【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜 作:ラグ0109
限りなく近く、限りなく遠い世界からのお客様が帰った週末。
俺は、土曜の授業が終われば急いで荷物をまとめて学園を出た。
勿論、セシリア、更識姉妹、ラウラも一緒だ。
俺から口説いた訳ではないが、行き先を聞いたらどうしてもついて行きたいと駄々を捏ねられてしまったのだ。
場所が場所なので、一人で静かに済ませたかったのだが…まぁ、構わないだろう。
俺の目的は両親と祖母の墓参り…春先から事件続きで中々時間が取れなかったからな。
両親と祖母の墓は山奥にあるので、旅館も予め予約しておいてある。
勿論、セシリア達と同室と言う形だ…こうなる事を予想出来ていなかった訳でもないしな。
で、問題の移動方法なんだが…。
「楯無よ…移動方法は任せてと言うから任せていたんだがな…?」
「あら、何も問題ないわよね?」
「うん、大丈夫、問題…なし」
「わ、わたくしセシリア・オルコットと申します」
「あらあら、楯無から話は聞いていますわ」
レゾナンス待ち合わせと言う事で移動手段を待っていると、俺たちの目の前に黒塗りの大型車…米軍等でも使われているような所謂軍用車が止まる。
人数が人数だから、まぁ…それも致し方ない。
俺を含めて五人…運転手含めて六人ともなればソレなりに大きな車を用意せざるを得ない。
して、今回お世話になる方が誰なのかと思い降りてきた人物を見て思わず目を丸くした。
いや、楯無の事を考えれば予想できなかった訳ではない。
…ただ、人選どうにかならなかったのかと…。
「お久しぶりだ、沙耶さん」
「父様、この方は…?」
「更識姉妹の母君の沙耶さんだ」
颯爽と車から降りてきたのは、妙齢と見紛う美女…楯無達の母親である沙耶さんだ。
ギャップが凄まじいが気がかりな点が一つある。
「沙耶さん、十六代目は?」
「あの人は、拗ねて寝てますわ…まったく、何時まで経っても子供で困ってしまいます」
「楯無、何か余計な事を言ったのではなかろうな…?」
「えー、私知らな~い」
楯無は下手くそな口笛を吹きながら、視線を彷徨わせている。
あからさまな反応過ぎて、逆に怒るに怒れんではないか…。
軽く眉間を揉み解しながら、ため息をつき首を横に振る。
「子離れできていないのは認めるが、親だからこその心配もあるだろう…あまり、いじめてやるな」
「お父様がしつこいから悪いのよ、別れろだのなんだのって」
「まぁ、そう言ってしまう気持ちが分からんでもないのだが…」
十六代目の言い分が正しいので、あまり言い返せないのが俺の実情である。
誰がこんな軟派な男と娘が交際しているのを認めると言うのだ…?
まぁ、だからと言って俺が引き下がるわけでも何でもないのだが。
「さぁさぁ、車に乗ってください。時間は有限ですからね」
「すまないが、今日はよろしく頼む」
沙耶さんに深く頭を下げると、沙耶さんは微笑みを浮かべたまま首を横に振る。
「いえいえ、構いませんよ…偶には私も羽根を伸ばしたいので…フフフ」
「十六代目よ…」
夫婦仲は良好な筈なのに、何故だろう…少し心配してしまうではないか…。
それとも女性比率が高いから、女性優位の家庭環境なのか…?
