【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜   作:ラグ0109

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束の間の平穏

セシリアとマドカ。

二人の間に見えない緊張の糸が張り巡らされていた所為か、午前の授業は非常に静かに進行していった。

二人の因縁…と呼べるかどうかは分からないが、そもそもは英国がサイレント・ゼフィルスを奪取(?)された所から始まっている。

ブルー・ティアーズの稼働データを元に、より実戦的な装備を施された正式仕様の機体…。

その機体をマドカが駆り、あまつさえ当時セシリアが習得していなかった偏向制御射撃を楽々とこなしていた。

一矢報いる事こそ、キャノン・ボール・ファスト襲撃事件の時に行う事は出来たが、敗北は敗北。

マドカがスコール達と共に束さんの手元に居る事は知っていただろうが、セシリアにとってあの敗北は屈辱以外の何物でもないだろう。

昼休み開始のチャイムと同時に、皆気が抜けたのだろうかホッとしつつも我先にと教室から出ていく。

一夏は箒達に引きずられる様にして食堂に連行されていった…アイツは何時になったら一人に絞るのだろうかな…?

俺はその場を動かず、マドカの問題を思案する。

悪い癖だと分かっていても止められんなぁ…いや、嫁達に睨まれるのは承知しているのだが…。

 

「おい」

「おいはなかろう…もう少し、女の子らしい口調を…」

「お前にそれを言われる筋合いは無い。それよりも聞きたいことがある」

 

目を閉じ腕を組んで思案に耽っていると、マドカがぶっきらぼうに話しかけてくる。

どうにも疲れたような顔つきでいる。

おそらく、こう言った学校と言う場所に通ったことが無いのだろう…それに集団行動も苦手なのだと思う。

そう言った人間には、皆と同じ様に行動すると言うのは苦痛ではあるはずだ。

慣れてもらわねばならんが。

 

「まぁ、良い…それで、聞きたいこととは?」

 

背後からのラウラとセシリア、簪の視線をひしひしと感じつつもマドカに顏を向けて首を傾げる。

比較的嫌われていると思っていたマドカから話しかけられるとは思ってなかったので、新鮮に感じている。

向こうからは不気味に思われるかもしれんが。

なんせ…俺を幾度も殺しにきていたからなぁ…。

 

「…あんな初歩的な授業を毎日やっているのか?」

「あぁ…そう言う事か…」

 

マドカは頭痛を堪える様に頭を抱えて、深く溜息を吐きだす。

なんにしてもそうだとは思うが、基本的に学習と言うものは基礎を構築した上で応用を行っていく。

一年生である俺たちは、今その基礎を必死に構築している真っ最中だ。

勿論国家代表候補生は理解している内容ではあるので、復習しているようなものなのだが…。

 

「束のやつめ…一体どう言った意図で私を…」

「考えるだけ無駄だ。束さんの思考を読もうとする方が馬鹿を見る」

 

確かに、マドカをこの学園に送り込んできた意図は気になる。

今まで切った張ったの世界で生きて来たマドカにとって、この学園は退屈以外の何物でも無いだろうし、何かと因縁深い人物も居る。

マドカにとって良い影響ばかりだとは思えんのだが…。

 

「一先ず、流れに身を任せるのが良かろうよ…まだ一日目だし、週末には修学旅行もある。知らぬ世界に触れる機会だと思えば、溜飲も下がるだろう?」

「…随分と口が回るな」

「口が回らんと苦労する事が多くてな?」

 

俺は茶化す様に肩を竦めて苦笑する。

実際、苦手だった腹芸がかなり上手くなっている…気がする。

それもこれも生徒会と言う場所がいかんのだ…何かとスピーチする機会が多くてな。

結果として自分の身になっていると言うのが少々恨めしいか。

 

「まぁ、良い。口車には乗っておく」

「それは重畳。午後の授業、手を抜くなよ?」

「フン、手を抜くほど耄碌した覚えはない」

 

マドカは鼻で笑った後、教室を出て食堂とは別の方向へと向かう。

大方、機体のチェックをしに行ったのだろう。

白の話だと、サイレント・ゼフィルスとオータムの使用していたアラクネ、更にスコールの『ゴールデン・ドーン』は束さんが接収した後に丁寧に分解されたらしい。

健全な組織に曰く付きの機体は邪魔だろうしな…問題は、分解された機体が束さんの手によって別の機体へと生まれ変わっていると言う点だろう。

アラクネとゴールデン・ドーンの方はまだ開発中…と言うか、恐らく束さんがやる気を出してないので作ってないのだろうが、サイレント・ゼフィルスの方はほんの一週間ほどで組み上がった。

