【完結済】インフィニット・ストラトス 〜狼は誰が為に吼える〜 作:ラグ0109
曰く、銀 狼牙は人間ではない。
曰く、銀 狼牙は改造人間である。
曰く、銀髪と金の瞳は作られた人間の証である。
曰く…曰く…曰く…。
たった一日で俺の悪評と言うのは学園内を駆け巡る事になる。
恐るべし女子ネットワーク…。
とは言え気にしても仕方が無いので、俺はいつもの様に登校をする。
…気にしていないと言えば嘘になるが…気にしないようにしなければ女の園では生きていけんよ。
[千冬は休んでも構わないって言ってくれてたじゃない。偶にはずる休みしても良いんじゃないの?]
それこそ、噂を流した黒幕の思う壺だろう。
向こうは俺の精神的な疲弊も狙ってやっている…効果があれば良いなくらいだろうがな。
とは言え、存外に効果を発揮しているあたり有効な手段ではある。
授業開始まで時間があるので、先に医務室へ向かう。
タイミングが良ければもう目覚めているはずだ。
ナターシャさんの居る部屋にノックをして入る。
どうやら先客がいたようだ…。
「おはようございます、千冬さん、ナタル」
「おはよう…休めと言った筈だが?」
「俺は平気だ。思いのほか噂が出回るのが早かったな。中には真実も混ざっていてドキリとしたぞ」
俺は茶化すように肩を竦めて千冬さんに笑みを見せる。
空元気でも虚勢でも何でもいいから張っていないと、心が折れてしまいそうだ。
視界に色を感じられなくなってしまう。
「狼さん、最後のは凄かったわね…手も足も出させてくれないんだもの」
「手も足も出させていたらジリ貧だからな…言っただろう、本気を以って打倒すると」
ナターシャさんは、清々しい笑みを浮かべて昨日の戦いを医療カプセルの中で思い返している。
暇つぶし用のTVモニターには昨日の最後の一撃の瞬間がコマ送りで表示されている。
銀の鐘を引きちぎり、両手両足を叩き潰し、バイザーを引き剥がす…これらの行動がコマ送りでもほぼ同時に行っているようにしか見えない。
矮星の全エネルギー解放…これは圧縮したエネルギーをスラスターと駆動部全てに行き渡らせ、一秒にも満たない世界を動き回れるだけの速度を発揮させる。
その際空気の壁に大穴が空く為、始動と終了時の二回、狼の遠吠えの様な音が発生する…らしい。
IS側からの説明でその様に説明されているのでそう言うしかないのが実情だ。
言ってしまえば極短時間のト○ンザム、もしくは○ワールドである。
動く事を許さない世界で、自分しか動かないのだ。
どう足掻いても逃れる術はない。
「ほんと、千冬は彼に世界最強の肩書きを渡すべきだわ」
「む…私とてまだまだ子供に負けるわけにも行かないさ」
「随分と重そうな肩書きだから、俺はパスだ」
部屋の入り口に突っ立っているわけにも行かないので、パイプ椅子を持ってきてナターシャさんの近くに座る。
まだまだ、顔は青いが表情は明るい。
憑き物が落ちたともいえるな…。
「冗談はここまでにして、だ…いいのか、ナタル?」
「良いわよ…学園の中立性を無視した本国のやり方には疑問を思わざるを得ないしね」
「だが、結果としてナタルは代表引退、か。…すまない」
「狼さんと一緒に学園で馬鹿やってる方がまだ有意義だから良いのよ。むしろ清々するわよ」
ナターシャさんはあっけらかんと笑って肩を竦める。
サバサバとした性格はこう言うときありがたいものだ。
ふぅ、とナターシャさんは一息ついて天井を見上げる。
「アメリカの軍隊の最高司令官は大統領…けど、今回の部隊の行動はどうも引っかかるのよね」
「やはり、無断で動かしている節が?」
千冬さんは眉を顰めてナターシャさんを見つめると、ナターシャさんは静かに頷く。
何か確信があるのだろうか?
