【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜   作:ラグ0109

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いざ、西へ

さて、暦の上では最早冬…冬服の準備は俺が眠りこけている間に楯無達が勝手に衣替えしてくれていたので、スムーズに冬服へと移行することができた。

今日から始まる修学旅行は、三泊四日と言う一体何をしに行くのか皆目見当つかない日程で行われる。

宿泊先も京都老舗旅館とあって、実は非常に楽しみにしている。

京料理に温泉…更には神社仏閣、座禅体験…酒蔵を訪ねるのも良いかもしれん。

いやはや、これが一月であれば雪景色に染まる都が眺められたのだが、文句は言えまいな…。

ともあれ、久々の京都旅行を楽しもう…と思ったのだが、班分けが揉めに揉めた。

一夏は兎も角、俺は彼女持ち…だと言うのに、一緒の班が良いと言うクラスメートが多かったのである。

さもありなん、先日のラウラ事変が効いているのは明白であり、この修学旅行をチャンスと見て一気に親密になろうと言う魂胆が見え隠れしている。

だが、此処で思いもよらぬ方向から救いの手がセシリア達に差し伸べられる。

 

『銀は修学旅行時に専用機持ち組とやってもらう事があるため、オルコット、更識、ボーデヴィッヒの三名組め』

 

我らが担任織斑 千冬だ。

ただこの一言を言うとき、苦虫を噛み潰したかのような顏をしていたのが非常に気になる。

千冬さんは公的な仕事をしている時、基本的には鉄面皮で通している。

そんな千冬さんがあからさまに嫌そうな顔をしているとなると、何かトラブルが起きるのかもしれん。

楯無…もとい刀奈も何か言いたげにしていて、言い出せずにいるのも気付いている。

まぁ、胃を痛めるのは俺一人で十分なのでそれはそれで構わないのだが。

…此処の所、白がダンマリ決め込んでるのも不安材料の一つになっている。

何かしら仕掛けられるな…。

一夏の班は箒、鈴、シャルロット、そしてマドカだ。

マドカはのほほんの班に入れた方が良い気がするのだが、行方をくらまされても困るのでこれはこれで良い気がする。

さて…俺たちは今学園から本土に向かい一度東京駅に出てから新幹線に乗り換える…と言う行程で進んでいるのだが、乗り換えるまでに時間があると言う事なので適当に東京駅内にある売店やお土産屋を覗いている。

別に今から荷物を増やしても仕方が無いので、あくまで冷やかし…なのだが…。

 

「父様、電車による旅行にはエキベンなるものが必須だとクラリッサから聞いたのだが…」

「なぁ、ラウラよ…一度クラリッサに会わせてもらえんか…?その偏った知識を一度正してやらねばならん気がするのだ…」

「日本と言う国は色々と夢が膨らみますので…母国でも見当違いな認識の方がいましたし」

「時々、日本が分からなくなる、かな…」

 

売店の前でラウラに袖を引っ張られ、ショーウィンドウに並ぶ数々の弁当を指差す。

もちろん、俺たちは出発前に朝ご飯をきっちり食べているのだが…電車での旅と言うのが初体験であるラウラにとって、これらの駅弁と言うのは非常に興味深いものなのだろうう…主に副官のお陰で。

とは言え、東京駅に来たら絶対に買うものが俺にはある。

 

「まぁ、良い…ラウラは寿司は好きか?」

「あぁ、臨海学校の時にいただいたスシは非常に美味かった」

「セシリアは?」

「わたくしも問題ありませんが…狼牙さん、食べる気ですの?」

「朝と昼って、あまり食べない印象…」

 

セシリアと簪は不思議そうな顔で俺のことを見つめてくる。

たしかに、普段俺は朝と昼に大した量は食べずに、夜にドカ食いすると言う内臓に悪い食生活を送っている。

しかし、しかしだ…中々食べる機会がない物は別なのだ。

食わないと言うだけで食べられないわけでは無いからな…。

俺はすたすたと売店に向かい、手押し焼き鯖寿司弁当を二つとお茶のペットボトルを二つ購入する。

幾分気分が良いのか口元が綻んでしまってるのが分かる。

 

