【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜 作:ラグ0109
狼は誰が為に吼える
―――これは遠い遥かなる世界での夢物語。
「随分と無様にやられたもんじゃないか?」
「無理無茶無謀は専売特許…今更この生き方を変える事なんぞできんさ」
身体の彼方此方に白い蛇の鱗がある壮年の男は、囲炉裏の前に腰掛けて酒の入った徳利から直接酒を飲んでいる。
体面に座る銀髪に金の瞳の青年は、軽く肩を竦めながら御猪口でチビチビと酒を飲む。
性格も立場もまるで違うこの二人は、偶に壮年の男が従者の目を盗んではこうして青年の家に酒を集りにやってくるのだ。
青年とこの男の関係は何とも複雑な…いや、単純な縁で繋がっている。
…痴情の縺れである。
「両腕右足か…まぁ、どうせ再生するんだ…大したものではない」
「ふん、人間風情が良く言うではないか…俺はキラが幸せにしたいと言うから転生を手伝ったんだがな?」
ここに来て、青年はこの男は何を言っているのだろうか、と思う。
まるで…自分が一度死んでしまっているような…?
「疲れすぎてボケたか?ケッケッケ、その呆けた顔は中々に愉快じゃないか」
「ボケてるものか…白蛇よ…貴様は夢の中でも…夢?」
青年は夢と言う言葉を発した瞬間にハッとなって目を瞬かせる。
その姿が白蛇と呼ばれた男には大層可笑しかったらしく、男は腹を抱えて涙ぐむ程笑い続ける。
「ブハハハハハハ!!!!なんだ!お前!!マジか!!マジなのか!!!アハハハハハ!!!」
「笑いすぎだろう…革剥いで財布にしてやろうか…?」
イラついた様子で青年が白蛇を見つめると、漸く白蛇は笑うのを止めて涙を拭う。
本当にツボに入っていたらしく、頬が痙攣しているのが分かる。
そんな様子を見て、青年は再び機嫌を損ねた。
「はぁ…確かに寝ぼけているな…これは夢か?」
「あぁ、夢だ。お前が見ている夢に俺が介入してる。…どうだ、面白可笑しく暮らしてるみたいじゃないか」
白蛇はクックックと忍び笑いを漏らしながら、再び酒を煽り始める。
青年が気づいた時には、自身の身体が『銀 狼牙』と呼ばれていた人間の物になっていることに気づく。
胸元にあるはずの天狼白曜が無いので、これは自分が見ている夢なのだと…狼牙は勝手に納得した。
「そうだな…嫌なことも良いことも…すべての結果に満足は…いや、違うな」
「ほう…違う、とはなんだ?」
白蛇は興味津々と言った感じで、狼牙の事を見つめている。
自身の知らない…いや、興味の無い世界で何を見たのかが気になるのだ。
白蛇はとある世界の安寧を司っている…他所の世界に興味を持つという干渉はできないが、個人には干渉するくらいの余裕はある。
言ってしまえば魚の網だ。
大きな魚は網に捕らわれるが、小さな魚は網の隙間から抜け出せる。
一度、狼牙に干渉をした事がある。
何の変哲もない人生は詰まらないだろうと…少しだけ因果を弄って…。
罪悪感などあろうはずもない…何故ならば神なのだから。
「俺は帰らなくてはならん…何度も女を泣かす趣味はないんでな」
「はん、間男はやはり女たらしか」
どこか小馬鹿にするように白蛇が言うと、狼牙は軽く肩を竦める。
まるで気にもしていないと言わんばかりだ。
「否定はせんよ…だが、存外に悪いものでもない…好かれると言うのはな」
「チッ…干渉するんじゃなかったな…それより目を覚まさなくていいのか?」
白蛇は詰まらなそうに舌打ちをして、ため息をつく。
もうこれ以上話しても気分を害するとでも言わんばかりだ。
狼牙は漸く立ち上がり、庵の扉に手をかける。
「お前の意向がどうあれ、感謝はしている…そう思えば殴る気も失せるな」
「言ってろクソガキ」
白蛇は人の夢に干渉しているにも関わらず、しっしと追い出す様に手を払う。
神と言うのは傲慢なものだが、白蛇は輪をかけて傲慢である。
狼牙限定ではあるのだが…素で接することができる相手だからと言うのもあるのだろうが。
狼牙はそれが何処か可笑しくて、懐かしくて…しかし、帰るべき場所の為に扉をゆっくりと開いていく…。
これは遠い遥かなる世界での夢物語――
一匹の狼と蛇の二度と無かった邂逅の夢物語―――
《 IS Battle End 》
『勝者!織斑、篠ノ之ペア!!』
俺こと織斑 一夏は、十一月のど真ん中に開催された専用機持ち限定のタッグマッチ・トーナメントに出場している。
タッグを組むにあたって箒、鈴、シャルと大いに揉めたんだけど、束さんの『白式と紅椿同時運用のデータがほっし~な~』と言う鶴の一声で箒と組むことになった。
…十一月初めに起きたIS学園襲撃事件…俺はその事件で親友とその友人の二人と暫しのお別れを言う羽目になった。
委員会が襲撃の容認をしたと言う証言と証拠を得た束さんは、再び世界を恐怖のどん底に叩き落とした。
具体的には、委員会の人たち全員を更迭して束さんがそのトップに収まった。
それだけでも大丈夫なのか?って感じなんだけど、更にISコアの増産と再配布を決定…各国はその対応に追われる形になった。
もちろん、束さんは再配布に関して無茶を言いつけた…それはまだ見ぬフロンティアの開拓…つまりは宇宙開発を進めろってこと。
それが出来なきゃ取り上げるとまで言うから、皆戦々恐々だ。
…好き勝手やってるなぁ…。
宇宙開発を進めるって言うのには、もう一つ理由がある。
衛星軌道上のデブリに紛れてしまった、狼牙の救出をスムーズに行うためだ。
定期的に白蝶さんから座標とバイタルデータが送られてくるけど、あの激戦の後から全然目を覚まさないそうだ…。
早く帰ってこないものか…クラスの空気が最悪なんだよ…。
「よし…まずは一回戦突破だ」
「鈴とセシリアのコンビ…セシリア、意気消沈してても鬼の様に強かったな…」
「おう…八つ当たりにも近かったけどな…」
頼むから早く帰ってきてください、狼牙さん!
