【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜 作:ラグ0109
「随分と広い部屋に住んでるんだね?僕の方にはこんなに広い部屋無かったよ」
「色々あってな…あまり深く突っ込んでくれるな…あぁ、でも駄目だろうな…」
俺は将冴が乗った車いすを押して、寮の部屋へと戻ってきた。
何故、将冴が車いすに座っているのか?
答えは単純にして明快…彼は、四肢が無いのだ。
俺たちの前に現れた時に晒していた姿は義手義足を装着した状態であり、なんでも長時間つけていると神経系統を痛めて廃人となるそうだ…。
こればっかりは『此方』の束さんでも解決はできない問題だそうだ。
人の身体はデリケートで、異物を頭が認めていても身体が拒絶しているとか何とか。
ともかく何とも面倒な星の元に生まれた少年ではある。
「うん、基本的にはやっぱり同じ学園なんだね…少しだけ、安心したかな?」
「少しばかり気が進まんが、お前が帰るまでの間の世話を一夏にお願いしてみる。俺の方は…少し問題があってな」
「ふぅん?わかったよ、一夏だったら多分大丈夫だろうし」
将冴の方でも一夏と友好な関係を築いていてくれて非常に助かる。
そうでなかった場合俺が面倒を見なければならない…嫁達に恨めしい目で見られながら。
今は…今だけはそれを防がねばならんのだ…穏やかな睡眠の為に!
「一先ず、授業の終わりまで時間がある…少しばかり、話を整理しようか」
「そうだね。…僕もそれなりに覚悟をしなくちゃならない。しているつもりなんだけど…」
くすっと笑う将冴は、言葉とは裏腹に相当な胆力の持ち主だ。
なんせ今の今まで泣き言を一つも吐いていない…恐らく四肢を失う原因となった事件が大きく関係しているのだろう。
俺の様に表面で済んだのならばいい…だが、四肢ともなると生活に支障が出る。
並大抵の努力では済まされない…そういう手術なのは間違いないと束さんは言っていた。
さて…将冴本人の状態なのだが…非常に面倒なものになっている。
と、言うのも、現在の将冴の身体は人間のソレではないのだ…。
『可能な限り本物に近づけられたエネルギーの塊』との事だ。
提供できるV型機のデータから観測できたエネルギー波長が、将冴から発せられているそうだ。
つまり…将冴は意識だけが世界を跳躍していると言う事になる…。
「僕の視点から見たコア内世界…って言う事なんだよね?」
「ざっくばらんに言うとな…。天狼のフルパワーとVドライブのフルパワーの共鳴が引き起こした稀な事故…と言う事だ」
天狼は共振現象を起こすべく方向を上げ、何者かは分からんが――多分白蛇なんだろうが――世界の壁を一時的に薄くしてVドライブと共鳴させ…引き込んだ。
眠くなったと言うのも恐らくは、共振現象で意識が引っ張り込まれただけだ。
また、世界間の違いと言うのは時間のズレでもある。
こっちは十一月半ばだと言うのに、向こうは九月に入ったばかりだと言うからな…。
恐らく、こっちの記憶は夢の様に朧げなモノになり、俺たちの事もはっきりとは覚えていないだろう。
「現界できるのも、恐らく将冴が発しているエネルギー量に左右されるだろう。まぁ、持って三日…早ければ明日の夕方ごろか」
「一泊二日の異世界旅行って言うと何だかロマンがあっていいね」
「何度もしていた身としては、あまり面白味の無いものだがな…」
見たことのない景色、食べたことのない物…そう言ったものは楽しめるが、昔から俺はトラブルを呼び込む体質だ。
ゆっくりと観光気分で異世界を巡る事はまずなかった。
