【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜   作:ラグ0109

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過去の妄執と狼と

「昨夜はお楽しみでしたね?」

「沙耶さん…それはセクハラに等しいのだが…」

 

両親と祖母の眠る霊園に向かう車中、沙耶さんは笑いながら俺をからかってくる。

宿をチェックアウトする前に楯無達に白状させたのだが、俺にラウラをけしかけようと思ったのは、本当に全員の意志だったそうだ。

まさか、そこに楯無達の母親である沙耶さんまでノってくるとは思わなかった。

…普通さらに囲う女を増やす事を容認する…いや、そもそもそんな軽薄な男に大切な娘との交際を許す親が何処にいるのだと言う話だが。

 

「ここにいますよ?」

「俺は、そんなに心が読まれやすいのか…?」

 

軽く眉間を揉みながらため息を吐くと、車内にいる全員が静かに、しっかりと頷く。ポーカーフェイスは得意だったんだがな…。

これが、気が緩んでいる所為なのかどうかは分からん…緩んでいると言えば緩んでいるし、そうでないと言えばそうでない。

一応、これでも自分の立場と言うのは理解している。

希少性と言う一点において、一夏よりも勝っているしな。

ラウラは俺と御揃いの三つ編み姿で隣に座って、俺の腕に抱き付き此方を見上げてくる。

 

「父様は優しい顔をしている時は、一夏よりも分かりやすい」

「それは、大問題だな。アイツの美徳で悪徳ではあるが、俺はそうもいかん」

「そう言う真面目な所が余計に読みやすいのよ?」

 

楯無はクスリと笑いながら、携帯の端末を弄っている。

恐らく、学園内での事務処理の指示やら暗部組織側への指示やらを送っているのだろう。

頂点に立つものは何時だって忙しいのかもしれん。

 

「不真面目に生きられるほど器用ではないからな…」

「まぁ、私達を囲っている時点で真面目とは程遠い、かもね」

「うぐ…それは言ってはいかん…」

 

簪は俺をからかう様に言って、クスクスと笑う。

別にラウラを受け入れた事を怒っている訳ではない。

元を辿ればラウラを引き込んでも良いのでは、と言い出した張本人だしな。

恐らく、ラウラの告白騒ぎを聞いた時から考えていたのだろう…。

ほぼ独占状態の負い目と言うのも無きにしも非ずか…?

ともあれ、追い込まれて虎鋏にかかった俺は美味しくいただかれ…否、いただいたとそう言う訳だ。

 

「わたくしとしましては、最初出会った時よりも魅力的になったと思いますし、そんなに深刻に考える事でもありませんわ」

「そう言ってくれるのは純粋に嬉しいがな…」

「フフ、英雄色を好むと言いますし、愛してくれさえすればわたくしは満足ですわ」

 

セシリアは、艶やかな笑みを浮かべて終始穏やかに話す。

その笑みは誰が見ても魅力的で、ある種の蠱惑的な雰囲気を纏っている。

一瞬、見慣れている筈なのにドキリとさせられてしまう。

 

「狼牙君は、これだけの美少女を愛するだけの器量さと体力があるのですから、ドンと構えていれば良いんですよ」

「いやいや、アブノーマルすぎるだろう…」

「確かに周囲の感性と合わせる事は大切ですが、それよりも何よりも自身がどうしたいかが大事です。狼牙君が我が家に来た時言っていたでしょう?」

 

『自身の立ち位置くらい自身で用意できる』…俺はあの時十六代目と杯を交わした時にそういう話をしていた。

何処に潜んでいたのか、沙耶さんに聞かれていたのは驚いたが。

沙耶さんは、クスリと笑って軽く肩を竦める。

 

「貴方の事は他人が認めていなくても、こうして傍にいるこの娘達が認めてくれます。誰よりも貴方に愛情を注ぐでしょう。良いではないですか、迷惑をかけても…貴方はそれが許されるくらいには闘っているのですから」

