【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜   作:ラグ0109

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蝶は月夜に舞う

コードネーム『F』

正式名称:フェンリル

天狼のデッドコピーとして作り上げられたIS。

矮星の基本設計は篠ノ之 束及び天狼自身の独自進化によって出来上がったものであるため、技術的な問題で再現不可。

結果、人が操縦する事が出来ないモンスターマシンとして誕生。

テストパイロットの全てが死亡する事態に陥り、計画を一時凍結。

銀の福音遠隔操作実験において生じた生体ユニットパーツを、AIパーツとして組み込む。

第一次起動実験において優秀な成績を修める。

計画再開を承認。

英国からの依頼に同伴する形で初の実戦投入。

AIに高揚状態が見られるが、ミッションプランを忠実に実行。

ただし、天狼白曜との戦闘において劣勢に陥ったため作戦途中で撤退を指示。

AIの再調整及び機体の改修を行う。

 

「あのくっさいゴミが中々役に立つものだよね~…実際、ISは脳波によって起動しているって言うのは分かってたんだ…おかげで無人機量産化計画も推し進められる」

 

暗闇の中、白衣をだらしなく着た女性は『F』の経歴を再度眺めていた。

現行最速にして現行最長時間の駆動時間を誇る天狼の量産計画。

不幸にして倉持から矮星のサンプルを入手するには至らなかったが、人が乗らない分出来上がるスペースにバッテリーを仕込む事で擬似的に低燃費化を実現。

格闘モーションに至っては公開されている天狼白曜の戦闘データを参考に、AIの脳髄に刻み付ければいい。

量産にあたっての欠点として、人間の脳髄が必要になるのが弱点だったが…まぁ、ストリートチルドレンなり、孤児院から引き取るなり…やりようは幾らでもある。

日本の織斑 千冬クローニング計画を利用して、優秀な操縦者のクローン固体から脳髄を集めてみるのも面白い。

 

「あぁ、この世は私達科学者の天国ね…何をしたって許される。だって、次に飛躍する技術を提供する事で人は幸福になるのだから。人類七十億居るんだ…私達の為に一%にも満たない人間を使い潰したって構わないよねぇ?」

 

座る椅子をくるくると回転させながら、錠剤を口に含み噛み潰す。

ビクッと身体を痙攣させた後に恍惚とした表情で女は笑う。

至福に至福を重ね、絶頂を幾度も迎える。

きっと狂っているのは世界だと。

幸福を求めるが故に狂って、私達はそれを代弁するのが仕事なのだと。

モニターに映る秘匿空母格納庫内で暴れる『F』を見て、再び彼女は絶頂を迎えた。

 

 

 

 

夜、亡国機業と関わった一年専用機持ち全員に秘匿回線による連絡が入る。

連絡を寄越したのは千冬さんだ。

 

『皆、寝ているところすまないが、今より十分後にIS学園の地下区画ブリーフィングルームまで出頭しろ。緊急事態だ』

 

それだけ告げて連絡が切られれば、俺はむくりとベッドから体を起こしてISスーツに着替える。

タイミングとしては正しい…だが、緊急事態にしては静か過ぎる…微塵も殺気を感じ取れんのだ。

 

「白、IS学園内に問題が起きた訳ではないようだな?」

[えぇ…学園内にはネズミ一匹いないわ。束が防衛網を構築しなおしてくれたおかげでね]

 

妙な胸騒ぎがする…俺の予想だにしていなかった状況が起きているとでも…?

詳しい話は千冬さんに会ってからか…兎に角先を急ぐ必要があるだろう。

ISスーツに着替え終えれば、上着にジャージを羽織って部屋を出る。

皆ほぼ同じタイミングで出てきたのか、暗いエントランスに全員が集まる。

 

「狼牙さん、非常事態とは…」

「わからん、が…予想していないアプローチがあったのかもしれんな」

「織斑先生のところに、行こう…お姉ちゃんも居るだろうし」

 

寮内で騒ぐわけにも行かず、皆一様にひそひそとした話し声で会話を済ませて寮を出て学園の校舎へと向かう。

途中、殺気を感じて立ち止まってしまい皆が訝しがるように見てくる。

 

「狼牙、どうしたんだよ?急ごうぜ!」

「そうよ、ちんたらしてたら千冬さんにドヤされるじゃない!」

「…皆、先に行ってろ…どうも、お客さんは来ている様だからな」

 

深い溜息を吐き、手を軽く振って行くように促す。

ラウラですら感じ取れないとなると、丁寧にも俺だけに殺気を当てて足止めしてきたようだ。

非常事態が深刻なものだったと仮定した場合、人手がいるのは千冬さんの方だろう。

こちらはこちらで何とかするしかあるまい。

 

「皆さん、急ぎましょう」

「セシリア!」

「あぁ、ここは父様の言う通りにするべきだろう…父様ならばきっと平気だ」

 

セシリアが俺に賛同すると一夏や箒は納得できないと言った顔になるが、俺が不敵にも笑みを浮かべて見せると走り出し、校舎の中へと消えていく。

…さて、客人は誰か、な…?