寧ろ血みどろだった…なんでああなった…昔を思い出して頭を抱えてしまう。
「し、銀君…頭痛がするの?」
「昔を思い出すとな…楽しかったがスリルばかりで気が休まらん毎日だった」
だが、そんなスリルが無ければ数々の出会いが起きなかったのは事実だ。
そう思うと複雑な感じがしてしまうな…。
ともあれ、問題は今起きているのだ…今に集中するとしよう。
「いつ戻るのかが分からないと言うのがミソだな…下手すれば人前で幻の様に消えてしまうのかもしれん」
「う~ん、学園七不思議に入っちゃうのかなぁ?」
「それはそれで構わないか…お前が居たと言う痕跡があるのは少しばかり嬉しいものだからな」
「嬉しい?」
将冴がオウム返しの様に聞き返して来れば静かに頷く。
将冴がこの場に居る…と、言う事は前世の存在が俺の妄言ではないと言う事の証拠にも繋がってくる。
何せ、他世界等と言うのは科学の発達した現代社会において、想像の域を出ない代物だ。
科学者なんかが将冴の存在を知ったら、嬉々として解剖依頼が飛んでくるかもしれん。
「まぁ、少し俺に関わる話でもあるんでな…大した話ではない」
「そう、なら良いけど…あ、皆帰ってくるみたいだね」
窓から学園の校舎を見ると、玄関口から一斉に生徒たちが出てくるのが見える。
一夏達も出てきている…俺は立ち上がって台所へと向かう。
お茶くらいは出してやらんとな?
「将冴、珈琲は?」
「大丈夫、砂糖とミルクを入れて甘めでお願いできるかな?」
「承知した」
サイフォン式と言うのは少々一度に淹れる量が少なく、手間もそれなりにかかる。
見た目重視で購入したことの弊害だな…美味しいものが淹れられるので文句を言ってはいけないが。
今度水たて珈琲に手を出してみたいのだが…器具の価格がな…。
丁度珈琲を抽出し終えたタイミングで扉が開かれる。
「狼牙ー!!」
「狼牙君!!」
「狼牙さん!!」
「客人の前で騒がしくするな…楯無、生徒会は?」
「今日は御休みよ!!」
コーヒーカップに珈琲を人数分注いで持ってくると、一斉にセシリア達に詰め寄られる。
帰ってくる予定は三日後だったからな…嬉しさのあまりなんだろうが、仕事をサボるなと口酸っぱく言っていた筈なんだが…。
「…銀君、まさか…」
「言うな、何も…!」
「それで、こちらの方は?」
セシリアはコホンと咳払いをしてから将冴を見つめる。
些かも気にした様子が無く、将冴は微笑んで見せる。
俺では同じ対応が出来ると思えんな…。
「柳川 将冴です。銀君、何処まで話していいのかな?」
「一夏と箒、鈴にシャルロット、ラウラが来たら説明するとしよう…安心しろ、俺も胃を痛める覚悟はできている」
「なんで、そう悲壮な顔をするのかなぁ?」
将冴は俺の表情を見てクスクスと笑う。
いや、本当に強い男だ…。
「狼牙…あんた、大丈夫?」
「鈴はこっちでも辛辣だなぁ」
「まぁ、そうなるな…」
大部屋と化している俺の寮の部屋に専用機持ちが集まれば、俺は事の経緯を掻い摘んで話した。
事情を知っているメンバーには同時進行でコアネットワーク経由で詳しい経緯をメールで送ってある。
一夏と箒、鈴、シャルロットは懐疑的な目で見て、セシリア、更識姉妹、ラウラは憐みの目で俺を見てくる。
どちらもある意味で耐えがたい視線ではあるが、こればかりはどうしようもない…。
「将冴、テムジンの機体データを送っても構わないか?」
「うん、委員会にも提出してあるし問題ないよ?」
コアネットワークにテムジンのデータを流し、皆にスペックの詳細を伝える。
証拠と言うのはこれくらいしか提示できないからな…。