名称を『黒騎士』。

射撃戦機体を近~中距離用に仕様変更して、マドカの戦闘スタイルに合わせた機体だそうだ。

名称からして『白騎士』を意識したものだろう。

乗り手が千冬さんのクローン…更に曰く付きの機体の再構成品と…まぁ、名に相応しい経歴だな。

確か、黒騎士の由来は主を失った騎士が――。

等と考えていたら、両耳を横から引っ張られ、膝に思い切り誰かが乗っかってくる。

 

「うむ、痛いので離してはくれまいか?」

「いい加減お昼にしませんか?」

「狼牙、考えてばかり…今はそう言うのやめよ?」

「うむ、父様…腹が減っては何とやらだ」

 

黒い笑みを浮かべながらセシリアと簪が両サイドから俺の耳を引っ張り、膝に座ったラウラが机に弁当を広げている。

良く見れば、机も皆で囲めるようにくっつけられている。

何とも仕事の早い…。

セシリアと簪が席について弁当箱を開ければ、一斉に食事を始める。

まぁ、ラウラは俺が食べさせているのだが…。

 

「…マドカとは、仲が良いの?」

「どうなのだろうな…(タマ)()り合いはしていたが」

「狼牙さんは、そう言う事があっても平然としていますものね…年の功と申しますか、なんと申しますか…」

「単純に…もきゅもきゅ…んぐ…器量の問題ではないだろうか?」

 

セシリアは午後からの決闘にプレッシャーを感じていないのか、いつも通りの態度で食事をしつつ俺の事をジィッと見つめてくる。

ピリピリした雰囲気を纏っていないのは、心に余裕があるからなのだろうか?

そう思うと、セシリアの精神的な成長の程が見えて非常に良いのだが…。

 

「齢十六にして大人顔負けの切り替えの良さですか…まぁ、狼さんだったわけですし…」

「狼牙は、昔からそうだったの?」

「あぁ…否定はできんな。()り合いをしていた奴らの一人と意気投合して、事あるごとに杯を…なんてこともあったか」

 

よりにもよって、白の命を奪う事になる間接的な原因を作った連中だったわけだが…。

まぁ、アイツ自身が関わっていた訳でもないし、手引きをしてもらったこともあったからな。

懐かしむ事はあっても、恨み節を思い出すような相手ではなかったのは確かだ。

 

「もきゅもきゅ…かと言って、なんでもかんでも許容できる訳ではない事を私達は理解しているつもりだ」

「あぁ…とりあえず、ラウラとの事を広めた奴は締め上げるとしよう…時折視線がキツイ」

 

ラウラにサンドイッチを食べさせてやりながら、深く溜息を吐く。

散々セシリアと更識姉妹だけだと言って振り続けてきたからな…居心地の悪くなる視線を向けられても仕方がないのだが。

かと言って、全員を受け止められる程懐が大きい訳でもないのだ。

それにだ…今こうした交際が上手く行っているのも、セシリア達の仲が良いと言う一点に尽きる。

もし、四人の仲が悪ければ、早々に破綻しているはずだ。

 

「何となく、犯人に心当たりがるのですけれど…」

「布石の、気がする…」

 

セシリアと簪は何とも言えない顔で溜息を吐く。

俺とて、予想していない訳ではないが、確証が得られている訳ではない。

ただまぁ、学園内にいるあの人は嬉々としてこの状況を利用しようとしてくる気がする。

…頼むから、教師と言う枠に収まっていると言う事を忘れないでいて欲しい。

届かない願いなのだろうが…。

 

「少し、話を切り替えるか…セシリア、先ほどから見ていて随分と落ち着いている様だが…?」

「フフ、心の中ではどうしようかと焦っていますの…かと言って取り乱しては勝てるものも勝てなくなると言うもの。で、あればせめて取り繕っていたいのです」

「狼牙が居ない間も、門限ギリギリまで訓練してた…」

「少なくとも…あの無人機との戦闘の時よりも腕を上げているな」

 

セシリアは自分の胸に手を添え、クスリと笑いながら首を横に振る。

確かに、マドカは強い…俺が最後に戦った時もそうだが、基本的に機体のスペック差で勝利をもぎ取ったような形だ。

彼女自体、千冬さんと同じくらい技量が高く、修羅場もこなしてきている。

普通の人間ならこなさないような修羅場を、だ。

その経験の差は埋めがたいものがあるだろう。

だが、決定的な物ではない事も確かだ。

 

