【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜 作:ラグ0109
ある意味、衝撃的な出会いを果たした翌日の朝…俺は京都府にある地下アリーナへと足を運んだ。
京都府地下ISアリーナ。
表向きはISバトルの大会会場として建設された施設なのだが、京都の古き良き景観をぶち壊しにすると言う事で見えない様に地下に建設された。
一般公開されている範囲ではIS学園のアリーナとそう大して変わりがないが、立ち入り禁止区画を含めるとIS学園の地下区画並みに大きく広がっている。
昨今各地でテロが多く、日本でもそうしたテロが起きないとも限らない。
この地は宗教的なシンボルが多いため、標的になる可能性があるのだ。
そのため、いつでもテロが起きても良いようにこのアリーナは基地としての役割も担っている。
この施設がフルに使われるような事態が起きないことを祈るばかりだな…。
俺は、そんな立ち入り禁止区画にあるISピットエリアで、ハンガーに架けられた天狼神白曜皇を見上げる様にして眺めている。
…相手は千冬さんとタメを張る文字通りの化け物女…先ほどから何処からか殺気とも闘気とも似つかないプレッシャーを当てられ続けている。
間違いなく発生源はアリーシャ・ジョセスターフ…否が応にも殺気立ってしまう。
俺はプレッシャーを柳の様に受け流しながら、長い間共に戦ってきた愛機を見つめ続ける。
銀の福音、イかれた無人機…この時くらいか…決死の覚悟でフルスペックを引きだせたのは…。
「勝たねば、恰好がつかんな…」
相手と相対しても居ないと言うのに随分と弱気にさせられてしまっていて、少しばかり辟易としてしまう。
とは言え、世界最強…ブリュンヒルデの称号と言うのはそれだけの『重み』と『意義』がある。
非公式戦とはいえ、学生が世界最高峰の現役選手と戦り合うのだ…モニター越しに各国のIS委員会が固唾を呑んで見守る事だろう。
一年にも満たないと言うのに、随分と遠くまで来てしまったものだな…。
黙したまま、愛機を眺めていると不意に後ろから万力の様な力で抱きしめられる。
「ろーくん♪背中ががら空きだったぜぇ?」
「束さんか…また、らしくもなく負い目でも感じたか?」
俺を万力の様な力で抱きしめる人間…言うまでも無く束さんだけなので、すぐに分かったのだが…仕事はどうした…?
束さんは俺の硬いであろう背中に顏を埋めて、肺一杯に匂いを嗅ぐようにして呼吸をしている。
…千冬さんにしろ、そうなのだが…『白騎士事件』に関して俺に負い目を感じ過ぎている節がある。
ヒューマンエラーなんぞ、天災が関わっていても必ず起きる。
ましてや、あの俺にとっての大事故は偶然ではなく『必然』だったのだから。
言ってしまえばこうだ…『白蛇死すべし、慈悲は無い』。
「まっさか~、束さんは決して省みない帝王の素質があるんだぜぇ~?」
「いや、偶に省みるべきだろう…。なんにせよ、俺は誰も責めんよ…責めたところで何かが変わる訳でもあるまい。で、あればもっと先を見据えていたいからな」
「…ろーくんは、もっと我儘言うべきだと思うけどな」
「ほう…?」
束さんはいつものおちゃらけた雰囲気を消し去り、寂しそうな声で呟く様に言う。
俺はこれでも我儘に生きてきたと思うのだがな…天災殿からしたらそうでもないらしい。
いや、子供らしくない発言をしてきた自覚自体はあるのだがな?
「本当の本当に文句言わないし、無駄だと分かっていてもろーくんは…」
「束さん、俺は我儘を言えんよ。そんな事をしたら罰が当たる…それだけ他人の好意を受けて来た。俺は、俺の出来る事をするだけなんだよ」
「い~や!駄目だね!ろーくんは、もっと頼ってダメ男になるべきだね!たしかに?
