【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜 作:ラグ0109
何かと肩身の狭い思いをしつつも楽しく昼食を済ませた俺は、一足先に行くと言うセシリア達と別れて教室に残って物思いに耽っていた。
長く望んでいた日常…刺激がまったく無いわけでもなく、かといって命のやり取りをする訳でもない日常と言うのは少しばかり新鮮に感じる。
今までが今までだったからだと思いたい…。
俺は暫く穏やかな学園生活の雰囲気を噛み締めつつ、ゆっくりと立ち上がればアリーナに向かうために廊下へと出る。
背後から小走りに此方に駆け寄ってくる足音がしてくるが、努めて無視をする。
思いっきり見られている気配を感じるが、振り返って俺が対象でなかった場合恥ずかしいからな…。
聞き覚えのある声がかけられれば、杞憂だと気づいてこれはこれで恥ずかしく思ってしまうのだが。
「ハァイ、狼さん?」
「ナター…ル先生か」
「んもう、いい加減慣れてくれても良いでしょうに。それより、千冬から聞いたわよ?」
俺に声をかけてきたのはアメリカ元国家代表、ナターシャ・ファイルス。
どうにも教師に対して愛称で呼ぶと言う事に抵抗を覚えてしまっている俺は、未だに『ナターシャさん』と呼んでしまいそうになる。
確かに、いい加減慣れて然るべきなのだろうが…最近はやたらと押しに弱いからな…多少なりとも壁くらいは欲しいのだ。
「織斑 マドカの件か?」
「そうそう、あの事件の時に貴方が捕縛したって子。これからセシリアとやるんだって?」
「あぁ…互いにBT兵器の申し子だ。セシリアに至っては、マドカに辛酸を舐めさせられている」
「代表候補生は本来プライドが高いもの…一年の専用機持ちは、狼さんの影響か幾分穏やかだけれど」
そう、代表候補生と言うものは、狭き門を潜り抜けた一握りの人間だけが持つ事を許される特別な肩書だ。
だからこそ、セシリアは入学当初ひけらかす様な素振りを見せていたのだろう。
まさしく選ばれたエリート…しかも国内で一番BT兵器に対して適性が高かったと言う事もあって、BT兵器の扱いに関しては右に出るものはいない…と、言う事くらいは思っていただろう。
しかし、その自信もマドカの存在で揺るがされる事になった。
なんせ、初遭遇時点でBT兵器の最大稼働時に行える偏向制御射撃を見せつけられたからだ。
あの当時で、セシリアは最大稼働に至っては居なかった…そんな中でのキャノン・ボール・ファストでの事件での戦闘で敗北を喫した。
苦い思い出を断つのは今に於いて他にはないだろう。
「皆、良く研ぎ澄まされた牙を持っているだろう?」
「私も偶に訓練のお相手をしてあげる事があるけど…修羅場潜ってきたって事もあるけど、やっぱり皆貴方を意識してるのか、先読みに長けてるわね」
「目で追わせるなんて速度ではないからな…こいつは」
俺は胸元の待機状態の天狼を手に持って、軽く指先で弄ぶ。
世界で唯一の第三次形態移行を果たした天狼神白曜皇…そう言えば、まだこれを使って皆と訓練をしていなかったような…?
