは愚行に等しいが、俺にとって距離は大した差ではない。

体勢を立て直される前に連撃を叩き込むのみ!

PICを制御して方向を見定めれば、追いかける様に瞬時加速を行う。

だが、俺は壁に衝突したかのような衝撃を受けて動きを阻まれてしまう。

 

「フフン、ガキが粋がるものじゃないのサ」

「生憎と、ガキは粋がっていなくては死ぬんでな!」

 

アリーシャの周囲にブロック状に固められた風がぼんやりとだが見える。

どうやらあの風…可視光線も阻んで巻き込む塵を透明にして視認させなくしているようだ。

厄介な…だが、これ程狩り甲斐があるのはあの無人機以来か?

 

「それじゃ、今度は此方から行くのサ!」

 

アリーシャは両手に風の槍を作り出し、素早く投擲しながら此方へと真っ直ぐに突っ込んでくる。

風を推進力に使い、通常の瞬時加速に比べてもかなり速い…だが、俺よりは遅い。

渦巻く風の槍を両手でいなす様にして逸らしながら、真正面からアリーシャに突っ込む。

激突の瞬間、アリーシャは再び両手に風の槍を生み出し巧みに振るってくる。

攻撃を単一仕様能力一本に絞っている可能性があるか…拡張領域を機体性能の底上げに使っているのかもしれん。

風とは思えない衝撃音を幾度も響かせながら、俺の腕や足と風の槍が幾度も交差していく。

風の槍が装甲表面を掠る度にまるで毟り取る様に装甲を削り、俺の掌打と蹴打がアリーシャに襲い掛かれば寸でのところで防がれてエネルギーを蓄え続ける。

まるで終わらないタンゴの様に苛烈な応酬が繰り広げられていく。

しかし、永遠と言う言葉が嘘な様に、必ず物事には終わりが来る。

 

「もう少し、速めるとしよう…!」

「随分と余裕じゃないのサ!」

「あぁ、相性が良ければな…!」

 

拳と槍が正面から激突し、拮抗状態に陥った瞬間にウィング・スラスターから展開装甲を発生。

爆発的な推力と単一仕様能力『天狼』が生み出すフィールドに、アリーシャの『アーリィ・テンペスト』の勢いが弱まっていく。

札は早めに切る…ジリ貧になってからではこの女相手には遅すぎるからな!

 

「ようやく、本性を引き出したね…なら、こっちも本気で行くってものサ!」

「チィッ!」

 

アリーシャは弱まり始めた風の槍を手放して爆発させることで暴風を作り出し、俺に隙を生み出すと同時に鋭い蹴りを叩き込んで距離を開かせる。

空中で一回転しながら体勢を整え、アリーシャに突っ込もうとっした瞬間…己の下策に歯噛みする羽目になる。

ハイパーセンサーが誤魔化されるほどのリアルさをもったアリーシャの虚像が二体現れた為だ

 

「三対一なのサ…獣狩りは複数でやるものサ」

「ただの獣ならばそれでいい…ただの、ならばな」

 

荒れ狂う暴風の爆音が鳴り響くアリーナの中にあって、天狼は尚もポテンシャルを損なうことなく俺に応えてくる。

最大稼働状態の天狼神白曜皇は全てを置き去りにする。

四重瞬時加速を行うと、その場に残像を残して三体の背後に移動。

両脇の二体に両腕を差し向けて銀閃咆哮を放つが紙一重で避けられ、中央の一体が素早く反応を示し反転しながら風を鞭の様に振るう。

だが、遅い。

鞭が襲い掛かる瞬間に個別連続瞬時加速を行い、嘲笑う様に攻撃を紙一重で避け顔面を掴みながら膝蹴りを叩き込む。

だが、どうやら風でできた虚像の様で、確かな手ごたえは無く矮星にエネルギーを溜め込むだけに終わる。

ハイパーセンサーに虚像のマーキングを白に頼みつつ、すぐさま距離を開けた二機に意識を向ける。

二機は俺を挟み込む様に移動して幾つもの風の槍を投擲してくる。

 

「ガァッ!!」

 

素早く展開装甲を発生させるウィング・スラスターを回転させて風の槍を弾き飛ばすが、その瞬間がら空きになった背中に風の槍が突き刺さる。

意識を外した一機目は、位置関係上背中に一撃を叩き込めない…と、なると…。

かなり、面倒な罠…三体一等と言うのはただのブラフ…本体は透過して隠れているようだ。

狡い真似とは言わん…狩りと言うのは持てるもの全てを持って行うものだからな。

狩られる側が悪い。

 

[ロボ!?]