「楯無、学園内の事は筒抜けなのか?」

「まぁ、あの学園の暗部は私達の家が受け持ってるから。お父様の耳にも入ってるわよ?」

「うむ、暫く更識邸に近づくのは止めるとしよう」

 

それはつまり、あの紛い物との闘いの時の会話も筒抜けだったと言う事だ。

これはよろしくない…近々、十六代目が俺に襲い掛かってくる未来が見えて仕方ない。

ただでやられる程、俺もお人好しではないが。

 

「そんな事言わずに、今度はセシリアちゃんとラウラちゃんも一緒に遊びに来てくださいね?」

「えぇ、是非…その時を楽しみにしていますわ」

「沙耶は、暖かいからな。今から行くのが楽しみだ」

 

セシリアとラウラとで更識邸に外泊か…俺だけ不参加、と言う訳には行かないだろうな。

十六代目にいびられ、沙耶さんに色々とからかわれるのが目に見えている。

目に見える地雷か…なんとも覚悟のいる話だな。

女五人いれば姦しく、車内で楽しく談笑を楽しんでいると前方に霊園入口の看板が見えてくる。

…本当に久しぶりに来たな、と思うと僅かばかり緊張をする。

らしくもない話だがな。

 

「狼牙…どうかした?」

「いや、大した問題ではない。すぐに済ませるから車内で待っててもらえるか?」

「ここまで来て、それはありませんわ。わたくし、狼牙さんのご両親とお祖母様にご挨拶したくて此処まで来たのですから」

「そーだそーだ!」

「うん、狼牙…諦めてもらうよ?」

「父様、観念すべきだ」

 

…味方はおらず、孤軍奮闘も意味はないか。

俺が今恐れているのは、親戚の存在だ。

…個人的には、此奴らに会わせたくない。

腹の中身に一通りの欲が詰まった連中だからな…それに、俺を酷く忌み嫌っている。

もし、向こうからアプローチを仕掛けてこようとすれば、俺一人で四人を止めなくてはならんからな。

 

「…まぁまぁ、良いではないですか。狼牙君の懸念を理解してますが、そこまで私の娘達は短気ではありませんよ?」

「…だと、良いがな。分かった、好きにすればいい」

 

沙耶さんの言葉に楯無達は一瞬首を傾げるが、許可が下りる事ですぐに笑みを浮かべる。

あくまで遭遇するのも可能性の話だし、お盆も過ぎている…両親の墓に行く者も居ないだろう。

希望的観測に過ぎないが、一先ずそう思う事にする。

…そうさ、俺には此奴らが居るし何を言われても問題はない。

霊園の駐車場に車を停めてもらい、車から降りて軽くストレッチをする。

長く車に座っていると体が痛くなるからな…。

 

「私は、此処で狼牙君達を待つとするわ…ゆっくり、ご両親たちに会ってきなさい」

「気遣い、申し訳なくなるな…ありがとう」

「いえいえ、将来的に私の息子になるのだからこれくらい当然ですよ、ウフフ…」

 

沙耶さんは艶やかに笑みを浮かべて、自販機に小気味よく歩いていく。

俺は気を取り直して霊園に向かって歩いていく。

ここの霊園は山の斜面に作られていて、墓石が段々畑の様に並んでいる。

石造りの階段を黙々と上っていき、目的の墓がある段に辿り着くと目の前に会いたくない人物が現れる。

短く刈りあげた黒い髪に鋭い目つき…顔は整っていて、近寄りがたいが十分に美男子と言える容姿を持つその青年は、血縁上叔父と呼べる男だ。

 

「お前…どの面下げて此処に来たんだ?」

「どの面もこの面も無かろうよ。親の墓参りに来ただけだ」

「ふん、狼牙…今度は後ろの奴等に不幸を振りまく気か?」

 