「ただ…何でしょうね…勝ち負けに拘らず、今出来る事を精一杯やって届くのかどうか…そんな事ばかり考えてしまって」

「リベンジ戦だ…やるからには勝つ姿勢で行け…勝負事は勢いも大切だからな」

「狼牙は勢いつけすぎてツッコミすぎるけどね…」

「まったくだ、父様は所謂突撃馬鹿と言うやつだからな」

「うむ、味方が物の見事におらんな」

 

簪とラウラに言われてしまいガックリと肩を落とすと、セシリアはそれが可笑しかったのか口元を隠しながらクスクスと笑う。

いつも通りの自然体…本当に気負った所が無いのを見る限り、心配はいらないのかもしれんが…。

少し見ない間に成長しているのだな…等と思うと少々寂しく思う。

皆、傍に居て見守っていたいと言う欲求があるからな…表に出そうとは思わんが。

 

「フフ、わたくしは狼牙さんが見てくれているだけで、誰にも負けない気がしてきますわ」

「ほう…では模擬戦の最中凝視していようか?」

「悪くありませんわね…少しセクシーなISスーツを用意しておきましょう」

 

セシリアは妖艶な笑みを浮かべて、俺に挑発的な視線を向けてくる。

この手の会話も板についてきたな…等と思っていると、簪とラウラが互いの胸を見た後にセシリアの胸を見る。

この二人は、言っては何だがお子様体系なところがある。

まぁ、簪は普通より無いくらいなだけだが、ラウラは…なぁ…。

 

「うん、敵だ」

「あぁ、敵だな」

「いや、そこだけで敵性判定をくだすと言うのは如何なものかと思うのだが…」

「わ、わたくしよりも大きい方がいるではありませんか!」

 

セシリアは途端に気恥ずかしくなってしまったのか、顏を真っ赤にして腕で胸を隠す様に身を捩る。

簪とラウラはそれでもセシリアを見つめて、両手を握ったり開いたりしている。

俺は簪とラウラの頭に軽くチョップを叩き落として諌める。

まったく…あって困るような物でも無いんだろうが、無くても困るような物でも無かろうに。

 

「楯無じみた事を二人そろってするんじゃぁない」

「だって…いつも思うけど、羨ましいもん」

「そうだな…楯無にしろセシリアにしろあれ程の物を見せつけられると、自信が無くなる」

「…のほほんはもっと凄いぞ?」

 

ボソリと言わんでも良い一言を呟くと、三人から一斉に殺気が放たれる。

…思ったことが口から出るとは…不覚以外の何物でもないな。

セシリアと簪、ラウラは黒い笑みを浮かべて此方に顏を向けてくる。

 

「いや、よく抱き付いてくるものだから、背中から感じる感触からだな…?」

 

背中に嫌な汗が流れるような感覚を味わいつつ、俺は弁明しようと口を開く。

決して裸を見た訳では…いや、訂正しよう。

そう言えばあの時感情を押し殺していたのでよく覚えていなかったが、身体測定の時に…見てるし測っているな…スリーサイズを。

いや、それでも俺は悪くない…強いて言えばお金のない学園が悪いのだ!

 

「…狼牙さん、今宵は寝れるとは思わない事です」

「そうだね…いい加減、本音にも言い聞かせておかないと」

「狼牙、口は災いの元と言うだろう?」

 

身から出た錆…と言った所か。

いやはや、女性と言うのは時として恐ろしい…それが身近な愛する女性であるならば尚更に。

ラウラなんぞ、俺を名前呼びしているくらいだ…。

 

「いや、その…うむ…」

「まったく、狼牙さんは押しに弱いのですから、もう少し気をですね?」

「はい…」

 

俺はガックリと肩を落としてセシリア達の説教に耳を傾け続ける。

何とも釈然としない思いがするが、それでも甘んじて受けなくてはなるまい。

少しばかり気を引き締めんとな…こうして囲まれていると気が緩むのはどうしようもないのだが。

 

「狼牙、聞いてる?」

「うむ、今後スキンシップを控えよ…そう言うのだろう?」

「わたくし達だけにしてくれれば良いのです」

「父様は、優しい所が美徳だがな…悪徳でもある事を理解してくれると嬉しい」

 

ただまぁ、のほほんは話を聞かずに俺をタクシー代わりにするのだろうが…。

俺は何とも言えない顔になりつつ、内心頭を抱えてしまうのだった。


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