「お目当ての物は買えたようですわね。…サバ?」

「うむ、俺はこれが好物でな…東京駅に来る度に購入している」

「二つは買い過ぎ、じゃないかな…?」

「まぁ、お前たちと分けるつもりで買ったからな」

 

軽く肩を竦めつつ笑みを浮かべると、簪とセシリアが何やらアイコンタクトを行っている。

大方『あーん、してもらいましょう』等と会話しているのだろうが…。

俺とて付き合いが長いので、大体何を言っているのか予想くらいできるのだ。

そろそろ新幹線に乗り込む時間になるので、何故か居なくなったラウラの姿を探す。

…このタイミングで迷子とか勘弁してもらいたい…。

 

「ラウラさん、そろそろ時間ですわよ?」

「セシリア、とても、とても愛らしいんだ…」

「は?」

 

セシリアがラウラの姿を見つけて近寄ると、ラウラはキラキラと目を輝かせながらとあるお菓子を指差している。

…九州銘菓、ひ○こである。

俺も最近知ったのだが、元々九州発祥のお菓子であるこのひよ○は、非常に愛らしい形をしている。

人によっては食べる事をためらう人も居るくらいだ。

ラウラはそんな○よこを見て、懐から財布を取りだして真黒なカードを取りだす。

流石ドイツの部隊長…無制限カードか…。

 

「すまない、こちらの商品をあるだけすべてくれ!金ならここに…!!!」

「ストップ!ストーップですわよ、ラウラさん!?」

「お菓子に、本気になりすぎ…!」

「すまない、この角箱五個入りを一箱…あぁ、この娘の戯言は気にせんでくれ…」

 

セシリアは慌ててラウラの黒兎カードを財布にしまわせ、簪はラウラの口を塞いで首を横に振る。

ラウラはラウラでモガモガと何かを訴えかけているが、時間が時間なのであまり構ってもいられない。

一先ず、この五個入りひ○こで今は納得してもらうしかない。

ささっと購入を済ませて、ラウラの体を脇に抱えれば急いでホームへと向かう。

どうやら、俺たちが最後だったらしく一夏が此方に手を振っている。

 

「おーい!早くしろって!」

「いや、すまん…娘が駄々をこねてな!」

「父様!わたしはあの売店にいる愛らしい雛達を全て救い出さなくてはならないのだ!!」

「確かに愛らしい形ですが…」

「お金はとっておかなきゃ、だめ、だよ?」

 

ばたばたと慌てながら新幹線に乗り込み、漸く俺はラウラを降ろして先ほど購入したひ○この入った小さな紙袋を差し出す。

ラウラはしょんぼりとした顔をしつつも、俺から紙袋を受け取って大事そうに抱きしめている。

本当に気に入ったのだな…あのデザイン…。

 

「買い占めは、駄目なのか?」

「買い占めても食いきれんだろうに…それだけで我慢しろ」

「ラウラ…――……――…ね?」

 

簪がラウラに何やら耳打ちをすると、ラウラは表情を一転させて表情を明るくさせる。

…今後の結婚資金の為にとっておけとかそんな所だろうか?

何とも複雑な面持ちで指定席に向かい、セシリアと簪の席を回転させて対面座席にする。

 

「……」

「いや、睨まれても困るんだが…?」

 

ラウラに窓側の席に座らせ、対面にセシリアと簪が据わったところで通路側の席に座ると、隣からジィッとマドカに見つめられる。

表情から察するに、一夏と同じ班は嫌だと言った所か…?

とは言え、一度組んでしまった以上我儘は言えないので、黙して八つ当たりの対象を探していると。

 

「…なんだ、それは?」

「焼き鯖寿司だが…食うか?」

「いらない。貴様、普段御粥の癖にそんなものを食べて平気なのか?」

 

…この娘は、あれか…ツンツンデレくらいの配分なのか?