「あの人が、バレたら鼻つまみ者にされそうな事しそうに無いもの」
「「あの人?」」
「あぁ、現大統領よ。ハイスクール時代付き合ってたの」
確かに、現大統領は異例の若さで当選したやり手の政治家とは聞いていたが…。よもや、ナターシャさんの元彼とはな…世間は狭いというべきか何と言うべきか。
「変なところにパイプを持っているものだな…」
「もう、縁切ってるし連絡も取ってないけどね」
「そういったサバサバしたところは好感が持てるが、今回に至っては悪徳だな…。上手く釘刺しが出来るかもしれなかったのだが…」
「まぁ、言っても始まらないわよ…そろそろ時間でしょ?SHR始まっちゃうわよ?」
医務室内の時計に目をやると、後十分ほどでSHR開始となる。
確かにそろそろ教室に向かわんと拙いな。
「千冬さん、俺は先に教室に向かうとする。では、失礼する」
「狼さん…せめて、私に勝ったことを誇って欲しい」
「戦士に対する敬意は忘れんさ…貴女と戦い勝てた事…誇りに思う」
「ありがとう」
背中越しにナターシャさんと会話をし、医務室を出る。
今は彼女の顔を見てはならないと、そう感じながら
――――――
「狼さんは、良い男よね…」
「自身が傷ついても尚、戦い続ける。そう言う風にしか生きられんのだろう」
銀 狼牙が出て行った後、ナターシャは静かに涙を流して敗北をかみ締める。
国家代表としてのプライド、全ての技術を総動員して戦い、負けた。
自分よりも若い男に。
新たな世代と言えば聞こえは良い。
だが、自身もまだまだ負けるつもりはなかった。
銀の福音を再起不能にする為の決闘…だが、彼女は勝ちに行ったのだ。
戦士として。
「ナタル…お前の惚れた男と言うのは、あまりにも強かったな」
「えぇ…本当に…。でも、儚くも思うのよ…彼は、ありったけの勇気を抱えて恐怖と戦うんだわ」
「十六の子供がやれる事じゃない…」
「そうね…だからきっと…彼は一匹狼だったんだわ」
ナターシャは気絶する時に見た夢を思い出す。
それは天狼白曜の共振現象によって見せられた、狼牙の根底にあるもの。
遥かなる世界、同族を手にかけて孤独になる他無かった一匹の狼の物語。
悲しく思った。
彼は、望んで手にかけたわけじゃなかった。
美しく思った。
彼は、それでも斃れず誇り高く生きたのだから。
羨ましく思った。
彼の傍にいた、一人の女性の事が。
「今日、退院するんだろう?良い店がある…行かないか?」
「えぇ、もちろん…貴女の奢りでね」
――――――
廊下を歩いていると、時折嫌な視線やヒソヒソとした声が聞こえてくる。
結構距離は縮まっていたと思うのだが…自惚れではあったらしい。
四組の前を通るとき、扉越しに簪を見ると非常に不機嫌そうな顔になっていた。
どうやら、ある事ない事風潮されている事が腹に据えかねているようだ。
…一人でもそう言う風に思ってくれている人間がいるだけで心が軽くなる辺り、俺も単純なものだ。
此方に簪が気付いたので、軽く手だけ振ってすぐに立ち去る。
SHRも直ぐに始まってしまうからな。
[大丈夫、世の中敵ばかりではないわけだし]
「あぁ、その通りだ…。少なくとも彼女達が傍に居る限り、心を折らんで済む」
おもわず口に出して応えてしまう。
いや、不安だからこそ口に出して応えたのだろうな。
精神的に幼くなってしまっていて気が滅入る…こんなに女々しいつもりはないのだが。
なんとも言えない気分に陥りつつ歩き、一組の扉の前で立ち止まる。
何とも、気が重…
「何立ち止まってんのよ、早く入りなさいよ」
背後から鈴の声がしたと思ったら、思い切り腰を蹴られて無様に教室の中へと転がっていく。
…何も蹴らんでも良くはなかろうか?
