【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜 作:ラグ0109
墓参りから慌ただしく帰還した翌日。
一体どういう事なのか、首輪組にラウラが参入したと言う話が学園中に知れ渡っていた。
ラウラは二人きりの時は俺を名で呼び、そうでない時は父呼びをしていた。
にしたって、帰ってからの時間を考えるとうわさが広まるのが早すぎる…一体何者の仕業なのか…?
いつも通りグラウンドの空いているスペースで日課の鍛錬を行っているのだが…やあはり生温い視線が此方に集中してくる。
「…やりにくい…」
「まぁまぁ、有名人とはそう言うものですし」
「うん、狼牙人気だしね…でも、一体誰が…?」
「私としては父さ…狼牙との関係が明るみになったところで何も問題は無い」
十一月になって冬の気配がすると言うにも関わらず、俺は全身から湯気が立ち上るほどの汗をかきながら拳舞を行う。
セシリアと簪、ラウラも俺を宥めながら同じ動作を行い、汗を流している
一緒に鍛錬を行う筈だった楯無は、生徒会の仕事があるのでパスだ。
と、言うか本当は昨日の休日中に行う執務があったそうなのだが、俺を理由に逃げ出していたそうだ。
そうなれば、虚が怒ってしまうのも栓無き事…寮の部屋の扉を開けた瞬間、笑っていない笑顔の虚が楯無の顔面を鷲掴みにして引き摺って行ってしまった。
…あの瞬間だけならば世界最強と渡り合う事ができるだろう…。
「ただ…まぁ、なんだ…こうしていると穏やかな日常が帰ってきた気がして安心するな」
「フフ…今まで大変でしたからね。最初の意見の発端がこう言うのもどうかとは思いますが」
「あんまり気にするんじゃない…アレが無ければセシリアとこうして居たとは思えんしな」
四月頭のセシリアとの因縁…もはや遠い過去の様に感じてしまう。
思えば、一夏との会話が事の発端…奴が恋のキューピッドとか笑えん冗談だな。
一通りメニューを終えた俺は、動きを止めて汗をタオルで拭っていく。
「修学旅行は金曜日から三日間だったな…荷物の準備は終わっているのか?」
「ん…持って行く者も臨海学校の時よりは少ないしね」
「そう言えば、楯無さんが珍しく愚痴らなかったですわね…」
「勘弁しろ…また何かやる気なのか…?」
臨海学校の時、前日まで楯無の事を構ってやらないと不機嫌になっていた。
確かに、昨日は一泊二日の旅行で一緒に行動していたが…それでも過剰なスキンシップを求められていた訳ではない。
一悶着起きそうな気がしてならんな…。
深く溜息を吐きつつ軽くストレッチすると、此方に走ってくる足音が響き渡る。
鋭い殺気を感じる…俺に対する報復か何かか…?