柴田 耕太(しだ こうた)は俺の両親と仲が良く、俺とは常に反目しあっていた。

常に何かを競い合い、つっかかる事が多かったのだが…あの事故を境に俺に浴びせる言葉は棘を増していった。

セシリアがなにか口を開く前に軽く手で制し、桶を手渡す。

 

「セシリア、すまんが話があるので先に行け。場所はこの先の一番奥だ」

「ですが…」

「行きましょ、多分此処に居たら私達暴れちゃいそうだもの」

 

楯無がセシリアの肩を軽く叩くと、すたすたと先に歩いて行ってしまう。

簪はそれを止めようとするが、ラウラがセシリアと簪の手を引いて歩き始める。

 

「と…狼牙、先に行く。早く来てくれ」

「承知している、すまんな」

 

耕太と二人でセシリア達を見送ると、耕太は嘲る様な目線で俺を見つめてくる。

 

「IS乗りになると、女をとっかえひっかえできるのか?随分と軽い男だったんだな」

「あぁ、そうだな…俺は見た目以上に軽薄な男でな」

 

軽く肩を竦めて、耕太の言葉を軽く流す。

…耕太をこうしたのは環境もあるだろうが、俺のせいでもあるだろう。

俺の住んでいた田舎は排他的で、異物を極端に恐れる。

そんな中でも、両親は上手く立ち回っていたようだが…俺と言う存在はあまり認められなかったからな。

こいつは俺の両親が好きだった耕太は、俺が二人に愛されているのが気に喰わなかったのだろう。

 

「忌子が…お前が生まれたから、宗次さん達が死んでしまった」

「…かもな。だが、だからと言って俺を詰ったところで俺の両親が蘇るものでもあるまい」

「その態度だ…俺はお前のその上から目線がずっと気に喰わなかった!」

 

耕太は思い切り右拳を俺の頬に叩き付けてくるが、八つ当たりごときで殴られたくもない俺は、その拳を片手で受け止めて優しく握り込む。

行き場のない怒りだろう。

やりきれない想いが乗った拳だ…。

 

「父さんは、暴力を嫌っていた。覚えているだろう?」

「う、煩い…なんでお前が生まれてきた…お前みたいな奴がどうして…!」

「知らんよ…ただ、父さんと母さんが愛し合った結果なのは確かだ」

「その結果のお前が二人を殺したんだ!」

 

こいつはずっと時が止まっている。

そうすることでしか…俺の両親の死を受け止められない。

俺を忌子だなんだと詰る事で…。

人が全員鋼の様な心を持っているわけではない。

誰しもが弱い…強い人間などいない。

だが、それでも…足を止めていては何にもならない。

 

「耕太…はっきり言う。俺は、父さんと母さんを殺すために生まれた訳ではない。愛し、愛されるために生まれただけの…ただの人間だ」

「髪も目も人じゃないお前が何を言うんだ!」

「…お前は、いつまで其処に閉じこもっているつもりだ。父さんも母さんも、それを望んでいるわけでは――」

「うるさい!!」

 

耕太が拳を掴んでいる手を振り払った瞬間、俺はバランスを崩してしまい階段を転げ落ちていく。

幾度も階段に体を叩きつけられる。

時折骨が折れる音が響いてきて、不快な気分にさせられる。

 

「貴様!!」

「ち、違う…俺は…ぐっ!!」

「狼牙さん!?」

「狼牙!!」

 

セシリア達はどうやら騒ぎを聞いて駆けつけ、ラウラと楯無が耕太を拘束してセシリアと簪が慌てて階段を駆け下りてくる。

まったく、怪我をしても直ぐに治る体だと言うに…。

漸く止まった俺は、全身から煙を発しながらゆっくりと立ち上がる。

第三次移行を果たしたお蔭か、身体治癒能力が格段に跳ね上がっている…一分も経たずにボロボロだった体は綺麗に治る。

服は流石に破けたままなのでアレだが…。

 

「大丈夫だ…。楯無、ラウラ離してやれ!」

 

