【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜   作:ラグ0109

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黒い海

気絶したマドカを肩に担ぎ、校舎内を歩いて移動。

その際努めて破壊した部分を見ないようにする。

…後でこっ酷く怒られた末に、修繕費を請求される気がする…。

これもあれも、全て襲撃犯がいけない。

と、言う事にしておこう。

 

[無理があるんじゃないかしら…?思い切り投げ飛ばして思い切り蹴り飛ばしていたし]

「白、致し方なくだ。コラテラルダメージだ」

[えぇ…]

 

白は呆れたように言葉を上げ閉口する。

俺とてストレスが溜まる…肉欲にそのはけ口を持っていくのもアリだが、そんな事をするためにあの三人を愛しているわけではない、断じて。

二階へ上がる階段の隣に用意された防火施設へと入り、網膜照合を行う機械を用いてロックを解除。

地下区画への入り口を開いてエレベーターに乗り、地下へと降りていく。

秘匿空母で暴れ始めた無人機…どうにもキナ臭い…さりとて天狼白曜も多少なりとも消耗しているのは事実だ。

今は焦らず補給を済ますことだけを考えるべきだろう。

 

「何も無ければ良いのだがな…とは言え…希望的観測に過ぎるか」

 

ポツリと呟き、エレベーターの扉が開けば地下区画を歩いていく。

しん、と静まり返っているのが、かえって不安を煽ってくる。

 

「く…き、貴様…」

「もうお目覚めか…束さんの所までは寝ているものかと思ったが」

 

肩に担いでいたマドカが僅かに身じろぎをし、目を覚ます。

クローン人間と言う事だが…何かしら身体を弄られている可能性は考慮すべきだったか。

 

「離せ!」

「そう言われてお前は離すのか?」

「チッ…ならば無理矢理にでも!」

 

敢えてそうしておいたのだが、マドカは仕込みナイフを手に持って背中に思い切り突き立ててくる。

肉が裂け、血が噴出し、熱を伴った激痛が俺を襲うが歯を食いしばって耐えて歩き続ける。

どうせ直ぐ治る…諦めがつくまでやらせておけば良い。

ナイフを引き抜いた瞬間、肉が焼けるような音と共に組織が再生し、元通りになる。

そのサマを目の前で見たマドカは静かに息を呑む。

 

「き、貴様…化け物か!?」

「悪いが人間だ。今までも、これからも…俺は人間でたくさんだ」

「こんな、すぐに傷が治る人間が居るわけが無い!」

 

まぁ、ご尤もだがな…。

俺は暴れるマドカを押さえつけたままスタスタと歩いていく。

とっとと一夏達の手助けをせねばならんしな。

 

「人間の姿をした悪魔と、悪魔の姿をした人間…どっちが、人間なのか…。と言う命題の様なものだ。まぁ、マドカが俺の事を化け物と言うのならば化け物なのだろう…お前の中ではな。だが、それでも…知っていて尚居場所をくれる人間が俺には居る」

「居場所は自分で作るものだ。他人に用意してもらうものじゃない!」

 

俺は立ち止まり、ゆっくりとマドカの事を降ろす。

マドカは不思議そうに此方を見上げるだけだ。

深く溜息を吐き、ゆっくりとラウラにするように頭を撫でる。

 

「っ…何を…!?」

「お前の言い分も正しいが、それは孤高ではなく孤独なだけだ。認めてもらえん世界に居たのだろうが、何…存外に他人の用意する居場所と言うのも心地が良いものだ」

「他人なんて、利用するだけのものだ!」

 

マドカは手に持つナイフで俺の腕を切り、一足飛びに後退する。

その目には異質なものを捉えた恐怖の光が垣間見える。

千冬さんのクローン…それなりの扱いを受けた末に亡国機業に籍を置く、か。

容姿から見るに俺と大して年齢は変わるまい…環境が違えば、頑なにもなるか…。

 

「お前は視野が狭いのだろうな。他人を信用も信頼もできん環境だったのだろうが…」

 

腕から垂れる血を拭い、完治したことを確認する。

傷を負っても痕にならないのはありがたいものだ…。

 

「だが、それでも…自分が自分であるために他人と言う存在は必要だろう。で、なければ…誰がお前のことを認めると言うのだ?」

「い、いらない…そんなものは必要ない!他人が居なくても、私は…私は此処に居る!」

「…ならば、一夏を狙う必要も無いな。確かに、織斑 マドカはここに居る」

 

それだけ言って、すれ違いざまに頭をポン、と撫でる。

結局、人は誰かに認めてもらう事をしなければ不安になってしまう。

子供は特にな…。

 