セシリア達も足音に気付いたのか、足音のする方向へと顔を向けて驚きの表情を浮かべる。
「シィッ!!」
「奇襲になっておらんぞ…?」
鋭い飛び蹴りを振り向きながら腕で受け止め、足首を掴んで逆さ吊りにして持ち上げる。
黒いジャージ姿の襲撃犯は素早く空いた足を俺の顔面に向かって蹴り出してくるので、問答無用で地面に叩き付けて攻撃から逃れる。
襲撃犯…織斑 マドカはムスッとした顔で俺の事を見つめてくる。
「な、何故貴女が居るんですの…!?」
「…貴様には関係ない」
「大方、束さんの気まぐれだろうよ…元気そうで何よりだ」
サイレント・ゼフィルス…否、確か今は黒騎士とか言うISの操縦者であるマドカを、セシリアは複雑そうな面持ちで見つめている。
一度殺し合いをしているのもあって、心中穏やかではなさそうだ。
俺は地面に寝転がったままのマドカに手を差し伸ばすが、いらないと言わんばかりに手で払われて自分で立ち上がる。
「あの変態に学園で過ごせと言う命令が下って此処にいる。…何で私がこんな場所に」
「そう、悪いものではないぞ。私も最初は同じ気持ちだったが」
「…専用機持ちだから、同じクラスになるんだろうが…あまりツッケンドンな態度をとってくれるなよ?」
主に俺の胃の為に。
千冬さんはマドカが此処に転入して来る事を把握していただろうが、一夏は何も知らない。
命を狙われていた事もあるわけだし、上手く割り切ってくれる事を祈るばかりだ。
簪が此方を不安そうに見上げてくるが、俺は頭をポンと撫でて宥める。
「命のトり合いには飽きたのだろうし、心配はいらんだろう。それに、この娘もこの娘で世渡り上手にならねばならんのだ。学園でそう言ったことを学べればそれで良いだろう」
「必要ない…求められたことだけを粛々とこなせば良いのだからっぐ!?」
マドカはムスーッとした顔で俺から顔を背けると同時に、脳天に拳骨が叩き込まれる。
頭から煙を出しながらマドカは頭を抑えて声なき声を上げて見悶えている。
「墓参りはどうだった、色男?」
「報告すべきことはしっかりと報告してきたつもりだ、千冬さん」
「…そうか。それなら、良いが…狼牙、女癖の悪さも程々にしないといい加減刺されるぞ?」
「夜道には気を付けよう…いや、本当に」
千冬さんはからかう様に笑いながら、マドカの首根っこを掴んで持ち上げる。
マドカは涙目になりながら千冬さんの事を睨み付けている。
「織斑 千冬…!!」
「織斑先生だ…まったく、勝手に出歩くなと言っている傍から好き勝手に出歩いて…」
「こうして見ると、本当にそっくりですわね」
千冬(大)が千冬(小)を諌めていると言う奇異な光景が目の前に広がり、セシリア達は何とも言えない顏になる。
マドカは、元々千冬さんの遺伝情報を基にして作られたクローンだと言う話だ。
実年齢と言う観点で見ると、俺たちより年下かもしれない。
そんな娘が今日からクラスメイトか…。
「ところで、マドカの立ち位置と言うのはどうするのだ?」
「束に預けられていた私の妹…と言う事になっている。一応一夏にも言い含めてはあるが」
「…マドカ…何かと騒がしくなるだろうが、決して心を荒げるな。お前の知らん世界なのだからな」
マドカは殺伐とした世界で生きてきた。
それは、青春と言う二文字を殺してできた道筋…『ぬるま湯』な学園の気風はソリに合わないだろう。
だが、それで良い。
そう言った『ぬるま湯』な世界があると言う事を知ることが大切なのだ。
知って、見て、聞いて…そうして自身で考えて答えを見出した時にどうなるのか…。
自身と似た存在を殺すと言う方法でしか自分を見れなかった人間が、より良く変われれば素晴らしいと思うのだ。
「…わたくしは…」
セシリアは何かを考え込むように俯き、マドカから背を向ける。
彼女とてまだ子供…直接関わる事が無ければ気にも留めないだろうが、こうして共同生活を行うともなればそうも行かないか。
何かしらケジメが付けられれば…。
そう考えたところで、簪に耳を思い切り引っ張られる。
「…痛いんだが?」
「…狼牙は、他人の事を考えすぎ」
「更識、そいつの性癖だから諦めろ」
千冬さんはマドカを持ち上げたまま、俺をさも変態か何かの様に辛辣に言い放つ。
言っても分からんからな…俺は。
最早性癖…性分な訳だし、こればっかりはな…。
「皆さん、わたくしは先に失礼しますわ」
「ん、あぁ…では教室でな」
「うん、また後で」
セシリアは何か考え込んだままその場から立ち去っていく。
不安を感じないわけでもないが…俺の女なのだし、彼女を信じるとしよう。
「父様、セシリアは…」
「そう心配するな…彼女を信じてやらんでどうする。彼女なりに区切りをつけるだろうさ」
ラウラが心配そうにセシリアの背中を見送りながら呟く。
周囲がどうこう言って良いものでもないし…今は、見守るのが一番か。
ただ、フォローできるところはしっかりとフォローしてやるつもりではいる。
俺は優しくラウラの頭を撫でて、笑みを浮かべて安心させる。
「さて、此奴に制服を着せなくてはならんからな…お前たち、遅刻するんじゃないぞ!」
「承知」
「はい」
「了解です!」
三者三様で千冬さんに返事をすると、マドカが絶望したような表情になる。
一体何があったのだろうか?