「問題ない!デコイと本体が入り乱れながら来ている、問答は後だ!」

「今ので分かるのかい…ただのガキじゃないみたいだねぇ?」

 

まるで舞い踊る鎌鼬の様にアリーシャとデコイは俺を取り囲み、幾度も装甲を切り裂いていく。

カウンターを幾度も叩き込み、しかしその度に対応をされていく…本体が見えない以上面倒だが…勝てないと言うわけでは無い。

あとはどれだけの根競べができるかだ。

 

「しぶといじゃないか…いい加減墜ちナ!!」

「現行最速…それだけが取り柄と思うなよ…!!」

 

アリーシャの声色に僅かばかりの焦りの声…単一仕様能力と言うものは、どのようなものにしろエネルギーをソレなりに喰らう。

これは『天狼』であっても同じ…長く展開できるのは、打撃や衝撃などで絶えずエネルギーを蓄えている矮星の存在があるからだ。

…そう、燃費の良さがここで勝敗を分かつ。

恰好が付かんが、見えない以上は機を伺い、喉笛を喰いちぎるだけだ。

とは言え、この戦法もアリーシャの攻撃をどれだけいなせるかにかかってくる。

なんせ、デコイも本物同様の攻撃を放ってくるのだ…その回転率たるや四肢が二倍あっても足りん。

 

「ちぃっ!邪魔臭い羽根だ!!」

「随分と焦っているようだが…!?」

「有効打打ち込めないくせに良い気になるんじゃ…!!」

 

一瞬、うっすらとだがデコイが薄くなり、本体が幽霊の様に視界の端に映る。

そろそろ維持するエネルギーが切れて来たと言った所か…。

勝敗の分かれ目は大喰か否か…と言った所か。

 

「幕切れと行こう…恰好がつかんがな!!!」

「言ってな!!!」

 

アリーシャとて決着を着けたくなったのだろう…デコイを消し、姿を現せばその手に圧縮されたドリル状の風を持っている。

…ミストルテインの槍か何かか?

真正面からのぶつかり合いを所望であれば、俺とて付き合うしかあるまいな。

右手に矮星に残されていたすべてのエネルギーを集中させ、拳が白く輝きを放つ。

 

「おおおおおっ!!!」

「はあああああ!!!」

 

示し合わせたかのように互いに瞬時加速をかけ、自らが持てる最大火力を突き出すとエネルギーが一瞬の拮抗の後に輝きを増し――――

 

 

 

 

 

 

「ガキの割にやるじゃないのサ」

「本当に恰好がつかんので止めてくれんか…?」

 

管制室…互いにISスーツから着替えて、戦闘の映像を眺める。

互いのエネルギーが混ざり合い、引き起こされた爆発は疑似的な地震を引き起こして京都を揺るがせるほどだったそうだ。

震度にして三相当だとか。

ともあれ、最後に引き起こされた爆発が決め手となり絶対防御が発動…勝負は引き分けになったとさ。

幸いにして絶対防御が優秀だったので、怪我はない物の互いに愛機が大破する羽目になったのだが。

 

「アリーナは滅茶苦茶…アーリィ、貴様が責任をとれよ?」

「そう言うのはお国に任せるのサ…に、しても逸材だねぇ…ウチに来ない?ビシバシ鍛えてあげるよ?」

「だ、だめですわ!」

「ろ、狼牙は私達の所にいるの!」

 

アリーシャさんはカマスから煙管を取りだして煙草を詰めると、ニヤニヤとしながら俺の事を見つめてくる。

冗談半分本気半分と言った雰囲気だな…まぁ、強さを求めているわけでは無いので行かんのだが。

セシリアと簪は慌てた様にアリーシャに食ってかかり、そんな様子をアリーシャは愉快気に笑う。

 

「に、しても恰好がつかない戦い方ねぇ…『その目に焼き付けろ、天狼の狩りを(キリッ)』とか言ってたのにねぇ」

「ぐおおおお!?」

 

鈴がニヤニヤとしながら倒れ込んで床にのたうち回っている俺に追い打ちをかけてくる…随分とイイ顏で言ってくる辺り性根が悪すぎる!

そんな俺を楯無は介抱する様に抱きかかえる。

 

「鈴ちゃん…男の子はいつだって恰好つけたくなるのよ?」

「でも恰好付きませんでしたよね…」

「ここに味方はおらんのか…」

「こ、ここにいるぞ!?」

 

最早死に体となったラウラが俺の体にしがみ付き、ぎゅぅっと抱きしめてくるが最早そんなことどうでも良い…貝になりたい…。

ふ、と気付くと一夏が真剣な表情で映像を見つめている。

 

「どうかしたか?」

「…よく、持久戦に持ち込もうって判断できたなってさ」

「機体特性上、持久戦が一番得意だからな…なんせ、紅椿の兄貴分だ」

「俺だったら、それでも焦るけどな…」

 

一夏は拳をぎりっと握りしめ、画面の奥で恰好の付かない戦い方をする天狼を見つめ続ける。

箒はどう声をかけたものか戸惑っているが、シャルロットと鈴が首を横に振る。

 

「すこし、そっとしておきましょ」

「あ、あぁ…」

「銀君、あまり卑下するような言い方はしないでね…僕たちじゃ勝てない相手に引き分けだったんだから」

「……」

 

俺は漸く体を起こし、一夏の背中を眺める。

その、陰りを見せる背中に不安を覚えながら…。




活動報告にも書きましたが、人形遣いシリーズを一時休載します。
一度話を整理して書き直さないとどうにもならなくなってしまったが為です…見切り発車弊害と言うか何と言うか…。
本当に申し訳ありません…必ず完結まで書きますので…気長に待っていただければ…。

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