【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜 作:ラグ0109
京都。
言わずと知れた日本が誇る古都だ。
その昔…第二次世界大戦の空襲の際、歴史的木造建造物が多いと言う理由で空爆を免れたと言う過去があるほど、この街には日本にとって重要な建造物が多い。
具体的には、国宝建造物四八件六十棟、特別史跡三件、特別名勝十四件、重要伝統的建造物群保存地区七件…。
国宝美術工芸品に至っては二百七件とこれまた多い。
この地が首都であった証拠なのだろうな…。
都と言うのは、文化の中心になる。
様々な物が集い、人が集い、そして文化が育まれる…こうして考えてみると、人間の活動も自然のそれと大して変わらない様に思える。
と、まぁ…個人的な感傷はこのくらいにしておくか。
東京から新幹線で二時間二十分の電車の旅は、幸いなことに…いや、当たり前なんだが一切のトラブルが起きなかった。
微妙に身構えてはいたのだが、何事もなく本当に良かった。
そう言えば、昔の特撮映画の決戦の地だったな…等と思いながら、新幹線を降りて長い階段を降りていく。
クラスごとに整列して、整然と降りていくとすれ違っていく人たちからひそひそとした声が聞こえてくる。
「ねぇ、あれIS学園の生徒じゃない?」
「え、織斑 一夏君いるかなぁ?」
やはりと言うか何と言うか…以前の雑誌取材のお陰で男性操縦者の顏と言うのは一般的な認知度を引き上げる事に成功した様だ。
そう言えば、見本の雑誌をもらっていなかったな…簪に後でどうだったのか聞いてみようか…?
基本的に学園の制服と言うのはスカートなので、男子用の制服を身に着けている俺たちは直ぐに見つかってしまい、黄色い歓声が上がる。
有名人には間違いないだろうが、まさか黄色い声が上がるとはな…。
「やっぱり、一夏君可愛いなぁ」
「童顔好きねぇ…私は隣に居る銀 狼牙君の方が良いけど」
「え~…高校生にしては大人びすぎてない?潔いけど三股してるし」
「英雄色を好むってやつなんじゃない?日本の代表候補生の子とか羨ましいわ~」
軽く目礼をしつつ、すれ違っていくが…よもやここまで精神的ダメージを見知らぬ人間から与えられるとは思っていなかった俺は、思わずよろよろとした足取りで階段を降りていく。
たらしは良い…俺はそんなに老け顏なのだろうか?
軽く気落ちしながら腕を組んで首を傾げると、階段のお蔭で高い位置にいる鈴が俺の肩を叩いてフルフルと首を横に振る。
「俺って童顔なのか…?」
「老け顔と言われるよりはマシではないか…」
「せめて、大人びていると言っていただきたかったですわ」
一夏のつぶやきにジト目で返すと、少しばかり腹が立ったのかセシリアが頬を膨らませる。
簪とラウラも同じ意見なのかコクコクと何度も頷いている…が、やはり実年齢よりも老けては見えているらしい。
…まぁ、持って生まれた顔なので文句を言う気はないんだが。
「みなさ~ん、まずはバスに乗ってホテルに移動します~。その後は自由時間となります。門限を守って、観光を楽しんでくださいね~」
「「「「はい!」」」」
山田先生が案内用の旗をパタパタと振りながら、今日一日のスケジュールをざっくばらんに説明していく。
と言ってもこれから宿泊先に移動した後、本当に門限の午後六時まで自由時間となるのだが…。
今日一日は移動の疲れを取る事に専念し、明日からのスケジュールに備えようと言う事なのだろう。
もっとも、専用機持ちはその自由時間の間に何かやらされるようなのだが…その件に関してはまだ明示されていない。
もったいぶらずに教えてくれても…とは思うのだが、昨日まで千冬さん含めて関係者は口をつぐんだまま…。
…接触させたくない何かがあるのか?