「あ、あんなひらひらを着ろと!?」
以前言ったかもしれないが、この学園の制服と言うのは制服と言う体を成している範囲であれば好きなように改造して良い事になっている。
だから、各々自分の好みに着飾れるように好き勝手に改造していて、原型を留めている制服を着ている生徒と言うのは割と少数派だったりする。
今回、制服を用意したのは束さんか…そうでなければスコールか?
あの二人ならマドカを玩具代わりにしても可笑しくないか…。
「ここは学園で制服を着るのは当然の事だ。文句があるならば雇い主に言う事だ」
「くっ…!」
千冬さんがピシャリとマドカに言い放つと、マドカが逃げない様に抱きかかえてそのまま運んでいく。
さながら王子様と御姫様…もしくはドナドナされていく子牛だ。
「さて、俺たちも今日の準備を始めるとしようか」
「うん、それじゃ急ご?」
「では、また後でな」
今日も今日とてISの実践授業がある。
果たして…どうなることやら…?
一抹の不安を抱えつつも、俺は簪とラウラを伴って寮へと急いで戻るのだった。
SHRが開始するよりも早めに教室に着くと、一夏が神妙な面持ちで席についていた。
俺と一夏の席と言うのは入学前から変わらず、ど真ん中最前列…いい加減席替えしても良いのではと思わんでもないが、そうなったら俺と一夏の隣を得る為に血で血を洗う闘争が起きる事だろう。
結果として、今の状況が一番平和と…そう言う訳だ。
「おはよう一夏」
「おう、おはよ。あいつの件なんだけど…」
「割り切れんか?」
「寧ろ、
一夏はムスッとした顔で頬杖をついて此方を見つめてくる。
確かに、マドカには鉛玉をプレゼントされたが…それで痛い思いしただけで、死んだわけでもない。
生きているし、その分の仕返しとして相応にボコボコにした気もするので、俺の中では既に水に流してしまっている。
この辺の物の考え方と言うのは一貫して『昔』から変わっていない気がする。
別に死生観が軽いわけではないのだが。
「人を憎まず罪を…と言った所で割り切れん奴は割り切れないと言う話はしたな」
「そうだなぁ…それに、俺の妹みたいなものなんだろう?」
「まぁ、そうなるか…知らぬ内にお前がお兄ちゃんか…」
建前…ではあるものの、確かに血自体は織斑家の物だから繋がりが無いわけではない。
まぁ、マドカの性格上目の前の朴念神を兄等と決して認めないだろうが。
俺は少し可笑しくなってしまって、顏を背けて笑いを耐える。
「ちょ、何が可笑しいってんだよ!?」
「いや、少し似合わんと思ってな…許せ、許せ」
「笑い話かってんだよ!まったく…」
一夏は憮然としながら呆れた顔で俺を見ていると、千冬さんと山田先生が教室に入ってくる。
もうそんな時間か…俺はチラ、とセシリアの方へ目を向けると向こうも俺の事を見ていたのか視線が合う。
互いにキョトンとした後にセシリアは俺に微笑みかけてくる。
問題、ないのだろうか…?