 

「フン、仲間を連れずに一人で私の相手か?」

「織斑 マドカか…丁度いい、お前を拘束する依頼があったしな」

 

木の陰から現れたのは、織斑 千冬と瓜二つの顔を持つ少女…クローンである織斑 マドカだ。

俺を睨みつける目は以前にも増して鋭くなっている。

だが、俺はその視線を気にする事無く肩を竦める。

 

「悪いが、時間も無いようなので手短に頼もうか?」

「単純な話だ、貴様の身柄を拘束する」

「お前如きが俺を…?手玉に取られていた存在が随分と大きく出たな」

 

挑発するように煽っていくと、マドカは獰猛な笑みを浮かべて此方を睨みつける。

出来る事ならば殺してやりたいと言わんばかりに…いや、恐らく殺すつもりだな。

マドカは量子化させていた拳銃を実体化させて此方に向ける。

 

「抜け、どちらが早いか試してみよう…と言うやつさ。以前と同じく胴体の風通しを良くした上で、その口を開かせる脳味噌の風通しもよくしてやる」

「俺相手にスピードで勝負か…いいだろう、好きなだけ撃ってみせろ」

 

銃を向けられていると言うのに、俺は酷く落ち着き払っていた。

確信がある…アレでは俺を殺せない。

また、マドカの殺気も根底では弱いものだと。

所謂強がりだ…以前のワンサイドゲームが余程堪えたらしい…。

指先でトントン、と米神を叩いてよく狙うように促す。

 

「どうした、撃ってみせたらどうだ?よもや只の時間稼ぎで此処に居るわけではあるまいよ」

「チッ、望みどおりにしてやる!」

 

マドカが挑発に乗り、引鉄を弾いた瞬間に右手を瞬時に部分展開。

優しく摘むようにして弾丸を止めて、そっと離す。

一度全力稼動を行うと、大抵のものが遅く見えるな…おまけにISとなれば精神的にも落ち着いて対処ができる。

つくづく今が夜で、誰も居なくて良かったと思う。

こんな姿見られでもすれば、改造人間のレッテルは生涯外れそうにないからな。

 

「く…」

「馬鹿正直に撃てば軌道も見えるものだ…」

 

ゆっくりと歩み寄りながら摘んだ弾丸を手放すと、今度は複数の乾いた音がする。

今度は連射して確実に当てる算段か…いずれも装甲に覆われた掌に吸い込まれるようにして受け止められていく。

マドカは手にした拳銃を捨てサイレント・ゼフィルスを身に纏う。

 

「なんなんだ…貴様は!」

「さて、なんだろうな…強いて言うならば、情けない狼か。本当に近しい友人達を信じてやる事が出来なかった、な」

 

一組の皆は、いつもと変わらず…あまつさえ自分達が俺の事を庇うと言ってのけたのだ。

共に居たはずの俺があいつらを信じることができず、あいつらは俺の事を信じていた。

で、あるならば…情け無いと言わずしてなんと言う?

 

「まぁ、どうでも良いか…悪いが、最初からフルスロットルで行かせてもらう。精々、逃げ惑え…少しでも狩られないようにな」

「馬鹿が!」

 

マドカはナイフを実体化させて逆手で振り下ろしてくるが、俺はその腕を受け流し校舎の入り口に向かってマドカを投げ飛ばす。

所謂合気道と言うやつだな…荒削りだが、情緒不安定な今のマドカには充分効果がある。

投げ飛ばし、校舎の入り口のガラスが粉砕されると同時に全身に天狼白曜を身に纏って追撃の飛び蹴りをマドカに叩き込み、校舎を貫通させる。

修繕費?

襲撃犯に出してもらえばそれで良いだろう?

 

「ちぃっ!」

「お前では勝てんよ…特に、俺みたいな情け無い狼にはな」

 

校舎の壁を貫通し、中庭へと出た俺達は共に星々が輝く夜空へと舞い上がる。

俺は追い立てるようにピッタリとマドカの後ろに着いてワイヤーブレードを振るっていく。

そうだ、そのまま上昇していけ…学園の生徒を人質に取られたら堪ったものではないからな。

 

『銀、状況は?』

「千冬さんか…マドカ虐めと言ったところだ。マドカを拘束してウサギに突き出さねばならん…そちらの野暮用はそちらで片付けてくれ」

『…なるべく早く片付けろ。例の天狼モドキが秘匿空母相手に暴れているそうだ』

「承知」

 

どう言うことだ…?

無人機が暴走…いや、枷くらいは付いている筈だ。何より、協力関係だったのではないか?