とは言っても今は宇宙に上がる術がない。
狼牙がフェンリルと宇宙に出たことが問題となって、今は各国の調整が済むまで宇宙に出ることが禁じられている。
結構騒がしくなった国があったからなぁ…。
「セシリア、大丈夫か?」
「えぇ…本当に強くなりましたわね」
「言っただろ?狼牙を追い越すってな」
ISを解いて意気消沈としているセシリアに声をかける。
セシリアはISバトルで手を抜くような事はしないが、やはり中々帰ってこない狼牙が心配なのか全力を出し切れていなかった。
いなかったけど偏向制御射撃によるオールレンジ攻撃は恐い…白式の死角を突くように放たれる攻撃は、紅椿の単一仕様能力が無ければ敗北必至の攻撃だった。
「インチキ臭いわね~…」
「な、何を言うか!」
「褒めてんのよ…けど!一夏の事では負けないからね!!」
鈴は鈴でそんな偏向制御射撃を盾にシャルの
白式の燃費問題は日夜簪さんの手を借りて解決に取り組んでいる。
ISに詳しい人あの人くらいだし、束さんに渡したら最悪白式返ってこないような気がする。
後は瞬時加速の様々な運用法を実戦でも試していくしかないわけで…今回の戦いでも反省点は見つかったな。
次の戦いに備えてピットに戻ろうとした瞬間、管制室から緊急連絡が入る。
『織斑!篠ノ之!!どこの馬鹿だか知らんが、IS学園に向かって全部で二百発のミサイルが発射された!アリーナの天井シールドを開放するからすぐに出てくれ!』
「…白騎士事件の再現かよ!!」
「行くぞ一夏!!」
「セシリア!補給済ませたら後詰で出るわよ!」
「はい!!」
俺と箒は互いに顔を見合わせてすぐに上空へと飛び出す。
ISに送られてくるデータを見ると、すべて洋上から発射されているみたいだ…どこのテロリストだか知らないけど…!!
雪片弐型を構えて、接近するミサイルへと瞬時加速を掛けようとした瞬間…狼の遠吠えが大空に響いた。
『寝覚めの花火には丁度良いか…狼の狩りと言うものを教えてやるとしよう』
―――これは
ゆっくりと目を開けると、目の前に美しい青の星が視界一杯に広がる。
どうやら、なんとか生命維持はできていたらしい…が、自分でも分かるくらい凄まじい飢餓感を感じる。
結構長い間眠っていたようだ…時折当たるスペース・デブリが痛い。
[やっと、お目覚めね]
「お前の元夫の相手で大変だったものでな…と、言うかだ…」
俺は全身に感じる違和感に気づき、機体のシステムチェックを行う。
機体状況オール・グリーンとな…と言うか武装がまた変わっている…。
どういう事かと首をかしげていると、白がクスクスと笑って何が起きたのか説明してくれる。
[
「勘弁してくれ…何が悲しくて忙しくならねばならんのだ…」
深いため息を吐くと同時にがっくりと項垂れる。
確かに、第二次形態移行ですら数件しか確認されていない貴重な現象なのにも関わらず、第三次形態移行ともなればな…研究者としては血眼になって俺を追い求めてくるだろう。
まぁ、束さんに庇護してもらおう…まだ安全な筈だ…っと考えた瞬間に、その束さんから連絡が入る。
『ろーくん!ろーくん!ろーくん!ろーくん!ろー…』
「うむ、おはよう…恐いんで連呼止めてくれんか、たーさんや」
『まったく!ろーくん、お寝坊さんも良い所だよ!!二週間近く寝ていた自覚あるの!?』
にしゅうかん…?