あのイレギュラーが此方に来た時に少し使ったくらいか…。
普段は、ほぼ俺専用と化したラファールでの訓練ばかりなので、そろそろ動かしてやりたいところだ。
「基本スペックだけでぶっちぎりじゃない、ソレ…。まぁ、あんな戦い方をしていればコアの方が適した進化を模索するわよねぇ…」
「元々は欠陥機だったんだがなぁ…矮星なんぞ関節にしか無かったからな」
それがあれよあれよと言う間に武器と化し、射撃兵器にワイヤーブレードまで…至れり尽くせりとはこの事か。
展開装甲まで紅椿からかっぱらってくる辺り、使えるものは何でも使うと言う豪胆さが見え隠れしている。
まぁ、こちらとしては戦法に幅が生まれるので大助かりなんだが。
まぁ、一番の問題は何よりも機体に『乗せられている』状態に陥ってしまっている事だろうな。
天狼に慣れてきたかと思ったら第二次形態移行を果たし、天狼白曜に慣れたと思えば第三次形態移行を起こし…まるでイタチごっこだな。
だからこそのラファール・エルメスを使っての対専用機戦が、俺に設けられているんだが。
「ISの進化には際限がないわけだし…これからどうなるのかしらね?」
「その内、シンプルな全身スーツにでもなるのではなかろうか…?」
具体的には特撮の変身ヒーローもの辺りの。
天狼のデザイン自体、その辺の趣味的なデザインがふんだんに盛り込まれているので、本当にそうなりそうな気がする。
「さて、私は授業があるから…」
ナターシャさんがニコリと笑みを浮かべた後に、隙ありと言わんばかりに俺の頬にキスをしてくる。
非常に自然な動作だったので、反応が遅れて俺はキスをそのまま受けてしまう。
茫然としていると、ナターシャさんは小悪魔的な笑みを浮かべて早々に立ち去って行ってしまう。
「…いや、本当に脇が甘くなっているな…腑抜けにも程がある」
頬に着いた口紅のあとを手で拭い、ガックリと肩を落として猛省する。
回りに人間が居なかったことだけが唯一の救いだった。
第四アリーナの観客席に座り、千冬さんから黒騎士とブルー・ティアーズの武装に関する説明が行われる。
黒騎士の武装は、サイレント・ゼフィルスの武装とは全く真逆の思想の元用意されているものだった。
まず、実弾とエネルギー弾を撃ち分けることができるスター・ブレイカーと高性能爆薬が仕込まれているシールド・ビットエネルギー・アンブレラは廃止。
代わりに二基の大型ランサービット、腕部にガトリングガン…そして大型のバスターソード『フェンリル・ブロウ』を装備している。
高機動射撃戦ではなく、高機動近接戦を主眼にしたISと言う訳だ。
フェンリル・ブロウ…か…いやはや、多少なりとも俺を意識したものかと思わず口元を綻ばせてしまう。
まぁ、脳天に出席簿が叩き落とされたのだが…。
対してセシリアは、ブルー・ティアーズの基本パッケージで相対するが、サイレント・ゼフィルスの扱っていたBTライフル『スター・ブレイカー』の後継モデル、『スター・ブレイカーMk-Ⅱ』、近接用のいつものショートブレード『インターセプター』の代わりに二挺の試作BTハンドガン『スター・ダスト』を装備していると言う事だ。
「さて、色男に聞くが…どちらに分がある?」
「忌憚なく言わせてもらえば、六対四でマドカ優勢だ」
「ほう…その心は?」
千冬さんは意地の悪い顔で、俺にどちらが有利に事を進めるかを聞いてくる。
俺が勝負事で甘めの評価をつける訳なかろうに…。
セシリア不利、と言う見方に一部のクラスメイトがざわつくが、千冬さんが手でそれらを制して俺の発言を待つ。
「あくまで、俺が眠りこける前での評価だと言う事は頭に入れておいてもらいたい。まず、マドカはBT兵器に関してはプロフェッショナルと言っても過言ではないくらい扱いに長けている。扱いに長けていると言う事は、BT兵器の弱点を熟知していると言う事だ。それに、マドカは近接戦が得意な様だからな…懐に潜り込まれた時の対応に不安があるセシリアには、やや荷が重い。無論近付けさせないだけの弾幕が張れると言うのであれば話は別だが、ナターシャ先生の使う銀の福音の様な弾幕が張れる訳では無い。よって六対四だ」