「では、各クラスごとにバスが振り分けられていますので、バスに乗り込んでくださ~い」
「あぁ、銀…お前は私から伝える事があるので少し待て」
「承知」
…ここにきて、か。
何とも嫌な予感を感じつつ、クラスの皆と別れて千冬さんの元に向かう。
一夏は何事かと首を傾げて俺の事を見ていたが…まぁ、一夏に被害が及ぶことはあるまいよ。
厄介事でなければ良いのだが…。
「…アリーシャ・ジョセスターフと言う名に覚えはあるか?」
「…確か、第二回モンド・グロッソ優勝者か?」
アリーシャ・ジョセスターフ…イタリアの国家代表にして、千冬さんのライバル。
千冬さんと同じく格闘戦を得意とし、更には単一仕様能力を発動させた数少ない人間の一人だ。
弾の持っているゲームIS/VSにおいてもその実力は確かな物…と、言うか…エグかった。
隠しコマンド入力でその単一仕様能力が発動するのだが…あれはかなり面倒な類の能力だろう。
「…狼牙、お前を指名している」
「断る事はできんのか?」
千冬さんは非常に複雑そうな表情で、俺と一夏を見つめてくる。
何と言ってもかつてのライバル…そんな相手が、わざわざ男性操縦者を決闘の相手にご指名してきたとあれば、その心中は必ずしも穏やかな物ではないだろう。
なまじ、相手の実力を肌で感じているからこそ。
俺とて格闘戦で早々遅れを取るつもりはないが、それでも千冬さんの目には厳しく映っているのだろう。
「更識と白蝶とでイタリアIS委員会と交渉は続けていたんだがな…お前の機体は第三次形態移行を引き起こした非常に希少価値の高い機体だ。IS学園の専用機持ちは直接戦闘データを取れるが、そうでない国は委員会から提出される書類上のデータしか手に入れる事ができない。奴らもデータ取りに躍起になっているんだ」
「…結果として、俺に逃げ道なしか」
「…すまない、とは思っている」
これは…冬休みが休みなしになる可能性を考慮する必要があるか?
理由は単純明快…各国がこぞって、俺との戦闘データを取らせろと騒ぎ立てるからだ。
イタリアの要求を受け入れてしまった以上、必然的に他の国の要求を呑まなくてはならなくなる。
「凄まじく帰りたくなってきたな…モルモット的な扱いは覚悟していたが…」
「流石に其処まではいかないし、お前の機体の機能解放…モード:アンチェインドだったか?それは封印してもらう形になる」
「承知した。どこまで行ってもトラブルからは逃れられんなぁ…」
軽く頭を抱えてため息を吐きだす。
俺の立ち位置の所為ではあるんだが、何とも言えん微妙な気分にさせられる。
一先ず気を取り直して、今後の日程を問いただす。
「今日一日は好きに行動してもらって構わない。だが、明日は専用機持ち全員を引き連れて、京都府ISアリーナへと赴いてもらう事になる」
「他のクラスメイトはどうなる?」
「そちらは、午前中は宿泊施設での授業を行った後、伝統工芸体験へと出る事になっている」
「…ごねても仕方ない…うむ」
他のクラスメイト達が非常に羨ましいが、ここでゴネたところで結果は変わらず…しかも楯無や白達の苦労を足蹴にしてしまう。
大人しく従う他あるまい。
「何かしら成績にイロはつけておいてやる」
「正直な話、それは助かるな」
「現金な奴め…まぁ、良い。行くぞ」
セイセキ タイセツ セイセキ ヒツヨウ
二週間の遅れをそれでペイできると言うのであれば、この際ここで清算しておきたい。
正直、此処の所続いていた補習と宿題祭りには辟易とさせられていたからな。
現金であろうがなかろうが、俺とて自由な時間が欲しいのだ。
千冬さんの後をついて行く形でバスの元へ向かう。
やはりと言うか何と言うか、皆俺待ちだった様で急かす様に手を振ってくる。
「千冬、お話は終わったかしら?」
「…一応、学園の関係者と言う認識をもっているのか、貴様は?」
「…だんまりの理由はそれか…」
一組のバスへ向かうと、乗降口に白がバスガイドの制服を着て立っているのである。
ピシッとスーツを着こなしているのだが、本人が妖艶な雰囲気を放っている所為でやたらと色気がある。
軽い頭痛を感じつつも、気を取り直して白へと近づく。
「お前が此処で遊んでいると言う事は、楯無も来ているな?」
「えぇ、今はアーリィのお相手をしてるわ」
「…後で労ってやらんとな」
なるべく、俺とアリーシャが接触しない様に身体を張っているらしい。
楯無がそこまでやると言う事は、戦闘データ取りがただの模擬戦で済むわけがないな…。