駆け寄ってきたセシリアと簪の頭を軽く撫で、転げ落ちた階段を再びゆっくりと上がっていく。

便利だが、人前で披露したくない能力だな…本当に。

セシリアと簪は後ろから心配そうな顔でついてくる。

 

「無理はなさらないでください…治るとは言え…」

「そうだよ、狼牙…。でも、あの人に見られたのは良くなかった、かも…」

「手荒な真似はせんでも良い…」

 

さて、現状生体ISと言う事は秘密の状態だったな…。

俺やクロエの様な人間の存在は、裏での人体実験を加速される要因になりかねない。

故に秘密にしておく必要があるのだが…。

 

「狼牙君、この子と何があったのかは分からないけど…野放しにして良い物ではないわ」

「とう…狼牙、私もその意見には賛成だ」

「良いから、離してやれ…怯えている」

 

俺は軽く頭を抱えて、二人がかりで耕太を締め上げている楯無とラウラに注意する。

逆に、これで良いのかもしれん…どうせ、排他的な地域柄でそこまで噂も広まらんだろうし…憎む口実にもなるだろう。

俺を憎むことでしか自分を保てないと言うのであれば、それはそれで良いだろう。

耕太の人生だ…俺が関与すべきことでもない…元より拒絶されているしな。

 

「お、お前は…」

「さて、な…新聞なりニュースなりで知っているだろう?今日の事は他言無用だ」

 

俺は耕太に肩を竦めながら自嘲するように笑い、立ち去っていく。

こんなくだらんことに時間を使いたくないからな。

セシリア達は、少し遅れて両親の墓の元までやってくる。

 

「いいんですの…?」

「耕太は…父さんと母さんが好きだったからな。あいつは両親と言うものを知らない…祖父母に育てられてきている。考えが凝り固まってしまうのも仕方がないと言うものだ」

「父様は、化け物等では…」

 

ラウラの頭を優しく撫でて、首を横に振る。

沙耶さんが言っていた様に誰も認めてくれなくても、俺の事はセシリア達が人間だと認めてくれるだろう。

ただ、それだけでいい。

多くを望まなくても、俺には此奴らが居るのだから。

 

「父さん、母さん…それに祖母さん、どこから話そうか…」

 

俺は何時になく優しい声色で墓石に語り掛け、静かに近況を報告していった。

 

 

 

――――

―――

――

 

 

「柴田 耕太君…悪いけど、君には守秘義務が課せられるわ…破ったら、どうなるか…わかっているわよね?」

「っ…わ、わかった…」

「よろしい…彼が許しても私たちは許さない…精々、気を付ける事ね?」

「っ…!!」

 

狼牙君につっかかって来た彼の事は、狼牙君と共同生活をする前の調査で知っていた。

まさか、偶然にも鉢合わせる事になるとは思ってなかったけど…。

私は、逃げる様に階段を駆け下りていく耕太君の背中を見送る。

 

「お姉ちゃん…」

「いいのよ…今日あった事を黙ってさえいれば…。墓参りが終わり次第部隊は撤収、柴田 耕太には監視員をつけておいて」

 

私は通信機で周辺に潜んでいる、家の人間に指示をして一息つく。

狼牙君は、いつも守る側に立つ…だからこういう時くらい隠れてでも守る側につかなきゃ。

知られなくても良い…そうしているだけで、私は彼に貰ったものの一部でも返せてる気がするから。

 

「簪ちゃん、行きましょ?」

「うん…!」

 

私は簪ちゃんと手を繋いで、優しい横顔を見せる愛しい人の元に向かう。

彼は、優しい人…どんなに心を折られても、きっと立ち上がる強い人。

だから、私達が一生かけて支える…なんて言うと少し、重いわね。




フェイト・グランドオーダーやってるんですけどね
清姫が可愛くて仕方がないんですよ…ヤンデレ、割と好物です。

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