何だか良く分からんが、どうも俺の身を案じてくれている様だ。

俺は首を横に振り、笑みを浮かべる。

 

「何が可笑しい、銀 狼牙?」

「あぁ、狼牙はほら、凄い突撃機使ってるからさ…胃にモノを入れておきたくないってだけなんだよ」

「毎回毎回御粥に漬物の組み合わせ…十六歳にしてお爺ちゃんみたいな食生活してんじゃないわよ」

 

一夏はマドカの隣に座りながら荷物を漁り、鈴は一夏の前の席から顔を出して呆れたような顔をする。

…強ちお爺ちゃんと言われても間違いでは無い辺りが、もの悲しくなるな。

シャルロットは一夏の席の後ろから立ち上がって此方を見る。

 

「話し変わるけど、ラウラに何を買ってあげたのさ?」

「ひよ○だ…知らんか?」

「あー、あぁ…なるほど…あの可愛い奴だね?」

「それで大騒ぎして遅れて来たのか…保護者と言うのも大変だな」

 

箒は顏こそ出さないものの、やや同情的な声で俺に話しかけてくる。

よもや、ひ○こであそこまで騒ぐとは思いもしなかったからな…。

存外に女の子しているので、安心は安心なのだが。

車内にアナウンスが流れ、発着ベルがホームに流れて扉が閉まる音がするとゆっくりと静かに新幹線が動きだし、窓の外の景色が流れ始める。

こう、旅の始まりと言うのは何時だってワクワクさせるものだ…これは昔から変わらない。

…まぁ、トラブルが毎回絡んでくるのはご愛嬌と言う他ないんだが。

 

「楽しそうですわね…?」

「あぁ、旅と言うのは昔から好きだったからな。自由国籍を得た事だし、冬休みは海外に足を運ぶのも良いかもしれん」

「それでしたら、是非とも我が英国に!」

「む!我が祖国ドイツにて教官をだな…!」

「そしたら、私、ついて行こうかなぁ…?」

 

セシリアとラウラは互いにけん制するように火花を散らし、簪は簪でちゃっかりついて行こうと画策している。

この場合長時間一緒に居る簪の方が美味しい思いをするのだろうなぁ…。

ぼんやりとそんな事を思いながら、駅弁である手押し焼き鯖寿司を開けてラップを外して割り箸を手に取る。

鯖の半身を丸々使ったこの寿司は、見た目からして豪快の一言につきる。

目の前で起きている痴話喧嘩を完全に意識からシャットアウトし、一切れを一口で頬張る。

 

「うむ…うむ…やはりこれよな…」

「…爺臭いわよ、狼牙?」

 

鯖特有の生臭さはあるものの、鯖とシャリの一体感は見事と言うべきか…。

鈴が呆れ気味に此方を見ているが、最早そんな視線なんぞ気にならん。

美味いものに集中せねば…人は美味い物食う為に生きているのだと確信するために…と、言うのは言い過ぎか。

 

「狼牙、ガチ食いか…そんな調子で食べていたら夕飯入らないんじゃないか?」

「世の中別腹と言うものが存在している…それはそれ、これはこれだ。なに、カロリーなんぞ明日の座禅体験後の鍛錬で直ぐ消耗してしまう」

「…銀君、君は世の苦しんでいる女性を敵に回したよ?」

「さて、男故に分からん感覚でな?」

 

一夏が苦笑しながら警告を促してくるが、本来大食いである俺には何も問題ないのだ。

なまじ筋肉の塊である為に、エネルギーはあるに越したことはない。

動くから太らんと言えば、シャルロットが恨みがましい視線を向けてくるものの、俺はそれを涼やかな顔でやりすごす。

いや、世の女性は苦労しているのは分からんでもないんだがな…セシリア達に良く触れているから理解はしている。

この娘達、ボディラインが一切崩れたことが無い。

以前、高カロリーのお菓子を食べる時の話を聞いたことがあったな。

一日何も食べないと言う悲壮な覚悟を持って食べるとかなんとか…そう言った緻密なカロリー計算と日々の運動によって素晴らしいプロポーションと、特有の柔らかさを維持しているのだろう。

無駄に鍛えるだけの俺とは苦労に差が出る。

一切れ、箸で割ってセシリアとラウラの口に突っ込んで痴話喧嘩を強制的に終了させる。

折角の旅行なのだから、喧嘩していては面白くなくなるしな。

 