「ん~、その銀君の言い分だと、戦力比七対三の様に聞こえるけど?」
シャルロットは不思議そうな声で首を傾げて此方を見つめてくる。
皆同じような気持ちだったのか、俺に視線が集中するがどこ吹く風と言わんばかりに俺は涼しい顔でいる。
「セシリアは偏向制御射撃による自在な射撃戦を得意としている。BT兵器を扱っている所為か場を見る事にも長けているからな…場合によっては戦力比が逆転する事は充分に考えられる。後は俺の知らん努力がどれだけ差を埋めるかと言ったところだ」
「ふむ、だから七対三でも五分でもなく六対四なのだな」
ラウラは合点がいったと言わんばかりにコクコクと頷き、アリーナにて相対しているセシリアとマドカを見つめる。
鮮やかな蒼の雫と黒い蝶…セシリアの表情は穏やかで、マドカは油断なくセシリアを睨み付けている。
害意をものともしないその振る舞いは貴族の名に恥じないだろう。
「さて、色男の解説はこれで十分だな。オルコット、マドカ…ルールはシールドエネルギーを規定値まで減らされるか、ダメージ判定Bに達した方が負けだ」
『承知しました』
『フン…』
マドカは徒手空拳の状態を維持し、セシリアはスター・ブレイカーMk-Ⅱを実体化させて構える。
試合開始前だと言うのに、既に幾度も打ち合っているかのような緊張感がアリーナを支配している。
一夏達が固唾を飲んで見守る中、試合開始のブザーが鳴り響く。
最初に仕掛けたのは、セシリア。
フェイントを織り交ぜた機動と共にスター・ブレイカーMk-Ⅱによるエネルギーと実弾による射撃を『丁寧』にマドカに撃ち込んでいく。
マドカは涼しい顔でまるで嘲笑うかのように、ひらりひらりと避けていく。
一撃も装甲を掠らせる事なく避けたマドカはランサービットを射出し、穂先からエネルギー弾を乱射しながら突撃させていく。
「まずは両者小手調べか…セシリアはビットを温存し、マドカは適当に流している…やる気が無いわけでは無い様だが…」
「得物を構えてないしな…ただ、ランサービットの狙いは正確だな…」
一夏はマドカを注視し、機体の挙動を見つめる。
一夏の白式は燃費が悪い…データを見せてもらったが、紅椿の単一仕様能力を利用せんとフルに性能を発揮しきれないくらいだ。
同じ姓…それも千冬さんのクローンであるマドカから、得られるものは得ようと考えているのだろう。
貪欲に、ひたすらに貪欲に強くなる姿勢が其処に見える。
いつの日か、俺と真正面から打ち合える日が来るだろうか…楽しみで仕方がない。
セシリアは突撃してくるランサービットをスター・ブレイカーMk-Ⅱに付けられている銃剣で逸らし、アクロバティックな回転を見せながら明後日の方向にエネルギー弾を放ちつつ、実弾をもう一基のランサービットに当てて動きを鈍らせる。
それを隙と見たマドカは、黒騎士の腰に尾の様に接続されたパーツをパージして握り込む。
大型のバスターソード『フェンリル・ブロウ』だ。
大剣からエネルギーを発振しながら突撃してくるマドカは、しかし接近する事は許されなかった。
明後日の方向に放たれたセシリアのエネルギー弾が、突如鋭角に方向を変えてマドカに襲い掛かった為だ。
スター・ブレイカーMk-Ⅱは前身であるスター・ブレイカーと同じくBTエネルギーを元に射撃を行う。
つまり、偏向制御射撃に対応できる。
『遊んでるのか?』
『えぇ、此処は貴女の距離であり、わたくしの距離…で、あるならばダンスを踊るのも悪くありませんわ』
『ふん、あの時よりはマシになったとでも言いたげだな…!』
マドカはエネルギー弾をフェンリル・ブロウを盾にする事で防ぎ、セシリアはその間に着かず離れずの距離を維持しながらスター・ブレイカーMk-Ⅱによる弾幕を張り続ける。
実弾のリロード動作が無い辺り、拡張領域から直接給弾しているのか…?
「セシリア…大分余裕がある様に見えるけど…」
「いや、ライフルだけとは言え、あそこまで乱射してはジリ貧ではないか?」
簪と箒は意見を交わしながら、模擬戦を静かに見守っている。
確かに、エネルギー弾はシールドエネルギーを僅かながら削って放つ仕組みになっている。
慢心している訳でも無いだろうし…武装のテストも兼ねているのだろうか?