恐らくガチ戦闘に発展する様な状態になるだろう。
気楽に構えているつもりはないが、気を引き締めて臨まないと首を刈られる事になりそうだ。
「まったく…白蝶、遊ぶのは構わないが、仕事はしっかりしてくれ」
「大丈夫よ、千冬。その辺り抜かりが無い事は貴女も知っているでしょう?」
「まぁ、そうだがな。釘を刺すのも私の仕事だ」
千冬さんと白が会話をしている隙に、そそくさとバスに乗り込んで空いていたセシリアの隣に座る。
一夏は、どう言う訳かのほほんが隣に座っている状態だ。
箒達からの恨みがましい視線が感じられるが…どうせ、無用な諍いを起こしたところをのほほんが席を掻っ攫って行った形なのだろう。
自業自得とは正にこの事だな。
「狼牙さん、一体何の話でしたの?」
「あぁ、明日京都のアリーナで模擬戦をする事が決まってな…データ取りをするそうだ」
「…他国の方ですわね?」
「そんなところだ。それより、午後の自由時間はどうするつもりだ?」
下手な追及を受けて、相手の名前を言うのも憚られる。
なんせ、相手は二代目
俺は話を切り上げて、自由時間での観光の話へと切り替える。
あからさまかもしれんが、今は遊びの時間が控えているのだ…そちらに専念せねば勿体ない。
「模擬戦のお話は後で聞かせてもらうとして…一先ず簪さんとラウラさんと一緒に京都を巡ってみようかと」
「セシリアは来るのは初めてだったか?」
「えぇ、昔の日本の姿を色濃く残した場所と聞いていますし、楽しみにしてましたの」
セシリアは嬉しそうに微笑みながら、携帯端末を取りだして観光案内を開く。
欧州圏とは違った文化体系だからな…目に映るもの全てが新鮮に映るだろう。
異なる文化と言うのは、いつだって興味の対象になりうる。
俺とてそれは変わらなかった。
「では、これより宿泊先の旅館へと出発いたします。短い間ですが、どうぞよろしくお願いします」
「えー!お姉さまも一緒に自由時間遊ぼうよ~!」
「ふふ、それはまた次の機会に、ね?」
白が透き通るような声でアナウンスをすると、クラスメイトがザワザワと騒ぎ立てる。
相変わらず、白の人気に陰りは見えない…男性からして魅力的に見えるのだ、女子からしたら純粋な憧れを抱いてしまうのかもしれんな。
そう思うと少しばかり得意げになってしまうのは、何だかんだと言っても俺がロボだからなのだろうか?
「相変わらず、人気ですわね…」
「傾国の美女と言っても過言では無いからな…実際、一つの国を沈めている…」
「えぇ…」
国、と言っても小国ではあるが。
王位継承争いのイザコザを利用して、混乱を引き起こして潰し合わせたのだったか…?
必要な仕事だったとは言え、何とも複雑な気持ちにさせられたものだ。
セシリアは、それが事実なのだと理解はしていても、半信半疑と言った顔で俺を見つめてくる。
「美女と言うのは容易く男を惑わすものだからな…」
「あら、なら貴方も惑わされていたのかしら?」
「さて、な…此処から先は秘密と言う事にしておこうか、白?」
いつの間にか白が傍らまでやってきて、クスリとした笑みを浮かべている。
何時までも変わらない悪戯っぽい笑みは、今までもこれからも俺の記憶に焼き付いて離れないものだ。
セシリアは頬を膨らませて俺の腕をつねってくる。
何とも可愛らしい嫉妬だな…。
「惑わされない様にわたくしが『しっかり』と見てなくてはいけませんわね!」
「いやいや、今俺を現在進行形で惑わしているのはセシリア達なんだがな…?」
惑わされてなければ、四人も――何だかあと二人ほど追加されそうな気がせんでもないが――女を侍らせはせんだろう。
心から、俺の事を愛してくれているからこそ、俺も心からセシリア達を愛するのだ。
其処に損得勘定等と言う野暮な物は無い…そも、恋愛とはそう言うものでもないしな。
「皆ー、ロボがナチュラルに惚気たわよ~!」
「白は煽るんじゃぁない!」
白が皆を煽ってはやし立てるものだから、バスの中は騒がしいの一言に尽きる状態に陥ってしまう。
俺は、千冬さんに助け舟を出してもらおうとアイコンタクトを送るが、何とも意地悪な笑みを浮かべられて視線を逸らされる。
これの意味するところは、『生贄になれ』…と言う事だろう。
嗚呼…山田先生は何だか羨ましそうな顔をしないでいただきたい。
俺はホテルに着くまで絶えず質問攻めに遭ってしまい、初日だと言うのにクタクタに疲れてしまうのだった。
展開が遅くてすまない…少し、二代目さんに八つ裂きにされてくるよ…