一先ず気を取り直そうと教壇に目を向けた瞬間に脳天に出席簿が『縦』で叩き込まれる。
「ぐ…ぉ…ぉ…」
「うわぁ…ちふ…織斑先生、やりすぎかと…」
「やかましい、SHRを始めると言うのに乳繰り合っている銀が悪い。山田先生、合図を」
何も出席簿を縦で叩き込まんでも…。
頭を抑えて見悶えていると、山田先生が憐みの視線を俺に送りつつSHRの号令を行う。
「はい、それではSHRを始めますよ。まず、連絡事項の前に…このクラスに転入生です!」
「このクラス、転入生多いですねー!」
「たはは…本当になんで多いんでしょうね…」
山田先生が疲れ切った目で乾いた笑い声を上げる。
六月から夏休みを挟んで…これで三人目か。
確かに多いと言えば多いが…専用機持ちが一組に集められる仕様上仕方がない。
「では、どうぞ~」
山田先生が廊下に居るであろうマドカに声をかけると暫しの沈黙の後、意を決した様に扉が開かれて中に制服を身に包んだマドカが教室内に入ってくる。
ひらひら…要はレースをふんだんにあしらったロリータ系に魔改造された制服を身に包んでいる所為か、表情は暗鬱な物だ。
「あ、あの~…自己紹介を…」
「…織斑 マドカ。馴れ合うつもりは無い」
「銀、止めろ。私をそんな目で見るな」
織斑の血筋は自己紹介が極端に苦手なのだろうか…一夏同様にタンパクに、且つ千冬さんの様に冷徹な雰囲気で行われる自己紹介は、クラスメイト達を沈黙させるが…一人黙らなかった奴がいた。
「わ~、織斑先生そっくり~。おりむーの親戚~?」
そうだな、のほほんだな。
のほほんは空気に負けることなく、マイペースに声を上げる。
そんなのほほんの言動に驚いた一夏は、しどろもどろになって答える。
「へぁ!?い、いや!あっと、い、妹、かな…?」
「「「妹…!!??」」」
一夏の妹発言に息を吹き返したクラスメイト達は、一気にヒートアップして騒ぎ始める。
一夏から妹と呼ばれたマドカは、非常に不本意そうな顔をしている。
どうにも一夏と言う存在が気に食わないらしい。
「落ち着け、お前たち!此奴はお前達よりも一つ下だが、非常に優秀だと束が太鼓判を押してきた逸材だ。お前たちも年長者としての自覚があるのなら、マドカに負けない様に精進しろ!」
「「「「はい!!!」」」」
…上手く利用したな。
このクラスは専用機持ちばかりが集められる、所謂特待生クラス。
専用機を持っていないクラスメイト達からすれば、将来が約束されたかのようなエリートコースだ。
此処で年下と言う事で飛び級で入ってきたマドカを使って下から突き上げさせることで、認識を改めさせて慢心を消させるか…。
「それにあたって、今日の実践授業ではマドカとオルコットで模擬戦を行ってもらう」
千冬さんの言葉にセシリアは立ち上がり、闘志をぎらつかせながらも笑みを浮かべる。
さながら、その提案を待っていたかのように。
「織斑先生、その模擬戦…受けて立たせていただきます。わたくしとしてもマドカさんとは一度手合わせさせてもらったことがあります…リベンジ、させてもらいますわ」
「…セシリア・オルコット、以前の様に完膚なきまでに叩きのめしてやる」
対するマドカは獰猛な笑みを浮かべてセシリアに威嚇する。
模擬戦ではないと言うのに、既に戦いが始まっているかのような剣呑さだ。
セシリアはそんな威嚇をものともせずに、麗しく笑みを浮かべる。
貴族たるものの在り方を示す様に…。
「フフ、以前とは一味も二味も違う事をお教えいたしますわ」
「言っていろ
「盛り上がるのは良いが、落ち着け…今回の模擬戦はオルコットとマドカのみになる。レポートを書いて提出してもらう事になるのでそのつもりでいろ」
…ガチの殺し合いに発展するようであれば、止めに入る事も考慮せねばならんな。
マドカが空いている席に着けば、修学旅行に関しての連絡事項などが言い渡されていく。
俺はそれらに耳を傾けることが出来ず、形になった不安に胃を痛めるのだった。