「来い、マドカ…お前の知らない世界を見せてやれる」

「…貴様についていくわけではない。偶々同じ方向に行くだけだ」

[随分、ツンデレな発言ね…ロボはやっぱり女垂らしの称号を頂くべきだわ]

 

いらん称号だ…勘弁しろ。

深く溜息を吐きながら歩いていると、見慣れた人影が目の前に現れる。

依頼主の束さんだ。

 

「おっすおっす、おっつおっつ!ろーくん流石だねぇ!」

「正直たーさんにマドカを任せていいものか悩んでいるんだが…?」

「…篠ノ之 束…」

 

束さんはニコニコと笑いながら両手をワキワキと動かし、今にもマドカにル○ンダイブをせん勢いだ。

まぁ、その前に束さんの背後にいる二人が気になるのだが。

 

「スコール、オータム」

「あら、Mも降るのかしら?」

「スコール、あたしは納得できねぇ…!」

 

どうも、スコールはこちら側に着く選択をしたらしい。

一体何を言われたのか、気になるところではある。

 

「別に、単純なお話をしただけだよ?今、再び閉塞した世界に風穴を開けてみない?ってね」

「思考を読まんでくれ…そんなに分かりやすい顔をしていたか?」

「束さんにはろーくんのことはお見通しだからねん!」

 

深く溜息を吐きつつ、スコールとオータムと呼ばれる女性へと目を向ける。

スコールは不敵に笑い、オータムは不満げに唇を尖らせている。

オータムの方は分かりやすい猪武者と言った感じの粗忽さが見受けられる。

 

「オータム…亡国で働くのも良いわよ…失敗しなければ、それなりに稼げるもの。でも失敗すれば『F』と同じ措置を受けるかもしれないわ」

「それは…」

「だったら良いじゃない…私達は篠ノ之博士の後ろ盾を得て、篠ノ之博士は私達と言う駒を得る。組織か個人かの違いしかそこにはないわ」

 

どうも、昨日の威嚇は良く効いていたらしい…無理もあるまい、気がついたら裸に剥かれるのだからな。

まぁ、あれ一回やるだけで骨と内臓が幾度もミキサーに掛けられたようになるので、一度が限度だが…黙っておくに越した事は無い。

 

「そうそう、秋ちゃんブーブー言ってるとバラしちゃうぞ☆」

「ISと同じノリで解体しようとするな…今一信用ならんが、襲って来ないと言うのならばそれはそれで良い」

「銀 狼牙君は聞き分けが良くて助かるわ」

「スルーできる所はしていかんと身がもたんからな。たーさん、天狼白曜の補給と新装備の説明を」

 

一先ずは一夏達の方だ…何も連絡が無い辺り問題はないのだろうが…。

俺は急くように束さんを囃し立て、ラボの奥へと向かうのだった。

 

 

 

 

――――――

 

 

織斑 一夏をはじめとする救援部隊は、上空で衝突を繰り返す銀と蒼の流星を尻目に出撃。

夜間航行演習を行っていた、アメリカ海軍秘匿空母『プリンストン』の居る座標へと急行した。

現在、空母現有戦力で無人試作機の暴走を止めようと躍起になっているが効果はなく、銀の福音を止めた専用機持ちのチームに救援を求めてきた。

確かに銀の福音の暴走を止めた実績があるチームが向かうのであれば望みはあるかもしれない。

 

「…父様風に言うと嫌な匂いと言うやつだな」

「ラウラ、どうかしたのか?」

 

軍の部隊長を務めていたラウラをリーダーとし、編隊を組んで飛翔しているとラウラが鼻面に皺を寄せてボソリと呟く。

一夏は、真剣な面持ちでラウラに聞き返す。

 

「狼牙が、お客の相手をしてるって事がそんなに不安か?」

「いや、そうではない…仮にも秘匿されている空母に常駐している兵士達が、無人機の暴走に手間取るものか、と思ってな」

「ちょっと…銀の福音よりヤバイかもしれないってこと?」

 

ラウラの考えにウへーっと嫌そうな声を上げたのは鈴だ。

シャルロットは乾いた笑い声を上げた後に溜息を吐く。

 

「ボクなんて第二世代なんだよ?アレより強いなんて考えたくも無いよ」

「ですが、シャルロットさんは学年成績でトップクラスではありませんか。狼牙さんが言っていたように、ISは性能で全てが決まるものではありませんわ」

 