マドカは獰猛な肉食獣を思わせる笑みを浮かべて瞬時加速を行い、一気に加速。
蝶の羽根の様なスラスターが一つずつ輝くのがほんの一瞬だが見える…確か、
一気に間合いを詰められたセシリアは、スター・ブレイカーMk-Ⅱを槍の様に持ってフェンリル・ブロウによる斬撃を受け止める。
『悪いが、ダンスが出来る程教養が無い…このまま切り裂かれろ、セシリア・オルコット…!』
『フフ、これでも狼の弟子でして…そう簡単に負けては彼の顏に泥を塗りつけてしまいますの…!』
長い鍔迫り合いが続くが、マドカはランサービットを突撃させる事で動きの止まっているセシリアを串刺しにしようとする。
しかし、そんな事はセシリアも理解していたようで、ビットを二基放出してミサイルを一斉射。
ランサービットを破壊する事は出来なかったものの、動きを逸らすことに成功する。
業を煮やしたマドカはフェンリル・ブロウのエネルギー刃の出力を跳ね上げ、スター・ブレイカーMkⅡを両断。
セシリアは寸でのところで後退したが斬撃を浅く受けてしまう。
窮地に立たされたように見えるが、セシリアは微笑みを絶やさない。
『では、貴女でも踊れそうな情熱的なタンゴでも如何でしょうか?』
『チッ…』
セシリアはすぐさま両手にBTエネルギーを発射させるハンドガン『スター・ダスト』を呼び出して、再び近接戦を仕掛ける。
銃身下部が鋭利な刃物の様になっている所を見るに、ナイフの様に扱う事もできるのだろう。
保険程度でしかないだろうが。
セシリアは全身のビットを射出し、偏向制御射撃を交えた近接射撃戦を披露していく。
ビットから放たれるエネルギー弾が、まるで鳥籠の様に二人を包み、互いに後退を許さない。
「無茶してるわね…あれって頭で軌道を考えながらじゃないと出来ないんでしょ?」
「俺はBT兵器は合わなかったみたいでな…アレをやろうとすると酷い頭痛に悩まされる羽目になる」
「演算処理と高速近接戦…マドカの方が押され始めてないか…?」
ラウラが関心したように呟いた後に、マドカが押され始めているのが見える。
原因は、間違いなくスター・ダストにある。
恐らく、避けた弾丸が偏向制御であらゆる方向からマドカに襲い掛かり続けているのだろう。
口径からして威力はそこまで脅威ではないが、じわじわとエネルギーを削られているのは間違いない。
…何ともえげつない戦法だな…。
『小癪な…!』
『流石に余裕がなくなりますわね…!!』
この戦法は長く続かない…原因はビットにある。
ビットは充電式の為、こまめに機体と接続してエネルギーをチャージさせる必要があるのだが、セシリアにはそれを行うだけの余裕が無いのだ。
もし、今弾幕が途切れてしまったら、待っているのは敗北だろう。
ハンドガンの威力は牽制程度…確実に当てているとは言え、マドカから一撃でも貰えばあっさり状況がひっくり返る綱渡りの様な戦いだ。
そして、その時がやってきた。
射出したビットが一基、また一基と地上に落下していく。
BTエネルギー自体は消滅するまで残るものの、肝心の本体がフル稼働に耐えきれずガス欠を起こしたのだ。
『貰ったぞ、セシリア・オルコット…雫は雫らしく落ちろ!!』
『えぇ、ですが、それでも…!!!』
マドカは大きく振りかぶったフェンリル・ブロウを叩き付ける様に打ち下ろし、セシリアは交差させたスター・ダストでそれを受け止める。
僅かな拮抗…しかし、重量で勝るフェンリル・ブロウに押し負ける形でセシリアのガードは崩されて地面に叩きつけられる。
セシリアはすぐさま体勢を立て直そうとするが、喉元にランサービットが突き付けられる。
『貴様にしては中々やる…だが、私が上だ』
『えぇ、今は…しかし、貴女は直ぐに油断する悪癖を治すべきですわね?』
『何…!?』
確かにビットの充電は切れた…しかし、それは飛行できないだけであって火器管制が完全に死んでいるわけでは無い。
セシリアは地上に転がっているミサイル搭載型ビットから残りのミサイルをランサービットに向かって放ち、一瞬の隙をついて離脱。
ミサイルが再び直撃したランサービット二基は破壊される形になる。
『また、一矢報いる形になりましたわね…』
『貴様…』
「そこまでだ、二人とも。今回の模擬戦はマドカの勝利とする」
空中に舞い上がったセシリアは、傷ついたスターダストを構えてマドカと睨み合いをするものの千冬さんが試合終了を告げる。
恐らくこのまま続けたら、凄まじい泥仕合に発展すると踏んだのだろうな…。
…知らんうちに強くなったものだな…本当に。
『セシリア・オルコット…次はぐうの音も出なくなるまで完膚なきまで叩き潰す』
『フフ、次はわたくしが勝利させていただきますわ』
セシリアは敵意をむき出しのマドカを相手にあくまでも優雅に接し、ピットへと戻っていく。
時間にして十分も無かった模擬戦は、こうして幕を閉じるのだった。