…成程…腹も空くわけだな…。
漸く帰る気になった俺は、廃棄された人工衛星から離れて地球の外周に沿って移動していく。
両腕の一式王牙は無くなった代わりに、拳を構成する装甲をすべて矮星にする事で打撃時のスムーズなエネルギー回収を実現させたか…名称は『王ノ爪』…随分とシンプルになったものだな。
ワイヤーブレードは手首と腰のサイドアーマーの計四カ所…大分振り回しやすくなったな。
何れも先端の刃部分に矮星使用なのは変わらずか…。
二式王牙は形状をそのままに『天狼』を攻勢エネルギーとして展開可能に…名称も『参式王牙』へと…。
可変装甲は無くなったらしい…代わりに展開装甲を発生させる可変型のウィング・スラスターが二対装備されている。
紅椿との戦闘データを元に展開位置で防御形態を取れるようにしたらしい…この点だけ燃費度外視か…。
BT兵器である群狼が無くなった代わりに、銀閃咆哮の出力を上げて射程距離が上昇…どっちにしても接射にしか使わんぞ、天狼よ…。
結果として、初期の天狼に先祖返りした感じだな…進化とは一体…ウゴゴ…。
『んもう!お話聞いてないでしょ!?』
「あぁ、すまん…第三次形態移行したようでな…」
『だから!白騎士事件の再現するから、ミサイル全機破壊してねって!!』
「は…?」
今…俺の目の前の天災殿は何を…。
[束…貴女懲りてないわね!?]
『科学者が懲りることなんて永久に来ないんだよ、はーちゃん♪』
「白、ミサイルの標的は!?」
[IS学園よ。時間がないわ…ぶっつけ本番の大気圏突入行くわよ!!]
天狼白曜―進化したので天狼神白曜皇らしい…正直、天狼白曜の方が…―の展開装甲を防御形態で展開。
二対のウィング・スラスターがまるで傘の様に広がって楯となり、更に単一仕様能力を発生させて大気摩擦を極限まで無効化していく。
とは言え、燃え尽きてしまう可能性は十分に考えられるため、侵入角度とタイミングを間違えずに行わなければならない…寝覚めでやるにはあまりにも…しかし、四の五の言っていられないのも事実だ。
視界が熱で真っ赤に染まり、大気摩擦の轟音がまるで目覚ましの様に鳴り響く。
永遠に続くのでは…と思った瞬間、一気に機体が冷却されて見慣れた地形…日本が視界に入ってくる。
地球に帰還できたと喜びを噛み締める間も無く、IS学園に迫り来る無数のミサイルと一夏の白式雪羅と箒の紅椿を見つける。
どうやら息災だったようだな…不謹慎にも嬉しくて笑みが零れてしまう。
機体を最大稼働状態に移行させると、狼の咆哮を上げながらウィング・スラスターから展開装甲が大きな翼の様に広がり、全身の矮星が紅に輝き始める。
「寝覚めの花火には丁度良いか…狼の狩りと言うものを教えてやるとしよう」
[アイ・アイ・サー]
ただの木偶の坊でしかないミサイルは、大きな抵抗を見せることなく次々と推進装置を破壊されて海へと落ちていく。
狩りと言うにはあまりにも単純な作業を終える頃には、IS学園の上空に三機のISが舞い上がっていた。
…白よ…帰りたいが帰りたくないサラリーマンの気持ちが良く分かったぞ…。
[う~ん…ロボが悪いもの、仕方ないわよ?]
一斉に発射されるBT兵器による偏向制御射撃…セシリアは、俺が寝ている間に努力を続けたのだろう…その軌道は以前と比べるまでもなく研ぎ澄まされている。
『狼牙さん…引っ叩いて差し上げると申しましたわよね?』
更にその偏向制御射撃をカバーするかの如く発射される『山嵐』による、容赦の無い四十八発のミサイルを愚直なマニュアル操作で行うのは簪だ。
避けながらもハイパーセンサーで見える顔は涙でぐしゃぐしゃになっている。
『ゆ…許さない…許さないんだから…』
視界の端に赤い翼を出したISが俺へと近接戦闘をこのミサイルとBT兵器の嵐の中、巧みに行ってくる。
俺は素早く足の三式王牙でフットブロックを行い、青筋立てた美女を見つめる。
「狼牙君、随分遅いお目覚めね?」
「夢の中で酒浸りだったものでな…」
「そう、でも良いの…帰ってきてくれたから…でもね…狼牙君?」
『狼牙さん!』
『狼牙の…』
「『『ばかーーーーー!!!!』』」
―――これは
――――そして、未来へ続く狼の歌。
「なに…五十年だろうと百年だろうと…今更大差はないさ」
「そう…もはや世界が私たちで私たちが世界」
「幸福追求は私たちの役目なのだから…あはっ」
亡霊も歌う
未来に続く、自身の覇道を…
「理不尽に生かされ、理不尽に殺されて…か…聞かせてほしいな…ロボの事を」
遥かなる遠い世界…冥王を名乗る機械人形は、とあるカプセルの前でやさしく微笑む。
「きっと…君にやさしい世界であることを祈るよ…レディ」