全員の荷物を後部座席の荷台にせっせと運び、此処で一つの…俺としてはどうでも良い問題にぶち当たる。
道案内をしなければならない為、必然的に俺が助手席に座る事になるのだが…この車、前に三人座れるのである。
つまり、俺の隣に誰が据わるのかで喧嘩が勃発したわけだ。
「まだ、決着がつかんのか?」
「あらあら、うふふ…皆仲が良いのねぇ」
セシリア達は自分が座ると主張を始めて、話し合いは当然ながら平行線を辿る。
殴り合いの喧嘩にならないだけマシだが、四人はじゃんけんで決める事にして始めたのだが…かれこれじゃんけんが始まってから、五分経つ。
ちょっと豪勢なカップ麺が出来上がる時間だな…。
俺は少々呆れ顔で、沙耶さんは愉しそうに笑いながらそれを眺めている。
言うまでもなくレゾナンスには人が多く集まる。
そんな中で盛大にじゃんけん大会をやっていれば嫌でも人目につくわけで…。
「ねぇ、あそこに居る男って…」
「インフィニット・ストライプスでモデルやってた人だ!」
「うそ、どこ!?」
「待って、あそこでじゃんけんしてるのって――」
と、まぁこんな具合に注目を集めて身元がバレてしまう訳だ。
これ以上は無用な騒ぎになるな…俺は、ラウラの首根っこを猫を持ち上げる様にしてさっさと助手席に乗り込む。
「にゃっ!?父様!?」
「時間が惜しい、お前たちも早く乗り込め!」
座席に乗り込んで一息つくと同時にシートベルトをしっかり締める。
今まで乗った事のある車と言うと、大きくても篠原さんが所有しているワゴンくらいなので高い視点なのが違和感に感じるな…。
ラウラは隣に座れたことが嬉しいのか、満面の笑みで悦に浸っている。
「ラウラ、高速のサービスエリアに入ったらセシリアと交代だ」
「そんなっ!?」
「そう言うな…何事も平等にしてやらんとな…俺の身がもたん」
俺の一言でラウラは一気に絶望したような顔になり意気消沈とするものの、頭を撫でてやればすぐに機嫌を良くする。
父としてはこのチョロさが不安になるが…余程心を開かねばこうもならんだろう。
実戦訓練授業においても転入当初と違い幾分優しくなったものの、未だに厳しいからな…。
指導を受けているクラスメイト達が調教されつつあるのも問題ではあるのだが。
「ほら、刀奈に簪…まだまだチャンスがあるのだから早く乗りなさい。このままだと出発できなくなっちゃうわよ?」
「「はい…」」
「狼牙さん…はぁ…」
楯無達も観念したかのように後部座席に乗り込んだのを確認すれば、運転席に座った沙耶さんは車のエンジンをかける。
ただの墓参りの筈が出発するだけでこの騒ぎ…何とも先を思いやられるな…。
高速に入りサービスエリアで小休止をする。
両親と祖母の墓は東北方面にあるので、十一月の今となってはかなり肌寒く感じる。
幸い、雪が多い地域ではないので降雪の心配はしなくて良い…天気予報もばっちりチェックしてあるしな。
ラウラは日本のサービスエリアが珍しいのか、店内に入って目を輝かせながら土産物を眺めている。
なんでも、ドイツのサービスエリアと言うのは此処までバラエティに富んだものではなく、ご当地要素も薄いとの事だ。
何より、トイレが無料と言うのがドイツとの一番の違いらしい。
…維持費徴収か…まぁ、日本でもいずれそうなりそうではあるが。
「狼牙、お疲れ?」
「帰ってきて即事件だったからな…。来週には修学旅行に行かなくてはならんし、疲れたとは言ってもいられないだろう?」
ベンチで珈琲を飲んでいれば、簪が隣に座って顏を覗き込んでくる。
簪はぴったりと俺に寄り添い、手を繋いでくる。
寒いからか、簪の手はヒンヤリとして冷たい。
俺は優しく握り返して、微笑む。
「まぁ、一人寂しく小旅行と行くよりは幾分マシだから、気にするな」
「結構無理矢理ついてきちゃったからね…迷惑かなって思ってたけど」
「お前たちを迷惑には思わんさ…」