「…腰を折って悪いんだが…認識している、だと…?」
束さんの説教はもっともではあるのだが、そんな事よりもあの四人を認識している事態の方が俺としては驚きがデカかった。
いや、良い傾向ではあるのだがな…他人に興味を持ってくれると言うのは。
他人を雑草とかゴミ程度にしか思っていなかったのが、多少は認識してくれていると言う事実が素直に喜ばしい。
「ろーくんには嫌われたくないからね!多少は興味くらいは持ってあげるさ。それよりもろーくん分かってる?」
「慕われているのは素直に嬉しいんだが、なぁ…。別に壁を作っているわけではあるまいし…これ以上の幸せと言うのは、恐い」
そう、恐い。
無くして、失くして、亡くしてしまうのは恐い。
人と言う形で生きられないからこそ、下手な幸せは結末が恐ろしいのだ。
今更何を…と言う話である。
狼の頃から幾度も出会いと別れを繰り返してきた。
そんなものは慣れている筈なのだ…それでも、本当に手放したくない物を手放すと言うのは何よりも恐ろしい。
白を…目の前で亡くしてしまった時の様に…。
「へっへ~、本音が漸く聞きだせたぜ~。誰も責めないし、それだけの事を君はしてきた…少しばかり力を抜きなよ…銀 狼牙。…私は君が好きなんだから」
「やれやれ、束さんに説教を喰らうとはな…明日は槍でも降るかもしれんな」
「お~、乙女の精一杯の告白スルー!?」
束さんは不満があると言わんばかりに思い切り俺の体に鯖折りを仕掛け来る。
あばらがミシミシと嫌な音を響かせながら悲鳴をあげ、背中にはその豊満な胸部装甲がこれでもかと押し付けられる。
前門の地獄、後門の天国である。
いや、こんな不埒な思考をあいつ等に読み取られたら、学園に帰った後が非常に恐ろしいのだがな。
「さあて、どうだかな…少なくとも盗撮しているような人間は…ちょっと…」
「ちぃっ!バレてたか!?」
「本当に盗撮してたのか…撤去しなければ…。生憎と見られて興奮する質ではないのでな」
「ブラフ!?」
見られるかもしれない状況…と言うのは中々そそるものがあるのだが…いや、相手の反応的にな?
とは言え、私生活を覗かれると言うのはあまりいい気分ではない…帰ったら部屋をひっくり返さねばならんな。
束さんの腕を掴んで漸く天国と地獄から抜け出して、束さんへと向き直る。
「話は変わるが仕事はどうした?」
「スーさんに丸投げしてきた!」
「帰ったら迅速に謝れ」
今頃、スコールは各種スケジュールの再調整に追われているのだろう…不憫な…。
いや、相当優秀な女ではあるし白も手を貸しているだろうから、この事態を見越してスケジュールをあらかじめ調整していたかもしれないが…。
ともあれ、責任ある立場に就いたとしても相変わらずフリーダムに生きているようだ。
束さんはニンマリと笑みを浮かべて俺を見上げてくる。
「あの女に勝ったら揉ませてあげよっかな~」
「随分と魅力的な報酬ではあるが、間に合っている」
「くっくっく、誰よりも大きい束さんのおっぱいを揉まないと仰るか」
「悪いが、そこで評価はせん男なのでな…」
いや、獣的な意味合いでは非常に…非常に興味深い大きさではあるのだが。
目測で見る限り、我がクラスのポメラニアンである山田先生やのほほんよりも重そうな果実が二つぶら下がっているのだからな。
いかんな…何だか欲求不満の様な思考ばかりで…。
「見つけましたよ、篠ノ之博士!」
「ゲェッ!たっちゃん!?」
「いや、待て…なんでいるんだ…?」
不埒な思考を頭を横に振って追い払っていると、ピットエリアの入り口から息を切らせながら黒のスーツ姿の楯無が走ってくる。
普段私服か、制服姿しか見ていない分新鮮なものがある。
まじまじと楯無の事を眺めていると、見られている事に気付いたのかすぐさま呼吸を整えてキリッとした顔になる。
「篠ノ之博士、織斑先生が非常にご立腹ですので『今すぐ』管制室まで来てください」
「うへぇ…束さん怒られるだけじゃん!」
「自業自得だ…話の続きは終わった後にな」
少しばかり痛む頭痛に軽く頭を抑えながら、ピットエリアの誰も居ない空間へと目配せをする。
…俺相手に隠密行動なんぞ五年は早いぞクロエよ…。
驚愕したかのような雰囲気を感じれば、俺は軽く顎で束を案内するように促す。
「たーさんや、とりあえず千冬さんの所に行って来い…もしかしたら一夏達も管制室に居るかもしれんからな」
「む~…ろーくんが言うなら仕方ない…行ってあげるか~」
束さんは不満げに頬を膨らませながら、俺に背を向けてスタスタと歩いていく。
どうせ、同じ旅館に泊まる事になるのだろうし、話はその時にするのでも構わんだろう。