訳が分からん…いずれにせよ、早めに片付けねばならんな。

デッドコピーとは言え、天狼は天狼だ…下手すれば以前戦った時よりもパワーアップしている可能性もある。

と、なれば一夏達の連携如何によっては苦戦を強いられる可能性もある。

楯無が居ればあるいは…とも思うが、あいつは学園を離れるわけには行かないだろう。

学園最大戦力の一角だ…防衛に専念する必要がある。

 

「私相手に考え事とは余裕だな!」

「あぁ、そうだな…!」

「チィッ!!」

 

マドカは俺の隙をつき、急速反転。

シールド・ビットからの偏向制御射撃と体当たりを叩き込んでくる。

俺は無理せずに大仰な回避運動でそれらを避けて、サイレント・ゼフィルスの周囲を円周機動で回り始める。

マドカは、正確にBTライフルで此方を撃ってくるが何れも装甲を掠る程度で決定打に至らない。

…俺が思うに彼女は直情型だ…千冬さんと違って、感情と行動が直結しやすい。

普段は上手く律しているのだろうがな。

 

「噛み砕け…!」

「させるか!!」

 

両肩から群狼を射出して鋭角な機動でマドカへと肉薄させるが、シールド・ビットが壁のように立ち塞がり弾かれていく。

以前よりもキレのある操作をするな…。

どうやら自己鍛錬は怠らんクチらしい。

 

「以前と同じと…」

「そっくりそのままお返ししようか!」

 

マドカは勝ち誇ったように笑みを浮かべるが、慢心も良い所だ。

弾かれた群狼はシールド・ビットから発射される偏向制御射撃による猛攻を、瞬時加速を細かく折り混ぜる事で初撃以外の被弾を抑え、シールド・ビットを食い破り始める。

シールド・ビットには高性能爆薬が仕込まれている。

手間を掛けては郡狼が破壊される可能性がある…で、あるならば!

 

「っう…いけぇっ!!」

 

戦闘機動と兵装管理、さらにはBT制御と白に演算の負担を頼んでいるとは言え頭痛がしてくる。

しかし、構っているわけには行かないのだ…。

俺は、群狼がシールド・ビットに食いついた瞬間、ワイヤーブレードを延ばして先端の刃先で群狼を押してやりながら瞬時加速を掛ける。

爆発までのラグの前に群狼を押し出してやれば良い。

単純だが、ワイヤーブレードの制御が手動のために動きが徐々に鈍り始める。

マドカも馬鹿ではないので、鈍ったところに正確な狙撃を叩き込んでくる。

一番効力を発揮する接近戦を俺にさせるわけにいかないのは骨身に染みているだろうからな。

後退を繰り返していくが…現行最速は何も天狼白曜に限った話ではない。

 

「このまま削りきって…ぐあ!!!」

「捉えたぞ…!!」

 

頭痛を耐えた甲斐もあってか、群狼を一機マドカの背後に回りこませて胴体に噛み付かせれば連続で瞬時加速を行わせて此方まで運び込ませる。

ようこそ、クロスレンジへ…歓迎しよう、盛大にな!!

 

「でぃぃぃっやっ!!!!」

 

群狼に無理矢理運び込ませ、肉薄した瞬間に群狼と挟み込むように勢い良く回し蹴りをマドカの腹に叩き込む。

絶対防御が発動するほどの衝撃は、マドカをして動きを止めさせるほどだ。

絶対防御がなければ上半身と下半身が別れを告げているところだ。

動きが止まったところで、もう一機の群狼が側頭部に体当たりをかまし弾き飛ばす。

 

「逃げられるものではない…狩りつくす!!」

「クソがぁっ!!」

 

マドカは体勢を整えようとするが、いち早く頭上から群狼が襲い掛かりバイザーを噛み砕きながらマドカを叩き落す。

上空から地上まで凄まじい速度で落下するマドカは、コントロールを失って為すすべなくグラウンドに衝突して大きなクレーターを作り上げる。

俺はトドメとばかりに多重瞬時加速を伴って落下し、蹴りをマドカに叩き込みグラウンドを粉砕する。

最後の一撃によりサイレント・ゼフィルスは展開維持限界を迎え、溶けるように消失していく。

マドカは衝撃で気を失ったようだ。

 

『ろーくーん!おつかれさま~!』

「非常時に能天気な声を…まぁ、安心すると言えば安心するが」

 

どうやら学園の監視カメラから動向を見守っていたらしい束さんから通信が入る。

いつもの調子で喋っているので俺としては一安心だが。

まだ、学園内はそこまで逼迫している状況では無いらしい。

 

『狼牙、一夏達には一足先に件の秘匿空母へと向かってもらっている。お前は補給と装備の受領を済ませ次第出撃してくれ』

「承知…どうにもキナ臭いからな…」

 

天狼白曜を待機状態にすれば、マドカを肩に担ぐ。

夜明けまでには片付けたいものだ…校舎の惨状から目を逸らしながら、深く溜息を吐いた。


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