手を離して優しく頭を抱き寄せながら撫でてやる。
簪は頬を赤らめながら、嬉しそうに笑みを浮かべて軽く頬擦りをする。
「うん…狼牙の匂い…好きだな…とっても、落ち着く」
「ん…俺も好きだぞ?」
「な、なんだか…恥ずかしいな…」
簪は顔を真っ赤にして俺の身体に抱き付いて、顏を見せないようにする。
…まぁ、さっきから人の目が凄い事になっているので、こうやって抱き付かれる方が恥ずかしいのだが。
言うまでもなく、簪は美少女だ。
そんな人間が、一人の男に寄り添って頬を赤らめていれば嫌でも男たちからは嫉妬と羨望の視線を集めてしまう。
…優越感なんぞ感じていない。
あぁ、そうとも、感じてなんぞいないさ。
空になった空き缶を握りつぶして、簪に立つように促す。
「そろそろ出発だ。行こうか」
「うん。ねぇ狼牙…ちょっと屈んで?」
「何か…っ?」
簪に頼まれるままに少し屈めば、簪は背伸びをして軽めのキスをする。
ふわりと花の様な簪の香りが鼻を擽っていく。
「えへへ…少しだけ、珈琲の味がするね」
「恥ずかしいなら、無理をせんでもよかろうに」
「シたかったんだもん」
簪はプイッと拗ねた様に顏を背けて唇を尖らせる。
周囲の視線が俺に集まっている所為か知らんが、簪は気にした様子もなく俺の腕に抱き付いてくる。
ともあれ、車の所に行かねばな…男共と一部女性の嫉妬の視線を掻い潜り車に辿り着いたころには、何故か休憩していたにも関わらず俺の方が疲弊していた…。
「遅かったですわね?」
「簪ちゃん抜け駆けしちゃうんだ~?」
「そ、そんなんじゃないもん!」
セシリアと楯無がニヤニヤとした笑みを浮かべて、簪のことを見つめている。
簪は顔を赤くして首をブンブンと横に振って否定する。
まぁ、抜け駆けよな…余計な事は口にしないでおくが。
暫く二人が簪の事をイジるものだから、簪はすっかり拗ねてしまって俺の背中に隠れて二人を睨み付けている。
「お姉ちゃんたちなんか知らないっ!」
「怒らせてしまいましたわね…」
「あんまり可愛いものだから、調子にのってしまったわね…」
「まぁ、イジメ甲斐があることは全面的に同意しようか…」
「狼牙までっ!」
打てば響くと言うかなんと言うか…嗜虐心に駆られてしまうのだ。
悪い事とは思うのだが…成程、これがいじめっ子の心境と言うものか。
三人で平謝りしてセシリアの代わりに隣に座ることで何とか許してもらうと、沙耶さんがラウラの手を引いて此方へとやってくる。
ラウラは、満足したと言わんばかりに笑みを浮かべている。
「父様!帰りにもサービスエリアには寄るのか!?」
「寄らなければトイレ休憩無しになるぞ…?」
「では、寄るのだな!?」
「ラウラちゃん、すっかり気に入ってしまったみたいで…」
沙耶さんが可笑しそうに手で口元を隠しながらラウラを見ている。
…貴女の娘と同年代なのだが…まぁ、こんな反応をされれば幼く見えても仕方ないか。
ラウラも『ドイツの冷氷』等と言う二つ名は返上すべきだろう。
後に知った事だが、
「さ、お宿までもう一息ですし行きましょうか」
「沙耶さん、よろしく頼む」
「いい加減、お義母さんと呼んでも良いんですよ?」
「いや、それは…ううむ…」
柄にもなく赤面してしまうな…お義母さんか。
十六代目が聞いたら喉を掻っ切りに来そうで怖くなるな。
「父様、顔が真っ赤だが熱でもあるのか?」
「いや、うむ…大したことではない。なんだ…気恥ずかしいだけだ」
「狼牙君が照れるなんてねぇ…?」
「あまり見られる光景ではありませんわね」
「くっ、い、良いから行くぞ!」
羞恥極まれり…俺は顔を真っ赤にして助手席に乗り込む。
が、気付くべきだったのだ…車内こそ逃げ場がないと言う事に。
結局今日の宿に着くまで、俺は皆に弄られ続けるのだった。
狼の故郷小旅行編
これが終わったら京都編
旅SSじゃないんだよー、ほんとうだよー、ISのSSなんだよー