「パパ、おはよ~」
「大丈夫、パパ?」
「銀、何を寝ている…早くしないとSHRが始まるぞ?」
仰向けで床に無様に倒れている俺に、クラスメイトが一斉に『いつものように』挨拶をしてくる。
…ホッとしてしまう自分がうらめしい。
「朝っぱらから不景気な顔してんじゃないわよ」
「予告もなしに腰を蹴り飛ばすのもどうかと思うんだがな…鈴?」
鈴は仁王立ちで絶妙な位置に立ち、俺を見下ろして馬鹿にするような笑みを浮かべている。
これもいつもと変わらない態度で見下ろしてくるものだから可笑しくて笑ってしまう。
「何笑ってんのよ?」
「いや、何時の間にやら大きくなったものだと思ってな」
「あんた、馬鹿にしてんの?」
「さて、な」
ゆっくりと身体を起こすと、横合いからラウラがスライディングダッシュで俺に抱きついてくる。
受身を取る暇も無く、いきなりだったので壁に思い切り頭をぶつけて目に火花が散る。
とても、痛いんだ…直ぐ治るが。
「父様、私達はな…皆で話して決めたんだ!」
「…何を決めたというのだ?」
「僕達は銀君の味方でいようって話だよ。なんだか凄い勢いで噂が拡散してるからさ」
シャルロットはニコニコと笑みを浮かべながら此方を見つつ、ラウラの襟首を掴んで引き剥がす。
ラウラは借りてきた猫のように大人しく離れる。
「ラウラ、銀君は昨日の今日で疲労が抜けていないんだから、過度なスキンシップは駄目だってば」
「す、すまない…でもいつもの様に接しようと思うと身体が勝手に…」
「ラ・ウ・ラ?」
「ハイゴメンナサイ…」
シャルロットとラウラのやり取りを見ていると、保護者の肩書きをシャルロットに譲ったほうがいい気がしてくるな…完全に手綱を握っている。
軽く頭を擦りながら立ち上がると、一夏が箒を伴ってやってくる。
「狼牙、俺達友達で仲間だろ?大丈夫だって…皆、お前を慕ってるんだしさ」
「あぁ、そうだ…。で、なければあんな渾名付かないだろう」
「まったくだな…ついさっきまでの自分を情けなく思う」
制服に付いたほこりを払いながら頷き、一夏と拳を打ち合わせる。
どうも、此処に至るまで相当酷い顔になっていたようで皆一様にホッとした顔になっている。
「フフ、狼牙さん…今見える世界は何色でしょうか?」
最後にセシリアが此方にやってきて、上目遣いで悪戯っぽい笑みを浮かべて此方を見てくる。
…以前した質問をされると言うのは何ともむず痒い感じがするな。
「色鮮やかなものだよ…俺には描けんくらいにな」
「それはそれは…フフフ…」
セシリアは此方に背伸びしてきたかと思うと、唇を重ね合わせる。
唇と唇が重なるだけの子供っぽいキス。
だが、心が温かくなるような。
「「「「きゃーー!!!」」」」
「ちょっセシ!セシリア!?」
「は、破廉恥だぞ銀ぇっ!」
「うぅ…一夏にしたいけど…僕には無理だ…」
「む~…」
「せっしーらぶらぶぅ~」
訂正、非常に気恥ずかしい。
顔が真っ赤になっているのが分かってしまう。
「正妻ですから、これくらい当然ですの」
「いやはや、尻に敷かれる未来しか見えんな」
だが、ソレすらも悪くない未来だ…まずは、其処に至るかもしれない道を作らなくては。
優しい仲間たちに囲まれながら、俺は気持ちを改めた。