セシリアはクスリと笑いながらシャルロットを励まし、気を引き締めるように手に持つBTライフルを握り締める。

励ましておきながらもセシリアも何故か嫌な予感が拭えずにいた。

それは事前に亡国機業と繋がりがある部隊だと言う事を知っていたからだ。

だが、もし本当に窮地に立たされていたら…そう思うと、セシリアは不安を押し殺すしかない。

ノブリス・オブリージュ…貴族としての務めでもあるのだから。

 

「…第三世代、甲龍と同じバランスタイプのIS『ファング・クエイク(震える牙)』…念のためにデータに目を通しておけ」

「ラウラ、随分慎重になるのだな…?」

「あぁ…父様が苦心している組織かもしれない…念には念をと言う日本の言葉に則ってもいいだろう」

「…それもそうだな。私も、前のように足手纏いにはならない」

 

絢爛な真紅のISを身に纏った箒は、ラウラの言葉に頷いて気を引き締める。

もう、前のようには行かない…皆と…一夏と共に自分は戦うのだと覚悟を決めたその顔は、まさしく侍の様な印象を受ける。

箒とて手をこまねいていた訳ではない。

此方から頼んだわけでもないが、姉である束は昔と違って話をするだけでなく聞くようにもなった。

これが銀 狼牙の影響だとすると、驚きはしても何処か納得してしまう。

彼の姿を見て、話を聞いて、促されて…態度を軟化させたのは自分もそうなのだから。

いまだ見ぬ単一使用能力…心からISを信じ、願えば発動するように調整してあると聞かされたその能力の名は『絢爛舞踏』。

きっと、モノにしてみせると箒は息巻いていた。

 

「箒、もう少し肩の力を抜いた方がいいぜ。狼牙が言ってたんだ…緊張とか怒りとか…そう言うのは力を与えるけど鈍らせるって」

「む…別に緊張など…」

「なら、良いけどさ」

 

一夏は心配するように箒の周りを飛行するが、箒は照れてしまい突っぱねるような態度を取ってしまう。

そんな様子を見てセシリアとラウラは溜息を吐き、鈴とシャルロットは唇を尖らせる。

 

「一夏ー、作戦前に随分と余裕じゃない?」

「そうだねー、僕達にも何か一言あってもいいんじゃないかなー?」

「一言って言ったってな…鈴もシャルも強いし信頼してるんだぜ?いや、箒もさ。ただ、箒は思いつめちまうところあるからさ」

「「へ~」」

 

鈴とシャルロットは、一夏が箒をフォローしているのが少しだけ気に入らず、しかし何時もどおりなんだと安心もする。

 

「一夏さん、随分リラックスされてますわね…」

「前に狼牙と決闘した成果…かな…並大抵の事じゃ動じないさ」

 

狼牙との決闘は、一夏と言う少年に確かなものを残した。

凶暴兇悪な狼としての殺気を受けたからこそ、肌で感じ一方的に敗れたからこその余裕。

余裕有りとて慢心もない…自身が出来る事が少ない事も知っているし、少ないからこその努力も怠らなかった。

 

「俺は、狼牙を越える。アイツにライバルだって認めてもらいたいからな」

「青春してますわね…空母『プリンストン』の艦影を発見。火の手が上がってますわね」

「気にしすぎ、か…?」

 

セシリアが高感度ハイパーセンサー『ブリリアント・クリアランス』にて空母を発見し、情報を各ISへと伝えていく。

確かに周囲を超高速で飛び回るISの姿を見ることができる…が…。

 

「虎穴にいらずんば、とも言うか。前衛を私、一夏、箒、鈴で務める。セシリアとシャルロットは後方支援及び索敵を厳としてくれ」

「承りました」

「ラウラ、僕達がしっかりサポートするよ」

 

フォーメーションを組みなおしてラウラ達が先行しようとした瞬間、海中から五機のISが飛び出してくる。

ファング・クエイクだ…何れも目立った損傷は見受けられない。

 

「やはり、虎が待ち受けていたな!」

「騙して悪いがってか!?上等!!」

「鈴!一夏と箒を連れて無人機の牽制!セシリア、シャルロットは私の援護だ!」

 

ラウラは機動戦の出来る一夏達を先行させ、三機で五機の相手をする道を選ぶ。

ただの三機であれば無謀だと鼻で笑うかもしれない。

だが、この場に居るものは何れも卓越したIS操縦技術を有した異例の一年生。

ましてや事あるごとに捉えられない速度と対峙してきた兵だ。

不吉な海に甲高い笑い声が響く。

夜明けはまだ遠い…火蓋は切って落とされた。


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