束さんと見えないクロエを見送り、人の気配が無くなったのを見計らって両腕を広げる。
「学園は、どうした刀奈?」
「あっちの防衛は『イージス』の二人組に任せてあるから平気よ。一応、狼牙君のお目付け役だしね…私は」
楯無は俺が両腕を広げたのを見ればすぐに抱き付いて、胸元に耳をあてる。
ISコアが心臓の代わりをしているとは言え、キチンと心臓の鼓動音に似た音が響いている。
こうして生きているので聞くまでも無い事だが…それでも不安なのだろう。
宇宙空間を漂流して心配をかけすぎたな…本当に。
「不安か?」
「えぇ、とっても…あの人は武闘派だし。狼牙君が遅れを取る事は無いとは思うけど、それでも…」
「何、ルール自体は一般的なISバトルの国際規定に則る形だ…早々事故も起きまい」
「それは…そうなのだけれど…」
楯無は俺の胸元を人差し指でのの字を書く様になぞり、頬を膨らませる。
回避できなかったことの負い目なのだろうが、これはどうしたって回避できないものだろう。
アリーシャが挑まなくても、その内実戦データ欲しさに喧嘩を各国から売られるのは眼に見えている。
下手すると冬休みは、毎日ISバトル漬けと言う事も十二分に考えられる。
枷が無い分、学園での訓練よりは気が楽だがな。
「私としては回避したかった案件ではあるのよ?スペックデータだけなら改竄できるけど…相手がブリュンヒルデである以上、手なんて抜けない。今の世情から言ってどちらも負けられないし…」
「余計な事に気を回すな、刀奈…その気持ちだけで俺は十二分に戦えるさ」
「フラグ、立てないでもらえるかしら?」
楯無は漸く俺にいつもの笑みを浮かべて、からかうような口調で俺を茶化す。
俺のスタイルは所謂フラグガン積みによるへし折り…死亡フラグなんぞ今更恐くも無いからな。
楯無の頬を優しく撫でてからそっとキスをしてやると、楯無は俺の首に両腕を回してもっととせがんでくる。
此処の所二人だけの時間と言うのを作ってやれなかったからか、いつも以上に積極的だ。
「んっ…ねぇ、狼牙君…帰ったら…」
「おっと…その先は危険な旗が立っているぞ?」
「あら、狼牙君は私のフラグもへし折ってくれるから平気よ?」
楯無はクスクスと笑い、少しだけ背伸びして強引に唇を重ね合わせる。
まだ足りない、もう少し、もう少しだけ触れていたい…とも思うのだが、試合開始の時間が差し迫ってきている。
少しだけ舌を絡めてから口を離し、どちらからでもなく離れる。
「なんにせよ、お前が愛する男はデキる男と言うのを知らしめてやらんと、どこぞの馬の骨に持っていかれるかもしれんな」
「フフ、皆馬の骨なんてあしらうだけよ。狼牙君以外の男になんて触れられたくもないもの」
「触れた奴の手は粉砕してやらねばな…ともあれ、負けられん」
ゆっくりと天狼に近寄り、背中から体を機体に預けると一瞬で装着されてハンガーから降ろされる。
事前に束さんが整備をしていたのか、随分と機体の具合がよろしい…違和感と言う違和感を感じないのは心強いものだ。
「負けたって構わないわ…でも、怪我だけはしちゃダメ。絶対よ?」
「アイ・マム。では、ブリュンヒルデ殿に狼の牙を味わってもらうとしよう」
PICを操作して少しだけ機体を浮かせてカタパルトへと向かい、楯無と別れる。
こうして機体を身に纏っていると、やはり気分が高揚してくる。
生体ISだからと言う訳ではない…どうしたってこの機体の名前は俺にとって特別な思い入れがある。
だからなのだと思う。
[ロボ、気負わなくても良いわ…私もキチンとサポートするし]
「良い女に恵まれ過ぎて、やはり失った時が恐いものだな」
[大丈夫よ…私も、あの子たちも皆貴方が好きなのだから]
「臆病者だからな…とは言え、そんな俺を好いてくれるのは心地が良い」
カタパルトに入り、機体を固定されれば管制室から通信が入る。
相手は言うまでも無く千冬さんだ。
『狼牙、事前に渡した『テンペスタ』のデータには目を通したか?』
「問題ない…千冬さんには申し訳ないが、戦闘が始まったら通信には答えられん」
『構わない、全力でぶつかって来い…できれば一夏を刺激する様な、な』
なんとも面倒な事が起きそうな注文を付けてくれる。
とは言え、このバトルを通して何かしらの刺激を与えられるようでなければ、ライバル失格と言うものだろう。
「承知…では、狼牙…出るぞ」
俺は管制室からの通信を切り、カタパルトから機体を射出させてアリーナへと躍り出る。
此処から先は言葉のいらぬ死地…それ程の覚悟を決めながら。
段々、後日談じゃなくて第二部でも良い気がしてきた今日この頃。