「ぅ…」

「ぁぅ…」

「欧州に行くとは限らんのだし、喧嘩は其処までにしておけ」

「……むぅ」

 

軽く二人を諌めると、セシリアとラウラの二人は頬を赤らめてモグモグと咀嚼していく。

美味いものこそが正義…黙らせるにはこれに限る。

さて、食事の続きを…と思ったら、簪が不満そうな顔で此方を見上げて小さな口を開ける。

 

「欲しければ欲しいと言えば良かろうに…」

「食べさせてもらうことに、意味が、あるの」

「雛かなにかか…?」

 

クスリと笑いながら簪に半切れを差し出して口に入れてやると、非常に嬉しそうに食べている。

まぁ、本人がこれで嬉しいと言うのならば、何も言うまい…。

 

「なるほど…これがエキベン…父様、もっとくれ!」

「ラウラ、食べ過ぎたらお腹壊しちゃうよ!?」

 

鯖寿司はお気に召した様でラウラは次を寄越せとせがんでくるが、すっかりラウラのお姉さんポジが板についてきたシャルロットが席から立ち上がって此方にやってくる。

私生活が基本的にズレていたラウラの生活習慣を正したのは、シャルロットによる功績が大きかったりする。

 

「銀君、ラウラは甘やかしちゃだめだよ?」

「せっかくの電車旅行、駅弁を少し分けるくらいは問題なかろう?」

「だめだってば…ラウラ、結構調子に乗っちゃうんだからさ」

 

まぁ、ひ○こ事変からも後先考えずに行動しがちなのは分かるのだが…。

俺はチラ、とラウラを見る。

瞳を潤ませ、此方を純粋な目で見つめている。

 

「シャルロットよ…俺は、この目に抗えんよ…」

「女の子のお尻に敷かれ過ぎじゃないかな…?」

「否定はせん…」

「…なぁラウラ、一つ聞いていいか?」

 

不意に一夏が不思議そうな顔で、ラウラへと質問を投げかけようとする

ラウラも駅弁から意識が逸れた様で、一夏へと視線が移って俺はホッとする。

シャルロットはコレで怒らせると中々恐い。

以前見かけた一夏に対する不意の暴力に、未開封のペットボトルジュースを全速力で投げつけると言うものがあった。

勿論、後で諭して謝らせはしたのだが。

 

「うむ、聞きたいこととはなんだ?」

「いや、ラウラって…こういうのは不謹慎だけど、狼牙のハーレムに入ったんだろ?」

「…空はあんなに青いのに…」

「狼牙さん事実ですので、言葉をしっかりと受け止めてくださいまし」

 

ハーレム…何という悪徳的な響きか…真っ直ぐに朴念神にこう言われると、俺とて現実逃避したくなる。

俺は無心で駅弁を食べ終えて、ゆっくりとペットボトルのお茶を飲んでいく。

マドカは眼を閉じて黙していたのだが、いきなり目を開いて此方を横目で見てせせら笑う。

 

「たらしか…」

「反論の余地が無い辺り、虚しくなるな…」

 

反論する気も無いんだが…。

マドカは何かと俺の事を根に持っているので、時々投げかけられる言葉がナイフの様に鋭い。

本当にナイフを振り下ろされるより遥かにマシなんだが。

 

「普通名前呼びするんだろうけど、なんで未だに父呼びなんだ?」

「あぅ…それはだな…わ、わたしとて羞恥心があってだな…ふ、二人きりなら名前で呼べるのだが、周囲の人の目があるとどうしても呼べなくて…」

「「「へぇ…?」」」

 

箒、鈴、シャルロットの三名は同時にニヤニヤとした笑みを浮かべて、ラウラの事を見つめる。

その目は玩具を見つけた子供のソレだ。

…お前達とて恥ずかしくてマトモに一夏に告白できていないではないか…。

だが、京都…多少のラブロマンスくらいはできるだろうか?

三人にとって、一夏の心を射止めるチャンスがくるかもしれんな…。

俺はチビチビとお茶を飲みながら姦しく騒ぐ女性陣を眺め、皆で行く京都へと思いを馳せるのだった。


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