現状男性が操縦できる仕組みが分からないと言うのに、将冴が動かせる理由も判別していない。
もし、三人目が見つかったともなれば大騒ぎになるからな。
「確かにISみたいだな…」
「柳川だっけ…お前のISかっこいいな!」
「将冴で良いよ。その代り僕も一夏って呼ぶからさ」
箒はボソリと呟き、一夏は一夏で目を輝かせながらテムジンのデータを眺めている。
で、一番喜ぶであろう簪はと言うと…。
「お姉ちゃん、私、今度フルスクラッチするとき同じの作る…」
「簪ちゃん、早まっては駄目っ!」
何やら、制作意欲が湧いてしまったようだ…。
それはそうだろう…なんせ、形に出来てしまうわけだからな。
その内憧れの戦隊ロボまでISのデザインに落とし込みそうだが。
乗り気であれば、アランさんや大天災殿も手伝いそうで恐ろしいものがある。
「父様、将冴はどの部屋に泊まるんだ?」
「それに関しては一夏に頼みたい。丁度一人部屋でベットも余っているだろう?」
「おう、任せてくれよ!」
一夏は爽やかな笑みを浮かべて頷いてくれる。
即時即決即断速攻…まぁ、偶に考えなしに動いてしまうのが玉に瑕なんだが…こういう時は本当に頼りになる。
一先ず、俺の嫁達は胸を撫で下ろさないでもらいたい。
「まぁ、良いわ…今更どうこう言っても仕方ないわけだし…。狼牙は優しい嘘は吐いても、意地の悪い嘘は吐かないしね」
「嘘くらい誰でも吐くものだ…優しいも何も無かろうよ」
鈴とはそこそこ長い付き合いだ…隠し事はお見通しらしい。
ある意味でセシリア達より頭が上がらんかもしれんな。
「そうやってはぐらかすの止めなさいよ…もう少し、あんたは我儘に生きなさい。それじゃ、あたし部屋に帰るわ。将冴って言ったわよね…短い間だろうけどよろしく」
鈴は言うだけ言うと珈琲を一気に飲み干して颯爽と立ち去っていく。
小さい背の癖に何だか大きく見えてしまって、クスリと笑ってしまう。
鈴は気配りの出来る娘だからな…何かと率先して動いてくれるだろう。
「銀、私が出来る事はそんなに無さそうだが…」
「いや、知ってくれているだけで良い…すまんな、部屋に呼びつけてしまって」
「そうか…姉さんの我儘に振り回されるだろうが…頑張ってくれ」
箒も鈴の後に続くように立ち上がり部屋を出ていく。
…丸くなったものだよ、本当に。
最初の内は敵視されていたからな…いずれ、キッカケを聞いてみたいものだ。
「ラウラ、あんまり銀君達の邪魔しちゃっだめだよ?」
「シャルロット、私を何だと思っている…?」
「んーっと…甘えん坊の将校さん?」
「よし、シャルロット…明日は目いっぱい訓練しような!」
ラウラは若干頬を引くつかせながら俺に抱き付き、シャルロットを睨み付けている。
かく言うシャルロットはどこ吹く風と言った感じでクスリと笑うだけだ。
「きゃー、ラウラこわーい。フフッ、それじゃ銀君、また明日ね」
「あぁ、すまんが将冴のフォロー…頼んだぞ」
「任せてよ!恩返しになるんだしね」
シャルロットも出ていき、残すところは一夏と将冴の二人だ。
将冴は寂しそうな嬉しそうな…何とも複雑な表情で珈琲を飲んでいる。
向こうの世界での一夏達は一体どんな感じなのやらな?
「うし…将冴、こっちの事色々と教えてやるから部屋に行こうぜ?」
「うん、一夏、色々聞かせてね?それじゃ、銀君…短い間だけどよろしく」
「あぁ、よろしく」
将冴は義手を差し出して握手を求めてくるので、構わずに握手をする。
異界との交流…その一日目はあまりにも早く終わってしまった気がするが…まぁ、明日から目まぐるしくなる。
一夏達を見送った後、明日に備えて俺は扉の鍵を閉めた。